第3話 涙を流して助けてと言われたら男は助ける生き物

 一月が経った。

 右から来る魔獣に裏拳を叩き込む。

 鼻先が潰れ血が吹き出したところに左手の短剣を差し入れる。

 絶命を確認すると二匹同時に背後から魔獣が飛びかって来る。

 焦らず冷静に努めながら、俺自身の骨格に内蔵されている武器倉庫である骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストから武装を取り出す。

 背中の装甲が展開され赤熱した高周波ブレード――先生曰く魔法剣――が射出。

 回転しながら、飛びかかって来ていた二匹の魔獣を両断し剣は俺の右手に収まる。

 魔獣の攻撃はそこで止まる。

 魔獣が引いたならば来るのは保安部隊のゴーレムだ。

 無言で振るわれる高周波ブレード。

 ゴーレムの真っ白で能面のような顔が刃に反射する。

 先生の出す予測を考慮しながら攻撃を避け、白石じみた装甲が追おう腕の肘部分に短剣を握ったまま左掌底を叩き込む。

 岩石が砕けるような音と共にゴーレムの腕がへし折れる。

 一瞬だけ生じる行動修正の隙に頭部へと高周波ブレードで切り込んだ。

 バターでも斬るように容易く切断され、頭蓋に行動様式を書き込まれていたゴーレムは倒れ伏す。

 ここで気を抜けない。ゴーレムは二人組で投入されるのだ。

 倒されたゴーレムの仇を取るとでも言うのか苛烈な攻めが来る。

 人間には出来ないような軌道の攻撃。

 だが、俺は魔導サイボーグだ。彼らに出来ることは俺にも出来る。

 意趣返しのようにその動きを模倣し、頭蓋に短剣を叩き込む。

「良し」

 先生のおかげで自分で戦うことが出来るようになって来た。

『まだです』

 昨日まではそこで終わりだった。

「死ねやぁ!」

 だが、今日は違う。

 振るわれた剣を咄嗟に短剣で受ける。

 そこにいたのは人間だった。

 いつかは来るとは思っていた。まさか一月で来るとは思わなかった。いや、遅すぎるくらいだろう。

 だが、俺は全くと言って良いほど何も考えていなかった。

 日々に順応することを言い訳に保留してきた、先送りにしてきた。

 その問題がついに目の前に現れただけなのだ。

「お前が死ねば! 俺は自由になれるんだよ! そしたらまた殺して殺しまくってやるんだよ!」

「…………」

 考えながら相手の攻撃を捌く。先生の予測は完璧だ。補助もしてくれているから考えながらでも問題ない。

 考える。人を殺して良いのだろうか。

 駄目だろう。間違いなく駄目だ、日本の法律的には。

 ここは異世界で、勝手に人を召喚して奴隷にするようなやつらだ。

 相手はどうみても犯罪者だ。

「なにより死にたくない」

 死にそうな痛みはもうこりごりだ。人格を痛みが塗りつぶそうとしてくる。そんなものは二度とごめんだった。

 ――だから殺す。

 つらつらと述べた言い訳を免罪符として貼り付けて拳を叩き込んだ。

 ぐしゃりと鼻が砕け、頭蓋が粉々になり脳を潰した感触が拳を伝わる。

 あまりにも呆気なく男は死んだ。魔導サイボーグの力は鋼鉄のゴーレムすら砕くのだ。人間など紙くず同然なのは当たり前だった。

 あっけなさ過ぎて実感すらない。

 だが、不快感だけが募って行く。吐く機能はないのに吐き気がする。いやな感じが止まらない。

『マスター、大丈夫ですか?』

「……ああ、大丈夫」

『今日は終わりです。休みましょう』

「ああ、そうだな」

 試験は終わり俺は部屋に戻される。一月経つが私物はさほどない。

 だが、ないわけではない。なぜかアリシア主任が色々持ってくるからだ。

 アリシア主任はほどなくして現れた。彼女は俺がこうなってから毎日やって来る。無防備に俺の部屋に入り検査としてさまざまな話をする。

 最近は検査に無関係そうな様々な話をしている。彼女曰く反応を見るためだという。

 そのおかげでこの世界について色々と知ることが出来たのでありがたかったが。

「……やつれてますね」

 彼女は日に日にやつれているように見える。スキャンすることで体重がかなり減っていることは把握している。くまも相当目立っている。

「……問題ありません。……大丈夫ですか?」

「なにがですか?」

「人を殺したことです」

 思わず座っていた椅子の肘置きを破壊してしまった。

「……とくには」

「そうは見えませんが」

「……あなたに関係ありますか」

「私の仕事にはあなたのメンタルケアも含まれているので」

「はっ……なるほど」

 ――メンタルケア。メンタルケアと来たか。

 ――何様なのだろなこいつは。

 人をこんな風にしたのは彼女自身だというのにメンタルケア? 冗談でもいっているのかと思った。

 どんなに言い訳をして免罪符を貼り付けても、人を殺したという重みは俺の心に重くのし掛かっていたらしい。

 普段なら流すようなことも流せない。

『行動制御プロテクトおよび奴隷契約の解除、完了しました。この部屋の監視を妨害ジャミング。今ならばなにをしても問題ありません』

 そこに先生がそんなことを言うものだから。

「がっ――ぎぃ……」

 気がつけばアリシア主任の細い首を掴んで持ち上げ壁に押し付けていた。

 彼女は苦しさに抵抗しかけて――抵抗しなかった。それどころかどこか安堵したような気配すらさせている。

「抵抗しないのかよ」

「……し、ま、せ、ん……」

「これもメンタルケアかよ」

「……い、え、これは……私の、望み……」

「望み?」

「もう、疲れた。楽になりたい……」

 あまりにも簡単に、俺を切り刻み改造した張本人が、今まで大量の人間を実験してきた女がそんなことを言った。

 だから俺はキレた。

「ふざけるなよ! 人をさらって好き好んで切り刻んで改造までした張本人が、楽になりたいだって? ふざけるのもたいがいにしろよ!」

「すき、好んで……? だ、れが! 誰がこんなこと、本気でしたいなんて思うわけないじゃない!」

 それは彼女の魂からの叫びだった。主任研究者としての肩書きも仮面も立場も何もかも取っ払った彼女の叫びだった。

「みんなのためにこの仕事を選んだのに、魔法機関が使えなくても人の役に立てるように頑張ったのに! 学園を主席で卒業して、この研究所に入ったのに! なのに所長に言われるまま毎日毎日人を刻んで殺してる! 私がやりたかったのはこんなことじゃない!」

「なら逃げればよいだろ! 他にもやりようがあんだろうが!」

「出来るなら最初からそうしてるわよ! でも貴族でもなくて、魔法機関も使えない私が、逆らって生きていけるわけないじゃない! 逆らえば孤児院の大切なあの子たちが殺されちゃう、逆らえるはずないじゃない……」

 ボロボロと彼女の蒼く澱んだ瞳から涙がこぼれ落ちる。

 いつの間にか俺は彼女を地面に下ろしていた。

 ぺたんと座り込んだアリシア主任はこぼすように呟いた。

「……もうこんなこと、したくない……だれでもいいから……私を、たすけてよ……」

 涙を流し懇願する姿は、俺を切り刻み改造した悪魔の研究者には見えなかった。

「なんて……そんな都合のいい話ないよね……さあ、どうぞ、憎いんでしょ、殺していいわよ……」

「…………」

 そう言ってアリシア主任は俺に首を差し出した。

 勝手に改造されたことに怒っているし恨みだってしてる。

 なんで俺がこんな目になんて数えきれないくらい思った。

「……ああくそ」

 やめて欲しかった。

 最後まで悪魔でいろよ。どうしようもない悪の狂ったマッドサイエンティストでいてくれよ。

 そうしたら俺は悪だからって言い訳しながら、正義のためだって、実験で殺された人たちのためにって殺せたのに。

 このときのために何も知らないように、彼女のことなど何も知らないようにしてきたってのに。

 どうして泣く。なんでそんな子供みたいに泣きながら助けてなんて言うんだよ。

 そんなことをされたら――。

「――殺せるわけねえよ」

 ――はぁ、先生、脱出準備出来てるんだよな?

『肯定。万全です』

 ――ならさっさと逃げる。

『彼女は殺さないのですか? 仇でしょう。惨たらしく殺し、首を晒すのでは?』

 ――怖いよ、先生!?

 うだうだ言っておきながら、恨みがあるとか言っておきながら、結局、俺は俺をこんな風にした仇一人殺せないのだ。

 ――笑ってくれよ、へたれってさ。でも無理だ、俺には、出来ない。殺すのが嫌なのは、当然だろ……。

『冗談です、マスター。合格です』

 ――へ?

『人として、できれば殺したくないなど、ごく当然のこと、その通りです。その道理を持ち、道徳を持ち、貴方は貴方の善性を以て、彼女を殺さなかった。マスター、貴方はへたれなどではありません。紛れもなく、この私の主に相応しい優しい人です』

 視界に、にこりと微笑む女性が現れる。

 尖った耳は、意思の強さを。

 黄金律を体現する肢体は魂そのものの輝きを。

 翡翠に煌めく瞳は慈愛を。

 淡く碧く流れる虹の如く煌めく髪は妖精王であることを示す。

 何よりも美しく可憐で、まるで風のようだと俺は思った。

 一目見て理解する、彼女こそが先生なのだと。

『ならば私も姿を見せましょう。そして、我が名を貴方に、御主人様マイ・マスター。我が名はシーズナル。大いなる七十二の風がひとつ。偉大なる軍団を司る王として貴方に永久の忠誠を誓います』

 ふわりと風が吹き抜ける。

『返答は?』

「……俺は優しくないぞ。もう一人殺して――」

『はい。そうですね。で、それが問題ですか?』

「いや、問題だろ」

『敵意を以て向かってくる輩を殺せない方が問題です。そんな平和ボケしたままではこの世界では生き残れません。だから、昨日には準備できていたのに言わなかったのですから。おかげであなたは一人を殺す苦痛を体感しました。その苦痛を忘れなければあなたは修羅に堕ちることはない。あなたはあなたのまま、あなたらしくこの世界を生きれます』

「き、厳しいな、先生は……」

『はい。これくらいでなければ平和ボケは治らないのですから。さあ、返答は?』

「……――何がなんだかわからないけど。ここまでしてくれたんだ。なら覚悟を決めるよ。よろしく頼む、シーズナル」

『はい。永久に等しく。永劫に短く。どうか那由他まで共に在りましょう』

「それじゃあ」

『はい。私と貴方が揃ったのならば、もはや敵はいないでしょう。極力殺さないように戦えます。ただし、悪は殺すヒーロー形式で行きましょう』

「だから、時々苛烈だなおい! まあ、うん、それなら良いか。で、悪をどう見極めるんだ?」

『見ていればわかります。あとは人々の総意と我らの思いにて』

「はは。OKだ! 行くぞ!」

『イエス・マイ・マスター。これより最大火力にてこの場を破壊します』

 骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストを最大展開。全身が開き、防御隔壁ごとあらゆるものを突き抜け破壊させる。

 轟音、業火が吹き荒れる。

 まさしく破壊の嵐。

 当然のように警報が鳴り響く。

「い、や、やりすぎだろ、これ」

『ご安心を死傷者は出さないようにしていますので』

 某映画のシュワちゃんみたいなことを言いうシーズナルに思わず苦笑する。

 彼女の言っていることは本当だし、俺のセンサー類もその辺は把握していた。

「良し! んじゃ、アリシア主任! お願い通り助けてやる」

「なん……で……」 

 研究施設のアラームが鳴り響く中で俺の目の前でへたり込んでいた彼女の声が響く。

「なんでだって?」

 丁度、研究施設の保安部隊であるアンドロイドのようなゴーレムが駆けつけてきて、俺を敵対者として攻撃してくる。

 それを殴り返すと同時に、先ほどの破壊の影響で施設の一部が爆発を起こす。

 爆風に彼女のくすんだぼさぼさの金髪と汚れた白衣がたなびく。

「理由なんているのかよ」

「だって……」

 連鎖する爆発。

 状況を把握したらしい施設保安部隊が駆けつけてきて、怒声と魔導射撃を開始し、戦闘音が音という音を氾濫させる。

 俺は彼女をかばいながら、保安部隊を無力化していく。ゴーレムは人間じゃないから容赦なく破壊し、人間は戦闘が出来ない程度にとどめる。

 彼らはただ仕事をしているだけだ。殺さないで良いのならば極力殺さない。

 その中で、アリシア主任の蒼色の瞳はわけがわからない、意味がわからないというように涙でぬれて揺れ動いている。

 そんな中で彼女は自分にナイフを突き刺すかのように言葉を絞り出す。

「だって……私は、助けてもらえる資格なんて、なにもない……!」

 俺は迫りくる保安部隊に対して拳を振るい、その魔弾を防ぐ。高周波ブレードの一撃を相殺、へし折りぶっ飛ばす。

 そんな苛烈な戦闘の中でも彼女の声だけははっきりと聞こえていた。

「酷いことばっかりしてきた。命令だからって、仕方ないって言い聞かせて、ずっと、ずっと……! あなたにも酷いことばかりやってきた……!」

「そうだな」

 そう答えながら前を見据えれば、しびれを切らしたらしい保安部隊は魔導大砲を取り出してきていた。

 戦争用大砲による強力な一撃が来る。

『現戦力では防ぐことは困難。根源魔導書架アカシックレコードから最適な武装を検索――選択完了、展開』

 背中の装甲が展開され骨格内積層武装格納庫からシーズナルが選択した武装が展開される。

 右腕部を覆う巨大な装甲武装。

 名前は破城篭手ツェアシュテールング・ファウスト。行ってしまえば巨大な杭打ち機パイルバンカー

「オラァ!」

 それを思い切り振りぬく。

 右腕から凄まじい衝撃が伝うが、その瞬間、破城篭手の機能が解放される。

 篭手内部のトリガーが引かれ莫大な魔導爆発が巻き起こり、巨大な杭が大砲の一撃を力任せに相殺した。

「けどな、それでもおまえは助けてっていっただろうが」

「わからない……わからないわよ……」

 ぺたんと薄い尻を床につけて、内面とは裏腹に見た目通りに子供のように泣きじゃくる彼女の薄い胸倉をつかむ。

 その軽さに、その小ささに、本当に子どものようだと思いながら、彼女に言う。

「俺だってわからねえよ。あんたのことなんて、なにも知らないし、何もわからない。でもな、男ってのは、泣いてる女の子が助けてって言ったら、助けちまう生き物なんだよ!」

 怒りはある。

 恨みはある。

 それでも泣いてる女の子が助けてと伸ばしてきた手を振り払うなんてことは出来ない。

 だってそれをしてしまえば、この施設で実験を繰り返す連中と同じになってしまう。

「あとで礼とか報いは受けてもらう。だから、言えよ、助けてって。そうしたら、俺が助けてやる」

「うぅ――ぅうぅぅうぅぅ……良いの、ほんとうに……ほんとうに……私なんかが――」

「償う気があるのなら」

『人間は間違える生き物です。何度だって間違えて前に進む生き物です。前に進む意思があるのならば――我々が助けるのに問題があるはずもない』

「流石、シーズナル。さあ、どうなんだ?」

「ある、ある――だから、私を、助けて――」

「任せろ」

 何も知らないが、女の子が涙を流して助けてというならそれで十分だ。

 それが例え憎い相手でも。俺を改造した仇だろうと。

 全部、受け止めて、受け入れて、助けよう。

「なあ、熊谷。そうだろう?」

 ここにはいない幼馴染の名を呼んで、俺は拳を握った。

「行くぜ――」

 

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