第20話 荷運びの奴隷

 迷宮を踏破する。

 それは決して簡単なことではない。

 迷宮には、まるで侵入者を拒むように魔物が配置されている。薄暗い、あるいは狭い場所での戦闘を強いられる。

 それに下へ下へ潜るほどに強敵が現れる。その強敵を倒しても、次の強敵、次の強敵と、迷宮はより一層苛烈に、過酷に挑戦者たちに試練を叩きつけてくる。

 乗り越えさえすればそれ相応の報酬を得られるものの、それが苦労に見合うものはかわかったものではない。

 魔法使いに最上の剣が与えれれることも、剣士に最上の魔導書が与えられることもなくはない。

 そこは己の幸運と神がもたらす運命次第だろう。

 それに難しいのはそれだけではない。

 広大な迷宮を探索するにはどうやっても時間がかかる。何日も潜ることで蓄積する疲労というものは如何ともしがたい。

 宿屋などないのだから、寝台で寝るということが出来ないことくらいはわかるだろう。

 それでは、どうしたってパフォーマンスの低下が起こる。疲れれば剣は鈍るし、魔法機関の精度は落ちる。

 そも使うだけのマナが失われてしまえば、そこで打ち止め。

 呼吸が荒れるし、眩暈だってしてくる。それだけでなくとも病気になる確率だって上がっていく。

 さらに食事の問題もある。どれほどの道具を持ち込める? どれほどの食糧を持ち込めるだろうか。

 食料はともすれば殺した魔獣を狩り、それを喰らえば何とかなるかもしれない。

 だが、水はどうする? 迷宮の中で水場が見つかることなど非常に稀なことだ。人が生きるのにいつような水の量は多い。

 それは非常に重く、大量の水など持ち込むことはできない。

 迷宮を探索することに必要な物品もまた大量だ。

 自動で自らの頭上を照らしてくれる上に、暖も取れるという小太陽には術式燃料エネルギーは十分充填されているだろうか。

 食料はどうだ?

 栄養の偏りと難敵である飽きを防ぐためにも、簡単な干し肉だけでなく多種多様な保存食料や調味料、固形栄養物質など。

 地図作成用マッピングの羊皮紙と不落インクも忘れられない。

 命を預ける装備類は当然のこと、それの手入れ道具なども多種多様で、非常に大荷物になる。

 物を運ぶ、あるいは大量に収納することが出来る魔法機関を持つ者、あるいはそういう能力を持つものをつける。

 そういう能力を持つものは少ない。奴隷やあるいはそういう運び屋の仕事を生業としているものを雇うなどする。

 中には犯罪者もいるが――。

 迷宮を踏破する聖騎士たちも例にもれずそういう類の者を連れていた。

 彼らのあとをついていくのは一人の少女だった。

 卑屈にどこか斜には構えているものの、生来の陰気さが漏れ出しているようであった。

「……」

 なにせ目の前にいる聖騎士の実力が隔絶している。

 聖騎士とは殿上人に他ならないが、彼らはその中でも一部の特別な者たちだ。庶民とは大いに違うことはわかっているし、理解もするが。

 チンピラと王子様然とした優男と寡黙な信仰者。

 さも当然のように己らの力を振るっているさまは恐ろしいというよりかは、馬鹿げているとしか思えない。

「ああもう、最悪」

 口の中でつぶやいた一言。戦っている前向きな聖騎士様たちにはとどかない言葉だ。

 二か月たったというのにまったく慣れない。そもそもいきなり奴隷にされて荷物運びの毎日だ。

「なんでこんなことになってんの、はは、クソウケる。トカゲがぶっ飛んでったし」

 はぁ、とため息を吐く。

 出席番号9番。木村いつか。

 それがこの奴隷の名前だった。

「行くぞ、奴隷」

「へーい、行きますよぉ」

「オイオイ、もっと覇気を持てよ」

「ウス、すんません。これが地なもんで。奴隷から解放してくれたらもっとやる気出すっす」

「逃げる気まんまんだろテメ」

「はいはい、漫才は良いですから、さっさと行きますよ。予備の剣を」

「うす」

 彼女は、今、荷運びをしている。


 ●


「なんだ?」

 居住区に鳴り響く警報。

 俺は強大な光の波動を感じていた。まだそれは上に在るが、破竹の勢いでこちらに向かってきているのだけはわかる。

『検索完了』

「お、久しぶりだな、それは」

『今回は非常事態ですので。なにより、アレの相手はなにも知らないでするのは流石に一撃で滅せられる可能性があります』

 シーズナルがそこまで言う相手か。

『はい。相手は聖教の聖騎士です。それも一級の』

 聖騎士? 網膜投影されるデータ群はどうやら、俺の想像しているものとあまり変わりはないらしい。

「おい、斎藤なんなんだこの警報」

「ああ、クラスメートミツケール君の警報だ」

「なんだそりゃ」

「名は体を表すという通り、クラスメートがこの迷宮に入ってきたら見つかるようにしてたんよ」

「おまえ、ほんとすげーな」

「はっはっは、もっと褒めろ」

「すごいわね、どういう風に見分けてるの?」

「フッ、答えてあげたいところなんだけどね、アリシアちゃん。それは、俺も知らん!」

「おい」

「いや、だってさ、特質とか、なんてーの? ほら、俺らが持ってるチートをなんやかんやして検出してーって、思ったら俺の能力でできたからいまいちわかんねーんだよ。ま、テレビみたいなもんっしょ」

「まあいいか、上からなんか聖騎士ってのが近づいてきてるらしいし、どうすんだ?」

「マジで? どの辺? てか、そんなこともわかんのおまえ、きも」

「おいこら、ぶん殴んぞ」

「冗談だって、えーっと、聖騎士ねぇ、魔王討伐に来たってところか、面倒だなぁ、オイ返したいなぁー」

 露骨にチラ、チラっと俺を見てくる。

 おいまて、何をさせたいのかわかるが、流石に聖騎士となんて戦いたくないぞ。

「いけるって、おまえの戦闘能力ならさ!」

「いや、おまえ俺の何を知ってるんだよ」

「何も知らねえけど、おまえはやる奴だってのは知ってる。なにより、熊谷ちゃんの為にも戦えるだけの力はつけてるはずだろ」

「…………」

「ほら、黙んなよ、そういうときは肯定してんのと一緒だぜ? とりあえず、ほれこれに着替えてくれ」

 渡された服は、黒い仮面と漆黒の衣装。まるで魔王軍の幹部とでも言わんばかりの禍々しさだ。

「なんだこれは」

「おまえ中ボスとして聖騎士を追い返してきてくれ。あ、ころしても構わないぜ、ここで死んだら身ぐるみ剥いで外に出る仕様だから。聖騎士ってことは宝具とか持ってんのかなぁ、げへへ」

 ゲスいゲスい。

 というか、聖騎士相手に殺すとかできるのか、今の俺に。

「クラスメートの方はどうするんだよ」

「ま、タイミング的に聖騎士とかにくっついてきてるか、その聖騎士がクラスメートならこっちに連れてこようぜ。こんな世界でいつまでも奴隷でいる必要なんてないしな。アンチ奴隷の首輪、なんてもんあるからそこは任せてくれよ」

「おまえ……本当に斎藤か?」

「それどういう意味なんですかねぇ」

 斎藤は確かにヤるやつだったが、ここまで万能というか便利なやつだった覚えはない。

 俺と同じ部類の人間だったはずだ。

「失礼なこと考えられてる気がするけど、ま、それはおまえも一緒だろ。この世界に来て力を得たってだけさ。それを必死に使い方覚えて生きてきたってだけだよ」

「斎藤……」

 こいつにも色々あったのかもしれない。

 俺と同じく、なにか辛いことや苦労したことがあったのかもしれない。

 そう尊敬しかけたところで。

「あ、サイトーくーん、かえったよぉー」

「あ、ミリインちゃーん、ふへへ、膝枕してー」

「んもぅ、しかたないなぁ」

 なにやら次々とメイドさんが戻ってきて、彼を取り囲んで世話を焼き始めた。

「…………」

 前言撤回だ。こいつ、やっぱりただの女好きで好き勝手ただけだわ。

「はぁ」

 とりあえず、やるだけのことはやってやるか――。

 そう思って、俺は着替える。

「大丈夫?」

 アリシアが心配そうに言ってくる。

 聖騎士の強さは彼女も知るところなのだろう。スペックだけ見せられた俺でも結構強いんじゃないか? と思うがその実感は薄い。

 なにせ俺とか、ブラッドとかと戦った経験しかないのだ。あいつらがこの世界でどれくらいなのかわからないだけに、どうにも判断ができない。

「まあ、何とかするよ。シーズナルも協力してくれるしな」

「わかった……ちゃんと戻ってきてね」

「ああ――」

 ニヤニヤしている斎藤に送り出され、俺は聖騎士たちがやってくる広間で待つ。

 丁度、五十層という場所。

 しばらくして聖騎士たちはやってきた――。

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