第24話 斎藤が参戦し、始まりの夢を見る

 木村いつかは、朦朧とする意識の中で不思議に思っていた。

 なんで自分は生きているのだろう。

 己はここで死ぬと思っていた。魔王の迷宮を聖騎士について踏破して、その後、不意打ちのための囮として使われる。

 それが木村が効いていた全てだ。その過程で殉教することになるだろうが、神の為であるから何も問題ない。

 そんな問題しかない理論を振りかざされてしまえば、奴隷の木村いつかには何もできるはずがない。ただ言われるがまま荷物を持って、ただ言われるがまま、魔王を自称した馬鹿なクラスメートのアジトにまで来てしまった。

 そこからは御覧の通りだ。体内に仕込まれた術式が起動し、そこから聖皇庁が抱える最強戦力の一人がやってきてしまった。

 まあ、自分が死ぬのは良い。どうせどこかで野垂れ死ぬくらいにしか思っていなかったし、こんな異世界でも結構長生きした方だ。

 そこらへんはすっぱりと割り切ったわけなのだが、やはり気がかりはある。

 斎藤や甲野たちのことである。

 あいつらは完全に巻き込んだ形になる。いや、それをいうなら斎藤が魔王など自称しなければこうはならなかったのだから、全ての原因が木村にあるわけではない。

 だが、滅びの引き金を引いたのは紛れもなく木村だった。その責任の自覚はあるのだ。

 できれば生き残ってほしいと思う。

「おい、おい! 起きろ! 目を覚ませ、傷は修復した、完全じゃないが、たぶん大丈夫だ! いやほんと無茶だよな? アリシアちゃんこいつを迷宮と思い込んで治せって。発想がおかしい」

「失礼な」

「とにかく、おい、死ぬな! いつかちゃん! おまえはオレのハーレムに入るんだろ!」

「なん、……」

「! 良し、良し! 起きやがったなこの美少女! ったく、心配させやがって」

「さいとう……? あれ、なに、してんの……逃げなよ、バカじゃないの」

「ハーレム要員、置いて逃げれるかっての。オレを見損なうなよ? オレ、女の子のことしか考えてねえんだよ」

「……キモ」

「助けられておいて言うことがそれってひどいなぁ~いつかちゃんはさぁ」

 余裕が出来たのか斎藤の口調が軽いものに戻る。

「んじゃアリシアちゃんあとよろしく~オレトイレ行ってくるわ」

「……死なないでよ」

「ナニソレ面白、トイレで死ぬわけないじゃん」

 ははっと笑いながら斎藤は、トイレとは逆の、哲也が空けた穴へと入って行った。


 ●


「ンッン~? おやおや、魔王自らお出ましですかな~」

「ったく、あいつ何やってんだよ、やられてるじゃねーか」

 どこかに吹っ飛んだのか無事かはわからないが、哲也のやつ死んでないだろうな。まあ、ここで死んだらわかるから死んでないんだろうけど。

 ここにいないということは、あいつが戻ってくるまでオレがこの化け物をなんとかしなくちゃいけないってことだ。

 最悪だな!

「ま、そうだな。頭が動かないと下が付いてこないっていうし」

「ウイウイ、上に立つ者ととして良い心構えでしょう。しかし、魔王は魔王。我らが神の意思において、例えそれが詐称であろうとも、魔王を名乗られれば滅すのみ」

「勘弁してくれよ、オレは弱いんだぞ」

「恨むなら魔王を語った過去の己になさい」

「ここで悔い改めたら見逃してくれるとか」

「まさか、このギャラハッド、決して魔を逃がしはせぬ」

「デスヨネー」

 ま、そりゃそうだろう。この手の輩は話聞かないし。

 よってオレなんて自称魔王が何を想っていようが、ギャラハッドと名乗った全裸のキモいおっさんは戦闘態勢をとった。

 不意打ちとか、先制攻撃なんてことはしないらしい。ま、されたらオレ死ぬんだけど。

 ぶっちゃけオレ弱いし。オレってアレよ、後ろからねちねち攻撃したい派だし、哲也と違って改造とかされてないし。

 生身の人間。ちょーっと迷宮作れるだけのお茶目さんだぜ。

「ま、それでもやらなきゃいけないってのがつらいよなぁ。はぁ、これだけはあんまやりたくないんだけどさ」

 そうも言ってられないし、いつかちゃんがやられたのはちょっと頭来てるし、かっこよく出て来たのに逃げるとかそんなのホント情けなさすぎるっしょ。

 て、わけで、さてま、そういうわけだ。

「来てくれよ、メアリ――」

 相手が来ないならこちらも存分に準備をさせてもらうさ。

「呼ぶのが遅いでございますが、素直に呼んだことは褒めて差し上げます、ご主人様」

「あ、うん、罵倒から入るのやめね? 今は真面目だしさ」

「はい。ですので、これきりにいたします」

「んじゃ、全員、呼んでくれる?」

「既に」

 流石メアリ。

 彼女の背後の影からメイドたちが現れる。

 その数、五十人。

 オレが迷宮で生み出した、文字通り手足というか可愛い奴らだ。メアリ以外は、忠実でなんでもさせてくれる。

 メアリはなんかオレに厳しいんだよなぁ。全然褒めてくれないし。

「オレのハーレムメイドたち、アレが敵だ」

「ふむ、なんとも下品なお方ですね。ご主人様の教育によろしくありません。各員、ただちにお掃除しましょう。では――」

「ンン~メイドとは、なんとも」

 困惑が支配している間に、メイドたちは口火を切った。

 ギャラハッドの胴へとメイドの拳が突き刺さる。

「ンッン~、そんな拳では我が信仰は揺るぎませんよぉ~」

 ギャラハッドはオレのメイドの攻撃なんぞものともせずに、一切傷一つつけられぬまま、小枝のようにメイドをへし折る。

「く、何て強さ」

「これが聖騎士か」

「うろたえない。ご主人様の前です」

「でもメイド長、あれ我々より強いですよ」

「だから、どうしたのです。倒せとは命じられていません。我らがすべきは、時間を稼ぐことです」

 まるで一つの生物のようにメイドたちは動き出す。

 最初の一撃で、やられたメイドを介し、その威力情報は全体に共有済みだ。

 近づいて掴まれたのならばそれで終了。

 ならば、常道。

「遠距離からやります。良いですね、ご主人様」

「ああ、遠慮はいらない」

「総員、構え――」

 メイドたちは前衛後衛へと別れる。

「ンン?」

 離れた側はそのスカートの中より銃を取り出す。

 オレの世界で言えばマスケット銃ってやつだ。ただそれはただのマスケット銃ではない。

 白亜の銃身のマスケット銃は、マナを打ち出す魔銃だ。

 この世界では最新式のそれを号令のもとただ一人に向けて斉射する。

 鋼鉄すら貫くほどに貫通力、威力を高められた採算度外視の虎の子の魔弾は、最深部にまで攻め込まれた際の備えのひとつだ。

 並みの辺境人や冒険者ですら殺しつくすことが出来るほどである。

「うん、かゆいかゆい」

 決定的な打撃にならない。

「なるほど、硬いですね」

「メイド長、どういたしますか」

「遠距離では火力が足りないと判断します。であれば、牽制程度を残し、あとは前衛に回りなさい」

「了解」

「ヒットアンドアウェイで行きます。捕まらないように注意しなさい。如何に無敵の化け物であろうとも少しずつ削れば死にます」

「了解」

 効かないのであればメイドたちは別の戦法を取る。

 短剣を手に近接。

「ほ、ッホ、すばしっこい」

 斬りつけ、即座に下がる。

 無論一人だけの素早さではギャラハッドに捕まってしまう。だからこそ、前に出る一人と、それを引き戻す二人で一つの組となって動く。

 すべてのメイドが思考リンクでつながっているが故の連携によりメイドたちはギャラハッドに捕まらずに済んでいる。

 けど、それだけだ。

 ギャラハッドには傷一つついていない。あの短剣だって決して安いものではない。むしろメイドたちの装備には一番気をつかった。

「くそ、なんでも斬り裂けるんじゃないのか」

「そんな謳い文句に踊らされる方が悪いのですよ、ご主人様」

「く――」

 そして、そうやって攻めあぐねれば。

「きゃ――」

 一人捕まり、その首をへし折られる。

「ンン~、もう掴みましたよ」

 そこから始まるの一方的な虐殺だ。

 水を得た魚のようにギャラハッドが腕を振るう。

 手刀一閃。

 ただそれだけで、メイドたちの頸が飛ぶ。

「良し、起動できた――」

 その隙に、彼女たちが決死で時間を稼いでいる間に、オレは魔王の間に鎮座していた魔王を起動させる。

 これは最新技術で作り上げたロボットだ。オレが作りたいと思ったらなんかできた代物その2である。

 それを立ち上がらせる。その本来の大きさに戻すのに時間がかかった。

 なにせ、こいつ高層ビルと並び立つくらいに巨大なんだ。像で蟻を倒すみたいな感じだが、

「ホッホー、魔王らしくなりましたなぁ」

 巨大な骸骨騎士のような威容を見上げながらもギャラハッドは笑みを崩さない。

 されど静かに滾らせた闘志がまるでオーラのように立ち昇っている。

「メイドたちの仇だ!」

 発射するのはミサイル。肩に装備されたミサイルポッドから全弾すべてをうち尽くす。

 それから数百トンの重さを利用して拳を見舞う。

 流石の無敵超人だろうとこのサイズ差と重さならば行けるだろう。

 そう確信した瞬間――。

「おお! これぞ神の試練! ならばこそ我が信仰が今こそ試されるとき! 我が信仰に曇りなし。我が信仰をご照覧あれ!!」

 機体が持ち上がり、ぶん投げられた――


 ●


 斎藤達也が異世界に来た時感じたのは、喜びには程遠かった。

 オタクであり、ゲームも好きであった。クラスでは馬鹿と思われていたが、決して愚鈍なわけじゃない。

 むしろ聡い方だ。

 昔から人の顔色ばかり窺って生きてきた。

 両親はやり手で億万長者というやつだった。やっかみや嫉妬も多くて、その上で両親は何かの事件に巻き込まれて死んでしまった。

 どいつもこいつも遺産狙い。嫌でもその学んでしまった。

 人間ってのはどいつもこいつも嫌な奴ばかりだって。

 そのおかげで人の感情の機微などに聡くなった。

 他人が何を考えているのか暴いて、それを指摘してぶっ潰してやったこともあった。

 後々の展望を予測しその通りになったことなど数知れない。

 すっかりと擦れていた。

 そんな時、出会ったのだ。

 甲野哲也。

 あの底抜けにお人好しな馬鹿に。

 それからだ、人間ってのは案外悪くないんじゃないのかって思えるようになったのは。

 だからというわけではないが、どうにか逃げ出してクラスメートたちの為の居場所でも作れないかと早々に計画を練っていたのである。

 ちょうど天が味方してくれたようで、得た特質はダンジョンを作るという創造系の特質だ。

 それを使いダンジョンを作り、魔物を生み出し、奴隷の首輪を解除して逃げ出した。

 ダンジョンにやってきた冒険者から身ぐるみ剥いで生活し、魔王を自称して死なないダンジョンで人を集めてクラスメートに気がつかれやすいようにもした。

 それで最初に来たのが甲野哲也だった。


「ぐお――やべ、気絶してたわ」

 なんか走馬灯みたいなのまで見えていた。

 これヤバい奴かもしれん。

 などと思っていると。

「ンン~頑丈ですねぇ」

 悪魔のようにギャラハッドが魔王の上に立っていた。

「クソ化け物め」

「ですが、硬いだけ。それならば壊せますねェ」

 握られた拳に覇気が集まっていく。

「あー、やっべぇわ」

 先ほどの一撃ですっかりこっちはダウンしてるってのに。

 というか、魔王役にたたねぇ、巨人でも倒せないと思ってたのに、なんで普通の人間に倒せてるんだ。バグかよ。

 ま、やるだけはやったアリシアちゃんとか逃げたかな。

 いつかちゃんちゃんと治ってるといいんだけど。

「ま、しゃーない。やるだけはやったし、哲也がいればいいだろ」

 ギャラハッドの一撃が放たれる瞬間。

「この野郎がああああ!!」

 哲也の一撃が、背後からギャラハッドを襲った。

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