第17話 クララ初めてのレベルアップとレシピ発想

 二人は毎日朝早くに起床し、ダンジョンへと向かった。

 錬金術に使える素材アイテムを採取しながら、魔物モンスター遭遇エンカウントすれば、クララのバトルの練習を行う。

 HP回復薬ポーションの調合に必要な、植物カテゴリ、水カテゴリのアイテムとして、アルセの森ではコバルト草と聖水が採取できた。

 泉が湧出している、少し青みがかった透明な水は、錬金術における水カテゴリのアイテムの種別で言えば、聖水だとクララは言った。これも母ララナから昔教えてもらったらしい。

 残念ながらアルセの森に甘露の実はないので、甘露の実が不足すればモネア平原へ赴き、その他の素材アイテムも採取しつつ、クララが魔物モンスターと戦った。

 ユキトが護衛を務めているので、必ずしもアルセの森の幻晶泉で錬金術の練習を行う必要はなく、ある程度素材アイテムが集まれば、モネア平原でもHP回復薬ポーションの調合を行った。

 クララのMPマナポイントが尽きると、リーガの街中にある店で買ってきておいたMP回復薬エーテルで回復した。


 そんな繰り返しの日々が暫く続いたある日のことだった。

 黄色い四つの複眼。毒々しい赤紫色をした丸く膨らんだ腹。それ以外の体色は紫。蜘蛛だが肢は四本で、二本の大きな触肢はおよそ二メードルの長さを誇り、先が槍のように鋭く尖っている。

 カーヴスパイダー。魔物モンスターレベルは2である。

 錬金杖れんきんじょうでクリスタルシュートの魔法陣を描き終わった瞬間、触肢による引っ掻き攻撃が繰り出される。

 クララがバックステップ。

 攻撃は回避できたが、着地の瞬間、太い木の根に足を取られ、クララが大きくよろける。

 その根を伸ばしている大木の、凸凹になっている幹の表面を咄嗟に掴み、どうにか転倒は避けられた。

 その隙にカーヴスパイダーが体勢を百八十度入れ替え、臀部から白い糸、スパイダーネットをクララに向けて射出する。

 大量の蜘蛛の糸がクララの体に絡みつく。

 四本の肢を素早く動かし、機敏さが損なわれたクララに隙を与えず、カーヴスパイダーが接近する。

 巨大な触肢の片方を振り上げ、クララ目掛けて突き込む。

 首を逸らし、間一髪のところで回避。

 触肢は、クララが背にしていた巨木の幹に突き刺さる。

 深く刺さったらしく、引き抜こうとあがくが抜けない。

 その隙にクララが逃走を試みる。

 しかし、それを大蜘蛛の四つの複眼は見逃さなかった。

 触肢を引き抜くことを諦めたカーヴスパイダーが、体を押し込みクララに肉薄する。

 カーヴスパイダーには顎が四つある。上顎、下顎、右顎、左顎の上下左右に分かれて大きく開く。

 噛み付こうと盛大に開かれた四つ顎が、クララの目前に迫る。

 それを両手で持ったシフォンロッドを盾にすることで防ぐ。

 苦悶の表情を浮かべるクララは、眼前に迫った大蜘蛛と、背にした大木に挟まれ、身動きが取れない。

 徐々に押し込まれていくクララ。

 鋭い牙がクララの肌に突き刺さりそうで刺さらない、ぎりぎりの攻防が暫く続く。

 木に突き刺さっていない、もう片方の触肢が振り上げられる。

 槍のような鋭利な切っ先がクララに照準を定める。

「クリスタルシュート!」

 触肢が振り下ろされる寸前、盾として噛み付きを防ぎながら、角度を調整し、シフォンロッドの先は上へと向けられていた。そこに付随し続けていた茶色の魔法陣から、黄昏水晶トワイライトクリスタルが勢いよく飛び出す。

 クララが背にする巨木の高い位置にある枝になっていた、オイルフルーツの実に直撃。

 当たった勢いで、オイルフルーツの実が千切れて外れる。

 重さ数キオグルムはあろうかという、大きなオイルフルーツの実が、直下にあった丸く膨らんだ赤紫色の腹の上に落下した。

 生命を失い、完全に脱力した大蜘蛛が、七色の光を散らしながら、跡形もなく消滅していく。同時にクララの体に絡みついていたスパイダーネットも世界に還元されていく。

 それを安堵の表情で見つめていたクララが、突然声を上げる。

「あ!」

「どうした?」

「なんだか力が漲ってきます」

 クララが自分の両掌に視線を落とす。

「レベルアップしたんだな」

「え? したことなかったから、よくわかりませんけど。これが、レベルアップですか?」

「そうだ」

 ユキトの肯定で実感が湧いてきたのか、クララの顔に笑みが浮かんでいく。

「やったあ! わたしレベルアップできました!」

 両手を上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、満面の笑みを浮かべるクララ。

 見ているユキトの方まで嬉しい気持ちになってくる喜び様だった。

 自然とユキトも笑みを浮かべていた。

「それにしても、最後のオイルフルーツ落としは、狙ってやったのか?」

「はい。当てられる自信はなかったんですけど、うまく当たりましたね」

 言いながら、カーヴスパイダーにとどめを刺したオイルフルーツに、クララが身を屈めて手を伸ばし、指が触れた瞬間、

「あー! 思いついた!」

「なにを思いついたんだ?」

 目を瞠ったクララが、ユキトを見つめながら言う。

「新しいレシピです!」

「そうか、良かったな!」

「はい!」

 クララが眩しく破顔する。

「バトルレベルが上がったら、新しいレシピを覚えるもんなのか?」

「はい。バトルレベルが上がった時に、レシピを思いつくことがあるって、昔お母さんが言って……、あー!」

「今度はなんだ?」

 再度クララが目を瞠る。

「錬金レベルが上がってます! 感覚でわかるんです。錬金レベルも2になりました!」

「そうか。それは良かったな。感覚って、レベルが上がる前とどう違うんだ?」

「なんかオイルフルーツの声が聞こえるようになった気がするというか」

「聞こえるのか?」

「自分で言っておいてなんですけど、よくわからないんです。気がするというだけで。でもこのオイルフルーツを触っただけで、品質や付いている特性がわかりました。今まではわからなかったのに」

「ふうん。まあ、きりもいいし、バトルはこの辺にして、新しいレシピの調合の練習をするか。あ、必要な素材アイテムは揃ってるのか?」

「はい。今まで採取してきた素材アイテムで作れます」

「よし、それじゃあ幻晶泉に行くか」


 二人は森の奥の幻晶泉に移動した。

 幻晶花から距離を置いた位置で、地面に淡白色の幾何学模様を描いていく。

 傍で見ていたユキトが疑問を口にする。

HP回復薬ポーションの錬金陣と模様が違うんだな」

 錬金杖れんきんじょうの石突きで、地面に錬金陣を描きながらクララが答える。

「レシピによって違うんですよ」

「新しいレシピを思いついた時に、そのレシピの新しい錬金陣も思いついたのか?」

「うーん。思いついたというか、レシピを思いついた瞬間に、新しいレシピの錬金陣の描き方がわかったという感じですね」

 錬金術師の感覚的な話は、いくら聞いても錬金術が使えないユキトには、さっぱり理解できなかった。

 新しいレシピの必要素材アイテムは、火炎石×1、火薬カテゴリの素材アイテム×1、燃料カテゴリの素材アイテム×1。

 錬金陣を描き終わったクララは、無限袋インフィニティバッグの中から、モネア平原で採取した、角張った深紅色の鉱石、火炎石を二つ取り出した。

 常に熱を発する火炎石は、触ったら熱い。

「あちちっ!」

 と言いながら、それぞれ別の素材円の中に置く。火炎石は火薬カテゴリに属するので、火薬カテゴリの素材アイテムとしても使用する。

 最後にオイルフルーツを取り出し、素材円の中に安置する。

 それから錬金陣の真ん中に移動し、錬金杖れんきんじょうの石突きで、白く発光する幾何学模様を叩いた。

 クララの目の前に調合品の設計図パズルフィールドが現れる。そして素材円の中に置いた素材アイテムたちが変形した星命片フォゾンピースが、控えめな虹色の光を零しながら、クララの傍の中空に移動してくる。

 クララが錬金杖れんきんじょう星命片フォゾンピースに触れ、調合品の設計図パズルフィールドに嵌め込んでいく。

 そして錬金陣の中央に出てきたのは果たして、……灰だった。

「難しいのか」

「はい。見たことない調合品の設計図パズルフィールドの形でした。でもまだまだ素材アイテムはあるので頑張ります!」

 クララは素材円の中から消えてしまった素材アイテムを補充するため、無限袋インフィニティバッグの中から再び素材アイテムを取り出す。

 燃料カテゴリの素材アイテムとして、今度はオイルフルーツではなく、キーリャを取り出す。

 再度の挑戦、調合失敗。

 そして、何度目かの失敗を経て、調合成功の瞬間がやってきた。

 調合品の設計図パズルフィールドに綺麗に収まった星命片フォゾンピースが、調合品の設計図パズルフィールドと共に、激しく七色の光を迸らせる。そしてそれが中央で一つに混ざり合い、出現したのは手の平大の真っ赤な球だった。

「でっきたあ!」

 クララが楽しそうに笑みながら、それを拾う。

「それはなんのアイテムなんだ?」

「投げたら爆発する攻撃アイテム、ボルスです」

「それいくつか作ったら、威力を試しに行こう」

 元気よく返事したクララは、再び調合の準備を始めた。

 それから暫くボルスの調合を続け、数個完成したところで、二人は幻晶泉を離れて森の中へと向かった。

 魔物モンスターを探して緑の中を歩んでいると、前方に一匹でいるカーヴスパイダーを発見した。

 クララの接近に気づき、突進してきたカーヴスパイダーに向かって、クララがボルスを投げる。

「えいっ!」

 カーヴスパイダーの顔に命中した瞬間、ボルスが爆発。

 それだけで、先刻あれだけ苦労して倒した大蜘蛛が絶命する。

「すごい! 一発で倒せましたよ!」

 ユキトの足元に、爆発したはずのボルスが転がってきた。

「どうなってるんだ? 爆発しても壊れないのか?」

「使用回数は六回なんですよ。だから後五回も使えるんです」

「へえ、それ結構使えそうだな」

「これがあれば、もうわたし一人でも安心ですね。気兼ねなくダンジョンで努力してきてください」

「いや、投げたボルスを拾うまでの間に、新たに現れた魔物モンスターに襲われないとも限らないからな。ボルスなしじゃ、さっきみたいにカーヴスパイダー一匹相手に苦戦するくらいだし」

 クララが不満に頬を膨らませる。

「バトルレベルも2に上がったんですよ。もうさっきみたいに苦戦はしないはずです。過保護すぎじゃありませんか?」

「なに言ってるんだ。おれはこれからもずっとクララと一緒にいたいと思ってるんだ。少しの油断で、お前を失うわけにはいかないんだ」

 クララはぽかんと口を開け、ぽーっとした顔でユキトを見上げる。そしてみるみる赤面していく。

 それを見たユキトは、数秒前の自分の台詞が、ある種の勘違いを生み出す発言だったと遅まきながら気づく。

「ち、違う! そういう意味で言ったんじゃない! 共に冒険者生活を送る仲間として言ったんだ!」

「そ、そうですよね! わたしったら勘違いしちゃって、ごめんなさい!」

 お辞儀をして謝ったクララが頭を上げた瞬間、二人の視線が交差する。その瞬間、二人は火炎石並みに赤らめた顔を、ほぼ同時に背けるのだった。

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