第24話 辿り着いた先

 転移光の青い光を散らし、バートとクララはアルセの森に到着した。

 森の奥にある泉に向かいながら、バートが問いかける。

「それで、この森で手に入る、星の雫の調合に必要な素材ってどれのことなんだい?」

「必要な素材は全部この森で手に入るんですけど、今足りてないのは幻晶花です」

「幻晶花だって!? クララちゃんとクララちゃんのお母さんは、幻晶体を素材アイテムに使って調合ができるのかい?」

「へ? そうですけど」

 当たり前のように言うクララに、またしてもバートは驚かされた。

「本当かい? 普通は幻晶体を素材アイテムとして、錬金術の調合を行うことはできないのに」

「え、そうなんですか?」

 クララが真顔で訊き返す。

「そんなことも知らずに錬金術士をやってるのかい? それは驚きだなあ! あははははは!」

 とんでもないことをやってのけていることに、クララが気づいていなかったことが可笑しくて、バートは笑い声を上げた。狸人シガラクーン族特有の目の周りの黒い部分の形が、笑みの形に少し歪む。

 クララが肩を縮めて赤面する。

「すみません。わたし錬金術のことほとんど知らなくて。ついこの間まで、HP回復薬ポーションしか作ったことがなかったんですよ」

「別に謝る必要はないよ。今から覚えていけばいいさ。しかし残念だな、レシピを教えてもらっても、ぼくには星の雫が作れないのか」

 クララがはっとする。

「じゃあ、交換条件にならないですよね」

「そこは心配しなくていいよ。自分で作れないことは少し残念だけど、知らないレシピを知れるっていうことは、錬金術士にとってそれだけでとても価値のあることだからね。ちゃんと武器調合のやり方を教えてあげるから安心して」

「それなら良かったです」

 ほっと胸を撫で下ろすクララ。

 今バートが一番気がかりなのは、星の雫を使用した時に、本当に低濃度の星命素フォゾン獲得経験値EXPプライズが視えるようになるのかどうかということだ。自分で作れるかどうかは関係ない。

 アルセの森の奥、幻晶泉となっている水を湛えた泉は、いつものように周りを幻晶花で飾り立てていた。

 しかし、その景観を台無しにしている物があった。

 バートがそれらに目をやる。

「これってもしかして」

 クララの頬に朱が差す。

「お察しの通り、わたしが調合に失敗して出した灰です……」

 幻晶泉の周囲には、幾つもの灰の山が点在していた。

「頑張ってるんだね。これだけ努力できるのなら、武器調合もすぐに上達するはずだよ」

「だといいんですけど。その前に星の雫でしたよね。すぐに作りますから、少し待っていてください」

 昨夜、ここでクララは白光びゃっこうを放つ錬金陣を描き、その上で星の雫を調合した。

 錬金陣をえがいた錬金術士、クララの意識が錬金陣から途切れた時点で、白光はっこう耀かがやきを収める。

 しかし、土の地面の上には、昨晩錬金陣を描いた時に、光る白線と共に、シフォンロッドの石突きによって、土が削られて引かれた線がくっきりと残っていた。

 基本的に行使後の連続使用が不可能な魔法陣と違い、錬金陣は再使用が可能である。

「星の雫のレシピは、聖水が一つ、油カテゴリのアイテムが一つ、それから幻晶花が二つです。この地面に描いてあるのが錬金陣の模様です」

 クララが星の雫の作り方を、バートに説明しながら調合の準備を進めていく。

 素材円の中に、無限袋インフィニティバッグの中から取り出したオイルフルーツを一つ置く。それから取り出したバケツで汲んだ泉の水、聖水を別の素材円の中に置く。最後に取り出した手袋を嵌め、幻晶花を二本摘み取り、それぞれ異なる素材円の中に置いた。

 計四つの素材円に必要な素材アイテムをセットし終わると、クララは錬金杖れんきんじょうを手に持ち、錬金陣の中央に歩み寄った。

 そしてクララが意識を向けるだけで、土にえがかれた錬金陣に再び淡白光びゃっこうが灯った。

 錬金杖れんきんじょうの石突きで淡く光る幾何学模様を突く。

 瞬間、錬金陣が眩くまばゆく輝きだす。

 クララに引き寄せられた星命片フォゾンピースを、眼前に現れた調合品の設計図パズルフィールドの正しい位置に配置していく。

 案の定、時間切れで調合失敗。

「すみません! 慣れてなくて、もうちょっと待ってください」

 焦らなくていいよ、とバートに言われた後も、数度失敗を繰り返し、ようやっと星の雫が完成する。

 バートが手を叩いて賞賛する。

「本当に幻晶体を使って調合できるんだね。凄いよ」

「錬金術のことで褒められるのは初めてです。なんだか照れちゃいます」

 えへへと笑いながら、錬金陣の中央に現れたそれを、クララが拾い上げ、バートに手渡す。

「どうぞ」

 バートは星の雫に暫しの間、目を落とす。

 小さな容器の中で、青白く発光する液体がたゆたっている。

「これが星の雫か。幻晶花の光と同じ色をしているね。不思議な色の液体だ。これを目に差せばいいのかい?」

 クララが肯定する。

「それじゃあ、早速使わせてもらうよ」

 バートが小瓶の栓を開け、顔を上向ける。逆さにした星の雫の、先細りとなっている容器の先端から、片目に一滴ずつ雫を差す。

 数度瞬きしたバートの視界に映し出されたのは、玉虫色の世界だった。

「うわあ! 凄いね!」

 太陽光が差し込む日中故に、夜闇の中で見るよりは光が目立たず、昨夜クララとユキトが視た景観よりは劣るが、それでも充分に麗しく、初めて目にする眺望に、バートは溜息を零す。

 そして――。

 七色の霧が辺り一帯に立ち込める中、無数のアクアブルーのボールが、随所から自分目掛けて飛んでくる。

 バートはその様子もしかと眼にした。

「その様子だと、きちんと視えているみたいですね」

 バートが首肯する。

「低濃度の星命素フォゾンがばっちり視えているよ。本当にこんなアイテムがあるんだね」

「では今度は武器調合を教えてください」

「その必要はないよ」

 つと氷のような冷たい声音を落とすバートに、クララが怪訝な顔になる。

「え? どうしてですか?」

「困るんだよねえ。こんなもんがあったらさ。それと、これが作れちゃう奴がいることが」

「なにを言って――」

「だからさ、悪いけどクララちゃんには死んでもらうしかないね!」

 く風の如きはやさで、バートがクララに肉薄する。

 両手で持った紅い錬金杖れんきんじょうを振り上げ、猛る焔のような意匠の先端を、クララのかんばせ目掛けて振り下ろした。

 騙されていたことにまだ気づかず、クララはなにも反応できずに突っ立っている。

 焔の意匠の尖端がクララの額に突き刺さる、寸前。

 両者の間隙に、白光びゃっこうを纏った二振りのガルウィングソードが滑り込む。

 狸人シガラクーン族の錬金術士の膂力はユキトの予想の範疇を凌駕していた。

 八千切やちぎりによる反発力をもってしてもパリィしきれず、ユキトは足で土を削りながら数メードル後退し、やっと止まる。

「きゃあ!」

 大きく後退するユキトの背にぶつかり、クララが後ろに倒れて転がった。

 立ち上がったクララは、未だなにが起こっているのかわからないといった顔で戸惑う。

「え、一体なにが……?」

 ユキトがバートを睨めつける。

「バート、お前だったとはな!」

「なるほど。星の雫を使って、獲得経験値EXPプライズを追ってきたってわけか」

 モネア平原でスティンギーを倒し、飛び出た獲得経験値EXPプライズが翔んで行った方角には、複数のダンジョンが含まれていた。

 ユキトはどこから調べていこうかと考えて、ダンジョンレベルが低い順から、自分一人で行くには危険なダンジョンレベルのダンジョンまで、虱潰しらみつぶしに調査していくことに決めた。

 モネア平原を後にしたユキトが次に向かったのが、日中はダンジョンレベルが1のアルセの森だった。

 魔物モンスターレベル3のスティンギーで辛うじて、獲得経験値EXPプライズが湧出した故、ユキトは魔物モンスターレベル3、てんとう虫型魔物モンスター、レディバグを倒し、再び獲得経験値EXPプライズを追い駆けた。そして追った先に見えた光景が、クララに襲い掛からんとするバートの姿だったのだ。

「水色の球が今、お前の胸の魔晶石に吸い込まれるのを見たぞ」

「水色の球って、昨日の?」

 クララがユキトに視線をやる。

「ああ。ガゼさんに訊いてきたよ。あれはクララが言った通り、経験値だったんだ。つまり、バートがおれの、いやおれたちの経験値を奪い取ってたんだ」

「バートさんが!? まさかそんな……」

獲得経験値EXPプライズは自分で出した分しか吸収できない。ってことは、奪った獲得経験値EXPプライズを吸収させたそのブレストプレートを装備すれば、奪った分だけレベルが上乗せされるってとこか」

 錬金術師の少年は酷薄に笑んだ。

「よくわかったね、その通りさ!」

「これだな?」

 ユキトがガルウィングソードを持ち上げる。

「こいつを使って生物を殺したら、獲得経験値EXPプライズを奪われるのか」

「そうさ、ぼくが作ったガルウィングと名が付くガルウィングシリーズの武器全部に獲得経験値EXPプライズスティール呪いカーズの効果が付与してあるんだ」

「軽くて扱いやすくて、攻撃力も高いこれを良心的な値段で売ってたのも、経験値を奪うためだったってわけだな」

 ユキトを含め【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーの全員は、バートがまだ【厚切り肉のコートレッタ】に所属していた時に、無償でガルウィングシリーズを譲り受けていた。

 バートの今のバトルレベルをユキトは知らない。急激にレベルアップすれば【スピードスター】と呼ばれていた頃のユキトと同様に、噂になっているはずだった。それを耳にしないということは、不自然なレベルアップスピードのことを勘繰られることを嫌って、毎月のステータス報告義務でギルド本部には露見しているはずだが、ギルド職員には守秘義務が課せられている故、黙っていればまず露呈することはない。所属している【フォーナー】のユニオンメンバーたちの前では嘘を吐いて誤魔化しているのだろう。

「人気商品になって、装備する冒険者の数はかなり増えたはずだが、よく今までばれなかったな」

 バートの冷酷な笑みが一層深まる。

「ガルウィングシリーズを装備した途端に、大量の獲得経験値EXPプライズを奪っちゃったら、不審に思われてすぐにばれるに決まってるからね。呪いカーズの効果は、装備しても最初はほんの少しだけしか発揮しないように設計してるのさ。ガルウィングシリーズで命を絶てば絶つ程に、徐々に効果は強くなっていく。別の武器を装備してもすぐには呪いカーズは解けずに、徐々に解呪されていくって風に作ってあるから、誰も気づかなかったんだよ。普通に使ってる分には、レベルカンストやレベルフルカンストにはならないようになってるんだけどね。だってそこまで奪っちゃったら、みんなやる気失くしちゃって冒険者を辞めちゃうだろうからさ。そうなったらぼくが横取りできる獲得経験値EXPプライズの量が減ることになっちゃうし。例外はユキト、君だよ。君は人の何倍も努力する頑張り屋さんだから、レベルフルカンストしちゃったんだよ。それに、ガルウィングソードを二つ装備してる時点で、二倍奪われるしね」

「なるほどな」

 思い返せば、レベルアップスピードが落ちていったのは、バートから貰ったガルウィングソードを使うようになってからだった。

 少しずつレベルアップスピードが落ちていき、レベルカンストした。そして最近、再び努力を始めたことにより、レベルフルカンストしたのだ。

 自分ががむしゃらに頑張れば頑張る程、バートに経験値を奪われていたのかと思うと、ユキトは胸の中で瞋恚しんいの炎が燃え盛っていくのを感じた。

 ユキトは矢のような鋭い視線でバートを射抜く。

「こんな卑怯な真似をしてまで、強くなりたかったのか」

「ああそうさ」

「屑だなお前」

「屑はぼくじゃない! 狐人ツヅラオ族の奴らだ!」

 バートの怨嗟の籠った声が、凪いだ水面鏡となっている泉の上を迸った。

狸族差別御免法シガラクーンぞくさべつごめんほう。あれのせいで、ぼくの家族と村は滅茶苦茶にされたんだ!」

 今から十年前、【シャレゴ】というユニオンが、ユニオンランク一位となった。

 ユニオンランク一位の特権、リーガやアクラリンドに甚だしい損害を与えない範疇の内容ならば、どんな法律をも作る権利が与えられる。

【シャレゴ】のユニオンメンバーの一人、狐人ツヅラオ族のヒデヒサという冒険者が作り、施行されたのが狸族差別御免法シガラクーンぞくさべつごめんほうである。

 狐人ツヅラオ族に限り、狸人シガラクーン族に対してどんな行いをしても恩赦される。狐人ツヅラオ族からされた行為に対し、狸人シガラクーン族は文句を言う権利すら剥奪され、仮に反抗的な態度を取ったならば、問答無用で即極刑に処す。

 この法律が施行された後、【シャレゴ】は一年も経たずにランクダウンし、悪法は廃止となった。

 しかし、廃止となるまでの短い期間の間に、少なからずの悲劇が起きていたことを、ユキトもクララも知っていた。

 一部の狐人ツヅラオ族が、この法を盾に暴虐の限りを尽くしたのだ。

「十年前、ぼくの故郷コーガの村に突然、狐人ツヅラオ族の冒険者の集団がやって来た。食料を強奪されて、村を破壊されたんだ。ぼくはその時家の中にいて、外が騒がしいと思っていたら、父と母が慌てて家に駆けこんできて、ぼくを押し入れの中に押し込んだ。姉が押し入れに入ろうとしていた時に、奴らが家の中に入ってきて、まず父が殺された。それから恐怖に慄く母と姉を強姦し、躊躇うことなく殺したんだ。ぼくはそれを震えながら、押し入れの隙間から見ていることしかできなかった。そのあと村が燃やされて、ぼくは奴らの目をなんとか掻い潜って逃げ延びた。ぼくはヒデヒサに、狐人ツヅラオ族たちに復讐するために冒険者になった。ユニオンランク一位になって、狐人ツヅラオ族たちになにをしても許される法律を作って、あいつらを滅茶苦茶にしてやるためにね。でもバトルレベル10の時にレベルフルカンストしちゃって、あの時は絶望したよ。もう諦めなくちゃいけないのかって、もう無理なのかって。諦めようとしたけど、できなかった! もう復讐はできないってわかってるのに、ぼくの中の怨嗟の炎はどうしたって消えちゃくれなかったんだ! ヒデヒサがあのくそったれな法を作った理由を知ってるか? 『狸人シガラクーン族の目の周りが黒いのが、なんか気に入らないから』そんなくだらない理由で、おれの家族は、村は滅茶苦茶にされたんだ! 許せるかよぉ! だから冒険者を辞められなかった! 苦しかったよ! 目的は果たせないってわかっていながら冒険者にしがみつくのは地獄だったよ! 後から入団してきたお前の、驚異的なレベルアップスピードに、あっという間にバトルレベルを抜かされた時、世の中にはこういう奴がいるから、普通に努力したって無駄だったんだって気づかされたよ! その時からぼくの中でなにかが変わって、それでガルウィングのレシピを発想できたんだ!」

 錬金術士がレシピを発想する時、錬金術士がいだいている願いや想いが結実して、レシピを思いつくということが、少なからずあった。

『世界最強の武器を作って、ユニオンランク一位になるのが夢なんだ』

 昔バートが語っていた夢の裏に、このような事情があることを、ユキトは知らなかった。しかし、

「お前の境遇には同情するが、それでこんなことをしてもいい理由にはならない」

「そんなこと、言われなくてもわかってるさ! ぼくの復讐の炎は消えない。ぼくは止まりたくても止まれないんだ! もう自分でもどうしようもないんだ! どんな汚い手段を使ってでも、ぼくは目的を成し遂げる! そのためにはお前らが生きていたら邪魔なんだよ!」

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