第12話 泥塗れでも美しく輝く少女

 数日後。

 いつものように数パーティに別れ、クエストをこなし、ギルド本部テレポートルームへと帰還したユキトは、白い結界を通過し、クエストクリアの報告をするため、クエストカウンターへ向かおうとしていた。

「やったあ! 今月分のユニオン税支払えました!」

 カウンタールーム中に響き渡る大きな声に、顔を向ける。

 五番のクエストカウンターの前で、両手を上げて飛び跳ねて喜んでいたのは、泥だらけのクララだった。その瞳からは涙が零れている。

 クエストカウンターの前にいるということは、何かしらのクエストをクリアし、そのクリア報酬で手に入れた金額で、まだ支払いきれていなかった今月分のユニオン税の全額分に達したということなのだろう。

「あいつ、まだ帰ってなかったのか」

 ユキトはてっきり、クララはもう冒険者を辞めて、オーディッタの町に帰ったものだとばかり思っていた。

 オレンジの帽子も、白を基調としたワンピースも、レザーブーツも、顔も泥塗れになっている。おそらくモネア平原は今日、雨が降っているのだろう。

 ロブが顎でクララを示して言う。

「おいあれ見てみろよ。あいつ一人で新しいユニオンを創ったんだろ? 絶対ランク最下位だよな」

 新ユニオンを立ち上げた時のユニオンランクは、最下位からのスタートとなる。【厚切り肉のコートレッタ】の入団テストに落ちてしまうクララの実力のなさを鑑みて、新ユニオンを立ち上げて数日経った今でも、どうせクララの新ユニオンは最下位に違いないだろうと、ロブは言っていた。

「そうだろうな」

 シュウが同意する。

「ランク最下位のユニオン税分の金を稼いだだけで、あいつあんなに泣いて喜んでやがるぜ」

「ショボすぎだろ。泣くか普通?」

 ロブとシュウがクララを嘲笑する。

 しかしユキトは、二人とは違う感想を抱いていた。

 

 楽しそうだなあ……!


 涙を流しながら喜んでいるクララのことを、ユキトは羨ましいと思った。

 自分が最後にあんな風に喜べたのは、一体いつだったろうか。もう随分前になる。

 クララは本気で努力しているから、あんな風に心から喜べるんだ。本気で努力していなければ、涙は零れない。今の自分のように。

 ユキトは長い間、心から笑えなくなっていた。それはユキトが努力することを諦めたからだ。クエストをクリアしても、博打に勝っても、嬉しいことは嬉しいのだが、心から喜べはしない。今の自分の強さで、まず間違いなくクリアできる難易度のクエストなど、クリアしたところで喜びも達成感も大して感じるわけがない。元々興味のなかったギャンブルに手を出すようになり、それを楽しさの代替として誤魔化している今の自分は、半ば無理矢理リーガでの冒険者生活を、楽しんでいるフリをしているだけだった。

 まだ冒険者になったばかりの頃は、自分の強さでクリアできるかどうか、五分五分のクリア確率のクエストに挑んでいた。そしてクリアできた時、泣きはしなかったが今のクララのように、心から嬉しかった。逆にクリアできなければ、心の底から悔しがった。あの頃は毎日が楽しくて充実していた。

 努力することで、傷つくことが怖くなってからも、心の片隅にあの頃に戻りたいという気持ちが、ずっと残っていた。そんなユキトの目には、今のクララの姿が輝いて映っていた。たとえ泥だらけだろうが、泣いて喜ぶ眼前のクララの姿は美しい。ユキトにはそう感じられていた。


『何のためにリーガで一番の冒険者になりたいんだ?』


 冒険者になりたいと思った時、「おれと一緒に冒険者を目指さないか?」とヤノッサ村の友達たちを誘った時、誰も付いてきてくれなかった。それから村を出立する時まで、ユキトは独りで冒険者になるための鍛錬を続けた。ユキトは村の中で完全に浮いていた。

 毎日自分を鍛えながら、ユキトはそれでも別にいいと思っていた。リーガに行きさえずれば、自分と同じく熱い志を胸に抱いた奴らがごまんといるはず。そいつらと仲間になればいい。そう思っていた。

 しかし、所属することになったユニオン【厚切り肉のコートレッタ】は、頑張らない奴らの集団だった。リーガに来て尚、ユキトは集団の中にありながら孤独を強いられた。

 だからと言って、ユキトが彼らのことを仲間だと思っていないわけではない。けれど、ユキトが欲しているのは、仲間が冒険者を辞める時に、誰一人として涙一つ落とさない、そんな上辺だけの付き合いではない。お互い本気で努力して切磋琢磨し合える、一緒に強くなっていく過程で、本気で笑い合って泣き合える、誰かが冒険者を辞める時は、寂しくて自然と涙が溢れるような、そんな本当の仲間。

 ――そうだ。おれは自分と共に一生懸命頑張ってくれる仲間が欲しくて冒険者になったんだった。

『リーガで一番の冒険者になりたい』という夢は、仲間たちと共に頑張り続けた結果、そうなりたいという願望だった。そこにレベルアップスピードは関係ないのだと、ユキトは今更ながらに気づいた。

 ――だったら、ガゼさんたちみたいに、ゆっくりでいいから、地道に努力を続けていけばいいじゃないか。

『ユキトさんと一緒に頑張りたかったのに、一緒に努力し合える仲間になりたかったのに……』

 クララに言われたこの言葉は、あれからずっとユキトの心に残って消えなかった。

 頑張っていた頃のユキトを見て、ユキトと仲間になりたいと思って言ってくれた言葉だったから。

 ずっと欲しいと思っていた仲間が、手に入りそうだったというのに、ユキトは先日、それを自分から遠ざけてしまった。

 欲しい物を手に入れるチャンスを自分から捨ててしまった。

 努力をやめてしまったから、手に入り損ねてしまった。

 一体自分はなにをしているのだろうか。努力することをやめ、欲しかったものを自ら放棄し、冒険者という職業にしがみついている意味などあるのか。

 今、ユキトの目の前に、ずっと求め続けていた本当の仲間になりうる存在がいた。

 クララとだったら、なれる気がした。

 だが、先日クララを突っぱねてしまった今の自分に、声をかける資格はないと思った。

 この日、別行動を取っていたジルクと合流できたのは、ユニオンームに帰った夜だった。

 ユキトは、ジルクに退団したい旨を伝えた。

 ジルクの許可を得た翌日。ユキトはギルド本部の総合カウンターへ赴き、約二年間在籍したユニオン【厚切り肉のコートレッタ】を退団した。

 総合カウンターで退団の手続きを済ませたユキトは、そのまま自分一人だけの新ユニオン【リスタート】を立ち上げたのだった。

 ユキトが首にぶら下げているマジックアイテム、ギルドプレートに刻まれている、所属ユニオン名とユニオンランクが自動的に書き変わった。

【リスタート】のユニオンリーダーとなったユキトは、その足で北区へと向かった。

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