第26話 オディオ ―憎悪の化身―

 殺される等して、無念の死を遂げた生物が、星命素フォゾンに還元される時、その一部が青黒く変色し、怨凝素レブアニマと化す。

 怨念の塊である怨凝素レブアニマは、通常の星命素フォゾンと違い、星脈の引力に逆らう力を持ち、怨凝素レブアニマ同士で引き寄せ合い、凝集していく性質がある。

 そして一定量集まった時、憎悪の化身オディオと呼ばれる魔物モンスターへと変貌を遂げる。

 しかし、今渦を巻いて集束しているのは青黒い怨凝素レブアニマではなく、水色の獲得経験値EXPプライズである。

 一定空間内に、複数種類の魔物モンスターたちの怨凝素レブアニマが一定量溜まった時というのが、憎悪の化身オディオの通常の出現条件である。

 一定空間内とは通常、ダンジョンのことを指す。

 複数種類の魔物モンスター怨凝素レブアニマが混ざり合った時、怨凝素レブアニマを出したどの魔物モンスターとも異なる、別種の魔物モンスターが誕生する。

 たとえ倒したとしても、再び同じ条件が揃えば、何度でも出現する。

 複数種類の魔物モンスターたちの憎悪の集合体、それが憎悪の化身オディオである。

 これはほとんど知られていないが、憎悪の化身オディオ出現には、通常以外の別の条件もあった。

 一定空間内が、飽和魔物モンスター星命素フォゾン量超過状態、つまりほぼ魔物モンスター星命素フォゾンばかりで飽和した時。

 星命素フォゾンは星脈の引力に引き寄せられる性質があるため、通常星命素フォゾン量が飽和することはないのだが、短時間で大量の魔物モンスターが殺されると、星脈の重力によって移動する前に飽和してしまい、ダンジョンの危機を感じた魔物生態系守護者モンスターガーディアンの異名を持つ憎悪の化身オディオが顕現するのだ。

 今、クララとバートの頭上で起こっている現象は、後者の条件に近しい。

 魔物モンスターを倒して出現した獲得経験値EXPプライズとは、魔物モンスター星命素フォゾンの一部であるからだ。

 ダンジョンごとに出現する憎悪の化身オディオは異なる。そして、それぞれのダンジョンに出現する憎悪の化身オディオは、毎回同じである。

 これは、それぞれのダンジョンで、棲息している魔物モンスターの種類が異なっているためである。

 複数の魔物モンスター星命素フォゾンが混ざり合うことで出現する憎悪の化身オディオは、混ざり合う星命素フォゾンの組み合わせによって、姿形及び能力が変化する。

 そしてダンジョンに棲息している魔物モンスターの種類が変わらない限り、出現する憎悪の化身オディオは通度同じになる。

 現在、アルセの森の星命素フォゾン量を飽和させている獲得経験値EXPプライズというのは、ガルウィングシリーズの武器を装備した大勢の冒険者たちが、様々なダンジョンでモンスターを殺めて湧出させた魔物モンスター星命素フォゾンの一部である。

 このような事態は通常有り得ない状況だった。

 今まで一度たりとも試されたことがない魔物モンスター星命素フォゾンの組み合わせ。

 クララとバートの頭上で今、異常事態が巻き起こっていた。

 渦中の獲得経験値EXPプライズの塊が、歪み、腕に、足に、頭に、形を変えていく。

 顕現したのは体高約十メードル、幅約八メードル、優に六メードルを超える太尾を持つ巨体。でっぷりと贅で肥えた体躯は、蛇腹が大きく張り出し、全体的に赫い体皮を被っている。両腕は筋骨隆々だが、脚は体重によって潰れて縮んだのか、皺が寄った極短足。四本指の手足の先端から白く鋭い爪が生え、頭部には何本もの太い白角が伸びている。凶悪な鋭さを持つ二本の牙が、下顎からはみ出し、二メードルはあろうかという長さの赤い舌が、口からだらしなく垂れ下がっている。

「なんだ、こいつは……!?」

 眼前に具現化した憎悪の化身オディオは、バートの知識の中にある、アルセの森の憎悪の化身オディオとは、似ても似つかない姿形をしていた。

 明らかに本来のアルセの森の生態系守護者モンスターガーディアンよりも、何段も格が上だった。

 なんの呼称も付けられていない未知の魔物アンノウンは首を廻らし、顕現した場所から一番傍にいたバートを睥睨する。

 吊り上がった血のように赤く光る双眸に射抜かれた瞬間、放たれた殺威さついの大きさに、バートは竦み上がった。

 ガルウィングブレストプレートを失ったバートのバトルレベルは、本来の10にまで下がっていた。

 未知の魔物アンノウンがおもむろにぶつけてきた殺気を肌で感じ取ったバートは、未知の魔物アンノウンの強さがおよそバトルレベル20程だと理解させられる。

 どうあがいても勝つことはできないし、遁走しようとしても、逃げ切る前に命を蹂躙される。

 そう察した、いや確信させられたバートの口から、カチカチと歯の鳴る音が発生する。

 震える白いグローブを嵌めた手を、羽織る白いマントと背中の間に持っていく。バートは震える手で、そこに装備しておいた武器をどうにか掴み取った。

 バートが取り出したのは蛇革の鞭。攻撃力は決して高くない。

 未知の魔物アンノウンが、鈍重そうなイメージを覆す豪速で、振り上げた手の平をバート目掛けて叩きつける。

「なるようになれええ!」

 回避不能の鉄槌に向け、橙光を纏わせた蛇革の鞭を振り抜き、乾いた音を響かせた。

 暫し世界に無音が訪れる。

 バートの眼前、四指を開いた未知の魔物アンノウンの巨大な手の平が迫っていた。

 あと少しでバートを潰せたというのに、未知の魔物アンノウンの攻撃がそこで停止していた。

 ゆっくりと手を引き戻す未知の魔物アンノウン

 大きな手がどかされ、バートの視界に露わになった蛇腹の中央。

 果たしてそこにはテイムマークが刻み込まれていた。

 バートの喉から引き攣った笑い声が漏れ、やがて哄笑へと変じていく。「くははっ……。ははははははは! やったぞ! やってやったぞ! たったの一撃でテイムできちまった! ははははははははは!」

 ポンサウス武器店では、店主のバートが錬金術士ということで、錬金術の素材アイテムの買い取りも行っている。

 攻撃力がそこそこ高く、軽くて扱いやすく、更に良心価格のガルウィングシリーズの評判は日に日に高まっていった。

 それに対してバートの顧客たちの中には、恩義を感じる者が少なくなかった。

 彼らはダンジョンで手に入れてきた採取アイテム、魔物モンスターのドロップアイテムを、無料でバートに提供してくれるようになった。

 バートは自身が所属する【フォーナー】のユニオンメンバーたちには、無償でガルウィングシリーズを提供した。すると【フォーナー】のユニオンメンバーたちもまた、素材アイテムをバートに提供するようになった。

 その中に、滅多にお目にかかれないレア特性《服従》よりも更にレアな《服従+》が付いた素材アイテムが一つだけあった。

 アイテムの特性とは、アイテムに秘められた力のことを指す。

 生物がレベルアップ時に、自分の体に内包している星命素フォゾンの中から、アビリティという名の才能を覚醒させるように、錬金術士は調合を行う際、素材アイテムが持つ才能、つまり特性を引き出し、調合品に引き継ぐことが可能である。

 特性を引き継ぐことにより、調合品の効果を強化したり、または調合品には本来なかった能力を付与することを可能とするのだ。

《服従+》の特性を引き継いで作製したのが、今バートが装備している蛇革の鞭なのだった。

《服従+》の特性が付与された武器を装備し、自身の最大MPマナポイントの半分の量のMPマナポイントを消費することで、武器に橙光が纏い、テイムアタックが使用可能となる。

 レア特性とは言え《服従+》のテイムアタックの成功確率の平均値は一桁しかない。

 テイムは、対象相手の残りHPヒットポイントが少なければ少ない程、成功確率は上がっていく。

 更に、テイムアタックの行使者の運のステータス値によって、成功確率は変動する。

 現在のバートのバトルレベルは10。つまり、運のステータス値は決して高いわけではなかった。 

 その上、未知の魔物アンノウンは一切のダメージを負っておらず、HPヒットポイントは微塵も減っていなかったのだ。

 だというのに、テイムできてしまった。

 限りなく低い確率でのテイム成功、そんなほぼ有り得ない事態が、この状況下で起こってしまったのだ。

 それはバートにとっては僥倖。クララにとっては絶望だった。

 テイム成功の証であるテイムマーク。それは未知の魔物アンノウンがバートの命令に逆らうことが不可能になったことの証だ。

 但し憎悪の化身オディオである未知の魔物アンノウンが、幻晶体だったことで、未知の魔物アンノウンは永続的な服従を強いられることは免れた。

 幻晶体は一定時間の間しかテイムできないからだ。しかもその時間はテイムした側とされた側の活力のステータス値によって変動する。

 バトルレベル10のバートでは、バトルレベルおよそ20の未知の魔物アンノウンを従わせていられる時間は、さほど長くないはずだ。

 しかし、クララを始末する程度ならば、その短い時間で充分過ぎた。

 口端を三日月型に吊り上げたバートが、クララを指さす。

「あいつを殺せ!」

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