第23話 二手に分かれて

 冒険都市リーガ、その中央に鎮座するギルド本部へと向かいながら、彼方へと飛んでいく獲得経験値EXPプライズについて、ユキトは思索を巡らせる。

 原因がまだ全くわかっていない現状、ユキトが先刻述べた通り、体が獲得経験値EXPプライズを吸収できなくなり、明後日の方角へと飛んでいくようになった可能性も勿論あったが、冒険者としてユキトの何倍も長い経歴を持つガゼの知識の方が、やはり正しいようにユキトには思えた。

 とするとユキトの得るはずだった獲得経験値EXPプライズが、なにかに引き寄せられて奪われている、そう考えるのが妥当だった。

 獲得経験値EXPプライズは自分が出した分は、自分しか吸収できないとガゼは言っていた。

 ダンジョンにはまだまだ未知の領域が多い。そのために見聞院が在るのだし、今も見聞院に新情報が寄せられている。

 そう考えると、獲得経験値EXPプライズを横取りし、なにかしらの方法でそれを吸収する魔物モンスターがいる可能性も否定はできない。

 獲得経験値EXPプライズを欲しがる存在として、冒険者も筆頭に上がる。これも同じく未知の技法を使い、奪った獲得経験値EXPプライズを自分のものにしている可能性もある。なにせベテラン冒険者のガゼが、低濃度の星命素フォゾンが視えるようになるアイテムがあることを、ついさっきユキトから聞かされるまで知らなかったのだから。

 そこまで思案したところでギルド本部に到着する。

 アクラリンドの世界には、まだまだ未踏領域が存在するが、獲得経験値EXPプライズを奪っている犯人が魔物モンスターの場合、その魔物モンスターは、数あるダンジョンのどこかにいる可能性が高い。

 アクラリンドに存在するダンジョンは、かなりの数に上る。ユキトのバトルレベルでは、まだまだ赴くには危険過ぎるダンジョンの方が多い。探し当てるのは困難を極めることになるだろう。

 次に、獲得経験値EXPプライズを奪っている犯人が冒険者だった場合だが、その犯人が今、ダンジョンに赴いている可能性も当然ある。その場合、魔物モンスター説と同様、ユキトが行くには剣呑過ぎるダンジョンに犯人が潜っていると、追いかけることは艱難かんなんだ。しかし、今リーガの中にいる可能性も十分に考えられた。

 昨夜アルセの森から、水色の球が飛んで行った方角は、ざっくりとだがリーガ方面だった。

 そこでユキトはまず、犯人が冒険者であると仮定して、動くことに決めた。

 まず、リーガから一番近い位置にあるダンジョンであるモネア平原へ行き、魔物モンスターを倒して獲得経験値EXPプライズが飛んで行く方向を見定める。そしてリーガ方面へ飛んで行ったなら、それを走って追いかける。

 昨晩飛んでいくのを見た限りでは、飛翔速度はさほどでもなかった故、走って追いかけることは可能だろう。

 リーガの中に魔物モンスターを連れ込むことは禁止されているので、この方法が一番だった。

 昨日クララから貰った星の雫を携え、ユキトはテレポートルームへと向かった。


 最初に遭遇エンカウントしたのはラピーだった。

 しかし、バトルレベル16のユキトでは、倒しても獲得経験値EXPプライズは一つも出なかった。

 そこでモネア平原最強魔物モンスターであるスティンギーを倒してみた。

 斬り上げ一閃、緑の草萌ゆる地に墜落したスティンギーは、片手で掴めば全体を覆える程の小ささの、獲得経験値EXPプライズを一つ湧出した。

 翔んでいく方角を見定める。

 明らかにリーガ方面ではなかった。

 ユキトは嘆息し、これは犯人に辿り着くまでには、骨が折れそうだと覚悟した。



 時は少し遡る。

 ポンサウス武器店の中、それ程広くない店内には、所狭しと武器が陳列されている。

 その武器たちはどれもが似通った意匠をしていた。剣、槍、斧、戟、鎚、棒、爪、全ての種類で、攻撃部位の色味が黄色から橙へと階調グラデーションしているという箇所において共通している。

 バートは狼人シルバリオ族の女性冒険者を相手に接客をしていた。

 狼人シルバリオ族の女性客は、ガルウィングアックスを購入した。

 金を払い、店を後にする女性冒険者に向かって、笑顔を浮かべたバートが、

「ありがとうございました」

 とお辞儀をしながら見送ったその瞬間、バートのバトルレベルが上がった。

 今バートは、魔物モンスターも動物も虫さえも、なにも殺めていない。だというのにレベルアップしたのだ。

 よしんば今ここで、低濃度の星命素フォゾンが視えたなら、実体を持たない星命素フォゾンの一種である獲得経験値EXPプライズが、店の壁や天井をすり抜けて、四方八方からバートに向かって飛んでくる様子が、目に映し出されたことだろう。

 狼人シルバリオ族の女性冒険者と入れ違いに、一人の人間ヒュマ族の少女が来店した。

「ごめんくださーい!」

 バートはその少女の顔を見知っていた。

「クララちゃんじゃないか。武器を買いに来てくれたのかい?」

 バートが笑顔で迎え入れたのは、以前街中でユキトと共にいた錬金術士の少女だった。

「いえ、ごめんなさい。今日は別の用件でお伺いしたんです」

「一体なんの用かな?」

「実は、ユキトさんがレベルフルカンストしてしまって」

「ユキトが? そうかい、それは残念だったね」

「わたしまだ諦めたくなくって。わたしが錬金術で強い武器と防具を作れるようになれば、まだこれからもユキトさんと一緒に冒険者を続けられると思うんです。それで、錬金術で武器を作ることができるバートさんに、武器を作る錬金術のやり方やコツ、あと簡単なもので良いので武器のレシピも教えてもらえないかと思って、今日は伺ったんです」

 唐突に武器調合を教えてくれないかと宣う少女。

 バートは正直そんな面倒は勘弁だった。

 ユキトがガルウィングソード以外の武器を使用するようになれば、ユキトから獲得経験値EXPプライズを奪取できなくなってしまう。

 レベルフルカンストしたという話だから、このままユキトが冒険者を辞めてしまえば、どの道ユキトからのEXPプライズ獲得経験値の供給は途絶えてしまうのだが。

 忙しいからとか適当なことを言って断ろうと口を開きかけた時、クララが言った。

「ただでっていうわけじゃなくて、わたしからは星の雫っていうアイテムのレシピをお教えしたいと思ってるんですけど、どうでしょうか?」

 断られるのではないかと不安げな様子の少女が口にした、星の雫というアイテム名を、バートは耳にしたことがなかった。

 興味を惹かれたバートは、断る口上を言うのをめ、質問する。

「星の雫っていうのは、どういうアイテムなんだい?」

「暗闇のステータス異常を治す効果と、使用してから一時間程度なら、普段は視えない低濃度の星命素フォゾンを視ることができるようになるんです」

 バートは内心、驚愕に激しく動揺した。

 そんなアイテムがあったら、自分の悪事が露呈するのは時間の問題ではないか。

 どうにか動揺を抑え込み、バートが声を発する。

「へえ! そんな効果のあるアイテムがあったなんて知らなかったよ。クララちゃんが考えたのかい?」

「わたしじゃなくて、お母さんが考案したんです。わたしにだけ特別に教えてくれたんですよ」

「そうなんだ。お母さんは今どこにいるんだい? それともクララちゃんと同じでリーガで冒険者をしてたりするのかい?」

「いえ、実は何年も前から行方不明なんです。わたしはお母さんを探すために、冒険者になったんです」

 星の雫の考案者だという、行方不明のクララの母も気にするべき存在ではあったが、生死もわからないのならば、今はそれ程気にする必要はないだろう。

 実質今、星の雫を作ることができるのは、目の前の錬金術士の少女だけと思って問題ないだろう、とバートは断じた。

「なるほどね。話は大体わかったよ。その条件で錬金術の武器調合を教えてあげてもいいよ」

 クララがぱっと破顔する。

「本当ですか!? やったあ! ありがとうございます!」

 喜びに諸手を上げた後、バートに向かって深々とお辞儀をするクララ。

「その星の雫を誰かにあげたりしたかい?」

「昨日初めて作ったのを、ユキトさんにあげましたけど、それがどうかしたんですか?」

 ということは今、星の雫はユキトが所持している一つだけ。

 星の雫を使用すれば本当にEXPプライズ獲得経験値を視ることが可能だとしたら、ユキトの持っている星の雫を早急に処分する必要が出てくる。

「いや、なんでもないよ。訊いてみただけさ。一つ条件があるんだけど、先に星の雫を実際に使ってみて、効果を確めさせてくれないかな?」

「勿論良いですよ。でも今持ち合わせがないので、新しく作らないといけませんね。素材も足りませんし、申し訳ないんですけど、アルセの森までご足労願っても良いでしょうか?」

 星命素フォゾンを養分とする幻晶花は、地面から引き抜くと数時間で枯れてしまう。

これは絵画作品『星の産道』の作者ローエ・ヤンドが作った設定である。展示時に作品と同時に多くの人々の目に触れた解説文にも記載されていた。そしてそれは今日こんにち現世に具現化した幻晶花に、確固として反映されている。

 錬金術の調合の素材アイテムとなる可能性がある、全ての植物と昆虫は、無限袋インフィニティバッグの中に入れておけば生命の時間が止まり、枯れることも天寿を全うすることもなくなる。

 しかし無限袋インフィニティバッグといえど、数多の人々の思念によって固定された幻晶花の設定は覆すことはできなかった。

 とどのつまり、幻晶花を採取し、無限袋インフィニティバッグの中に入れておいたとしても、数時間で枯れてしまうことは止められない。

 錬金術士である母ララナから教えられていたクララは、そのことを知っていた。

 バートが柔和な笑みを浮かべて了承する。

「いいよ。今から早速行こう」

 クララが「はい!」と元気よく返事する。

 入り口のドアにかけてある『OPEN』という札を、バートが裏返して『CLOSE』にする。

 そして二人はギルド本部へと足を向けた。

 低濃度の星命素フォゾンが視えるアイテムがあるとは驚きだったが、それを作れるほぼ唯一と言っていい相手が、自分の方からやって来て、そして作れることを告白し、更に人気のないダンジョンへと自ら誘ってきたことは僥倖だった。

 ユキトの持っている星の雫の処分は後回しにして、今は目の前の少女の始末が最優先だ。

 バートが今から自分を処分しようと考えているなどと、露程も疑っていない錬金術士の少女は、武器調合を教えてもらえることが嬉しいのか、鼻歌を歌いながら、大きく手を振り歩いている。

 つい先刻レベルアップし、バトルレベル30となったバートにとって最近冒険者となったばかりで、しかも【厚切り肉のコートレッタ】の緩い入団テストに落ちてしまうようなクララを殺すことは、赤子の手を捻るに等しい容易なことだった。

 クララの隣を歩きながら、バートは内心でほくそ笑むのだった。

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