第8話 案の定
翌日のことだった。
【厚切り肉のコートレッタ】の面々は、いつものように昼頃に起床し、ギルド本部へと向かった。
それからクエストカウンターへ移動し、適当なクエストを受注する。
ギルド職員から手頃なクエストを三つ紹介してもらったので、今日は三パーティに分かれることとなった。
全員で結界を通ってテレポートルームへ入った時、
思わずユキトは駆け寄った。
「おい、なにやってるんだよ!」
「あ、ユキトさん。わたし朝からモネア平原に行ってたんですけど、少し疲れたので休憩しようと思って戻ってきたんです」
「そういうことを聞いてるんじゃない。どうしてまだ冒険者をやってるのかって聞いてるんだ」
クララが真剣な眼でユキトを見上げた。
「わたしやっぱり夢を諦めきれませんでした。だから昨日ユキトさんたちと別れた後、ギルド本部に引き返して、新しいユニオンを創ったんです」
「それは危ないからやめろって言っただろうが」
ジルクも口を挟む。
「すみません。でもわたし、まだリーガに来たばっかりで、ほとんど努力もしてないのに、諦めるのは早いと思うんです」
「死ぬことになるかもしれないのにか?」
「死ぬかもしれないということについては、冒険者になるって決めた時点で覚悟してきました」
「それはおれたちも同じだ。けど、お前が今やろうとしていることは、ただの蛮勇だ。命をドブに捨てるような真似はするな」
「わたしが冒険者に向いてないことくらい、リーガに来る前からわかってました。それでも夢を叶えようと思ったら、これくらいの無茶をしなくちゃ叶えられないと思うんです。それに、命を粗末になんてしません。単独行動しているラピーかプルンとしか戦わないようにしてますし。群れには近づかないようにしてますから。あとスティンギーは一匹でいても近づかないようにもしてます。皆さんが考えてる程の無茶はしていないつもりです」
エナ海岸で瀕死になった時、ユキトも初めはハイゾォ一匹を相手にしていた。周りに他の
ユキトは一瞬そのことを伝えようと思った。しかし、今のクララには、これ以上なにを言っても無駄だろうと感じ、ユキトは別の台詞を口にした。
「そうか。そこまで言うんだったら後は好きにすればいい」
「はい。好きにします」
クララは休憩のためテレポートルームを出ていき、ユキトたちはダンジョンへと向かったのだった。
それ以降も、ユキトはクララの姿を何度か見かけた。
体力をつけるためであろう、いつものようにジョギングしながらギルド本部に向かう姿や、ギルド本部からどこかに向かって走っていく姿。
【厚切り肉のコートレッタ】のみんなと賭場へ行ったその帰り、夜中の街中をランニングしているところを目撃したこともあった。
空き地の片隅で錬金術の調合を行っている姿を見かけたりもした。
ある日のことだった。
ユキトはいつものように【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちと共にギルド本部に向かい、クエストカウンターでクエストを受注してからテレポートルームへと足を運んだ。
その内の二人は、紫色の髪に小麦色の肌をした、ラバディナ族の少女たち。
少しだけ背が高い方のラバディナ族の少女が背に抱えていたのは、大怪我を負ったクララだった。
「誰か! この子を回復してください! 重傷なんです!」
逼迫した少女の声がテレポートルームに響き渡った。
「クララ!」
ユキトはすぐに駆け寄った。
華奢なクララの体には、数十か所にも及ぶ刺し傷があった。そこから今も鮮血が溢れ続けている。それ以外の露出している部位は痣だらけになっており、見るも無残な姿だった。
真っ青な顔になったクララは、苦しそうに呻いている。辛うじて意識はあるようだ。
おそらくはスティンギーにやられたのだろう。
ラバディナ族の少女が背からクララを降ろし、床に横たえる。
ユキトは腰のベルトから
瓶を逆さに向け、翡翠色の液体を痛々しい傷口にかけていく。
駆け付けたジルクも同じようにし、ネモがヒールをかける。近くにいた他ユニオンの冒険者たちも
過剰な回復行動によって、体中に開いた穴が、瞬く間に塞がっていく。クララが目を開く。
「おい大丈夫か!?」
ユキトの呼びかけに、クララが目を向ける。
「……ユキトさん」
クララが応答したことに、ユキトはほっと安堵する。
回復アイテムや回復魔法は、怪我を治すことはできるが、失った血液までは体内に補充されない。クララの顔は青いままだ。
「命に別状はなさそうだな。ユニオンホームまで運ぶぞ」
ユキトがクララを背負い【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームへと、クララを運び込んだ。
大部屋の床の上にクララを寝かせる。
クララはいつの間にか眠っており、寝息を立てていた。
容体が急に悪化する恐れがあることを考慮し、ユキトはユニオンホームに残り、クララの様子を見守った。
クララが目を覚ましたのは、三日後の夕暮れ時だった。
「ここは……?」
「おれたちのユニオンホームだよ」
ユキトはクララの体を起こしてやり、水を飲ませてやる。
「無茶するなって言っただろうが」
ユキトは怒気を孕ませた声を放つ。
「ごめんなさい。お金を稼がなくちゃって、もうすぐ今月のユニオン税の支払い期限だから、焦って少し無理しちゃって、そしたらいつの間にか
ユニオンには毎月、ユニオン税という税金を支払う義務が課せられている。
ユニオン税は、ユニオンランクの高さに比例して、高額になっていく。
ギルドは徴収した税金を、ギルドプレートやユニオンホームの製作費、維持費等に充てたり、ユニオンホームの家賃の代替とすることによって、冒険者たちの冒険者生活を支えていた。
もしも一リアンたりとも支払えなかった場合、ユニオンは解散させられ、ユニオンリーダーは冒険者の資格を剥奪されることとなり、二度と冒険者になることはできなくなる。当然、支払えなかった分は借金となって、返済義務が課せられる。
税金額の一部は支払っていた場合は、払えた金額のユニオン税に相当するランクにまで、ユニオンランクをランクダウンさせられる。
そのユニオン税が支払えないかもしれない、というプレッシャーがクララに無理をさせてしまっていた。
それから数日間、クララは【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームで安静にして、体力を回復させていった。
その間、教育係として責任を感じていたユキトは、ダンジョンへ行かずにユニオンホームに残り、クララの看病をした。
何となく、昔ヒックが山で衰弱して倒れていた自分を家に連れて帰り、アールと二人で介抱した時、こんな風にしてくれていたのかもな、とユキトはそんなことを思った。
数日後、クララは日常生活が送れるまでに回復していた。
朝、まだほとんどのユニオンメンバーが寝静まっている中、クララが
「もう平気です」
と言ったので、帰り支度を整えたクララを、ユキトは見送ることにした。一応ユニオンリーダーのジルクには挨拶した方がいいだろうと思い、ユキトはジルクを起こしに行ってから、ユニオンホームの外に出た。
クララが二人に礼を述べ、深々と
「これに懲りたら冒険者を辞めて、さっさと田舎に帰るんだな」
クララが首を横に振る。
「嫌です。夢を叶えるんだって、頑張るんだって決めて来たんです。だから、一度負けたくらいで諦めるわけにはいかないんです。何日も休んじゃったから、今からダンジョンに行かなきゃ」
踵を返し、クララが歩いていこうとする。
ユキトが追いかけ、クララの前に立ち塞がる。止めようとしたその時、
「おい! 本気で言っ――」
垂れ目がちの瞳から、大粒の涙が流れ出す。
「行かなくちゃいけないのに。怖い……。怖いよぉ……!」
クララの体はガタガタと震えていた。
膝から崩れそうになるくらい震えながら、クララは滂沱し続ける。
ユキトが諭すように言う。
「それが普通の反応だ。あんな目に遭ったら誰だって怖い。これでお前が冒険者をやめることは、恥じることじゃない。無理して冒険者を続ける必要なんてないんだ」
暫く泣き続けた後「ご迷惑をおかけしました」と言い残し、クララは去っていったのだった。
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