第4話 ブラッド・ヴァイスは称賛する

 拳を構え次々とやってくるゴーレムたちを破壊し、研究所をその都度破壊する。

 ゴーレムが山となる頃には相手の攻撃も緩やかになった。

 とにかく被害が大きくなるように立ち回った甲斐はあったというものだろう。

 それでもゴーレムは尽きないのかまだまだやって来る。

「いくら来たって無駄無駄!」

 とは言うものの流石にこのままここで戦い続けるのは問題だろう。

『同意します。早々に立ち去りましょう』

「んじゃ、失礼して」

「わ、わ、ちょ!?」

 軽くに過ぎるアリシア主任をお米のように肩に抱く。

 お姫様抱っことかの方がそれらしいのだろうが、今は戦闘中だ。

 両手を塞いでしまうのは良くない。

 背負うのも骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストの展開口が背中なので出来ない。

 となればこんな抱き方にもなる。お米様抱っこというやつだ。

「しゃべらない方が良い、舌を噛むぞ。しかし軽いな」

 事前にわかっていたことではあるが、実際に抱えてみると非常に軽い。

 シーズナルがご丁寧に年齢などの詳細情報を表示してくれているからスリーサイズからなんから何までわかっている。

 その上で、本当に子供みたいだと思う。年上の女性とは思えない。

「……随分と雰囲気が違うのね、それが素?」

「まあな」

「今の方が気楽で良いわね……」

「あんたも結構違うが、素か?」

「そうよ。でも主任研究者っぽいのはやめるわ」

「それじゃあ早々に」

 逃げるために歩調を速め風のように通路を走り抜ける。

 扉は魔導サイボーグを阻めるような代物ではないし、ロックされた扉はシーズナルが解析した魔導電子キーで勝手に開いて勝手に閉じて二度と開かないようになる。

 流石シーズナル頼りになる。追いかけてきているゴーレムもいなくなっている。

「それで、出口はまだか?」

『はい、逆方向です』

「はい?」

『まだここのボスを倒してませんので。悪はその肉の一片までも絶滅させます』

「俺に合格とか優しいとか言ってた人とは思えないくらい苛烈!」

『まさか。これは正義であり、誰かのためにという大義の行動です。アレは殺しておかないと世のためになりません』

 シーズナル先生、ご立腹である。

『そういうわけで目の前の扉を盛大に蹴破って下さい、マスター。くれぐれも手加減などしないように』

 あとが怖いので言われた通り盛大に蹴破って中へと飛び込む。

 そこは研究施設としては趣が随分と異なっていた。

 非常に広く赤い絨毯が敷かれた応接室兼執務室。壁は天井まで本棚が覆い尽くした所長室だ。

 豪華なデスクに所長は几帳面に座っていた。

 ぱちんと懐中時計の蓋を閉め、切れ長で鋭利にすぎる緑の瞳を俺に向ける。

「ふむ。想定された時間よりも速い。それに魔導電子ロックや魔導ネットワークに侵入し乗っ取るハックか。素晴らしい性能だ」

 所長は何一つ慌てた様子もなく冷静に告げる。最悪の驚異を前にしてなお余裕があるのは、制御プロテクトがあると思っているからか。

『なにか切り札があるのでしょう』

 シーズナルと同意見だ。

 俺は慎重にアリシア主任をおろす。

「うっ、げぇぇ」

 妙に静かだと思っていたが酔っていたらしい。隣で吐いていた。

「アリシア・ビロード主任。君は良い仕事をした。魔法機関も使えぬ欠陥品だったが、君の向上心は称賛に値する。素晴らしい成果だった」

「ぅく――はぁ……っ、ブラッド・ヴァイス所長……私は……!」

「そちら側にいるというのなら君は裏切ったということなのだろう。驚愕に値しない。君は優秀であったが、理想主義者で優しすぎた。魔導科学の発展に犠牲はつきものだ」

「私は……!」

「ああ、言わなくて結構だアリシア・ビロード主任。君はその犠牲も出したくないのだろう。私とてそうだが、必要ならばやる。それだけだ」

 ブラッドはそう言いながら立ち上がる。

「さて、退職の意思は受け取った。議論などことここに至ってしまえば必要ない。無駄だ。私は意見を変えないし、君もそうだろう」

 靴音をならしながら彼はデスクの前に立つ。そのスーツはまるで一切の穢れなどないとでも言わんばかりにどこまでも白い。

 だが、そんなことはない。

 彼の身には、この研究施設と同じく拭いきれないほどの血が染み込んでいるのがわかる。

 俺はいつでも動けるように構えた。

「良い判断だ。アリシア・ビロード主任よりも私のことを良くわかっていると言って良い。正解だ、私は君をここから逃がすことはない。世界で初の魔導サイボーグ。ここで逃がしては遺恨になる」

 ブラッドが手にしていた懐中時計を操作する。

 地面が揺れ、何かが床を突き破り現れた。

「なんだ!?」

『なんと醜悪な』

 それは巨大な機械の蜘蛛というべきものだった。胴体に当たる部分は操縦席になっているのだろう。

 ブラッドが座っている。それと知らない子供たちの顔が操縦席を包むように配置されていた。

「あっ、そ、そんな……! なんで……!?」

 アリシア主任が子供たちの顔を見て悲鳴をあげる。

『どうやらあの子供たちの顔は本物で、生体演算装置として加工されているようです』

「私が! 私が協力するなら孤児院には手を出さないって!」

「ああ、アリシア・ビロード元主任。確かに私は君の優秀さから、子供の検体が必要な時に君の出身である孤児院には手を出さないと言った。私は約束は守る男だ。だから他の孤児院から子供を多額の費用をかけ実験材料として仕入れた。そうしたら、その孤児院からぜひ買ってくれと売りに来たのだよ。皆、君のためと言えば従順に協力してくれた」

「嘘、そんな、そんなことって……」

「そのおかげでマドフリンの悪夢と呼ばれ国を滅ぼした病を根絶することが出来た。私は彼らの献身を忘れることはないだろう。だから、余さず使った、この試作多脚魔導戦車アリアドネの生体部品として」

「う、ぁぁ――」

「その肉の一片足りとて無駄にはしない。それが身を捧げた彼らへ私が出来る恩返しだ」

「シーズナル」

『はい。気持ちは同じです』

 ブラッドはきっと大多数には良い人なのだろう。人類のために犠牲を背負って歩ける人だ。身近な人より世界の誰かを救える人だ。

 十七年しか生きてない俺なんかよりもきっといろんなものが見えているんだろう。

「――けど」

 俺は無言で構えをとった。

「やる気か」

「ああ」

「気に食わないか」

「ああ!」

「だろうな。もとより私は正義の味方ではない。私は私が出来ることをやっているのみの社会的悪だ。来い正義の味方、時間は有限だ」

「どのみちあんたを倒さなきゃ出れないなら倒すだけだ!」

 火蓋は切って落とされた。

「お前の性能は把握している。上方修正もすませた――圧殺だ」

 アリアドネの八腕に備え付けられた多目的武装ラックが展開される。

 都合十個、計八十の試作武装が俺へ向けて放たれる。

 そのどれもが対竜、対巨人、この世界における超災害、つまりゴジラみたいなやつらに対抗するために開発された武器だ。

『相殺が間に合いません、避けてください』

 一瞬にしてそれらを解析したシーズナルの指示が飛ぶ。

「っ――!」

「がっ――」

 咄嗟にアリシア主任を蹴飛ばして範囲外へと出す。

 俺は両手を頭の前でクロスさせアリアドネへと突っ込む。

 同時に放たれる砲撃。絨毯爆撃のように放たれる砲撃はただの一度では終わらない。

『アリアドネは、自己完結型の移動要塞に等しいです』

 つまり、アレはほとんど小型の自動要塞であり、補給も自己完結している。つまり、いくらでも砲撃できる。

 しかも、その種類が多い。中には俺の一番固いらしい頭部を貫通するようなものまである。

 空間そのものをえぐり取る魔道兵器。砲撃に交じり振るわれる近接武装の高周波ブレード。

 攻撃の見本市のようにありとあらゆる攻撃が俺に注がれる。

 周りへの被害など考えていないのか、あるいはアリアドネの性能試験とでも考えているのか。

「冗談じゃねえぞ」

『一分ください、演算します』

「長い、十秒!」

『まったく妖精遣いが荒いですね。了解――』

 悪いが、俺一人ではこの砲撃を裁くのは不可能だ。

 骨格内積層武装格納庫から高周波ブレードと篭手を装備し直撃しそうなものを弾き、軌道を変え、連鎖爆裂させて避けていくのだ。

 改造されて上昇している演算能力がなければとっくの昔にお陀仏だ。なにせ、どの攻撃も俺の性能を超えてきているのだから。

「ほう。耐えるか。性能を上方修正するとしよう。いや、これは躯体の性能ではないな。使い手の性能か。面白い。性能があっても十全に活かせねば宝の持ち腐れ。良い成果だ。見事」

「うるせえ!」

『そこ蹴り返して』

 放たれた弾丸を弾き蹴り返す。

 シーズナルが補正した蹴りにより正確無比に弾丸は相手の武装の一つへとそのまま着弾し爆裂する。

 だが、即座に武装ラックが回転。次なる武装が腕へと装填される。

「大本を叩かねえと」

『最短は、全ての足を壊すことからです』

「それ正面から戦うって言わない?」

『そうとも言います。やめますか?』

「やるさ。どうせ、やらないとここから逃げられないだろ」

『アリシアを置いていくならば逃亡可能ですよ』

「冗談。助けるって言ったのに見捨てるとか格好悪すぎるだろ」

『難儀ですね』

「シーズナルがドライすぎない?」

『では二人で良い塩梅ということで手を打ちましょう』

「で、対策は?」

『風は吹きました』

「なにそれ」

『決め台詞です』

「なにそ――っと!」

 砲撃と丸鋸の一撃を躱す。

「何をすればいい」

『では、まずは近接からやりましょう。武装ラックから適切なものを選択しました』

 骨格内積層武装格納庫が展開され、中から一つの武器が取り出される。

 それは巨大な剣。対巨人を想定された鋸のような刃をした武器だった。

『これでそぎ落とします』

 相手の装甲も俺に使われているものと同じ。ならば、通常の武装で傷つけることは不可能。ならばそれごとそぎ落としてしまえばいい。

 その名を激装鋸剣ゼーゲ・シュヴェアートという。

『敵の砲撃はこちらで対処します。分業しましょう。私が六、マスターが二です』

「どこが分業だよ。おまえの方が多いだろ」

『対処しかできませんからね。斬るのはお任せするので、実質あなたが八です』

「てか、どうせ俺たち二人で一人みたいだから、二人で八だよな」

 骨格内積層武装格納庫からまるで触手か尻尾のように飛び出すのは砲塔だった。十七の砲身が敵の砲撃に対処する。

 正確無比なシーズナルの射撃、いや、風すら使った必ず当たる絶対の魔弾。

 先ほどまで俺の至近距離まで届いていた砲撃が嘘のように凪いだ。

「これなら――!」

 振るわれる高周波ブレードを激装鋸剣で受ける。高周波ブレードと同一の振動で相殺すれば後は切れ味の問題だ。

 少なくとも巨人や竜を想定した激装鋸剣を斬り裂くことは出来ず、そのまま俺はアリアドネの剣を弾く。

 普通の人間やゴーレムなら体勢を崩すがアリアドネにそんな隙は存在しない。八本の脚それぞれが完璧なバランスを取る。

 そのうえで足に備え付けられた武装ラックが最適な戦闘行動を仕掛けて来るのだ。

 それを可能としているのがあの子供たちの頭脳ということ。

「ああ、胸糞悪いな」

 だからこそまずひとつ。

 身体を回しアリアドネの足の一本にピタリと寄せ、そのまま激装鋸剣を引く。

 鋼鉄の異音を響かせ、乱立する刃が硬化魔導金属を切り裂く。

「まずは一本だ!」

『調子に乗らない。次です』

「わかってる」

 回転する丸鋸を跳んで躱すとともに激装鋸剣をアリアドネの足の進行方向を遮るように振り下ろす。

 斜めに振り下ろされた激装鋸剣はガリガリと音をたて腕が振るわれる勢いのまま二本目の脚が切断される。

「二本目」

「素晴らしいな、これほどとは。君の使うその激装鋸剣は、第三工学課のハウンズ君が設計したものだ。巨人種に故郷を滅ぼされた彼は巨人の大きく太い手足をいかに切り、やつらを殺すかを考えていた。その成果がそれだ。彼はとても勤勉だった。午後三時に必ずドーナツを食べていたが、そのゴミを捨てないのだけはいただけなかったがね」

「なんで、そんな詳しいんだ」

「詳しいとも。私は所長だ。この研究施設の総てを把握している。それは個人情報に至るまですべてだ」

 それはもうどうツッコミを入れれば良いのかよくわからない。

「その私が確信している。魔導サイボーグ技術が我が国を大陸の覇者とするのは確実だ。今、私は君に未来を見ている」

「知るか!」

 勝手に未来を見られても困るどころじゃないし、不快だ。勝手に改造したのだ。そうまでいうのなら。

「おまえが改造されればよかっただろう!」

 自分のからだでやる分にはだれも文句など言わない。

「ふむ、確かにそれはそうだ。当然の反応だろう。だが、残念ながら私には適性がなかった」

『私を受け入れることが出来るのはマスターくらい適性がないとダメですからね。そもそも異世界に来たことでマスターが獲得した特質がなければ不可能です。私、王ですから』

「え、待って、それつまり俺にチートがあったってこと?』

『記憶領域を検索――肯定。最も近い概念ですね。おそらくマスターのクラスメートも同じく様々な特性を得たと思いますよ』

 まさかの俺チートを持っていたらしい。

 だが、そうだとしたらなぜ使えなかったのだろうか。

『念じて使うような類ではありませんから』

「え、つまりそれ常時発動型パッシブ?」

『肯定。受容の特質です。全てを受け入れることが出来るという器であることの証ですね』

 それは喜んで良いのか悪いのかよくわからないというか。そんなのあっても脱出に使えなかったな、としか思えなかった。

『ですが、それがなければマスターと私は出会えていませんよ』

「なら良いチートだったと思うことにするさ」

『さあ、残りを片付けましょう』

 風が吹き抜ける。

 それはシーズナルからの後押しだ。それを受け俺は激装鋸剣を振るう。

 視界に表示される斬線は勝利への道しるべだ。

 シーズナルの補助と俺の意思が完全に合一し、魔導サイボーグである俺の身体はスペック以上の性能を発揮する。

 これこそが魔導サイボーグの完成形だと見せつけるように、俺は加速し超停滞した時間の中で鋸剣を振るいアリアドネの足をすべて切り落とした。

『アリアドネは多脚戦車ですから、脚を落とせば必然的にあらゆる機能が低下します。無駄に真ん中を狙うよりも楽です』

「さて、これで終わりだ」

 さあ、あとはアリアドネの本体を破壊するだけとなった時。

「いいや――まだだ」

 ブラッドの声が響き渡った。

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