第27話 決戦
「……あ……ああ……」
自分を殺めんと動き出す
迅速でクララに接近した
巨大な足の影にクララが囚われる。
振り上げられた足に体重がかけられた。
少女の華奢な体が圧潰する。
かに思われたが、その時が一向にやって来ない。
身を竦めながらきつく瞑っていた瞳を、クララは恐る恐る開く。
目の前の光景にそのまま瞠目する。
「……ユキトさん!?」
倒れて動かなくなっていたはずのユキトがそこにいた。
交差させた一対の
それをバートが醒めた表情で見つめる。
「なんだ。まだ動けたのかい」
「なんとかな」
ボルスが大量の
ユキトは最後の力を振り絞り、這い蹲りながら、濡れて色を濃くした地面まで移動し、そしてそれを土ごと嚥下することにより、どうにか動けるまでに回復した。
「なにをしている! そいつはお前より格下だろうが! さっさと踏み潰せ!」
ユキトと
大きく押し返された
バートが驚嘆の声を上げる。
「なんだってえ!? ……まさかユキト、レベルアップしたのか!?」
ガルウィングブレストプレートが霧散し、そこから夥しい数の
現在のユキトのバトルレベルは21であった。
たたらを踏んで傾いた姿勢を直しながらの尻尾振り攻撃。
疾風を巻き起こし、迫る太尾。
ライトソニックパリィで斜め上に弾く。
がら空きになった脇腹に横薙ぎ一閃。
裂傷から噴き出したのは紅い血潮ではなく、七色の幻晶光。
血肉を持たない幻晶体である
神速の尻尾叩きつけ。
体を横転させ、紙一重で躱す。
立ち上がり様に
大木を武器にした横薙ぎ。
ライトソニックパリィで上空にいなす。
その瞬間、大木を振り抜いた勢いを利用した尻尾振り攻撃が、ユキトの目と鼻の先にまで迫っていた。
真上に跳躍することで、ぎりぎり躱す。
先刻、横薙ぎした大木とは反対の腕による、直上からの巨木振り下ろし。
まだ空中にいたユキトは、大木の丸みのある幹の形を利用する。
斜め下からライトソニックパリィで迎撃。
まず切っ先に近い位置から出力を上げ、鍔に向かって少しずつ出力を上げる位置を滑らせる。
そうすることで、ユキトの体が微細にだが確かに回転し、振り下ろしの勢いを削ぎながらの回避に成功。
大木を叩きつけられた地面が爆砕する。
土が周囲に飛び散った。
屈伸で着地し、そのまま勢いよく膝を伸ばし跳躍。
引き抜いた大木により、
テイムマークが浮かぶ蛇腹に、双剣による乱舞を叩き込む。
土を濡らした
一撃だろうとまともに食らえば敗北確定。
しかし――。
集中を切らさず、
一撃必死の状況にありながら、戦況はユキト優位に推移していた。
苛立ちが募ったバートが発破をかける。
「おい、なにをやってるんだ! なんとかしろよ! さっさと殺せ!」
その大雑把な指示に、
そして氷山の一角を連想させる、大きな牙が覗く大口を目一杯開け、大咆哮。
バーサクハウル。
その
それでも頭が鈍器で叩き割られるような痛みが襲い掛かる。
耳の穴に錆び付いた棒を捩じ込まれたかのような痛みと不快感。
激しい痛みで動くどころではなく、完全に行動が阻害される。
五臓六腑にまで音の振動が伝わり、全身がびりびりと震える。
ようやっと激咆が収まる。
キーンという耳鳴りの中、耳朶が別の音を拾う。
開けた幻晶泉の周囲を取り囲む木々の隙間から、異様な殺気を放つ
プルン、カーヴスパイダー、レディバグ、ゼムゼレット。
アルセの森に住まう
既に姿が見えているものだけで、その数優に三十を超える。
森の奥からは、更なる増援の気配が色濃く感じられる。
ステータス異常、バーサク。
興奮状態となり、物理攻撃力が上昇する代わりに、物理攻撃しか行わなくなる。どんなに傷ついても回復行動を取ろうとせず、命尽きるまで愚直に攻撃を繰り返すようになる。
バーサクハウルの効果は、周囲一帯の
集まってきた
その瞬間、
ユキトと
バトルレベル21となったユキトにとって、アルセの森の
頂点に君臨するゼムゼレットでさえ、ユキトは一撃の下に七色の虹に霧散させていく。
だが藪蚊と同じように、これだけ周囲を飛び回られると鬱陶しいことこの上なかった。
紙一重の力量差で、
取るに足らないが、立て続けに横槍を入れられれば、均衡は瓦解していく。
鬱陶しさが苛立ちに代わり、徐々にユキトの集中力を鈍らせる。
突きの一撃で、オパールを粉末にして振り撒いたかのような煌きが宙を舞う。
体高約二メードル、翼を広げれば横幅約五メードルにもなるゼムゼレットが消失した先に、
自分の周囲が暗くなり、見上げた先に、手足を大きく伸ばした
咄嗟に影から逃れようと駆けだす。
周囲の
爆音と共に地面が凹み、亀裂が走る。
逃げ遅れた
間一髪回避したユキトだったが、衝撃で破砕された地面から飛んできた土くれの大塊を背中にもらい、地面に倒れ込む。
倒しても倒しても木々の奥から湧いてくる
その隙に
地面が揺れ、泉に波が発生する。
ユキトは飛行能力のないプルンとカーヴスパイダーたちと共に、体勢を大きく崩される。
そこに巨木による大横薙ぎ。
崩れた体勢のまま、どうにか回避を試みる。
巨木の先端である枝葉が、ユキトの体に擦過傷をいくつも刻む。
どうにかそれだけの被害に抑えたユキトの額に汗が滲む。
「いいぞ! その調子だ! もっとやれ!」
離れたところで様子を見守るバートの顔に、余裕が戻る。
今のような紙一重の回避を、永遠に続けられるわけがなかった。
このままではその内、攻撃をまともに食らってしまい、そして生命の灯火が消えてしまう。
ふとさっきまで聞こえていたボルスの爆発音が聞こえなくなっていることに気づく。
「きゃああ!」
悲鳴に顔を廻らす。
地面に尻餅をついた姿勢のクララが、
ボルスを投げようとしないところを見るに、手持ちが無くなったに違いない。
「クララ!」
体長三十セーチのてんとう虫型
レディバグが手に持つ、柄は木製、刃は樹脂製の小さな槍が、クララの腹に突き刺さる。
苦悶に顔を歪めたクララと、ユキトの視線が交錯する。
クララに群れている
さりとて白く光る斬撃は届かない。
ユキトの眼前に、横入りして来た紅い巨躯が立ちはだかったからだ。
紅い防壁に
振り回される二本の巨木をパリィしながら、振り切る間隙を窺う。が、そんな隙はどこにもなかった。
クララの悲鳴が耳を劈く。
――早くしないと、早く!
――おれと仲間になって、一緒に頑張りたいって言ってくれた仲間が。
――ずっと求めていた努力し合える仲間が。
――やっと仲間になれたのに!
――死んじまうじゃねえか!
「どけえええええええええ!!」
ユキトの体躯から、赤紫色のオーラが激しく吹き荒れる。
「届けえええええええええええええええ!!」
一振りのガルウィングソードで突きを放つ。
クララを襲う
果たしてユキトが放った突きは、クララに群がる
そのまま右に振り抜く。
たったそれだけで。
左足の半分を切断された
そして、クララに群がっていた全ての
レベルアップした五回の内のいずれかで、ユキトは《
それを見届けたユキトは、《
そして無尽蔵かと思える森の
一薙ぎで七匹の
ゼムゼレットとレディバグの群れが、上空からユキトに飛びかかる。
斬り上げ一閃。
地中深く地面までも、まるで紙のように軽々と斬り裂く。
地面ごと直線を引かれた飛行
横薙ぎ、突き、撫で斬り。
それぞれの一撃で、五匹以上の
伸長した
群がる雑魚に対して放った斬撃が、余りある剣身の長さにより、傍にいた
そして眼前の紅葉した山のような巨体を翻弄する。
まるで解き放たれた矢のような
光刃に撫でられた前腕、腹、脚、角、肩、膝、長い舌から無数の
周囲の
舞い散る
折り重なって霞みがかかる。
数多の色たち翔び交うその様。
見飽きることなき万華鏡。
その景まさに
花霞。
巨体のあちこちから
泉に湛えられていた水が、一滴も残さずに持ち上がったのだ。
そして、太陽の光を透過させ、たゆたっていた水が冷気を纏っていく。
そして僅か数秒にして大氷塊へと変貌を遂げる。
「ユキトさん……!」
惑うクララの視線がユキトに向けられる。
「まじかよ……」
目の前の信じたくない光景に、流石にユキトも冷や汗を禁じ得ない。
仮借なしに大氷塊が一直線に迫りくる。
「ここまで来て諦めてたまるかよ!」
ユキトは双剣に力を籠める。
《
二振りの超長剣による、矢継ぎ早の
体を何度も回転させ、超長斬撃を数多に翔ばして舞い踊る。
大斬撃が大氷塊にぶち当たる。
氷の表面が削れ、細かい氷のつぶてとなって周囲に降り注ぐ。
次から次へと繰り出される
雹の連打が土を抉り、梢を散らし、枝に幹に無数の傷をつけていく。
大氷塊に亀裂が走る。
大きくもがれて分離。
大雹となって大地に落下。
破砕著しい大氷塊が、ユキトの眼前にまで切迫する。
両腕を肩から引き千切れんばかりに酷使し、
肉薄した大氷塊と
球だった形が歪に削れ、まるで臼歯のようになっていく。
冷気がユキトの肌を撫で始める。
大斬撃だけでなく、伸長した白刃までも大氷塊に届く彼我。
羽根の重みすら感じない
剛撃の颶風。
やがて無数の亀裂が走り、
そして、
遂に損壊に耐え切れなくなった大氷塊が爆散。
透過性のある隕石の流星が、間断なく辺り一帯に降り注ぐ。
大水晶製の大盾を失った
最期は土手っ腹をぶち抜かれ、緑生い茂る森の中に、
「そん、な……馬鹿な…………」
呆けた顔で、中空に溶けて隠れていく
「ここまでやって、勝てないのかよ……。なんで、なんでだよ!」
バートの拳が腿を強く打つ。
そんなバートに顔を向けたユキトが、至極当たり前のことを言う。
「そんなの簡単だ。諦めて腐ってた時期もあったけど、それでもおれの方がお前よりも努力したからだ」
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