第13話 下剋上に向けて特訓の日々

 北区・居住区。ここには上位ユニオンのユニオンホームが立ち並ぶ。その第三居住区にある一軒の屋敷の前に、ユキトは立っていた。

 広い敷地が、石造りの塀に四角く囲われている。大きな格子状の鉄門扉の奥に鎮座するは、三階建ての茶色い屋敷。

 鉄門扉は開け放たれており、ユキトは歩いて屋敷の本屋ほんおく入り口まで行くと、扉に据え付けてあるノッカーで扉を叩いた。

 暫く待っていると、扉を開けて出てきたのはガゼだった。

 ユキトの姿を認めたガゼが、眉を上げて少し驚く。

「おう、ユキ坊か。どうした?」

「あの、おれもう一度頑張ろうと思って。あいつと仲間になりたくて。それで、厚かましいお願いなんですが、おれに稽古をつけてください!」

 ユキトはがばっと勢いよく頭を下げた。

「いいぜ」

 ユキトは驚いて頭を上げ、ガゼを見上げた。

「え? いいんですか?」

 ユキトはどうせ断られると思っていた。

 それが駄目元で頼んでみたら、即了承してもらえたことが信じられなかった。

 それに、ユキトのために時間を割けば、その分【アスギー】の稼ぎは減る。それでもいいのかと、ユキトは問うていた。

 ガゼが首肯する。

「ああ。おれ様の大ファンが、また頑張ろうってんだ。断る理由がねえ」

 ガゼが片頬を吊り上げてニヤリと笑う。

 ユキトの胸に温かい嬉しさが広がっていく。

「ありがとうございます!」

 再度ユキトは深く頭を下げた。

「それで、錬金術士の嬢ちゃんと仲間になるのに、おれに稽古をつけてほしいってのは、一体どういうことなんだ?」

「おれ、自分であいつのこと突き放したから、仲間になってもらうためには、もう一回信頼してもらわなくちゃ駄目なんです。そのためにビンゲが所属する【へゼズタ】に下剋上ランキングチェンジバトルを挑もうと思ってます」

 獲得した総ユニオンポイントの合計数の多寡によって、ユニオンランクが決まるユニオンランク制度。

 新興ユニオンが、古参ユニオンの総ユニオンポイント数を上回ることは、限りなく難儀である。

 そこでギルド本部が採用しているのが、下剋上ランキングチェンジバトルである。

 下位ユニオンが上位ユニオンに対して下剋上ランキングチェンジバトルを仕掛け、勝てばユニオンランクと総ユニオンポイントが入れ替わる。

 自分の所属ユニオンよりも、ユニオンランクが高いユニオンにしか仕掛けられない。

 仕掛けられた上位ユニオン側は、基本的に拒否できない。

 バトル形式は、挑戦者である下位ユニオンがまず提示する。上位ユニオンが了承すればそのルールで行い、異議を唱えれば、双方で話し合って決める。

 勝利すれば、勝利した日から一ヶ月の間、下剋上ランキングチェンジバトルを挑まれた際に、拒否できる下剋上ランキングチェンジバトル拒否権が与えられる。勿論、挑戦を受けたければ挑戦を受けることは可能だ。

 挑戦者である下位ユニオンが敗北した場合、敗北した日から一ヶ月の間、下剋上ランキングチェンジバトル挑戦権を失う。尚、仕掛けられた側である上位ユニオンが敗北しても、下剋上ランキングチェンジバトル挑戦権は喪失しない。

 以上が下剋上ランキングチェンジバトルの概要である。

【へゼズタ】が、そしてビンゲ・レ・ムンバが受諾してくれるかどうかは、まだ下剋上ランキングチェンジバトルを申し込んでいない今の段階ではまだわからないが、ユキトはビンゲとの一対一でのバトル形式を挑むつもりでいた。

 ユキトのことを見下しているビンゲのこと、おそらくこの条件を飲むはずだと、ユキトは目算していた。

 ちなみにビンゲもレツォヴィルも、名前の後ろにレ・ムンバと付くが、二人が家族だというわけではない。獅子鬼レ・ムンバ族たちは、みな名前の後ろのレ・ムンバと付く。

「来てくれるかわからないんですけど、クララを呼んで、今ではバトルレベルを抜かされて格上になったビンゲに勝つところを、クララに見てもらえれば、信頼回復に繋がるんじゃないかと思うんです」

 再び努力しているということを、クララに伝えたかった。

【厚切り肉のコートレッタ】を辞めて、自分一人だけの新ユニオンを立ち上げたのも、そのためだった。

 しかし、バトルレベルでビンゲに追い抜かされ、レベルカンストしてしまった自分が、どうすればビンゲに勝てるようになるのか、ユキトにはわからなかった。だから、こうしてガゼのところにやって来たのだった。

「よし、やるべきことは大体わかった。教えてやる代わりに一つ条件がある。付いて来い」

 ガゼに連れられやって来たのは【アスギー】のユニオンホームの庭だった。

「修行はここでやる」

 目の前の光景を目にしたユキトが絶句する。それから口を開く。

「……ここで、ですか?」

 庭は全くもって手入れされていなかった。

 雑草たちが好き放題に背を伸ばしており、ユキトの身長を超えている。広い庭が台無しだった。

「ああ。見ての通りの有様でな。誰も使わねえから、誰も手入れしねえんだよ」

 庭師を呼べば良いのでは? と一瞬思ったが、それすらも面倒なのだろう。

「まずはこの雑草を何とかして欲しい。それが条件だ」

 普段面倒でやらないことを、ユキトにさせようと言うのか。それでも稽古をつけてくれるのなら別に良い。

「時間が勿体ねえからよ。お前の八千切やちぎりでパパっとやっちまってくれ」

 八千切やちぎりというのは、ユキトが唯一習得している《アタックアビリティ》のことで、剣身から斬撃を飛ばす技である。

 ユキトが懸念を口にする。

「この向こうって塀があるんじゃないんですか?」

「おう、だから塀を壊さないようにうまく調節してやってくれ」

「自信ないんですけど……」

「適当にやりゃあできんだろ」

 えー……、と思ったユキトだったが、これが条件を言われてしまえばやるしかない。

 鞘から双剣を引き抜き、地面にうつ伏せになる。

 両腕を交差させる構えをとり、意識を集中させる。

 双剣の剣身が白い光を帯び始める。

 ユキトは、雑草の向こう側にある、塀に当たる前に消えるよう加減する。そして、地面すれすれの高さから、双剣を同時に横薙ぎにする。

 刃から射出された白い斬撃が、放射状に伸長しながら雑草を刈り取っていく。

 一瞬で草の匂いが強さを増し、鼻腔に入り込む。

 背の高い雑草たちが面白いようにばたばたと倒れていく。

 それを数度繰り返す。

 放った八千切やちぎりが塀に当たることはなかった。

 それを確認し、ユキトは胸を撫で下ろした。

「ほら見ろ。できんじゃねえか」

 倒れた雑草を、ガゼは足で雑に蹴って端にどかす。

「よっしゃ。それじゃあ修行を始めようか」

 適当だなあ、と思いながら口には出さず、質問を投げる。

「どういう修行をするんですか?」

 ガゼが手で髭をしごきながら思案する。

「ふうむ。そうだなあ。バトルレベルで越されてるってこたあ、ステータス値的に言っても、力でゴリ押しってわけにゃいかねえからな。技でどうにかする他ねえだろ。お前今手加減して八千切やちぎりを出しただろ。それを応用してみたらどうだ? 例えばほんの少しだけ出して、相手の攻撃を押し返すまでいかなくても、受け流すとかよ。さっきの草刈りを見た限りじゃ、それくらいだったらできるんじゃねえか。全力の八千切やちぎりで相手の攻撃を弾き返すってのも手だが、それだとすぐにMPマナポイント切れになっちまうだろうしな。手加減すりゃあ、結構な回数使えるだろ」

 ユキトは一人得心する。

「なるほど。それを教えるために、手加減した八千切やちぎりで草刈りさせたんですね」

「ん? ま、まあそういうこった」

 嘘だった。

 一旦武器を取りに屋敷へ行き、戻ってきたガゼが持ってきたのは大振りのメイス。ユキトがビンゲの武器はメイスだと伝えたためだ。

「探したらあったぜ、でかいメイス」

 準備運動がてら、ガゼがそれを頭の上で振り回す。

「よし。ほんじゃやるか」

 ガゼの前に移動し、双剣を構える。

「行くぜ!」

 ガゼが大上段よりメイスを振り下ろす。

 双剣で受け止める寸前、少しだけ八千切やちぎりを出そうとする。しかし、間に合わずに吹き飛ばされる。

 すぐに立ち上がり、ガゼの前に戻って構える。

 ガゼが再び大上段より金棒を振り下ろす。

 今度は先程よりも八千切やちぎりを出すタイミングを早くする。双剣が白い光を纏い、メイスを受け止め、微妙に押し返す感覚をユキトは確かに感じた。

 そのまま二振りの剣を斜めに動かし、パリィしようとするもうまくいかず、後方に飛ばされてしまう。だが先刻吹き飛ばされた時と比べると、幾らかましだった。

「いけそうか?」

「はい。今できそうな感覚がありました」

「なら後は繰り返し修練するだけだ」

 それからユキトとガゼは、ひたすら練習に打ち込んだ。

 大上段からだけでなく、横殴り、振り上げ、色んな角度からのメイス振り攻撃を、受け流そうと試みる。

 ほとんどの場合でファンブルし、吹き飛ばされ、叩き潰されるを繰り返した。その度にユキトは立ち上がり、己の武器を構え直した。それを二人は、日が落ちてお互いの獲物が視えなくなるまで続けた。

 翌日からも毎日、朝早くから日が暮れるまで、天候が悪かろうがただ愚直に繰り返した。

 有り難いことに、ガゼは大量のHP回復薬ポーション類とMP回復薬エーテル類をユキトに提供してくれた。

 ユキトのHPヒットポイントが減るとHP回復薬ポーション類で回復し、八千切やちぎりの使用でMPマナポイントが枯渇すると、MP回復薬エーテル類で回復し、休むことなく修練を続けた。

 更に【アスギー】のユニオンホームで寝泊まりさせてくれた。

 そのため、毎日【アスギー】のユニオンホームに通う移動時間が無くなり、その分を練習時間にまわすことができた。

 その甲斐あって、次第に失敗する回数は減っていき、成功するようになっていった。

「よおし、大分うまくなってきたじゃあねえか」

「ありがとうございます」

 ユキトは額の汗を拭う。

「でも、これだけで勝てるでしょうか」

「そいつは難しいかもな。新しいアビリティを覚える必要があるだろうな」

 アビリティを覚える方法は、大きく分けて二つある。一つはレベルアップ時に、必ずではないが覚えることがある。もう一つは鍛錬を重ねれば、時間は掛かるが、自力で習得することが可能だ。

 レベルカンストしているユキトが、新しくアビリティを覚えるためには、前者の可能性は限りなく低い。よって後者による習得を目指す必要がある、とガゼは言っていた。

「どんなアビリティを覚えれば良いと思いますか?」

 アビリティの種類は膨大である。加えてユキトには、時間的余裕がない。何故ならば、ユキトはレベルカンストしており、レベルアップする可能性は限りなく低い。それに対し、ビンゲは順調に経験値を貯めており、ユキトが修行に時間を費やしている間にレベルアップしてしまう可能性が大いにあるためだ。

 そのため、今のユキトで習得できそうなアビリティの中で、ビンゲ戦で有効になるアビリティを正しく選んで習得する必要がある。

 選択を間違え、不要なアビリティ、または今のユキトでは到底習得不可能なアビリティを習得するために時間を浪費してしまうと、その間にビンゲとのバトルレベル差が、今よりも広がり、どんどん勝率が下がっていってしまう。

「なあに、それもちゃんと考えといたぜ」

 歴戦の猛者もとい猛様であるガゼは、当然だがユキトよりもアビリティに対する造詣が深い。数あるアビリティの中から、どれなら今のユキトでも習得できそうで、実用的なのか、その選択の精度はかなり高い。

 ユキトはガゼの選択を全幅で信頼することにした。だが、ガゼが選んだのはユキトにとって意外なものだった。

昂気テンションの使い方を教えてやる」

 自分の生命を危険に晒して戦う最中さなか、次第に気分が高揚していく。その気分のことを昂気テンションと呼ぶ。

「あの、おれまだ《限界超越》オーバーリミット技を覚えてないんですけど」

 《限界超越》オーバーリミット技とは、最大まで溜めた昂気テンションを全て消費することで使用可能となる、言わば必殺技のことである。

 ガゼが片頬を上げてにやりと笑う。

「お前らひよっこ冒険者は知らない奴が多いんだが、《限界超越》オーバーリミット技に使うことだけが、昂気テンションの使い道じゃねえんだ」

 他にあったっけ? と記憶の海を探ったが、ユキトの冒険者知識の中には存在しなかった。

 それからは八千切やちぎりを少し出して攻撃を受け流すテクニック(ユキトはこれにライトソニックパリィと名付けた)、これに《昂気テンションアビリティ》の習得も加えた修練が始まった。

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