第18話 求めていた冒険者生活

 若干過保護ぎみなユキトだったが、クララの要望を少しだけ聞き入れた。

 午前中は今まで通り、二人で素材アイテム集め兼、クララのバトルの練習を行う。それが終わると、クララをアルセの森の幻晶泉まで送り届け、クララはそこで調合の練習を行う。その間にユキトは自分のバトルレベルにあったダンジョンへ移動し、魔物モンスターを倒して経験値稼ぎをする。そして日が暮れる前に、アルセの森の幻晶泉までクララを迎えに行き、二人で一緒に帰宅する、というやり方に変更したのだ。

 ユキトとしては、懸念が完全に消えることはなかったが、幻晶泉にいる間なら、幻晶泉に魔物モンスターがやって来ることはほとんどないし、バトルレベルも2に上がり、ボルスがあるクララなら、たとえ幻晶泉に魔物モンスターがたまにやって来るくらいのことなら、問題なく一人で対処できるだろう、と判断した。

 再び努力することを決意したユキトだったが、以前のように、自分の強さで勝てるかどうか五分五分といった、危険な賭けのようなやり方をするつもりはなかった。

 エナ海岸で瀕死に追いやられた、あの時のトラウマはまだ消えておらず、恐怖心が拭えないという理由もあったが、ガゼの存在がユキトに大きな影響を与えていた。

 少しずつで良い。早くレベルアップしたい気持ちはあるけれど、地道にコツコツやっていれば、《スピードスター》と呼ばれていた頃とは程遠いレベルアップスピードだけれど、強くなっていくことはできる。

 ユキトはそう思えるようになっていた。

 ガゼという、レベルカンストしたまま有名冒険者にまで上り詰めた憧れの冒険者が既に、道を示してくれていた。ユキトはその道を辿ればいいだけだ。そうすれば追いかけた先に、強くなった自分が視える気がした。

 クララと始めた新しい冒険者生活が楽しいということも、ユキトに良い影響を与えている。

 ユキトがずっと求めていた冒険者生活が、送れるようになっていた。

一緒に高みを目指して頑張ってくれる仲間と共に、努力していく。日々の生活が充実し、これで良いんだと、焦らなくても良いんだと、徐々に心境が変化していった。

 そのため自分の今の強さで、そこそこ苦戦はするが、安全を優先しながら戦えば、死に追いやられることはないだろうと判断したダンジョンで、努力することに決めたのだった。

 ダンジョンレベル11、旧ポイタ街道。交易のために商人のキャラバンが頻繁に利用していた街道だったが、より安全な新道が整備されると利用されなくなり、魔物モンスターが棲みつくようになった。

 人の手が入らなくなった街道は、雑草が生え放題で荒れ果て、もはや道とは呼べなくなっている。

 魔物モンスターレベル10、魔獣型魔物モンスター、ツインホーン。体高約二メードル、体長約四メードルもの巨体を持ち、四足歩行をする前足と後ろ足の周囲と腹は、黄土色の体毛で覆われている。それ以外のほとんどの部位に生える体毛は青かった。臀部からはおよそ一メードル五十セーチ程もある尾が伸びている。そして特徴的なのは、両肩から一メードル以上もある巨大な角が、前方に向かって伸びていることだ。

 至近距離からのツインホーンの角を使った体当たりホーンアタックを、横に飛び退きながらのライトソニックパリィでいなす。

 跳び退いたユキトの視界の奥に、別の魔物モンスターの姿があった。

 魔物モンスターレベル7、スライム型魔物モンスター、イエロープルン。椀にいれたゼリーをひっくり返したような、半球型の体型。地面に近い部分だけ、ドロリとしている。体高は七十セーチ程。吊り上がったまなこと大きく裂けた口の中は紅い。裂けた口の上下が、所々粘液で繋がっている。その名の通り、黄色い体色をしている。

 跳んで空中にいるユキトの視界の中で、イエロープルンが体を震わせていた。《マジックアビリティ》ライトニングの行使前動作だ。

 魔物モンスターたちは、魔法陣を描くことなく魔法を行使できる。それは魔物モンスターたちに生まれながらに備わっている、本能的な能力によるものだ。念じるだけで行使する魔物モンスターもいるが、大抵の魔物モンスターは、行使前に特定の動作を行わなければ、魔法を行使できない。たとえ同じ魔法だったとしても、魔物モンスターの種類ごとに行使前動作はそれぞれ異なっている。

 イエロープルンの紅い双眼は、確実にユキトを捉えていた。イエロープルンが狙っているのは、おそらくユキトの着地点で間違いないだろう。このままではライトニングの直撃を食らってしまう。

 ユキトは足で着地することを諦め、空中で体勢を傾けた。肩から倒れ込むようにして着地し、そのまま体を横向きに回転させて転がる。

 その直後、轟雷が耳朶に噛みついた。ユキトの頭の少し上、なにもない中空より発生した一条の稲妻が、ユキトが瞬刻前に肩から接地した地面を焼け焦がした。

 転がりながら立ち上がり、イエロープルン目掛けて疾駆する。

 八千切やちぎりを放とうと双剣を構えた瞬間、ユキトの足に衝撃。

 二匹のアイアンアントが体当たりしたのだ。

 体高三十セーチ、体長九十セーチの巨大蟻型魔物モンスター。赤い瞳以外は墨をぶちまけたように黒い。二本の触角が、垂れ下がるように途中で折れ曲がっている。口からは二本の鋭い牙が覗く。魔物モンスターレベルは8である。

 周囲一帯に繁茂する背の高い雑草に遮られ、ユキトにはアイアンアントの姿が視えなかったのだ。

 立ち上がろうとしたユキトの上を、巨大な影が覆った。

 見上げるとツインホーンの巨体が圧し掛かってきていた。

 巨獣に仰向けで押し倒されたユキトの背中が地面と衝突。衝撃に強い痛みが走る。

 唸り声を上げながら、ユキトの上で暴れるツインホーンの前足を、ユキトは交差させた双剣で防ぐ。

 そのままライトソニックパリィを強めに発動する。

 八千切やちぎりの推進力により、ツインホーンの巨躯が押し戻され、一瞬ユキトの腕に掛かっていた負荷が軽くなる。

 その瞬間を見逃さず、ユキトは黄土色の体毛で覆われた腹を蹴り上げた。

 体をバネのようにして勢いよく立ち上がり、そのままツインホーンに双剣の乱舞を見舞う。

 ツインホーンだった星命素フォゾンの玲瓏な輝きには目もくれず、すぐ傍にいた二匹のアイアンアントを二条の斬撃だけで屠る。同時に斜めに斬れた雑草が宙を舞う。

 イエロープルンに顔を向けた瞬間、耳を劈く霹靂。

 迅雷を浴びたユキトの全身が痺れ、火炙りにされたかのごとき熱さに灼かれる。

 イエロープルンが再び体を震わせ始める。

 ユキトは一直線に疾駆け、雷条が落ちるタイミングで斜めに飛び退き回避する。

 再び雷魔法を溜め始めたイエロープルンに向かって、左右連続で八千切やちぎりの投擲。

 飛翔斬撃が柔らかい体を十字に斬り裂く。

 飛び散った黄色い体液さえも、空中で光の粒となり、溶けて消失した。

 ふう、と一息吐き、双剣を鞘に納める。

 まだHPヒットポイントには余裕があったが、念のため回復することにした。

 腰のベルトからHP回復薬ポーションを引き抜く。それはクララが錬金術の調合で作製したHP回復薬ポーションだった。

 栓を外し、顔を上向け喉を鳴らして飲み干す。

 最大HPヒットポイントの三割が回復し、ほぼ全快したユキトは、新たな獲物を探すため、足を動かすのだった。

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