第21話 VS聖騎士

「おいおい、こいつは――」

「どうやら中ボスのようですね」

「…………」

 三人の聖騎士の前に俺は立っている。

 どうやらこの装備、セットで装備することで何やら禍々しいオーラが出るらしい。

 その効果は、ただかっこいいだけ。なんだそれ、役に立たねえ。

 そして、その背後にお目当てのクラスメートを見つけた。木村いつか。

 俺の記憶の中の少女そのままだ。

「あー、サイアク。サイートとか、なんかあいつっぽいと思ってたけど、確定じゃんこれ。なんで、甲野が出てくんの」

 しかも、俺の集音装置がとらえた彼女のつぶやきは、完全にこちらを見抜いているようだ。

 確かに仮面は目元ばかり覆うだけで、髪とか口元はでているが、それでわかるものだろうか。

 ともかくなんで見抜けたのかはわからないが、ここでそれを考える余裕はないようだ。

「そりゃ、オレらが呼ばれるわなァ。こいつはやべえぞ」

「ええ、三人でかかりましょう」

「…………」

 聖騎士三人は俺を敵と認めたらしい。それも難敵として。

『一級、それも上位でしょう。名持ちでないことが幸いでしょうが――』

 シーズナルをして、油断できる相手ではないと言っている。ブラッドの時はまだ余裕があった。

 それは彼がまだ研究者であったからだ。

 本物の俺は俺だった。だからこそ、その手の内は全て知っている。性能は同じ。ならばあとは気力と確固たる意志の強さが勝敗を分ける。

 だが、この三人は違う。

 紛れもなく、これは初めての決戦になりうる。血と血で洗う戦だ。故に気を抜けるという道理はどこにもない。

 一瞬でも気を抜いたのならばそれだけで攻め落とされるくらいの気構えでいなければならない。

 この身を包む鋼は、どれほどの強度があるだろうか。

 この身に宿る筋肉には一体どれだけの出力があるだろうか。

 さて、性能を十全に発揮したことはない。己の力の全てを使ったわけではない。

「なら、ちょうどいいかもしれないな――」

 ここならば少なくとも死ぬことはないのだ。サイートの迷宮はそういうところ。

 なんだか、斎藤の手のひらの上で転がされている気分であるが、まあいい。

 拳を握る。

 俺が戦闘態勢に入ったのがわかったのだろう。聖騎士たちも構えた。

 その瞬間、聖騎士側の地面が爆ぜた。

「――ッ!」

 超過する時間認識。

 すべてがスローモーションになる。シーズナルの思考補強が、攻撃する三人を捉えていた。

 その速度は、時間認識を引き延ばされていてもなお速い。

 一人チンピラは拳。一人王子は剣。一人お姫様は身の丈はある鉄槌。

 そのどれもが、魔人に偽装した俺という存在へと向いている。

 骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストから武装を選択する。

 この場所で大型兵装は向かない。三人を相手にするならば大威力よりも手数だ。

 だからこそ、取り出したるは飛翔剣砲ソードバスター

 勝手に飛び回る近遠両用の武装。

 ぶつかり合う鋼とそれぞれの獲物。

 花火でも起きたかのような火花はそれぞれの実力がかなりのものであることの証明だ。

「オラオラァ! しゃらくせェ!!」

 チンピラとしか思えない聖騎士の行動は早い。防がれたと理解した瞬間には次の戦闘行動に入っている。

 彼の場合は――。

「オラァ!!」

 さらなる攻撃の続行。

 防御用の盾としても使用する飛翔剣砲は回転しながら相手の行動を受けるが、それ以上の出力で押し切られる。

 信じがたいことにあのチンピラは生身で通常状態の俺と同じくらいの出力を有しているらしい。

 どんな化け物だ。

『マスターも相当だと思いますが、彼らは神の使徒ですから。神への信仰さえあれば限界突破など容易だということです』

 ――なんて最悪な輩だ。

 気合や根性で限界突破。

 それはなんとも都合が良くて涙が出る。

『一番都合がいいのはマスターですけどね』

 それは言わない約束だろう。

 とシーズナルと軽い言い合いをしている間も、名前も知らないチンピラ風聖騎士は拳の連打で飛翔剣砲の一つを破壊した。

 あれは俺と同じ骨格で出来ているはずなのだが、それを砕くとは益々ヤバイ相手。

 それどころか、殴り続けている間にあのチンピラの出力が上がっているのだから恐ろしい。

「おっと、あいつだけを見ていていいのかな」

「ッ――」

 そう、チンピラだけに集中することはできない。

 王子や貴公子然とした聖騎士は、彼を囮に俺の目の前にまでやってきていた。

 振るわれる剣に合わせて、俺も骨格内積層武装格納庫から鉄板のような大剣を取り出す。

 高周波ブレードとはまた違う通常兵装の一つである。高周波ブレードが切れ味に特化しているならば、こちらは強度に特化した品だ。

 それでいて手数を失わせないために極限まで薄く研ぎ澄まされている。まるで包丁のように軽いのに何よりも硬い。

 それを振るう。

「フッ――」

 しかし、それを流麗な剣技は容易くいなす。只振り下ろしただけの鉄塊は地面を破砕するにとどまる。

 王子に対しては一切の痛痒を与えていない。

 追撃が来ると身構えるが、王子は慎重に距離を取る。

 再び間合いの外。それは彼の間合いの外でもあるが、慎重さの表れか?

 いや、違う。

「ふ――」

 ニヤリと笑った笑み。振るわれる刃。間合いの外だが、振るう意味は?

 何かはわからないが、その場から俺は動いた。

 それは正しい。

 俺の背後の壁に走る一閃。

 斬撃が飛んだとしか思えないが、何かが飛んだとは俺の感覚器官は掴んでいない。

 シーズナルは何か掴んだか。

『はい。しかし、それを説明する余裕はありません』

 チンピラは既に飛翔剣砲の三割を破壊している。その上、まだまだ出力が上昇していくのだから狂気的だ。

 ならば他二人の対応はこちらでするべきなのだが――。

 いや、待て、あと一人はどこに。

「……ここ」

 咄嗟に背後に身を回したがそれだけだ。

 背後、まるで影から這い出したかのように、白雪の少女は現れた。血に染まった鎧僧衣をたなびかせ、銀の戦槌を振りかぶっている。

 それは俺が持つ絶対の隙だった。

『させない――』

 その瞬間、炎が俺から吹き上げる。

 すべてを焼き尽くす灼熱はしかして俺を焼きはしない。

 今までだんまりを決め込んでいた炎の妖精プラーミアが俺の危機に立ちがってくれたようだ。

「…………」

 しかし、極熱を受けた少女はそのまま、構わずに突っ込んでくる。

 肌が焼け、服が燃える。

 だが、それがどうしたといわんばかりだった。

 それが彼女の魔法機関かと思えばそういうわけではない。

 ただ彼女は我慢しているだけなのだ。

 気合と根性を入れて、己に与えられる炎の熱と痛みを我慢している。すべては信仰の為に。

 まったく関心するというか理解が出来ない。けど、そういうノリは嫌いじゃない。

 一瞬できた間に、俺は炸薬式衝撃加速篭手を装備して黒鉄のシリンダーを回す。

 間一髪、装填が間に合う。撃発一発、銀槌とぶつかり合う拳。

 その重さに俺は驚愕する。

 なんだ、これ、まるで巨大な山でも相手にしているかのような重さだぞ。

「ぐ――」

 撃発二つ。いや、四つほど重ねてそれを受けるよりも吹き飛ばすことに優先する。

 必然距離を取るが、そのわずかな一瞬で彼女のつぶやきを聞いた。

「……殺し切れる」

 白雪の少女は俺の確殺を確信したらしい。

「おっと、僕を忘れてもらっては困るよ」

 そこに切り込んでくるのは王子。

 ただ切り込んでくるというには間合いは遠い。だというのに、斬撃は放たれている。

 飛ぶ斬撃のように力を入れているわけでもなく、マナを飛ばしているというわけではない。

 紛れもなく彼の魔法機関の産物。

 間合いを広げる類のそれだろうと俺の考えが至ると同時に――。

「オラァ!」

 三十七の飛翔剣砲を破砕して、チンピラの方が俺に迫る。

「――」

 かろうじてその一撃を受けるが、あの少女の一撃とそん色ないほどの出力。

 なんだこれでたらめすぎるだろう。

 いや、待て――。

『肯定。彼らの魔法機関の作用です。信仰に根付いたこれは、信仰機関と呼ぶ方が良いでしょうが」

 マナを原材料にして物理法則を書き換えるのが魔法機関なら、彼らのそれは己の信仰を燃料にして世界法則を書き換える。

 ようは、思い込みによって世界を変えるに等しい。

 なんだそれでたらめかよ。

『あなたほどではないと思いますが』

 シーズナルの罵倒に反論しようとするが、そんな暇はない。

 チンピラの一撃をうまくさばかなければこちらが一撃で破壊される。フレームが軋むほどの一撃を受けたのは、自分と戦った時以来だろう。

 それほどに高い出力がまだまだ上がる。

「この――」

 ならばまずは何事も距離を取るべく、撃発と同時に後方へと飛ぶが。

「そこだね――」

 狙いすましたように王子の剣戟が来る。

 まったくもってズルい。俺の攻撃が届かないところから好き勝手に斬りつけられる間合いは正直羨ましすぎる。

 そして――。

「…………」

 深く息を吐きながら、白雪の少女が疾走する。

 その手にある銀槌は彼女の信仰そのものの重さ。それはすなわち、世界の大地に匹敵するほどに重い。

 振るわれ叩きつけられる銀槌は、俺の基礎スペックでは到底受け切れるものではない。

 機械だからこそ限界ははっきりしている。高められる出力の限度、骨格や人工筋肉が出せるカタログ上の最高出力はどうあがいたところで超えようがない。

 だからこそ、簡単に言えばそれ以上をお出しされれば俺の意思は関係なくそこで終了となるわけだ。

「冗談じゃないぞ――」

 そう冗談じゃない。

 冗談でないならばどうすればいいのかはっきりしている。

『やりましょう』

「ああ、やるしかない――」

 もとよりこの戦いは本気でいとまなければならない相手だ。 

 クラスメートがいることが分かった以上、手は抜けないし、何よりアリシアやみんなが見ている前でさっそうと出て行って負けて帰ってきましたじゃ格好がつかない。

 男が頑張る理由なんてそれでいいじゃないか――。

「根源接続:魔法機関――【空の器は天上の夢を見るデイブレイク・ドリーマー】」

 俺は己に赦された空っぽの器を開帳した――

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