出席番号30番 八雲出流は冥府を下る

第27話 八雲出流の頼み

 暗い大洞窟は、まるで竜の食道でも歩いているかのようであった。

 寒々と乾ききった場所には、何一つ生命の息吹が感じられない。

 黄泉平坂。

 ここを便宜上そう呼ぶが、辺境人に言わせればシェオルロウドだそうだ。

 冥府へと通じる大いなる暗がりの穴を今、俺たちは下っていた。

 歌を捧げる歌姫に冥府に落ちた姫君を救いに行く王子様、竪琴を奏でる案内人の辺境人、それからそこにいたるまでの試練を超えるための俺という勇士。

 神話や伝説、物語もかくやと言わんばかりのパーティー構成。

 俺たちはこれから冥界に行く。

 辺境ではいまだに人界と冥界が分かたれていないらしい。地下深く、深淵を通り抜けたその先に冥府があるという。

 死後の世界が広がっているだなんて本当にファンタジーだ。

 そして、俺たちは今からそこにクラスメートを取り戻しに行くのだ。


 ●


 斎藤との一件を終えて、他のクラスメートたちを探すべくいったんリーゲルに戻った俺とアリシアを迎えたのは郡川ともう一人。

「八雲じゃないか」

「やあ、甲野。君は相変わらずのようだな。喜ばしいことだ」

 八雲出流。

 眼鏡の如何にもエリート然とした男は、クラスでも勉強のできる天才だった。試験でも熊谷といつも一位を争っていたから俺も良く知っている。

「無事でよかったよ」

「いや、実はそうでもないんだよ、甲野。今日はそのためにここまで来たんだ。辺境で斎藤がまた何かしているんだろう。ここなら力を借りれると思って噂を調べていたんだ」

「何か、あったのか?」

 知っている雰囲気と違う。どこか張り詰めたような雰囲気に俺はそう聞いた。

「ああ、手伝ってほしいことがある」

「なんだ? 困ってるなら手を貸すよ」

「助かる。ゆいは知っているな?」

「ああ、橋本ゆいだろ?」

 橋本ゆい。なにを隠そう八雲の彼女だ。病弱で儚げな少女だ。しかもアルビノという気小属性持ち。

 不謹慎ながらロリだ、アルビノロリだと斎藤と一時期騒いだこともあったりはするが本人の気性を知ってからは俺はそれはやめている。

 彼女は熊谷と同じ人種。つまるところどうしようもない天才というやつなのだ。

 病弱でさえなければ、彼女はあらゆる運動種目でオリンピック並みの結果を出すことが出来ただろう。

 それくらいには才能があるというらしい。熊谷から聞いた話なので信憑性については怪しいが、少なくとも俺はそうなのだろうと思っている。

「彼女が死んだ」

「うそだろ……」

「本当だ。君に嘘を吐く理由が僕にはないだろう」

 かちゃりと眼鏡をあげながら八雲は言った。

 まるで、こともなさげに死んだのだと。

「理由は、なんで」

「生贄にされた。奴隷として買われたあとにだ」

「生贄……」

「辺境ではまだそういうことがあるそうよ。神への信仰かはわからないけれど、北の奥深いところに住む人たちはそういう風習があると聞いたことがあるわ」

 その時、初めて気が付いたというように八雲の視線がアリシアへと向いた。

「彼女は?」

「ああ、アリシア。仲間だ」

「アリシアよ、あなたが哲也が言ってたクラスメート?」

「……そうだ」

 値踏みするように上から下まで見てから。耳元に顔を寄せてくる。

「信用できるのか」

「ああ、出来る。俺のことは裏切らないと思うよ」

「……良いだろう。だが、今回は同行させられない」

「そうなのか?」

「ああ、危険だ」

「意外だ。八雲が他人の心配をするなんて」

「いいや、足手まといになる確率が高くなるからだ。身長、体重、目算で算出したが戦える者の数値ではない。運動能力という意味でも下の下だ。ならば魔力に特化した魔法使いタイプかと思えばそういう力は感じない。違うか」

「どうやって解析したのかとか、まあ色々聞きたいことはあるけど、当たりだ」

 アリシアはそこらへんなんも出来ない。

 その代わりに料理とか、交渉とか面倒くさい雑事を全部押し付けている。そのおかげでそういう面倒くさいことに煩わされないので本当に助かっている。

「ならば知識なのだろうが、これから行くところにそんなものは意味をなさない」

「なるほど。そりゃ足手まといだ」

 後ろでぐさりと何かが刺さったような心理的な音が聞こえた気がする。

「それで、どこへ行けばいいんだ、八雲?」

「来てくれるのか」

「もちろん、そのために来たんだろ」

「確かにそうだが、お前は70%の確率で断ると思っていた」

「信用ないな……」

「君が熊谷を見つけていないと聴いたからな、そちらを優先するだろうと思っていた」

「あー、まあそうだな、確かに」

 ただそれでも困ってるやつを見捨てると思われていたのなら心外だな。

 困っているのならなるべくなら助けるさ。そうじゃないと熊谷に怒られる。殴られるどころじゃすまないだろう。

 この世界なら本当に殺されるかもしれない。

「だが、助かる。君と郡川がくれば問題はクリアされたも同然だ」

「それは良かった。今から行くのか?」

「ああ、そうしてくれる。あまり時間をかけてしまえば取り返しがつかないことになりかねない。それに人を待たせているんだ」

「人を待たせてるって、俺が断ったらどうするつもりだったんだ」

「君が断らないよう条件を整えてきた」

「なんで俺なんだ?」

「発見できた男が君だけだったからだ」

「斎藤がいるだろ」

「彼は駄目だ」

「なんでだ?」

 ダメとはっきり言われているのはお笑いでしかない。

「彼はダンジョンを作ったからだ」

「? どういう?」

「彼の特質は創造系だろう。創造系の特質、君たちはチートと呼ぶみたいだが、それは戦闘系に比べて身体能力の強化度合いが低い」

「そうなのか?」

「ああ、計測したからな」

「それじゃあ、八雲はもう何人かクラスメートと会っているのか?」

「いいや、奴隷商人のところにいた時に、何度か価値を知るための時間で運動させられた」

 八雲が言うには俺たちがチートと呼ぶ特質は、いくつかのカテゴリわけできるらしい。

 八雲が便宜上つけたカテゴリだから、八雲分類法と呼ぶことにしよう。

 戦闘系。

 文字通り、戦闘を行うことに適した特質のことだ。それを得た時点で身体能力が現代日本にいた時とはくらべものにならないくらい強くなる。

 なんでも特質と呼ばれるなんらかの性質強化が行われた結果、肉体もそれに合わせてその特質が使える最善の状態になるように肉体性能の最低ラインが引き上げられたとのことらしい。

 支援系。

 戦闘系の中にも入ることがあるらしいが、基本的には後方から支援をするもの。自分ではなく他者へ対する影響を与える特質がこのカテゴリだという。郡川の歌もこの類だそうだ。

 創造系。

 何かしらを作り出す特質。斎藤が分類される。ダンジョンや城、武器や道具などなどを作り出す特質だそうだ。完全に戦闘に向いていないため、身体能力の強化も最低値だという。

 そして、このどれにも分類されないその他の特質がある。俺が分類されるのはここだ。自分のみで完結する特質や、どうにも分類が難しいものがあるらしい。

「僕は支援系で、郡川も支援系。戦えるやつが必要だった」

「俺その他で、しかも戦闘に使えるものじゃないだけど」

「ああ、理解している。だが、君の噂は聞いている。凄腕のハンターだそうだな。その戦闘能力を見込んで頼みに来たわけだ。郡川からも強いという話を聞いている。この目で見てそれは理解できた」

「なるほど、まあ。そうだな。俺の事情は行きながらにするか。時間ないんだろ?」「ああ、頼む」

「それじゃあアリシア行ってくるよ」

「ええ、待ってるわ」

 アリシアを家に残し、俺たちは八雲の案内でリーゲルの街を出る。

 街道を歩きながら俺はこれまでの経緯を八雲に説明した。

「興味深いな」

「八雲も気にしないんだな」

「気にする必要がどこにある。それよりも興味の対象だ。本物と戦って勝った。興味深い。記憶の同一性、自我、コピーだと気づいてなお、自我崩壊をしないのはどういう理屈で……」

 ぶつぶつと何事かをしゃべりだした八雲は正直怖い。

「あー、はじまっちゃったよ」

「どうすりゃいいんだこれ」

「さぁ? わたしに聞かれても。とりあえずまっすぐでいいらしいし。放っておいて良いんじゃないかな?」

「だからって、危ないだろ」

「そこは甲野くんが守ってくれるんでしょ?」

「まあ守るけどさ」

「なら良いじゃない」

「そういうもんかね」

「そういうものだったでしょ」

「む、すまない。考え事に浸ってしまった。甲野の話が興味をそそられるのがいけない」

「俺のせいかよ」

 そう郡川と話しているうちに八雲も復帰したようだ。

「そうそう、面白いよね、甲野くんの話って」

「ああ、日本にいた頃からそうだった」

「やめてくれよ。で、どこへ向かうんだ」

「言っていなかったな。冥界だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る