第9話 オーディッタの町のクエスト

 ホームの中に戻って寝直し、昼頃に起きたユキトは、いつも通りユニオンメンバーたちと共にギルド本部へ向かった。クエストを受注し、テレポートルームからダンジョンに転移し、クエストをこなした。

 クエストをクリアした頃には日暮れ時となっていた。

 ユキトたちは帰るため、ダンジョンに設置してある小転移石テレポートクリスタルから、ギルド本部のテレポートルームに戻った。

 その数秒後。

 発生した転移光に何となく目をやると、そこから出てきたのは見知った錬金術師の少女だった。

 ぎょっとしたユキトは、顔に疲弊を滲ませたクララに思わず駆け寄る。

「おい! お前なにやってんだよ!」

 クララがユキトを見上げる。

「わたし、頑張るって決めたから。冒険者になる時に、夢を叶えるまで頑張るって」

「まだそんなこと言ってるのかよ」

 ユキトはクララの行動が信じられなかった。

 ユキト自身、ダンジョンで大怪我をしたことがきっかけで、冒険者を辞めることこそしなかったが、努力することをやめてしまった。

 この少女は自分と同じような目に遭ったというのに、心が折れずにまだ努力しようとしている。ユキトはもう意味がわからなかった。

「お前、魔物モンスターが怖かったんじゃなかったのか? それにお前体力がまだ回復しきってないはずだろ?」

「勿論怖いですよ。もの凄く怖いです。ついさっきも魔物モンスターの姿が遠目に見えただけで、何度も逃げ出そうとしちゃいました。体もまだ回復しきってません。でも、頑張らないと。これくらいのことで立ち止まってたら、夢はきっと叶えられないから」

「お前の夢ってのは、そこまでして叶えたいものなのかよ」

「ユキトさんだったら、これくらいのことで立ち止まらないでしょう?」

 突然クララが、さも当たり前のことのようにそう言った。

「え?」

「自分はあんなに無茶してたのに、こうしてわたしのことを心配してくれているのは、わたしが女の子だからなんですよね?」

「おれが無茶? お前なにを言ってるんだ?」

「わたし、ユキトさんに憧れて冒険者になったんですよ」

「おれに?」

 クララが首肯する。

「わたしの故郷、オーディッタの町がリーガに依頼したクエストを、ユキトさんが受けてくれたんです。覚えていませんか?」


 クララの故郷、オーディッタの町近隣のソレスタの森には、昔から狼型魔物モンスター、ウルフとウルフリーダーが棲みついていた。

 普段は森から出てくることは滅多にないが、食べ物を求めて人里にやってくることがしばしばあった。

 二年前。ポグラネの月、シュルガの週、ザムの曜日。この日オーディッタの町の町長は、魔物モンスター討伐クエストの依頼書を作製した。

 町に常駐しているメルファリア族の少女は、町長から依頼書を託されると、両手でそれを抱え、リーガに向けてすぐに出立した。


 ユキトが冒険者となって、一ヶ月が経っていた。怒涛の勢いでレベルアップしていたユキトは、既にバトルレベル8となっていた。

 そんなある日のこと。

【厚切り肉のコートレッタ】の面々は、複数のパーティに別れ、それぞれ異なるクエストを攻略していた。

 ユキトは狸人シガラクーン族のポンタと二人でパーティを組み、クエストをこなし終えてギルド本部へと戻ってきた。

 割と早くクリアできたため、まだ時間は余っていた。

 ギルド本部の入り口を入ってすぐ右側の壁、たくさんのクエストの依頼書が張り出されている、大きな掲示板の前へと移動する。

 その中の一つにユキトの目が留まる。

 内容は、町の近隣に出没する一匹のウルフリーダーと複数のウルフの討伐。場所、オーディッタの町。

 これくらいならいける。ユキトはそう思った。

 ユキトが依頼書を指さす。

「ポンタ。今からこのクエストもクリアしに行こうぜ」

 周りを黒く覆われた瞳を向け、ポンタが内容を確認する。

「おらたちだけじゃ無理だろこれ」

「は? いけるだろ」

「無理無理! だってウルフの魔物モンスターレベルは6だし、ウルフリーダーは9だべ! おらのバトルレベルが6でユキトが8だろ? 二人だけじゃあぶねーっぺ! 誰かがけえってくるのを待ってからだったらいいけど」

 他のクエストを攻略しに行ったユニオンメンバーたちは、まだ暫くは帰ってこないだろうと思われた。

 まだがむしゃらだったこの時のユキトは、そんなの待っていられなかった。

「なんだよ。つまんねえ奴だな。いいよ。おれ一人で行ってくる」

「なに言ってるっぺ! 二人でもあぶねーっつってんのに、一人で行く奴があるかよ!」

「大丈夫だってこれくらい。じゃ行ってくるわ」

 ポンタがまだなにか言っていたが、ユキトは無視して出発した。

 

 小転移石テレポートクリスタルは数が少ないため、ダンジョンにしか設置されていない。

 件のウルフとウルフリーダーの棲み処となっている、ダンジョンレベル8、ソレスタの森の入り口にユキトは転移した。

 背の高い針葉樹林が生い茂る森だった。もう春だというのに肌寒い。

 この時のユキトの考えはこうである。魔物モンスターレベルはバトルレベルの平均値だと勿論知ってはいるが、複数とはいえウルフの魔物モンスターレベルは6で自分のバトルレベル8よりも下。ウルフリーダーは魔物モンスターレベル9で自分よりも格上だが、その差は1だけ、しかもたかが一匹だけ。何とかなるだろう。それに自分よりも強いウルフリーダーを倒せば、多くの経験値が手に入る。一歩またレベルアップに近づける。ならば多少の無理はした方が良い。いや、むしろするべきだろう。

 冒険者となり一ヶ月でバトルレベルが3も上がり【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちや、他ユニオンの冒険者たちから凄いと言われ、端的に言えばユキトはこの時、既に調子に乗っていた。

 ユキトはソレスタの森からオーディッタの町に向かって走り出した。


 オーディッタの町に到着した時、石造りの建物に挟まれた大通りには、無数の悲鳴が飛び交っていた。ウルフとウルフリーダーが街中に現れ、人々は逃げ惑っていた。

 人の波を逆走し、そしてユキトは暴れまわっていたウルフリーダーとそれに付き従うウルフの群れ四匹と対峙した。

 ウルフは動物の狼とは違う姿形をしている。

 体長約一メードル二十セーチ、体高約七十五セーチ。躰の大部分が茶色い毛に覆われ、少しだけ白い毛が混じっている。眼光鋭い緋い目。鼻先から頭にかけ、黒い硬質な皮膚の仮面を被っている。

 ウルフリーダーは見た目は同じだが、体が一回り大きい。

 二本のブロンズソードを抜剣し、挑みかかる。

 だがユキトは苦戦を強いられた。

 ウルフたちは顔の黒硬皮で、ユキトの斬撃をことごとく弾き返し、連携の取れた動きで隙を見せない。何より単純に最初からわかっていたことだったが、数的に不利だった。

 

 クララは避難の途中、突然誰かに後ろから押されたことで、片足首を捻挫していた。

 仕方なく無事な片足だけで懸命に跳んで避難を再開するも、逃げ遅れて一人取り残されていた。

 そして逃げる途中、ユキトが一人で魔物モンスターの群れと交戦している現場に遭遇した。

 自分たちを助けるため、たった一人で戦っている少年の姿に、思わず足を止め、物陰から様子を窺う。

 ユキトの斬撃を、黒硬皮で弾いたそのままの勢いで、ウルフがユキトの腿に噛みつく。

「あ……!」

 思わず声が漏れた口を、クララは手で押さえる。

 すかさず体格の大きいウルフリーダーがユキトに圧し掛かった。

 倒れたユキトに複数のウルフが襲い掛かろうとしたその時、新たな冒険者たちがやってきた。

 一人ギルド本部に取り残されたポンタは、やはり自分一人が加勢に入ったところで焼け石に水だと判断し、他の【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちが帰ってくるのを、テレポートルームでずっと待ち構えていた。そして大転移石ヒュージテレポートクリスタルより帰ってきたジルクたち数人の仲間に事の次第を伝え、急いでユキトの後を追ったのだ。

 ジルクたちの加勢により、形勢は一気に逆転した。

 全ての魔物モンスターが七色の幻晶光と化した後、その場でユキトはジルクからこっぴどく叱られたのだった。


 それから四ヶ月が経ったキクリの月、カヤルの週、ギヌの曜日。

 オーディッタの町周辺に、再び魔物モンスターの群れが現れるようになっていた。

 町長が再び出したクエスト依頼書の内容は、前回と少しばかり異なっていた。

 ウルフリーダーの数は3、ウルフの数はおよそ15、と記載されていた。

 もうすっかり足も治っていたクララは、二本の足で必死に石畳を蹴って逃げていた。

 しかし、運悪く途中でウルフの群れに見つかってしまい、取り囲まれる。

 どうすればいいのかわからず、なにもできずに怯えていたその時、現れたのはまたしても、あの少年冒険者だった。

 ユキトはまたしても一人でやってきた。

 前回一人でもクリアできると思っていたのに、できなかったことが悔しかったのだ。

 ギルド本部の掲示板で、このクエスト依頼を見つけた時、リベンジの意味を込め、再び一人でやってきたのだった。

 それに加えてこの頃のユキトはレベルアップスピードが落ちてきていたものの、まだレベルカンストする前のことで、まだ自分の実力を過信していた部分もあった。

 立ち竦むクララの前に躍り出たユキトは、クララを背中で守り、黄色から橙色に階調グラデーションする剣身を持つ、二本のガルウィングソードを抜剣する。

 噛みつこうと跳んできたウルフの顔面、黒硬皮の上から一閃のもと両断する。分断面から幻晶光が立ち上り、星に還元されていく。

 ウルフたちは連携を取る間隙すら与えてもらえず、自分たちより圧倒的な速度で縦横無尽に動き回る少年に命を絶たれていく。

 この時バトルレベル14となっていたユキトは、ウルフリーダーでさえ一撃の下、星へ還していった。

 気づけばユキトは、無傷で魔物モンスターの群れを全滅させていた。

 クララは目の前の少年が、四ヶ月前にウルフの群れ相手に果敢に一人で挑むも、歯が立たっていなかったあの時の少年だと、すぐに気づいた。

 前回苦戦していたはずの冒険者、それが今回は魔物モンスターの数が増えていたというのに圧勝したことに、クララは大きく驚いた。

 クララにとって、今目の前で起きた出来事は衝撃的だった。

 双剣を鞘に納めたユキトに、クララは礼を言って腰を折る。

 そして訊かずにはいられない問いを投げかける。

「四ヶ月前のクエストの時も、来てくれた冒険者さんですよね?」

「ああそうだ。あの時一人で勝てなかったのが悔しくて、今日は前回のリベンジに来たんだ」

「実はわたし、四ヶ月前もあなたが戦ってるところを見てたんです。あの時は苦戦してましたよね。それなのにどうやってそんなに強くなったんですか?」

「努力したからさ」

 ユキトは屈託なく即答した。

「努力、ですか」

「ああ。最初はできないことでも、努力すれば何だってできるようになるんだ」

「そうでしょうか。わたしは努力しても、できないものはできないこともあると思いますけど」

「そういう奴らはな、大して努力してないんだ。そんで途中で諦めるからできないって言うんだ。どんなことでも諦めなければ、成し遂げられるさ。努力さえ惜しまなければ、越えられない壁なんてないんだよ。おれはそう思ってる」

「だったら、だったらわたしでも、冒険者になれるでしょうか? その、一流の冒険者に」

 ユキトが首肯する。

「勿論だ。お前が努力することをやめなければ、絶対になれるに決まってる。おれの夢はリーガで一番の冒険者になることだ。なれるまで努力をやめるつもりはないから、いつか絶対になれると信じてるんだ」

 そう言ったユキトは晴れやかな笑顔を浮かべた。

 そんなユキトの姿は、クララの瞳に輝いて映った。

 この時交わしたユキトとの会話が、クララの人生を変えることになる。

 クララはユキトに名前と所属ユニオンを訊ねた。

 聞き終わったで、他の冒険者たちが息を切らしながらやって来た。

 ユキトが冒険者たちに向かって言い放つ。

「もう終わったぞ」

「くそっ、スピードスターに先を越されたか!」

 冒険者たちはみな一様に悔しがる。

 それを眺めていたクララがユキトに顔を向ける。

「スピードスターって?」

「ん? おれの渾名みたいなもんだ。おれは人より成長速度が速いみたいでさ、それでみんなおれのことをそう呼ぶんだ」

 ユキトの言葉に感銘を受けたクララはこの時、冒険者になることを決意した。

 十五歳になりリーガにやって来たクララが、ギルド本部の総合カウンターの受付嬢に最初に言ったこと。それは、

「あの、わたしスピードスターのユキトさんが所属している【厚切り肉のコートレッタ】っていうユニオンに入りたいんです!」

 だった。

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