第26話 葬られたもの
きらきらと輝く粒子が振ってくる。
魔王の間は完全に消し飛び、空間そのものに亀裂が走っていた。
俺自身、俺が一体何をやらかしたのか見当もつかない。ほぼ無我夢中だった。というか、あの剣を握った瞬間、何かの意識が入り込んで俺の身体を動かしたようにすら感じた。
斬り裂かれた空間は、そのうちに元に戻っていく。ギャラハッドの姿はどこにもない。
「死んだのか?」
『いいえ、吹き飛ばしただけです』
「あれで死なないのかよ……」
『完全に作り上げられたわけではなく、中途半端。それも途中でプリーミアが制御を手放しました』
『……役割じゃない』
『二人しかいないのですからやりなさい。まったく、結果オーライですが、次はありません』
『…………』
「脳内で険悪なムードになるのやめてくれるかな……」
まあ、何とかなったのならそれでよしだ。
それよりも斎藤は無事だろうか。木村は助かったのか。
「よっ、哲也」
「無事だったか斎藤。なんだこの大きいのは」
「かっこいいでしょ。あの魔王ロボだよ。これが本来の大きさ。ちっさくしてたんよ」
「これが本来の大きさか。でかすぎだろ」
「でも倒されちってさぁ。ただ巨大ロボ操縦すんの楽しいわ」
「な、なあ、俺にもさせてくれよ」
巨大ロボットは男の子のあこがれだ
いや、俺自体がロボットみたいなものだが、憧れは止められない。巨大ロボットはロマンだ。
「良いぜ、良いよな、ロボット」
「良い……って、そうしてる場合じゃない。木村は大丈夫なのか?」
「アリシアちゃんが見てるから見にいこうぜ。いや、すげーよなあの子。この世界の子なのにどんな発想してるんだよ」
「なんだよ?」
「木村をダンジョン扱いして修復しろって」
「いいそうだな。この国の首席魔導科学者様だし」
「マッジかよ!? はー、そりゃやべえわな。って、なんでおまえとそんな子がつるんでるわけ?」
「俺を改造した張本人なんだよ」
「あー、なるほど、ね。なんか、いっつも哲也に対して申し訳なさげな空気だしてるのそういうわけだったのね。りょーかいりょーかい、聞こうと思ってたけどその辺に触れるのは良しとく」
「助かるよ」
ひとまず無事だった居住区の方へ行く。
「二人とも無事だったのね」
入ってきた俺たちにアリシアはほっと一息をつく。
「そっちも大丈夫みたいで何よりだよ」
「おー、いつかちゃん血色良くなってるじゃん。なにしたの?」
「別に、手持ちの薬を使っただけよ」
「それは危ないやつじゃないよな」
「大丈夫よ、哲也。これでも私主任研究員だったんだから、人の為の薬も作っていたわ。ただの回復薬よ。ちょっと濃度高めにして回復力を高めたやつ」
「副作用やばそう」
「あはは、確かに。そういうのどうなんアリシアちゃん」
「まあ、多少酔っぱらった感じになるってのがあるけど、まあ大丈夫よ。寝てる間にその辺も収まるでしょうし」
「ヘェ、面白いね。いいなー、オレもアリシアちゃんみたいな子に出会いたかったよ」
「やめとけ斎藤、こいつほどの地雷はない」
「うなっ!? うぅ、でも事実だから何も言えない……」
「はは。なにそれ、地雷? いーじゃん、地雷、オレ好きよ、地雷。なにせ、地雷も愛せないならハーレムとか夢のまた夢じゃん。ねー、メアリ?」
「私どもメイドにしてみれば、ご主人様ほどの地雷はございませんのでノーコメントとさせていただきます」
「それもう滅茶苦茶言ってるよーなもんじゃん。はーまあいいけど。とりあえず。この辺、かたすわ」
ほいほいっと斎藤が腕を振るえば、戦闘による穴やら破片やらが消えて元通りになっていく。
数分とかからずに総てが元通りだ。
「良いよなぁ、斎藤のチート。俺なんて受容だけだし」
「そっちもいいじゃん、色々受け入れられるってことはそこまで混乱がないってことだろ」
「前向きだね、斎藤は」
「ハーレム王になる男だからな」
「その性格がなければなってるだろうね」
「ん――」
話している間に木村が目覚めたようだ。
「あたし……なんで生きてんの?」
「オレが助けたんよ」
「それとアリシアがね」
「私は別になにもしていないわ。斎藤君がやったのよ」
「……サイアク。斎藤に助けられるとか、マジ死んだ方がマシなやつじゃん」
「なんで!?」
「まあ、斎藤だしね」
日本にいた時から、ゲスとエロな話に事欠かない変態紳士の噂は学校中に広まっている。
この斎藤、かなりの有名人だからな。家も金持ちだったということもあって、人気があるのにその変態性から彼女がいないくらいだった。
「哲也くらいはオレの味方してくれよぉ」
「嫌だよ」
笑いながら言ってやる。斎藤は友達だけど、彼のおかげで何度事件に巻き込まれたことか。
熊谷と同じく滅茶苦茶な疫病神と化していた時期もあるのだ。
隣町の高校の番長の彼女とイイ感じになったとか。ヤクザの女に声をかけてお茶して勘違いされて追われるとか。
「はは、ひでぇ。そこまでしてねーじゃん」
「したよ、思い出せ」
「過去は振り返らない主義なんだ」
「クソウケる。あんたらなんもノリかわってないとか」
クラスメートが弾けてへんなおっさんと戦った。
確かに言葉にしれ見れば大変な事態だが。
「慣れた」
「だよなー、異世界なんだもんな。いつかちゃんもあんま気にしない方がいいって。楽しんだもん勝ちだぜ、なにせ法律とかないし」
「いや、この国の法律はあるし犯罪はだめだろ」
「悪いことして無けりゃいいって」
「はは。で、これからどうすんの? あいつらまた来るっしょ」
そうだ。
一度追い返したくらいでギャラハッドが諦めるとも思えない。
『肯定。再び来るでしょう。しかし、今ではありません』
「その根拠?」
『我らが作ったものです』
あの剣か。
あれそんなにすごいものだったのだろうか。いや、確かにすごいものではあったのだが、ギャラハッドがあれで倒れていない以上、そこまで問題にするとは思えない。
『否定。問題にするでしょう』
「なぜに」
『あれはかつて彼らが葬った聖剣だからです』
「え、聖剣? ほんとうに?」
『肯定』
そうか、聖剣……つまり俺も勇者ということか。いやその前に、葬った?
シーズナルが俺の視界でうなずいた。
『かつて世界は魔族との戦乱の中にありました。苦境に喘いだ人間たちを救うべく、かつての神々は機構武装というものを作り出したのです』
そのひとつがあの機構聖剣。
数百、数千、数万年のときをかけて担い手とともに成長と進化を続けた最強の魔を断つ刃。
脳裏魔導書庫に記録された情報によればそういうことらしい。
シーズナルも異世界から来た精霊だから、詳しいことはわからないらしいが、検索した結果、得た武装の情報を基に作り上げたのが先ほどの聖剣もどきであったらしい。
「そんな大層なものだったわけねぇ。だが、葬られたってどういうことだ」
『強力ゆえに、魔王を倒したあと人々の戦争に利用され、最終的に神をも殺したらしいのです。その危険性から担い手ごと葬られたと』
そんなものが今の世の中に復活したとすれば、確かに聖教の上層部は大混乱か。おそらくギャラハッドの追撃はない。
この問題をまず持ち帰って適切な処理を行わなければならないから。
「なら、しばらくは安全か。しかし、それだったらこの迷宮閉じて逃げた方が良くないか」
『肯定。戦略的に撤退すべきでしょう』
「斎藤がそれを良しとするか」
「は、嫌に決まってんじゃん。せっかく町まで作ったし商会だって立ち上げたんだぜ」
「命には代えられないだろう?」
「わかってねぇな、哲也。この方が好都合じゃねえの」
「好都合って」
「オレらが有名になればなるほどクラスの連中が集まりやすくなる。そのためにもこの迷宮は残さなくちゃならない。それに安心しなって、ここにいた連中の顏をあのおっさんは報告できないって」
「どうして?」
「当然、オレがジャミングかけてたからに決まってんだろ? じゃねえと外に出るわけねえじゃん」
用意周到なことで。
「ま、良くわからないんだけどさ。なんとかなるならそれでよくね? うちも行くとこなくなったし、養ってくれるんしょ」
「任せろって。いつかちゃんどころか、クラスの女子全員養えるから」
「んじゃ、世話になるでよろしくおなしゃーっす」
「見ろ、哲也、オレにモテ期がきた!」
「あー、ナイナイ。斎藤のハーレムに入るくらいなら甲野の方が百倍マシだし」
「こんな機械野郎の方がいいってのかよ!」
「いうにことかいてそれかよ斎藤……」
「はは。うん、助けてくれて、ありがと」
「どういたしまして」
「さて、それじゃあ郡川も呼ぶか」
「お、いーねー、恵ちゃん。地味系女子だったけどアレでおっぱいとか大きいし」
「はいはい。とりあえず、一旦リーゲルに戻るよ」
「それならこれ持っててくれ」
斎藤が球体を渡してくる。
「こいつは?」
「こことの直通路を作るやつ。クラスの連中とアリシアちゃんは登録しておいたから、他のやつが入ることはない」
「助かる」
「んじゃ、全員集めて頑張って帰る方法とか探しますかね」
「おう――」
●
「今日もありがとうございました」
郡川恵は酒場での歌で生計を立てている。
哲也たちが迷宮の調査に行ってから数日。一人で過ごすことになったが、辺境人は身内に甘い。
女一人、酒場での歌となればそれなりに厄介な相手が寄ってきそうなものであるが、それらすべては未然に辺境人たちによって防がれている。
だから何も心配などいらない。
歌の力も抑えて良い歌を歌う女程度にしている。だから何の問題もない。
あの日々に比べればなんともマシな日々だ。
「ただ、うーん、恋人になってくれとかは面倒かなぁ」
そこまで綺麗と思えないが、異国めいた。辺境人たちの価値観とは違う場所から来た女はエキゾチックな魅力があるようで言い寄られることが多くなった。
日本にいたときからは考えられないモテっぷりに、郡川は最初から辟易としていた。
向いてない。
そういう光に当たるのには向いていない。
ステージに立つのは良い。歌を歌っている間は自分は自分ではなくなる。アーティストになる。
普通の時にそれをされるのはちょっと違う。
などと、酒場の自分専用の席となったカウンターの端に座って溜息を吐いていた時だ。
「やあ」
そう声をかけられたのは。
なれなれしい声だ。またナンパかと辟易しながら振り返る。
そこにいたのは見知った顔だった。
「えっと、八雲くん?」
ただクラスメートに関心をさほど払っていなかった郡川なので彼がどんな相手なのかはわからない。
「ああ、そうだ」
「ええと」
――こんな感じだったっけ。
どこか雰囲気がかわっている気がするが、郡川にはやはりわからない。みんな異世界に来て変わっているのだ。そういうこともある。
「何か用?」
「つれないな。せっかくの級友との再会だというのに」
「あまりあなたのこと知らないから」
「それもそうだ。僕もあまり君のことを知らないからな」
「それで、何の用?」
「力を貸してほしい」
「力? 何のために? この国に戦争を仕掛けるとか?」
「まさか。僕の望みはたった一つだ。ゆいを生き返らせる。そのために力を貸してくれ――」
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