第7話 クララの再入団テスト

 ジルクとクララとネモと、それからクララの教育係のユキトの四人でモネア平原へと移動する。

 青い転移光が霧散した瞬間、目の前に広がる清々しい快晴の草原。そして一匹の兎型魔物モンスターがすぐ傍にいた。

 最初に気づいたのはクララだった。

「見つけました!」

 クララが駆け出し、ラピーに接近する。

 敵影に気づき、臨戦態勢を取ったラピーが、ジグザグステップでクララに肉薄する。

 前回の入団テストの時と違い、クララに臆する素振りはない。

 動きを見切ったクララが、シフォンロッドの翼の意匠でラピーを殴り飛ばした。

 後方に殴り飛ばされたラピーが、草の上を跳ねて転がっている間に、すかさず土属性の魔法陣を空中に描く。

「クリスタルシュート!」

 黄昏水晶トワイライトクリスタルが立ち上がりかけていたラピーに命中。

 更に吹き飛ばされたラピーが立ち上がり、そして体と同等の大きさのある丸い尾をこちらに向けると遁走する。

 とどめを刺すべく、クララが再び土色の魔法陣を描き出す。

「クリスタルシュート!」

 背中を向けながらも、こちらに意識を向けていたらしいラピーが、二足歩行の全力逃走を続けながら、斜めに跳んで回避。

「あ、待って! ……クリスタルシュート!」

 しかし、当たらない。

 彼我の距離はどんどん開いていく。

 脱兎を逃がしかけたその時、

「ウィンドカッター!」

 弧を描いた青緑せいりょくの風の刃が、周囲の草と共にラピーを両断する。

 ネモの放った風属性の《マジックアビリティ》だった。

 胴を起点に、丸い尾が、黒い手足の先が、桃色の羽根耳が、七色の光を散らしながら消えていく。

 ジルクが口笛を吹く。

「やるじゃねえか」

「ありがとうございます」

 ネモがジルクに軽く頭を下げる。

 その様子を見ていたクララの顔に焦りが滲む。

 その後暫時魔物モンスターを見つけては戦闘をさせ、ユキトとジルクが様子を見守る。

 ネモのウィンドカッターは、クララのクリスタルシュートと違い、一撃でラピーとプルンの命を絶った。

 クララはクリスタルシュートを外すことがあったが、ネモの風刃は確実に獲物を仕留めていった。

 一度だけラピーを倒したクララだったが、その後はことごとく仕留めきれずに、結局ネモが倒していった。

 大きな羽音に一行が振り向く。

 そこにいたのは、昆虫型魔物モンスター、スティンギーが三匹。

 草色の約五十セーチ程の体躯が、四枚の透明な翅の激しい振動により、宙に浮いている。一対の紅眼。頭からは二本の触覚。六本全ての肢先が鋭く尖る。

 魔物モンスターレベル3。モネア平原最強の魔物モンスターだ。

「少し汗を掻いたから、引き寄せちゃったかな」

 花人フィオーリピュティア族の汗からは、花の蜜の香しい匂いがする。加えて色とりどりの美しい花弁髪はなびらがみが目印となり、虫系の生物が寄ってきてしまう、という性質があるのだ。ちなみに汗は舐めると花の蜜の味がする。

「わたしがやります!」

 クララが前に出る。

「やめろクララ」

 良いところを見せられていないクララは、ユキトの制止を無視し、中空に魔法陣を描き始める。

「クリスタルシュート!」

 しかし、回避能力の高いスティンギーは、虹色の水晶を難なく避ける。

「スティンギーは土属性無効なんだ。当たってもダメージはゼロだ。教えただろ」

 ユキトはクララとの特訓の間、クララをスティンギーと戦わせなかった。その理由がバトルレベルの差とこれだった。

「あ……」

 思い出したのか、クララが声を漏らす。

「ぼくがやります」

 クララが下がり、ネモが前に出る。

 三匹のスティンギーがネモに襲い掛かる。

 ネモはスティンギーの突進、肢による刺突を巧みな足捌きでひらりと躱し、時にはオークスタッフで防いでみせた。

 そして隙を見て青緑せいりょくの魔法陣を描く。

 雷属性と風属性が弱点属性であるスティンギー一匹ずつに、風の刃は二枚も必要なかった。

 都合三枚の風刃だけで、見事に五月蝿い羽音が消えた。

「自分と同じバトルレベルの魔物モンスター三匹相手に無傷かよ。戦い慣れてるな」

 賛辞を贈られ、再びジルクに礼を述べるネモ。

 ネモは全ての戦闘において無傷で勝利した。対してクララは、ダメージを負い、花柄のワンピースは薄汚れていた。

 クララはバトルでは完全にネモに歯が立たなかった。

「あの、錬金術の方も見てもらっていいですか?」

「そうだな。バトルはもう充分だ。次はHP回復薬ポーションの調合を見せてくれ」

 緑の草の上に発光する白線で錬金陣を描いていく。

 そして無限袋インフィニティバッグの中から取り出したHP回復薬ポーションの調合の素材アイテムを、素材円の中に置いていく。錬金杖れんきんじょうで錬金陣を叩き、調合品の設計図パズルフィールドを展開して星命片フォゾンピースを当て嵌めていく。

 今のところネモにリードされてしまっているというプレッシャーからか、三人にじっと見られていることで緊張してしまうのか、何度やっても錬金陣の中央に出てくるのは灰だけだった。

 無言の三人に見つめられる中、クララが口を開く。

「成功率はまだまだ低いんですけど、練習して、成功するようにはなってきてるんです」

「本当だ。おれもこの目で確認している」

「教育係のユキトが言ってんだから、嘘じゃねえみてえだな」

「もう少し待ってください。すぐに成功させてみせますから」

「ヒール」

 再びHP回復薬ポーションの調合の準備をしようとしていたクララの背中に、飛んできた緑色の玉が当たる。

 クララの体が緑色のオーラに包まれた。

「え?」

 緑の玉、ヒールボールが飛んできた方にクララが顔を向ける。

 ネモがオークスタッフをクララに向けていた。

「……痛くない」

 クララが自分の体のあちこちを触る。

「ヒールも使えんのかよ」

「はい」

 ネモは少し得意げな顔をした。

 花人フィオーリピュティア族は魔法が得意な種族なのだった。

 この勝負、クララが勝つのは絶望的だった。

 それでもクララは諦めなかった。

「わたし、体力つけるために毎日ジョギングしてるんです。冒険者になるって決めた日から、リーガに来る前から続けてるんです。だから体力には少しですけど自信があるんです。体力勝負をさせてください! お願いします!」

 クララがお辞儀し、深く頭を下げる。

「まあ、いいだろう。じゃあ二人で走って、先にバテた方が負けってのでどうだ」

「望むところです!」

 ジルクの合図でクララとネモが走り出す。

 揺れる大きな三つ編みと花弁髪はなびらがみを、ユキトとジルクは後ろから追いかけた。

 結局、勝ったのはネモだった。

 クララも大分頑張ったのだが、ネモには敵わなかった。

 今日の天気は生憎の晴れ。

 花人フィオーリピュティア族は日光を浴びるとステータス値に+の補整がかかる。天はクララに味方しなかった。

 二つ違うバトルレベルによるステータス値の差もある。

 クララには分が悪すぎた。


 ギルド本部玄関、巨大扉の前。

「合格者はネモだ」

「ありがとうございます!」

 笑顔を見せ、喜ぶネモの隣で、クララは悔し涙を零していた。

 ジルクがクララに向き直る。

「クララ、お前もこの二週間で成長したことは認める。けどネモの方が上だった。これでおれたちのユニオンメンバー数は、上限の十人になったわけだ。お前の仮入団も終わりだ。前も言ったが、今のお前の実力じゃ、どこのユニオンの入団テストを受けても落ちると思うぜ。二週間で成長した今のお前でもだ。もう冒険者になるのは諦めるんだな」

 大きな瞳から涙を流しながら、クララが深くお辞儀する。

「お世話になりました。ユキトさんもありがとうございました」

「おう。それじゃあな」

 こうしてクララの教育係生活は終わりを告げたのだった。

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