第23話 全裸聖人

「なん……」

 何が起きた。あまりにも突然すぎて状況が処理できていない。

 ただ、事実を言えば、木村の腹が破裂したかと思えば、そこから全裸の男が現れた。

 腕を突き出し、まるで元からそこに居ましたよとでも言わんばかりの気軽さでその男は現れたのだ。

 俺はそのあまりな登場に混乱してしまった。

「ン、ン~~~」

 そいつは己の状態を確かめるように顎に手を置いて視線をさまよわせ、こちらを認識してニヤリを笑う。

「ンン? あ~成功ネ。いやァ、あの子たちもいい仕事をしてくれた~ネ」

 一歩、男が踏み出す。血に濡れた金の長髪と髭が彼の言葉とともになびく。

「イイねェ、実に、良き仕事だ」

 鍛え上げ締め上げられた美しさすら感じられる肉体には木村の臓腑がまだついている。

 だというのに男は笑っていた。良い仕事であると。

「が、く――」

 俺たちを現実に引き戻したのは木村のうめき声だった。

 腹を完全に開かれているがまだ生きてる。

「斎藤!!」

「哲也! オレが何とかする、だからおまえはあいつを!」

「ああ! アリシア!」

「もちろん!」

 俺と斎藤の判断は同時。

 アリシアへ指示を出した瞬間、俺はシーズナルが展開した風で男へと吹き飛んだ。

「ホ?」

 俺の突撃に対し、驚いた風な顔を見せる。

 俺はその勢いのまま殴りつける。魔導サイボーグの膂力とシーズナルの風を使った一撃だ。

 それで男もろとも今いる部屋から魔王の間まで突き破る。

「ホッホ、ンン~~いいですねぇ~」

 しかして、男は無傷だ。

 先ほどの一撃も堪えたようすはない。

「シーズナル、こいつはなんだ」

『聖騎士です。それも――特級。先ほどの三人よりも上の』

「ンン~なんとも良い拳だ少年。魔王の城にいるってことは魔王の配下なんだろうが、魔王の下に置いておくには惜しい! どうだ、わしのところにこんか」

「友達を傷つけられて素直にうなずくと思ってんのか」

「ンン? 友達ぃ? あの奴隷の友人か。なんとそうかそうかぁ。それは残念なことをした。アレは奴隷だから、神の為に死ぬならば誉れと思っていたんだが。これは悪いことをしたなぁ」

「……なんなんだよ」

「ンン? なにかな?」

「なんで、笑ってるんだ」

 男は笑っている。笑ったままだ。当然のように悪いと口にしながら、顔は笑ったまま。全然悪びれた様子がないじゃないか。

 ただ気持ちが悪い。なんなんだこの男は。

「おまえは、一体なんなんだ」

「わしは聖皇庁円卓ラウンズが十三席――ギャラハッドじゃよ。神の御前で魔王は滅する。ああ、昂るわい。さて、もうええじゃろうヤろうや」

 ギャラハッドと名乗った男は、会話を終わらせぬまま戦闘へと突入させた。

「ッ――」

 それは今まで見た何よりも早い踏み込みであった。

 術理はなく、検索したところで出てきたのはそれがただの拳だということ。しかし、何よりも速く、踏み込み振るわれた拳に俺は悪寒が止まらない。

『マスター!!』

 俺よりも危機察知に定評のあるシーズナルが何よりも優先して防御の風をまとわせた。

 俺でもわかる。ギャラハッドの一撃が何よりも強いことは。

 ガードを固める。

 次の瞬間訪れる衝撃は隕石にでもぶち当たったかのような衝撃だった。

「ぐ――」

「ほほう、硬いのぅ。流石は魔王の部下というところか? 元が人間の魔王とは期待しておらんかったが、これは楽しそうじゃのぅンン~!」

 握りしめられた拳が音を奏でる。

 放たれる拳打の嵐。吹きすさぶ暴風すら致命傷になりかねないくらいの威力を備えている。

 こちらも負けじと反撃を繰り返し、何とか拮抗状態へと持ち込む。

 衝突を繰り返す乱打拳打の暴風。ただそれだけでこちらのフレームの芯まで震わせる衝撃は、踏みしめた大理石を削り飛ばしていく。

 理解の及ぶ暇もなく切って捨てられた火ぶた。しかして、何とかこちらも戦闘域まで精神が追い付いてくる。

「ンン~」

 ギャラハッドと名乗った男は楽しそうだ。心底楽しそうに、かつ余裕で俺の拳を防いでいる。

 魔導サイボーグの大地を砕く拳も全然意味をなしていない。互角の力で相殺されているというのもあるが――。

「こいつ、巧い――」

 とにかく巧みだった。サイボーグである俺と同等以上の正確さでこちらの拳を受けている。

 お手本のような受け流し方だ。術理がないなどと馬鹿だった。あまりにも当然すぎて術理に見えないだけだ。

 こいつは紛れもなく武人であり、最高の実力者に他ならない――。

『肯定。円卓とは紛れもなく聖騎士の最高位の十三人に与えられる称号です』

 最悪だ。なんでそんなのが出てきているのだ。

 などという罵倒は出来そうにない。弱音を吐いている暇はない。

 シーズナルに拳の迎撃を頼み、こちらは骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストから武装を取り出す。

 拳のダメージから算出した敵の頑健さは、要塞と言っても良いほどだ。生半可は攻撃では傷一つつかないだろう。

 全裸で戦っているということはそれだけ自らの強さに自信があるということなのだから。

 だからこそ、取り出す武装は攻城兵器の類になる。ならば取り出すのはこいつだ。右腕部を覆う巨大な装甲武装破城篭手ツェアシュテールング・ファウスト

「喰らえ!」

 うなりを上げる巨大兵装。単騎にて要塞を落とすべくその城門を叩き壊す、超威力の兵装が蒸気を上げ、咆哮する。

 回転するシリンダー。撃発とともに、鋼鉄の杭はギャラハッドに向けて打ち出された。

 加減はない。最高出力にて放たれた一撃だ。七十の結界すらも破砕し、城門を粉砕する一撃は余波だけでこの魔王の間へひびを走らせ崩壊させる。

「ンン~フン!!」

「馬鹿な」

「はっはは! 馬鹿ではないとも!」

 ギャラハッドは避けもしなかった。その一撃を、その肉体にて受け止める。

 傷一つなく、痛痒を感じた様子すらない。完全に無力化されていた。

 超強化なんてちゃちなものじゃない。完全な無効化だ。まさか、これがこいつの信仰機関とでもいうのか。

 そう思考を進めようとしたとき、俺は選択を誤った。

「ンン、少年、わしを前によそ見はいかんヨ、よそ見は――」

「ぐぉ――」

 視界がぶれる。

 拳が胴に叩き込まれ、身体が宙に浮く、そこにさらに後頭部に両拳が振り下ろされた。

 魔導サイボーグじゃなかったら首が飛んでいただろう威力だ。

 一瞬、意識が断絶しかけた。これも魔導サイボーグでなかったら終わりだった。

「ぐ、ぉ――」

 それでもダメージはでかい。どこも破損はしていないが、フレーム自体が衝撃にふるえている。

「ンン~いいですねぇ。流石は魔王の部下。わしの攻撃をこれほど受けてまだ立てますか」

「あ、あ。あんたは、木村をあんなふうにしてくれたからな、殴らせてもらうぜ」

「あれは不幸な出来事でした。わしとしても、女子は大切にしたいと思っているのだが――まあ、神の使命の前にはどれもこれも些事よ。おまえさんを倒し、魔王を殺し、それで終わりだ」

「させるか」

 俺が倒れたら斎藤たちが危ない。なら俺はここでこいつを倒さなければならない。

 たおせるだろうか。

 いや、倒すのだ。

「行くぞ――」

 魔法機関を起動。

 これで相手と条件を同じに。

「は?」

「おっそーい」

「ごぁ――」

 俺の顔面にギャラハッドの拳がめり込んでいた。

「ぐ、なんだ、と――」

 魔法機関は確かに発動した。

 だが、魔法機関はコピーされなかった。不発? いや、それはない。紛れもなく発動していることはわかる。

 ならばなぜ、相手の力が使えない? 相手の力が俺という器に注がれた気配がない。

「うそだろ……」

 それは、つまり素の状態で、あれだけの力を発揮したということか。

「ンン~? なにを驚愕しているのかね。ああ、少年は魔法機関を使ったのかね。なるほど、見ていたよ。君のは確か、敵のものをコピーする類だろう? うんうん、良い能力だ。だがね、わしは、信仰機関なんぞ使っておらんのだよ。この身は正しく信仰により守られているだけだ」

『ありえない――』

 シーズナルですら驚愕する。

 俺ですらありえないと思っているのだ。なんだそれは、ただ祈っているだけでパイルバンカーの一撃を防がれてたまるか。

 何か絡繰りがあるはずだ。

「ないよ」

「が――」

 殴られる。

 殴られる殴られる。

 連打連打連打。

 打、打。打――。

 剛拳が俺を穿つ。

「ぐ、ぉぉぉ――」

 魔導サイボーグでなければぐちゃぐちゃのミンチにでもなっていそうだ。骨格が軋んでいる。人工筋肉が細切れになりそうだ。

 それほどまでに鋭く重たい拳撃は、あろうことか彼の素の肉体なのだ。

「ぐ、シーズナル……」

『現在、検索中。相手の弱点を探ります。もう少し耐えてください』

「無茶言ってくれる……」

『マスターならばできると信じています。プリーミア』

『……不本意だけど、サポートする』

「ああ、頼む――」

 激装鋸剣ゼーゲ・シュヴェアート葬天竜牙クインゲ・アトモスフェーレの二つを取り出す。

 突いてだめなら、削り斬る。あるいは、単純な切れ味の高さで勝負する。

 放つ鋸剣と竜の牙。まぎれもなく世界最高峰の威力を誇る魔導サイボーグの武装たちをギャラハッドに叩きつける。

「信仰の前には、あらゆることは些事!!」

 だが、それすらもギャラハッドは乗り越える。

 全裸のまま、一切の防御を捨ててなお攻撃の全てを寄せ付けない。

「でたらめかよ!」

「良いや、誰でもできることだ。神への祈り、信仰心があるならば誰でもできる!」

「できるか!」

 考えろ。

 今の威力で足りないのならば、狙う場所は柔らかそうな場所だ――。

 即ち眼球。

「うぉぉおお!!」

 普通の人間ならば眼球どころか脳すら吹っ飛ぶような威力で剣を突き入れんと突撃する。

「ンンッ~~すばらしい~!」

 だが、それすらも通用しない。

 掴まれ、そのまま投げられる。

「ぐ――」

「しかし、遊んでばかりもいられませんからネ~」

 空中に放り投げられ、まるで洗濯機の中のようにぐるぐるのと回転する。

 まずい、姿勢制御が追い付かない。ここで攻撃されては――。

「死になさい、主の御前でお会いしましょう」

 その瞬間、ギャラハッドの拳から光が放たれた――。

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