第5話 ユキトの過去② ―冒険都市リーガ―
リーガに赴いたユキトは、ギルド本部の総合カウンターにて、入団テストを受けるユニオンを、ギルド職員に紹介してもらった。
その時ユニオンメンバーの募集をしていたユニオンの中で、バトルレベル5のユキトでテストを受ける条件を満たしているユニオンは複数あった。その中から【厚切り肉のコートレッタ】を選んだ理由は、その中で一番ユニオンランクが高かったためだ。
ユキトは難なく入団テストに合格し、【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーとなった。
【厚切り肉のコートレッタ】の雰囲気は、この時から既に緩かった。
それなりの生活ができるだけの金が稼げればそれでいい。努力して今よりも上を目指そうとしない奴らの吹き溜まり。ユキトは口にはしなかったが、自分以外のユニオンメンバー全員のことを、心の中で蔑んでいた。
こんな低ランクのユニオンなんて、他ユニオンに移籍できるようになる半年後までの付き合いだ。その頃には自分はバトルレベルが今よりも上がっているはず。
半年経ったらもっと高ランクのユニオンの入団テストを受け直してさっさとおさらばしよう。自分ならばそれが余裕でできるだろう。なんなら、半年の間に自分の強さが噂になり、高ランクの他ユニオンから、引き抜きの誘いが来るかもしれない。
この時のユキトはそんな風に図に乗っていた。
自分以外のユニオンメンバーを尻目にユキトはたった一人、がむしゃらに頑張った。
冒険者を一年続けた場合に上がる平均バトルレベルは5。ユキトは冒険者になってから、たった二ヶ月でバトルレベル10に達していた。
驚愕のレベルアップスピードに、瞬く間に「凄いルーキーが現れた」と、ユキトの名は冒険者たちの間で評判になっていった。
【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちからは褒めそやされ、他ユニオンの冒険者たちからは一目置かれ、通りを歩けば羨望の眼差しを注がれた。
そしていつしか、そのレベルアップの速さにちなみ《スピードスター》という二つ名で呼ばれるまでになっていた。
ちやほやされるとそれが気持ちよくて、ユキトはそれまで以上に努力
を重ねるようになり、
やはり自分は冒険者になるべくして生まれてきたんだ。ヤノッサ村の大人たちは間違っていた。自分が正しかった。挑戦しようともせず、狭苦しい村で一生を過ごすと決めた、村の子供たちとは違い、自分には天賦の才があるんだ。自分は選ばれし人間なんだ。
ユキトは完全に有頂天になっていた。
しかし、そこまでだった。
少しずつ、だが確実にレベルアップするスピードが落ちていったのだ。
それまで以上に
相手が強ければ強い程、それに比例して得られる経験値は上がっていく。
ユキトは赴くダンジョンレベルを、少しずつ上げていった。
そしてその努力の甲斐もあり、ユキトは冒険者になってから僅か五ヶ月で、バトルレベル15になっていた。
しかし、そこからほとんど経験値が得られなくなってしまっていた。
レベルカンスト。
身体能力が劇的に向上していくレベルアップ。しかしながら無限にレベルアップできるわけではない。個々人それぞれにレベルアップできる限界があり、それ以上はレベルアップできなくなってしまう。
ほとんど経験値が得られなくなった状態のことを、レベルカンスト。全く経験値が得られなくなった状態のことを、レベルフルカンスト。と俗に言う。
ユキトの場合、レベルフルカンストではない故、レベルアップすることは可能だ。しかし通常レベルカンストしてしまうと、そこから更に得られる経験値が徐々に減っていく。
レベルカンストに関しては個人のポテンシャルによるもので、一度なってしまうと治す術はなかった。
冒険者にとって、レベルカンストになるということは致命的だった。レベルが上がらなくとも、訓練で技の精度を向上させる等のことは可能だが、それで強くなるにも限界がある。
レベルカンストするということはつまり、それ以上ほとんど強くなれなくなってしまったことを意味していた。
レベルカンストすることは、決して珍しいことではない。多くの冒険者たちが早い段階でレベルカンストしてしまい、諦めて冒険者を辞め、リーガを去っていく。
同じ種類の
言ってしまえば『普通』のことなのだった。それがユキトにも起こってしまった。それだけのこと。
それでもユキトは諦めなかった。いや認めたくなかったのだ。自分がここまで止まりの『普通の冒険者』の範疇に入ってしまうことが。「リーガ一の冒険者になる」と大見栄を切って村を飛び出し、自分には天賦の才があるとまで驕っていたのだ。諦めるわけにはいかなかった。
向上心のない【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーの中に、ユキトの努力に付き合ってくれる者はいなかった。
焦りと不安に駆られたユキトは、自分一人でぎりぎり倒せる強さの
ダンジョンレベル14、エナ海岸。
バトルレベル15の冒険者が一人で行くには危険すぎた。だがユキトはやるしかなかった。
毎日エナ海岸に籠り、
冒険者となってから半年が過ぎていた。この頃には《スピードスター》ユキトがレベルカンストしたらしい、という噂は冒険者たちの間で有名になっていた。
半年経ち、他ユニオンに移籍できる権利を獲得したユキトは、ユニオンを移籍しようとしたが、レベルカンストしたユキトを受け入れてくれるユニオンは皆無だった。バトルレベル15でまだレベルカンストしていない冒険者なんて、ざらにいる。わざわざレベルカンストしてしまったユキトを欲しがる酔狂な輩はいなかったのだ。
幸いジルクがユキトに退団を迫ることはなかった。【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーの中には、既にレベルカンストしてしまっている者が何人もいた。ジルクはレベルカンストしているかしていないか、ということついて気にしない質だった。ジルクは来る者拒まず、去る者追わず、というスタンスを今も昔も取っていた。ユキトのこともこれまで通り、ユニオンに在籍させてくれた。
ユキトは一度ジルクに、なぜユニオン名に【厚切り肉のコートレッタ】という奇妙な名を付けたのか、と尋ねたことがあった。
その時ジルクは、
「あん? 考えるのが面倒だったからよ、自分の好物の料理を名前に付けただけだ。特に意味はねえ。適当だ」
と言っていた。ジルクの大好物が厚切り肉のコートレッタだと知っていたユキトは、特に疑うこともなく、ジルクの言葉を信じた。
しかし、後から古参のユニオンメンバーから『ドラゴンだろうがなんだろうが、倒して厚切り肉のコートレッタにして食ってやる!』という意味が込められているんだと教えてもらった。
ユキトが入団してから、ジルクのバトルレベルが上がっている様子はなかった。
もしかしたらジルクも昔は、頑張っていた時期があったのかもしれない。しかし現実というものを知り、自分の強さに見合う冒険者生活をするしかないと、理解したのかもしれない。ユキトはそんな風に思った。
ユキトがレベルカンストしてから半年が経過していた。その間にバトルレベルは1だけ上がり、16になっていた。《スピードスター》のレベルアップの速さは見る影もなかった。
もうユキトを褒めそやす者はいなくなっていた。街を歩いても羨望の眼差しを向けられることもなくなった。
周囲の反応の変化を感じる度に、ユキトの中の焦りと不安が、次第に強迫観念へと変貌していった。
――努力が足りないんだ。もっと頑張らないと。もっともっともっともっと……!
精神的な乱れが、次第に戦い方にも出るようになってしまっていた。
――できるだけ短時間で倒せば、もう一匹倒す時間が稼げる。できるだけ早く、できるだけ多く倒さないと!
レベルアップすることにばかり意識が集中し、強迫観念に囚われてしまったユキトは、戦い方が雑になっていた。
回避や防御よりも攻撃を優先し、ダメージを負っても回復することさえも後回しにするようになっていた。
エナ海岸の波打ち際で一匹の、体長約九十セーチの海月型
魚型
好都合だ、と思った。一匹を相手にするより、二匹同時に倒した方が効率が良い。
激しく砂が舞う中、視界を確保しようと、砂嵐から離れようとしたその時、足に鋭い痛みが走った。
砂嵐の中いつの間にか接近を許してしまっていた、体高約六十セーチ、横幅約一メードルのカニ型
――まだ平気だ。攻撃してこいつの鋏から脱出し、距離を取って回復してから戦えば……。
この段階ではまだユキトには余裕があった。
しかし、もう片方の足にも痛みが走る。
視線を向けると、ユキトの視界の外側から高速で接近してきた別のアサルトシザーが、同じように鋏でユキトの足を掴んでいた。
これは少しまずいかと思った矢先、後方から飛んできた、体長が一メードルを超す巨大魚フォカロルがユキトの首に噛みついた。
ユキトの本能が、生命の危険を知らせる警鐘を激しく打ち鳴らす。
眼前にハイズォの触手が迫っていた。
触手がユキトの肌に触れる。
痛みと共に、ユキトの
「こんのぉ!」
白い翼のフォルムをしたナックルガード、剣先に向かうにつれ黄色から橙色に
その痛みに思わずガルウィングソードを二つとも落としてしまう。二振りの剣が白い砂の上に静かに落ちる。
「しまった……!」
触手が、緊張に強張るユキトの顔面の横に貼り付く。
二匹目の巨大海月、ハイズォだった。
首と両腕に噛み付いたままのフォカロルの鋭牙が、逞しい顎の力によって更に深く食い込んでいく。体内に注入された異物が血液の流れに乗り、体中を巡る。
ユキトの体に異変が起きる。ステータス異常、毒。
堪えきれず体内から込み上げてきたものを吐いた。白く柔らかい砂が赤い血を吸った。
毒に、二匹のハイズォの触手ドレインに、継続的に生命力を奪われていく。
足をアサルトシザーの鋏によって固定され、首と両腕の自由をフォカロルの鋭牙により奪われ、逃走することは不可能だった。
足元の二匹のアサルトシザーが、足を挟み込んだまま、口から吹いた泡を飛ばす。
水属性攻撃、泡地獄。
ユキトの
優しい波の音に撫でられながら、
幸いユキトの叫び声を聞きつけた、他ユニオンの冒険者たちにより、助けられたユキトは一命を取り留めた。
あの時負った怪我はもう完治した。だけれど、あの時感じた神経を鋸でガリガリと削られるような激痛。寸前まで迫った死の恐怖。それらが脳裏にこびりついて忘れられず、今でも夢に見ることがあった。
ユキトの心は折れてしまった。もう、頑張る気には到底なれなかった。頑張ったとしても、バトルレベルはほとんど上がらない。その事実がさらにやる気を削いだ。
今ではユキトも【厚切り肉のコートレッタ】に蔓延している緩い空気に毒され、頑張らなくなってしまっていた。。
ユキトが精力的な冒険者生活を送らなくなった時【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちは、誰もなにも言わなかった。まるでこうなることが初めからわかっていたかのように。
自分ならリーガで一番の冒険者になれると思っていた。しかし、それは思い上がりだった。
ユキトはこのリーガという巨大都市に来て、自分が井の中の蛙であったことを思い知らされた。
自分が間違っていた。ヤノッサ村の大人たちが正しかった。村で暮らしていくことを選択した、自分以外の子供たちは賢明だった。自分は愚かだった。今ではそう思うようになっていた。
大見得切って村を出てきてしまった手前、村に帰る勇気も出せずに、ユキトは惰性で冒険者を続けているのであった。
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