第6話 ユキト・デュクフォルトの教育係生活

「朝ですよー! 起きてくださーい!」

 ユキトはクララの大声で目が覚めた。欠伸を一つしてから、窓からの射光に目を向ける。

「なんだ、まだ早いじゃないか。昼まで寝かせてくれ」

「なに言ってるんですか。今日からわたしの特訓なんですよ」

「そう言えばそうだったな。もしかしてこんな朝早くから始めるつもりなのかよ」

「なに言ってるんですか。そんなの当り前じゃないですか。わたしの教育係なんだから、さあ起きてください。朝ご飯もうすぐできますから」

 見るとクララはエプロンを付けてキッチンで料理をしていた。そちらからおいしそうな匂いが、ユキトの鼻まで届いてきた。

 ユキトは仕方なしに、まだ眠気で重い体を起こした。

 案の定ユキト以外は誰も起きてこずに、眠りこけている。

 朝ご飯をクララと二人で食べ終えると、みんなの分の朝食を置いたまま、ユキトはクララと二人で外に出る。

 少しばかりの雲はあったが、今日も晴れだった。

 クララが模様状に配置された石畳の上を駆けていく。

「おい、そんなに急がなくても時間はたっぷりあるぞ」

 立ち止まって振り返ったクララが、その場で足踏みする。

「少しでも体力をつけたいんです! ユキトさんも付き合ってください!」

 そのままクララは再び走り出し、石壁のアーチの下を潜り抜けて行く。

「あ、おい! ったくしょうがないな」

 ユキトは溜息を一つ零してから、後を追いかけるのだった。


 クララと二人、ギルド本部に向かってジョギングをしている最中、つと声をかけられた。

「やあ、ユキトじゃないか」

 クララと共に足を止め、声の方に体を向ける。

 声をかけてきた相手は、狸人シガラクーン族の青年、バート・ポンサウスだった。

 茶色い長髪を後ろで一つに束ね、腰までの長さの白いマントを羽織り、太い革のベルトを腰に巻いている。青い脚衣の上にロングブーツを履き、白いグローブの中に手が収まっている。胴に装備された銀色のブレストプレートの中央には、人の手によって規則的にカットされたかのような十三の面を持つ、重力の魔晶石が嵌め込まれていた。透過性のある紫色の宝石の中で、十個程の虹色の光粒が不規則に動き回り続けている。紫色の魔晶石の中央上部の面に、印のようなものが刻まれていた。

 バートはいつもの柔和な笑みを浮かべる。

「朝から精が出るね。今からダンジョンに行くのかい」

「まあな」

 狸人シガラクーン族特有の、黒い部分に囲まれた目をクララに向ける。

「その子は?」

 クララがお辞儀する。

「初めまして、クララ・クルルです」

 ユキトがお互いを紹介する。

「今うちのユニオンに居候してる冒険者見習いだ。で、こっちはバートだ」

「居候? なるほど、またジルクが仮入団させたんだね」

「ああ」

「お二人はどういったご関係なんですか?」

「ぼくは以前【厚切り肉のコートレッタ】に所属してたんだ。その時からの知り合いってわけさ。今は【フォーナー】っていう別のユニオンに移籍して、冒険者兼、武器専門の錬金術士として、小さいながら店を構えてるんだ」

 クララが、ぱっと笑顔になる。

「錬金術士の方だったんですね! わたしも錬金術士なんです!」

「そうなのかい? 奇遇だね」

「おれが使ってるこの武器もバートが作った物なんだ」

 腰に佩いているガルウィングソードを、ユキトが軽く持ち上げて見せる。

「おれのだけじゃなくて【厚切り肉のコートレッタ】の全員が、バートお手製の武器を使ってるんだ」

「わたしはまだまだ、HP回復薬ポーションもまともに作れなくて、入団テストに落ちちゃって、それで暫く見習いとしてお邪魔させてもらってるんです」

「練習を重ねていけば、きっとうまくなるよ。ぼくの作る武器もまだまだ改良の余地があってね。今も新しい武器の試作品を色々作ってる最中なんだ。お互い頑張ろうね」

「はい!」

 元気よく返事したクララの横から、すかさずユキトがツッコミを入れる。

「おいおい、どこがまだまだなんだよ。これ凄く使い勝手が良いじゃないか」

 バートの作る武器、ガルウィングシリーズ。剣、槍、斧、戟、爪、鎚、等様々な種類があるが、共通しているのは軽くて扱いやすく、攻撃力が高いことである。その割には安い値段設定で、バートは自身が経営するポンサウス武器店にて、冒険者たちに提供しているのだった。

 使い勝手の良さ、コストパフォーマンスに優れたガルウィングシリーズは評判で、人気商品となっていた。

【厚切り肉のコートレッタ】のメンバーたちは、バートがまだ所属していた頃に、まだ自分の店を持っていなかったバートから、全員無料でガルウィングシリーズの試作品を譲渡してもらっていた。

 みんなの意見をフィードバックして完成させたガルウィングシリーズを、バートはみんなのおかげで完成させることができたと言って、またぞろ全員分の完成品を無料で譲渡したのだ。

 バートの笑みが深くなる。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。でもまだまだっていうのは本当さ。ぼくはもっともっと強い武器が作れるようになりたいんだ」

 バートが【厚切り肉のコートレッタ】に所属していた頃に、「世界最強の武器を作って、ユニオンランク一位になるのが夢なんだ」と言っていたことを、ユキトは思い出す。

【厚切り肉のコートレッタ】の中で、バートはユキトの先輩冒険者だった。

 ユキトが入った頃はまだ、バートの方がバトルレベルが高かった。しかし驚異的なレベルアップスピードで、みるみるバトルレベルを上げていったユキトは、バートのバトルレベルを追い抜かした。だがユキトがレベルカンストすると、今度はバートがユキトのバトルレベルを抜き返したのだ。

 その頃になると、知り合いの他ユニオンの冒険者にも無料で配っていたガルウィングシリーズが評判となっていた。それを聞きつけた【フォーナー】から、バートに移籍の誘いの話が来た。

 そしてバートは【厚切り肉のコートレッタ】よりもユニオンランクの高い、ユニオンランク5077位の【フォーナー】に移籍していったのだった。

 一緒のユニオンだった頃、ガルウィングシリーズを作っていたバートが、毎晩のように徹夜していた姿をユキトは覚えていた。

「そっか。頑張るのはいいけど、あんまり無理しすぎるなよ」

「善処するよ」

 バートと別れ、ユキトはクララと共にモネア平原へと向かった。


 大転移石ヒュージテレポートクリスタルから、転移光を纏ってモネア平原の小転移石テレポートクリスタルへと移動する。

 体力作りも兼ねたいとクララが言ったため、二人は走りながら魔物モンスターHP回復薬ポーションの調合に使う素材アイテムを探した。

 魔物モンスターを見つけるとバトルの練習、ある程度素材アイテムが集まったら、HP回復薬ポーションの調合の練習、これを繰り返す。

 まだうまくHP回復薬ポーションが作れないクララのHPヒットポイントが減るか、クララのMPマナポイントが尽きたら、ユキトが持ってきたHP回復薬ポーションMP回復薬エーテルで回復した。

 ユキトの危惧していた通り、クララは物覚えが悪かった。

「戦ってる時に目を瞑るなって言ってるだろ!」

「だって怖いんですよぅ!」

 ユキトの叱咤が、モネア平原に何度も響き渡ることとなった。

 クララにはしかし、根気だけはあった。何度倒れても立ち上がり、何度失敗してもめげなかった。

 緑溢れる平原が、夕暮れ色に染まる頃。

「暗くなってきたな。そろそろ帰るか」

「待ってください。もう少しだけお願いします」

「これじゃあ暗くてよく見えないだろ。今日はもう帰ろう」

「まだなんとか見えてます。もう少しやらせてください!」

 腰を深く折り曲げ、頭を下げる。上がった相貌に、強い意志の宿る瞳があった。

 その眼差しに、ユキトはクララの気が済むまで付き合おうと観念した。

「わかったよ」

「ありがとうございます!」

 結局二人は真っ暗になるまで続けたのだった。

 朝と同じく少しでも体力をつけたいからと、モネア平原にある小転移石テレポートクリスタルまで走って帰った。ギルド本部からユニオンホームまでの道程もジョギングで帰る。

「つ、疲れました~……」

 ユニオンホームの前に辿り着いた時、さすがにクララもその場にへたり込んだ。

 しかし、少し休むとすぐに立ち上がり、ユニオンホームでの雑事をこなし、そして泥のように眠った。

 次の日も、そのまた次の日も、休みなく毎日早朝から日没まで、クララは特訓に精を出した。行き帰りの体力作りも忘れない。教育係であるユキトもそれに付き合った。


 群生していた黄色い花がぺしゃりと押し潰される。

 スライム型魔物モンスター、プルンのプルンプレス。

 一瞬前までクララはそこに立っていた。クララがバックステップした直後、灰色がかった半透明のプルンが、跳びながら体を大きく広げ、花を踏みつぶしたのだ。

「クリスタルシュート!」

 着地して動けなくなる瞬間を狙った魔法の一撃は、果たして命中した。

「やったあ! 見ましたかユキトさん! 当たりましたよ!」

「よそ見するな!」

「きゃあ!」

 プルンの体当たりが喜び跳ねていたクララの背中に炸裂した。

 物覚えの悪いクララだったが、少しずつ確実に成長していった。

 魔物モンスターと対峙しても怯えなくなり、目を瞑りながら戦う癖がなくなった。クリスタルシュートの命中率も上がり、そして一人で魔物モンスターを倒せるようにもなっていった。


 クララが淡白光する素材円の中に、素材アイテムを配置していく。

 プルンを倒せるようになったクララは、水カテゴリの素材アイテムとして、飲料水ではなく、プルンのドロップアイテムであるプルンの体液を使用した。

 灰色がかった半透明のプルンの体の一部である、プルンの体液を二つ、それぞれ異なる素材円の中に置く。

 それから錬金陣の中央へ移動し、調合開始。

 順調に目の前の調合品の設計図パズルフィールドの中に、星命片フォゾンピースを嵌めていく。

 そして、錬金杖れんきんじょうの先にくっつけた最後の星命片フォゾンピースを、調合品の設計図パズルフィールドの空いた部分に押し込む。

 その瞬間、七色の光輝が迸る。調合品の設計図パズルフィールド星命片フォゾンピースが混ざり合って一体化し、そしてその虹輝こうきが錬金陣の中央で形を成していく。

 果たして現れたのは、翡翠色の液体の入った透明なガラス瓶、HP回復薬ポーションだった。

「やったあ!」

 拾い上げたHP回復薬ポーションを持ったまま、クララがその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。

「できました! 成功しましたよユキトさん!」

「やったな!」

 ユキトも笑みを浮かべて手を叩き、称賛する。

 まだまだ成功率は低かったが、HP回復薬ポーションの調合も成功するようになっていった。

 

 特訓開始から二週間が経った、ペオヌルの月、チュリムの週、ビオの曜日。

【厚切り肉のコートレッタ】に新たな入団希望者がやって来た。

 花人フィオーリピュティア族の少年は、ネモと名乗った。

 花人フィオーリピュティア族の髪は毛髪ではなく花弁髪はなびらがみである。通常の花のものよりも大きく厚さのある花弁はなびらが、頭から何枚も生えるのだ。人間の毛髪のように、毎日少しずつ伸びる性質を持つ。鋏でなら切れるが、手で千切ろうとしても簡単には千切れない程度には頑丈である。

 男女どちらも見目麗しいことが特徴である花人フィオーリピュティア族の例に漏れず、ネモも美少年であった。

 頭頂部だけ白く、それ以外は淡い赤紫色の花弁髪はなびらがみ。纏う紫色の木綿のローブの長さは引きずるほど。約一メードル程の、茶色いオークという木材製の細身の杖を携えている。杖の中央に紫色の布が巻き付けてあり、杖頭は二又に分かたれ、螺旋を描くようにねじくれて絡み合っている。

「こんなに早く次が来るとはな」

 零しながらジルクはネモからステータス表を受け取る。

【厚切り肉のコートレッタ】は弱小ユニオンである。特に人気があるわけではない。

 それ故ユニオンメンバーの募集をかけても、すぐには入団希望者が来ないのが常だった。それがガッチャが辞めて間もないというのに、二人も来るとはジルクの想定外だった。どうせいつものように二人目なんて当分来ないだろうと高を括り、ギルド本部にユニオンメンバーの募集を止める旨を伝えていなかったのだ。

 クララをどうにか使える程度に鍛えて、入団させるつもりだったのに、来てしまったからには入団テストを行うしかない。

 ネモのステータス表の内容を見たジルクは、バツが悪そうな顔をクララに向けた。

 ネモのバトルレベルは3。クララのバトルレベルは未だ1である。

「あー……。つうことで入団テストをしなきゃならなくなったんだが……」

 そのジルクの表情に、クララはむっとした。

「何ですかその、わたしが絶対に負けると確信してるみたいな態度は! わたしだって毎日頑張って特訓してるんです。まだわからないじゃないですか!」

「まあそうだな。悪かった。今回は二人同時にやる。バトルレベルが低いクララに合わせて、今回もモネア平原でいいだろ」

 ネモとクララが首肯した。

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