第19話 サイートの迷宮
「で、何かあれば俺がおまえらを全員収容できるだけの備えはあるつもりだ――ま、見てもらった方が早いわな、メアリ、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「行くって、どこへだよ」
「俺のホームさ」
思わずアリシアと目を合わせてしまった。
斎藤がかっこつけて指を鳴らす。
パチンと良い音が鳴るが、鳴らしているのはメイドのメアリの方で、斎藤のは不発である。
メアリに視線を向けていると小指をたて片目をつぶっての言わないで下さいとのジェスチャー。
どうやら案外悪くない主従なのかもしれない。
「ちょ、なにこれ」
アリシアが困惑するのも当然だ。斎藤が指を鳴らす真似をした瞬間、場所が切り替わっている。
「ようこそ、俺の城へ、歓迎しよう、勇者よ。なーんてな」
俺のセンサーがこの空間の全貌を捉えていた。
まさしくそこは城であった。漆黒の空間に浮かぶように白亜の城が座している。
センサ―でとらえたその大きさ、まさしく十数キロ規模。巨大な都市城とも呼ぶべき巨大な城には、複数の守りが配置されていることがわかる。
ファンタジックな城であるが、内部はそうでないことはシーズナルが教えてくれる。
『最新の魔導科学を投入した城です。この城を落とすのは我らでもそう簡単にはいかないでしょう』
「落とす前提ではいないから大丈夫だって」
「おん、哲也、おまえ誰と話してんの? ついに脳内彼女でも出来たってか。はは、おまえ今、脳ないんだっけ」
「うっせえな。脳内妖精ってのがいるんだよ」
「マジかよ。美少女?」
「ああ、超美少女」
「うらやましいな、おい! テメェ、良い思いしてやがんな! 頭の中に美少女がいるとか、全人類の夢だろ!」
「いや、それはお前だけだろ。あとこうなるのにコピーされたとかしてんだろ、俺」
「それは嫌だな、でも、アレじゃん? 自分が増えるって一人じゃできないことがいっぱいできるじゃん。好きな子全員幸せにできるじゃん」
「そういう思考ができるお前がすごいよ」
「おまえが堅いんだって。ものは考えようだろ? 何事も、生きてるし、哲也って存在がそのままなら何を気にする必要があるんだよ。機械だろうが、生身だろうが、コピーだろうが関係ねえよ」
「斎藤……」
「どう、俺めっちゃかっこよくなかった?」
「それがなければな」
「ちぇ、まあ、おまえに格好つけたところで意味ないしな。あ、脳内美少女ちゃんはときめいてくれたって良いんだぜ」
『遠慮します』
「遠慮するってさ」
「ちぇっ、まいいさ。俺には俺のかわい子ちゃんがいるからね」
城の内部に入れば、これまた清掃の行き届いた美しい空間が広がっている。
玉座の間には、なにやら巨大な鎧が安置されている。禍々しさと凶悪さに全振りしたような鎧はどうやら遠隔で動くゴーレムの類らしい。
「ここらはまだ誰も来てないけど、冒険者用だから。居住空間は奥」
「魔王の間ってやつか」
「そそ、で、そいつが魔王。ダンジョンマスターの俺の力で作った力作だよん」
「おまえ、こういうとこは器用だよな」
「わぁ、すごい、なにこれ!」
このゴーレムに反応するのはアリシアだった。
魔導科学者としての血が騒ぐのか、観察に入って動かない。ぶつぶつと何事かを呟き始めた。
「マナ炉心で半永久的に稼働可能に加え、このより魔法コーティングじゃない。ああ、ここで魔法を吸収することで炉心に余剰分の魔力を蓄えるのね。あらゆる局面に対応可能で、ああ、これ
「おーい、アリシアー?」
「ひゃ!? あ、な、なに?」
「よかった戻ってきたか」
「おー、おまえの彼女らしい子じゃん、やっぱ」
「おい、どういう意味だそれ」
「おまえが好きになりそうな変なとこある女の子ってこと。そういうの見たいならまだ奥に100体くらいあるけど、見てく?」
「見たい! じゃ、じゃなかったわ。哲也に従うし」
「いや、どうあがいても見たがってるじゃん。めっちゃうずうずしてんじゃん」
「て、哲也に従う」
「お姫様がそういってるけど。どうすんの、哲也」
『もちろん断るに決まっていますね。マスター』
「そうだな、先に奥に案内してくれよ」
アリシアが超絶望したような顔してるけど、あとで見せてやるからここは先に話を進ませてほしい。
「りょーかい。んじゃ、倉庫はあとで行くとしようぜ」
冒険者向けと斎藤が称した、いわゆる表の魔王城としての側面は玉座の間より奥に行くことで薄れていく。
隔絶した、どこか人の住むような空間とは思えなかった雰囲気は薄れて生活感が出てくる。
具体的に言えば日本っぽさだ。
「はーい、じゃあ、そこで靴脱いで上がってね」
「おう」
「靴、脱ぐんだ」
「そだよ、アリシアちゃん。ここ、俺と哲也の故郷に似せて作ってるからねー。懐かしいだろ?」
「そうだな、確かに懐かしいよ」
「だろだろ? ここと同じくらいの空間がいっぱいあるから、どんだけお前がクラスメート集めてきても問題ないってことよ」
「たしかにな」
既に俺の家では手狭すぎる。というか、未だに寝床一つに対して住人三人なのがヤバすぎる。
郡川に関しては、既に出ていけるだけの金銭を持っていながらなぜにまだここにいるのかわからない。
俺たちはまだ生活するだけで手一杯で、家をどうこうするとかできないし、何より辺境人は家を移動するよりは拡張する方を好む。
だから、ある程度、庭には余裕がある。職人との付き合いも始まったばかりで、何もかもがこれからなのだ。
「じゃあ、見つけたらここに連れてくるってことで良いか?」
「おうおよ、俺だってそのためにやったみたいなところがあるからな。今、外に出してるメイドちゃんたちで探してもらってるとこだよ」
「おまえ、本当に流石だな」
「褒めてもなにもでねぞ。特に女の誉め言葉じゃねえし、よし、じゃあ、これから色々――」
その時、警報が鳴り響いた。
●
フォルモント王国にも宗教はある。
聖教と呼ばれる宗教は、この大陸では主流である。
その教義は神を奉じること。
一般的な宗教とそう変わりはない。
ただ、神が言った言葉がある。
魔を赦すな。
時の権力者が国の安定に努めるために魔王を敵としたように、聖教もまた魔を殺すことで大きな勢力を維持してきた。
つまるところ魔王の出現という方を聞けば、聖騎士を派遣するくらいには苛烈だ。
そして、このサイートの迷宮も例外ではない。
魔殺しの聖騎士が、サイートの街に降り立つ。
その数は三人。
「で、ここが噂の魔王がいる迷宮ってか? はっ、シケてんな。どうみても災厄級ってわけじゃねえのに、なんで一級聖騎士が行く必要がアンだよ」
一人はまるでチンピラのようだ。赤く燃えるような炎髪は荒々しさしかない。
白い衣装をまとって聖騎士然としたなりをしているのに、どういうわけか、そこらのチンピラと変わらないとはいったいどういうことなのだろうか。
「ああ、枢機卿猊下には何か深い御考えがあるんだろうさ」
二人目はどこぞの王族のような青年だ。流れる金髪は、まさしく王子と言わんばかりに輝いている。
こちらは輝く衣装が逆に似合い過ぎている。この迷宮の中という戦場の中に甚だ不似合いだ。
「どうなんだよ、お姫様」
お姫様とよばれた三人目は、今しがた魔物を倒したところであった。
手にした剣から滴る血。
鎧にかかり、弾油血加工によって流れ落ちる血。裾が赤く染まっていく。いつか、それは黒くなる。落ちることは、ない。
だが、それとは裏腹に彼女の髪も瞳も真っ白に染まっている。まるで神の信仰に一点の曇りもなにもないかのようだ。
「……なに」
「相変わらず容赦ないねェ。ま、それが良いんだけどよ。この仕事だよ、ただの魔王にオレらだぜ? おかしくないか?」
「知らない。疑問なんて必要ない。主がやれといったのならやればいい。それだけでいい」
「相変わらずだな、お姫様は」
「そこがお姫様のいいところさ。さあ、行こう、ここの魔王とやらを拝みにね」
三人の聖騎士が迷宮を進む。
鎧袖一触とはまさしくこのことだろう。
破竹の勢いで彼らは迷宮を突破していく。
そうして、魔王の間へと辿り着く。
都合百層などないものとして、彼女らは最下層へと辿り着いた――。
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