第19話 リスタートの矢先に……

 冒険者にはステータス報告義務というものが課せられている。

 ギルド本部の玄関口となっている大扉から中に入り、右奥の壁際まで進むと階段がある。

 階段を上った二階は、アナライズフロアと呼称されている。

 アナライズフロアには数十もの小部屋があり、その全ての小部屋がステータス計測室となっている。

 冒険者が毎月、ここでステータスを計測し、その情報をギルド本部に報告する義務、それがステータス報告義務だ。

 その理由は有事の際、ギルド本部がユニオンまたは冒険者個人に助力を求める時に、どのユニオンが適任か、或いは問題を解決するに相応しいアビリティを習得している冒険者は誰なのか、迅速に判断したり、対応策を考えるための資料とするためである。

 新たに冒険者となる際、入団テストを受けに行く前に、ここでステータス表を作製してもらい、それを持って入団テストを受けに行く。

 クララとネモも【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームに向かう前に、ここでステータス表を作製してもらっていたのだ。

 新生【クララ・クルル】を立ち上げ、一月ひとつきあまりが経過し、クームタータの月が終わりを迎え、ラントリーブの月となった。

 ユキトはクララと共に、アナライズフロアを訪れていた。

 ステータスの報告は、月の初めに行わなければならないことはなく、月の終わりだろうがいつでも良いことになっている。しかし、冒険者の数に対して、部屋数が少ないため、アナライズフロアはいつ来ても混雑しているのだった。冒険者にとって重要な、ステータス情報の漏洩を防ぐため、一部屋に一人ずつ入って計測することになっていることも、順番待ちの長さの原因の一つとなっている。

 仕方なく、ユキトとクララは長蛇の列に並んだ。

 ユキトの番になり、ステータス計測室に入る。

 広くない部屋の中に、栗鼠人デールムンク族の女性ギルド職員が一人待機していた。

 一人なのは、ステータスの計測は一人で事足りる作業であることと、ステータス情報の漏洩を防ぐための措置である。当然、アナライズフロアで働く全てのギルド職員には、守秘義務が課せられている。

 ギルド職員の手にはアナライズリーダーが握られていた。

ペン型をしているそれは、ボタンを押すとペン先から赤く丸い光が放射状に放たれ、その光を全身に浴びせた相手のステータス情報を読み取ることができる。

 ステータスの虚偽報告を防ぐために、ギルド本部が作製したマジックアイテムである。

 年齢も読み取る能力があるため、十五歳未満の者が、十五歳以上だと偽って冒険者になろうとすることは不可能なのであった。

 スツールに腰かけたまま、ユキトの全身に赤光を浴びせたギルド職員が、今度は机の上の魔法紙マジックゼッテルに赤光を投射した。すると魔法紙マジックゼッテルにユキトのステータス情報が記述されていく。

「確認しますか?」

 ギルド職員がステータス表をユキトに差し出す。

 確認するだけでなく、申し出ればもう一枚作製してくれて、それを貰うことも可能だ。

 ユキトは真っ先にNEXT LEVEL UPの項目に目を移す。先月のステータス表も見せてもらい、どれだけ経験値が溜まったかを確認した。

 +106。それがこの一ヶ月間のユキトの成果だった。

「え? これだけ?」

 ユキトが怪訝な表情を浮かべる。

「どうかされましたか?」

「この一ヶ月、結構頑張ったから、もっと経験値が溜まってるって思ってたんですけど」

 月の最初の方はクララに付きっきりで、クララが魔物モンスターと戦っている時に、フォローしないと危ない場面になった時だけ、魔物モンスターを倒していた。しかし、クララがボルスを作れるようになってからは、ユキトは休みなく旧ポイタ街道へと足を運び、魔物モンスターを屠りに屠っていた。

 ユキトの脳裏に嫌な予感が走る。

「では経験値獲得数日割表を出してみましょうか?」

「お願いします」

 経験値獲得数日割表は、日ごとに獲得した経験値の数値を、グラフにして表示した書類のことである。

「棒グラフと線グラフのどちらにしますか?」と問われ、どっちでも良かったので「棒グラフで」とユキトは答えた。

 ギルド職員が、ステータス表を印字した時とは別のボタンを押しながら、真新しい魔法紙マジックゼッテルに、アナライズリーダーの赤光を浴びせる。

 すると魔法紙マジックゼッテルに、クームタータの月の日割でのユキトの獲得経験値数が、棒グラフで表示されていく。

 それを見たユキトは絶句せざるを得なかった。

 月の初日から暫くの間、クララに付きっきりだった時の獲得経験値数が、0だったり、1だったりするのは理解できる。

 クララのバトルレベルと錬金レベルが上がり、ボルスを調合できるようになった日から、急激に獲得数が上がっているのは、当然、旧ポイタ街道に行くようになったからだ。しかし、そこから徐々に獲得経験値数は右肩下がりになっていた。そして、最終週の第四週である、シュルガの週に入る時には0になっており、そこから月の最終日までずっと0となっていた。

 ――レベルフルカンスト。

 その言葉が脳裏にちらつく。だがユキトはこう言わずにはいられなかった。

「なにかの間違いかもしれないので、もう一度おれに光を当て直して、もう一枚グラフを作ってもらえませんか?」

 ギルド職員は少々戸惑いながらも、ユキトの要求通りに答えてくれた。しかし、結果は変わらなかった。

 ステータス計測室を後にし、ユキトの後ろに並んでいたクララが笑みを浮かべて、

「どうでしたか?」

 と何の気なしに訊いてきたが、ユキトはなにも答えられなかった。

 しかし、共に努力していくと誓い合った仲間であるクララに、黙っているわけにはいかないと考え直し、クララの計測が終わると、クララをギルド本部の外へと連れ出した。

 ギルド本部から離れ、人気の少ない場所まで移動してから、ユキトの経験値獲得数日割表をクララに見せた。

 グラフから顔を上げ、ユキトを見上げたクララの顔には、困惑の色が浮かんでいた。

「これってどういう……」

「レベルフルカンストしてる、かもしれない」

「え……」

 クララが先刻のユキトのように絶句する。

「まだ確定じゃない。レベルカンストが酷くなっただけって可能性もある」

 自分のバトルレベルと同じバトルレベルの魔物モンスターを、最初から最後まで自分一人だけで倒した時に、得られる経験値が0ならばレベルフルカンスト、というのが、リーガで一般的となっているレベルフルカンストの定義である。

「悪いんだけど、レベルフルカンストしたかどうか、今すぐ確かめたいんだ。だから今日はそれが終わるまで、アルセの森の幻晶泉まで付き添えないからさ。それまでクララは自由時間ってことにさせてくれないか?」

「わかりました」

 深刻なユキトの様子に、クララは即答で応じた。

「悪いな」

 それだけ言い残すと、ユキトは【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームへと向かった。

 自分と同じバトルレベルの魔物モンスターと、徹頭徹尾単独で戦うことは、単純に考えて勝率は五分五分であり、言うまでもなく危険な行為であった。

 それを行うのであれば、危なくなったら時にフォローに入ってくれる仲間に傍で待機していてもらう必要がある。

 ユキトは【厚切り肉のコートレッタ】のメンバーたちに事情を話し、数人のメンバーに協力を取り付けた。

 そして自分と同じ強さの魔物モンスターと戦うため、ダンジョンへと向かった。

 念のため、ユキトは一匹だけでなく、多めに五匹倒した。

 それからギルド本部に戻り、二階へ上がって、再度のステータス計測を行った。

 結果、今日一日のユキトの獲得経験値数は、0だった。


 ずっと気懸りでいてくれたのか、ダンジョンへ向かう時も、戻ってきた時も、クララはギルド本部で待ってくれていた。

 ステータス計測室から出たユキトが、口を引き結んだまま首を横に振る。

 それを見たクララは愕然とした表情を浮かべた。

「そんな……」

 二人無言のままギルド本部を後にする。大扉から外へ出たところで、ユキトが立ち止まる。

 ビンゲに勝つためにガゼの指導の下、修練を積み、そして見事ビンゲに打ち勝った。

 レベルが上がらなくとも、技術を磨くことで強くなることは可能だ。それはユキトが自ら体現している。

 今からもっともっと練習すれば、ライトソニックパリィも無硬直防御ジャストバリアガードも、成功率が上がっていくことだろう。

 しかし、それにも限界がある。どんなに技術を磨いたとしても、バトルレベルに差があればある程に、磨いた技術は通用しなくなっていく。

 先日の下剋上ランキングチェンジバトルの時は、ビンゲに勝利することができたが、ビンゲのバトルレベルが上がってしまえば、たとえどんなにライトソニックパリィと無硬直防御ジャストバリアガードの精度を上げたとしても、敏捷値が上がったビンゲの動きについていけず、技を出す暇さえ与えてもらえずに、敗北することになるだろう。ユキトがビンゲに勝つことができるのは今だけで、暫く時間が経ってしまえば、ユキトはもう二度とビンゲに勝利することはできなくなる。

 それ程までに、バトルレベルというのは重要な要素なのだった。

「ここまで、なのかな……」

 頭が真っ白になっていたユキトの口から、ぽつりとそんな言葉が零れ落ちる。

 ガゼが示してくれていた道は閉ざされてしまった。

 ゆっくりレベルアップしていけばいい。そう思っていたのに。

 レベルフルカンストしてしまったユキトには、ガゼと同じ道は辿れない。

 自分に進める道は一つも残されていないように思えた。

 折角もう一度努力しようと、頑張り始めたばかりだというのに。

 ユキトにはもう、どうすればいいのかわからなかった。 

「ユキトさん」

 声に顔を向ける。

 神妙な顔をしたクララがそこにいた。

「一緒に来て欲しいところがあります」

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