第22話 レベルアップの仕組み

「そりゃあ獲得経験値EXPプライズだ」

 翌日の朝。【アスギー】のユニオンホーム、その応接室にてソファに座り、ユキトは対面のガゼと話していた。

 この部屋だけで【クララ・クルル】のユニオンホームの大部屋の二倍近くはある広さの応接室は、空になった酒瓶が大量に転がっていた。

 この応接室だけではない。玄関からここに来る途中の廊下も、空の酒瓶だらけとなっていた。

【アスギー】のメンバーは全員酒好きで、そして全員が掃除嫌いなのであった。故に外の庭が雑草だらけとなっていたのだ。

 他の部屋も似たような状態になっていることを、暫くの間ここで世話になっていたユキトは知っていた。

 世話になるお礼にと、ユキトがせっせと掃除したはずなのに、暫くぶりに来てみれば、あっという間にユキトが掃除する前の状態に戻っているではないか。

 これでは折角の広くて美しかったはずのユニオンホームが台無しだった。

「片づけないんですか?」とユキトが訊いてもガゼは、いや【アスギー】のユニオンメンバー全員が、「そのうちな」しか言わないのであった。

 ユキトから星の雫の効果を聞いたガゼが、驚きの声を漏らす。

「低濃度の星命素フォゾンが視えるようになるアイテムがあるなんざ、おれも知らなかったぜ。おれもなげえこと冒険者やってるが、獲得経験値EXPプライズを視たのは二、三回くらいしかねえんだ。なんせ普段は視えねえもんだしな。魔物モンスターは幻晶泉に近づくことを嫌うから、幻晶泉の近くで戦闘になること自体稀なんだが。おれが視たのは幻晶泉がたまたま幻晶体誕生フォゾンバースしてる時に、幻晶泉から少し離れたとこで魔物モンスターと戦闘になって、そんでいつの間にか幻晶泉の近くに移動しちまってて、そこで魔物モンスターを倒した時だけだ。幻晶体誕生フォゾンバースしてる時の幻晶泉は星命素フォゾン濃度が上がるからな」

「おれ今まであんまり気にしてなかったんですけど、レベルアップの仕組みってどうなってるんですか?」

「がっはっはっは! 冒険者をやってるほとんどの奴が、より強い相手を倒せばより多くの経験値を貰える、ってことぐれえしか知らねえからな。お前が知らねえのも無理はねえよ。まず、経験値を得るってことだが、獲得経験値EXPプライズってのは、恐怖に打ち勝った対価のことだ。ここで言う恐怖ってのは『こいつと戦ったら殺されるかもしれない』、そこまで感じなくても『怪我するかもしれない』っていう危険を感じることだ。自分が感じる恐怖の感情が、そして奮い立たせた勇気が、相手を殺めた時に、相手の体が還元された星命素フォゾンの一部を、獲得経験値EXPプライズに変換して、自分のものとして吸収する力を持ってるんだ。つまり獲得経験値EXPプライズを得るためには、恐怖とそれに打ち勝つ勇気が必要なんだ。恐怖に震えるだけで、戦いに参加しなければ獲得経験値EXPプライズは手に入らねえってことだ。別に自分でとどめを刺す必要はねえし、攻撃を加えないと獲得経験値EXPプライズが得られねえってわけでもねえ。仲間と戦ってて、仲間がとどめを刺したとしても、勇気を出して戦いに参加してたら、獲得経験値EXPプライズは獲得できるし、自分が一発も攻撃を繰り出さなくても、仲間を回復したり、相手の注意を自分に引きつけて囮役になるだけでも、獲得経験値EXPプライズは獲得できる。感じる恐怖が大きければ大きい程、そして振り絞った勇気が大きければ大きい程、還元された相手の星命素フォゾン獲得経験値EXPプライズとして奪い取る力は強まるんだ。だから複数人で戦う方が、一人で戦うよりも得られる獲得経験値EXPプライズの量が減るのは、仲間がいるっつう安心感が、感じる恐怖を和らげるからなんだ。恐怖が和らぐと、振り絞る勇気の量も自然と減るからな。獲得経験値EXPプライズは相手の体を中心に周りに飛び散っちまうから、自分に向かって飛んできた獲得経験値EXPプライズは、そのまま自動的に吸収できるんだが、それ以外の獲得経験値EXPプライズは、近づかないことには吸収できねえんだけどな。それから、吸収せずにそのままほっとくと、虹色の星命素フォゾンに戻っちまうから、その前に回収する必要もある。自分の感じた恐怖と絞り出した勇気で変換させた獲得経験値EXPプライズは、自分だけにしか吸収できねえ。周りに仲間がいたとしても、そいつらに取られることはねえって寸法だ。逆に言えば仲間の恐怖と勇気が残留させた獲得経験値EXPプライズもまた、自分が貰うことはできねんだ。自分の命を危険に晒して戦うことでしか、強くはなれねえ。仲間と一緒に戦った時は、自分が戦いに貢献した分しか獲得経験値EXPプライズは手に入らねえってことだ。レベルアップってのは、おれたち生物が生まれながらにして持っている能力、本能と言い換えても良いかもしれねえが、恐怖を感じる相手と戦った時、次にまた恐怖を感じる相手と戦う機会が訪れた時に、自分の生存確率を高めて死なないようにするために、相手の星命素フォゾンを奪い取って強くなるように、おれたちの体は最初からできてるんだよ。後、これは細かい話なんだが、恐怖の量ってのは、恐怖を感じてた時間の長さは関係ねえんだ。こっちは相手に攻撃を加えずに、回避し続けたり、または相手を回復させながら戦って、戦闘を長引かせたとしても、結局倒した時に得られる獲得経験値EXPプライズの量は同じなんだ。重要なのは、感じた時間じゃなくて、一瞬間いちしゅんかんに感じた最大恐怖量だからだ。それから、戦闘の途中で逃走して離れて、また同じ相手に近づいて戦闘を再開させ、また逃走して離れる、そして近づいて戦う、これを繰り返して最終的に相手を倒しても、獲得経験値EXPプライズの獲得量が、戦闘を行った回数分、複数の相手と戦ったかのようになって増えることもねえ。何故なら一旦恐怖を感じなくなる距離まで離れた瞬間、恐怖量と出した勇気の量がリセットされちまうからな。こんなこすいことをしたところで、倒した相手の数の分だけしか獲得経験値EXPプライズは貰えねえから、これも意味がねえ行為だ。星命素フォゾンは世界を何度も何度も循環してるから、殺して奪った星命素フォゾンってのは、殺した相手が魔物モンスターだったとしても、魔物モンスターとして生まれ変わる前は動物だったかもしれねえし、人族だったかもしれねえわけだ。この世に生まれてくる瞬間に吸収した、周囲に漂っていた星命素フォゾンだけじゃなく、生物を殺して奪った星命素フォゾンも体内に蓄積されていくから、レベルアップして覚えるアビリティってのは、生き物を殺して集めた星命素フォゾンの力を覚醒させて習得してる場合もあるってことだ。ま、おれが知ってるのはこれくれえだな」

 ユキトはソファに座ったまま、頭を下げた。

「ありがとうございます。おれが知らなかったことだらけでした」

 ガゼが腕を組み、首を捻る。

「けどおかしんだよなあ。獲得経験値EXPプライズは出させた奴の体に吸収される、または回収しなければその場に転がって、ほっときゃ消えるはずだからよ。どっかに飛んでいくわきゃあねえんだけどなあ。一体どこに飛んでいきやがったんだ?」

「おれがレベルフルカンストしたから、体が獲得経験値EXPプライズを吸収できなくなって、適当な方向に飛んでいくようになったんじゃないですか?」

「それはねえと思うぜ。おれはレベルカンストしてるが、レベルフルカンストしてるわけじゃねえから、絶対とは言えねえんだが。おれが獲得経験値EXPプライズを視た数回で、おれが出した獲得経験値EXPプライズがどっかに飛んでったことなんざ一度もなかったんだ。レベルカンストやレベルフルカンストするってのはよ、恐怖を感じる相手と勇気を出して戦って殺めても、獲得経験値EXPプライズが出る量が極端に減る、または全く出なくなるってことなんだ。つまり、自分が出した分は全部自分のもんになるんだ。ま、レベルフルカンストした奴が魔物モンスターと戦って獲得経験値EXPプライズが全く出なかったってのは、他所の冒険者からそういう話を聞いたことがあるってだけで、実際におれが自分の目で確かめたわけじゃねえから、お前の考えが正しいのかもしれねえけどな」

「もしガゼさんの言う通りだったとしたら、昨夜おれとクララが視た現象の説明がつかないってことですよね」

 ガゼが首肯する。

「追いかけてみたらどうだ?」

獲得経験値EXPプライズをですか?」

「ああ。なにかわかるかもしれねえぜ」

 これ以上のことは、ここでガゼと話していてもわからない。

 ユキトはもう一度ガゼに礼を言うと、【アスギー】のユニオンホームを後にした。

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