第2話 サイボーグ・インストラクション
「成功だ」
ガラスの向こう側で変わり果てた俺を見ながら所長が告げる。
「お前は世界で最初の魔導サイボーグとなった――!」
この日、俺は新たに生まれ変わったのだ。
魔導サイボーグとして――。
――……いや、魔導サイボーグってなんだ!?
――そもそもなんで俺は無事なんだ?!
思い出しただけで吐きそうになる拷問のような責め苦を受け続けたら精神に異常を来しそうなものなのに、まるで実験前と変わらない。
いや、正確には怒りとか恨みはそのままだが、ほとんど変わってない。
アニメや小説なら残忍になるなどの闇落ちのターンなのでは? と思う余裕すらある。
『それはマスターの精神と魂魄を隔離保護したためです。位相変移により、現実の影響を排したことでマスターの精神は健常そのままというわけです』
――なるほどさっぱりわからん……うん?
脳内に知らない女の人の声がした上に、知りたいことを教えてくれた。
――だ、誰だ!?
『申し遅れました。私はマスターの義体制御などあらゆる全ての補助を担当する脳裏妖精です』
――脳裏妖精……? AIみたいなものか?
『マスターの記憶領域を検索――肯定。最も近しい概念です』
――なるほど……。
――いや、え、マジで?
『肯定』
これが幻聴の類いでないのであれば、本当のことであるらしい。
『幻聴の類いではありません。私もまたマスターと同じ存在です。ただマスターの魔法機関回路に間借りさせていただいているだけです』
――なるほど、良くわからん。
ただ、幻聴の類いでないのであればそれでよい。
そもそも視界に謎のVRのようにユーザーインターフェースが浮かんでいるのだから、信じるに足る根拠はあるのだ。
ならばまずはそういうものとして受け入れることにする。
『賢明な判断です。そのようなところが私と適合したのでしょう』
――それは良いんだけど、最初に戻って良い?
『はい。魔導サイボーグについてですね? と言ってもマスターの記憶領域にある通りのものと考えていただいて構いません』
つまりただのSFに登場するようなサイボーグとそう変わらないということようだ。
いまいちなんの違いがあるのかわからないが、その技術の根幹が魔法科学か純正の科学かの違いのみであると脳裏妖精は俺に言った。
『説明をしてしまいたいですが、まずは目の前のことに専念しましょう』
脳裏妖精の言葉と共に視界に獣が現れる。ただの獣ではない。明らかに魔獣と呼ばれるような姿をしていた。
一言で言い表すなら巨大な動物の頭だ。犬のような頭が、それだけで動き回っているような感じ。
そいつはよだれを垂らしながら俺を見ている。明らかに俺は狙われていた。
「げぇ!? ど、どうすれば」
怖い、恐ろしい。
魔獣から感じるのは明確な害意。現代日本ではどうやったって向けられることがない本物の殺意を前に俺は完全に竦んでいた。
『レッスン1です。まずは魔導サイボーグの身体に慣れましょう。つまり、実戦です』
「嘘だろ!?」
だが、嘘でも何でもなく本当のことで、さらにあの所長からの命令で俺は逃げられず戦うように動いてしまう。
『大丈夫です、マスター。肉体を動かすのと同じに動きます』
「だからって戦えるわけ……!」
『戦わねば死にます。ご安心を私が補助します』
それは補助というかほぼ操り人形のような感じに構えさせられ、
「GAAAAAAA――」
飛びかかって来た魔獣に拳を突きだしていた。
パァン、と風船が弾けるような音が響いた。
「え……?」
何かが拳に当たった衝撃はあった。
思わず閉じていた目を開けば、魔獣が破裂していた。
「うぇ……」
思わず吐きそうになるが、何も出なかった。ただ感覚だけがあるような奇妙な感じが残った。
『これがマスターの力です。ご理解いただけましたか? さあ、次が来ます』
「は、次」
脳裏妖精に言われた方向を見れば、確かに魔獣がこの空間に投入されているところであった。
「くそ――」
だが、自分があれくらいやれることはわかった。やれるとわれば魔獣が恐ろしいという気持ちは薄くなる。
自分がやるべきことはトリガーを引くようなことらしい。魔獣を殴るという意志を見せればそれに合わせて身体は動き、拙いところは脳裏妖精が補正してくれる。
喧嘩もしたことない俺でも魔獣を殴り飛ばすことが出来るくらいには、魔導サイボーグというものの性能は高いらしい。
「すばらしい! さあ、もっとだ。そんなものではないはずだ」
所長の表情は変わらないが、言葉では非常にご満悦のようであった。そのおかげで魔獣の追加オーダー。
それを俺は倒していく。
「はあ、はあ……くそ、少しは休ませろ」
気が付けば俺の息は上がっていた。身体は問題なく動くというのに、休息につかれていると感じている。
『レッスン2です。マスター』
「ここでかよ……次はなんだ……?」
『随分とお疲れのようですが、なぜですか?』
「そりゃこれだけ戦ってたら疲れるだろ」
入ってきた魔獣を殴り飛ばしながら答える。
かれこれ二十匹以上と戦っている。ご丁寧に網膜投影されているディスプレイには、魔獣のカウントがされているので間違えることはない。
今現在、倒したのは二十九匹目だった。次で三十匹の大台にのるだろう。なんの大台かは知らないが。
そろそろレベルとか上がっても良いのではないかとすら思う。
『そうですか。ですが、マスター。マスターは魔導サイボーグなのですよ。呼吸が必要と思いますか?』
「…………あ」
確かにそうだ。
サイボーグは生身ではない。それは脳裏妖精が裏付けているし、網膜ディスプレイもそれが真実であると言っている。
ならば確かに呼吸ということはさほど意味はない。疲れたからと言って呼吸が荒くなることはないのである。
『その苦しみは魂が感じているだけの錯覚です。ないのだと理解してください。あなたはあなたの精神が耐えうる限り無限に戦うことが可能です。そう
「つまり俺次第ってことか」
なにやら非常にヤバイ単語が聞こえてきた気がするが今は気にしている暇はない。
『肯定。他にも人間ならば苦しいことも出来ないことも魔導サイボーグならば可能です』
「なるほど……なんとなく掴めて来た気がする」
詳細なんてわからないが、脳裏妖精が言うのならそういうものだろうと受け入れる。
そのうえで、それを実行する。
一度の深呼吸。確かに呼吸をしているわけではないらしいということが理解できた。
肺に相当する機関は、大気中のマナを取り込むためのものでしかないということがわかる。
なるほど確かに息苦しさというものはないと思ってみたら本当になくなった。
『流石です、マスター』
「先生がいるからだよ」
この日は結局、百も魔獣をけしかけられた。
優秀な先生のおかげで割と戦えるようにはなったがまだまだであろう。それと脳裏妖精のことを先生と呼ぶことにした。
名前を聞いたところ、もはや名乗る名前はありませんとのことだから、何か名前を付けるまでのつなぎとして先生としたのだ。
先生と一緒ならここから抜け出す日も近いかもしれない。
『それは早計です』
「そうか?」
『あの所長という人間は非常に狡猾です。この私を捕らえマスターの脳裏に入れるのですから』
「確かに……」
根源魔導書架とかいうヤバそうなものに接続できる先生を捕まえて、俺みたいなやつの脳内にAIみたいなものとして入れてしまうのだから侮れない。
『所長はマスターの性能をテストするでしょう。それを利用し戦闘能力を高めるのです。その間にマスターと私にかけられた制御プロテクトを解除します』
「了解」
まずは戦えるようになること。
強い身体を使いこなせるようになることでここから脱出できる確率を上げるし、この世界で生きていくことも容易になる。
そんな算段をつけていると、俺の部屋として水族館の水槽のような部屋にアリシア主任が入ってきた。
無防備に入って来るとは死にたいのか。それとも安全だと思っているのか。
相変わらず疲れはてたOLのようにどこか淀んだ目をしながら彼女は俺の前にやってきた。
彼女にやられた恨み辛みが脳裏をよぎり、その細い首を握り潰してやろうかと思った。
「なにか用ですか?」
だが、やめた。
どうせ制御プロテクトがある。研究者を傷つけようという行動は事前に抑制されるのだ。それにまだその時じゃない。
今この人を殺したところでもっと状況が悪くなるだけなのだ。なら今は従順を装うのだ。
と、そこまで考えて本当に殺せるのだろうかと疑問に思った。
能力で考えれば余裕だ。しかし、実際に殺せるかは別問題。魔獣みたいなのは最初はキツかったが慣れた。
だが、人はどうだ。昔、いじめられた時に殺してやると思ったことはあるから、殺意は持てるだろう。
だが、実際に殺せるかはわからない。その時、自分がどうなってしまうかわからない。
『なにを躊躇う必要があるのですか? 魔導サイボーグの性能を鑑みればマスター次第とは言え竜種すら殺せます。人間など紙くず同然です。我らにこのような理不尽を強いるのです、殺したところでなにもありません』
――うちの先生超苛烈……!
脳内会話もほどほどにしよう。目の前には主任がいるのだ。
「……あなたの、状態管理です」
「そちらでモニターしているのでは?」
従順さをアピールするために丁寧に応じる。
「……私は未熟ですから、実際に触れてみないとわからないのです」
主任研究者が未熟というのは謙遜か、はたまた嫌味か。
どちらにせよ制御プロテクトという鎖に繋がれているとはいえ、猛獣の檻に入っているようなものだ。
自分を猛獣と例えるのはちょっとアレだが、彼女の行動は合理的とは言えないだろう。イメージでしかないが、研究者は合理的な印象がある。
彼女は違うのか、別の目的があるのか。どちらにせよ彼女は俺を改造した張本人だ、よくも切り刻んでくれたなという思いしかない。
何があるのか知らないが気にすることはないだろう。
「そうですか」
「……わた……これから検査を始めます。質問に答えて下さい」
「わかりました」
何か言いかけていたがアリシア主任はそのまま検査を始める、検査と言っても問診が主であったが。
『主任研究者のIDコードを取得しました。やはり人間はザルですね。我々がそれを使って逃げるなど考えてもいない』
先生はその後ろで彼女の薄い胸元につけられたカードキーをスキャンし解析したらしい。抜け目ないことである。
『いずれはマスターが出来るようになってください』
――先生がいるから問題ないんじゃない?
『では、マスターの身体は私がもらっても良いということですか?』
どうやら任せすぎるのもダメらしい。全部先生がやるなら先生だけで良くね? という話だ。
いや、そもそも現状からして俺、いるのか? という話なのだが。
「――検査は終了です。明日もまた性能試験があるので、備えてください」
「了解です」
「……何か話したいことはありますか」
アリシア主任は最後にそう聞いてきた。
一瞬、罵倒でもしてやろうかと思ったが、今は従順を装うことが優先だ。
いや、本当は先生に止められなかったらめちゃくちゃ罵倒していただろう。
「ありません」
「…………そうですか。それでは、また、来ます」
俺の返答を聞いたアリシア主任は、うつむきそのまま部屋から出ていった。
『さあ、やつは去りました罵倒してやりましょう』
――先生、苛烈ぅ!
ただ、俺は彼女が何かを期待していたような、そんな気がした。
「なにを期待するってんだか」
なにを期待されようがその期待に乗ることだけはすまい。
「寝るか」
『はい、おやすみなさい』
身体的には、睡眠は必要ない。だが、精神や魂のためには睡眠は必須だと先生は言っていた。
それに特にやることもない。異世界ではスマホは通じないからソシャゲもネットも出来ないのだ。
そもそもスマホはここに来てからどっか行ったのでないため根本的にどうしようもない。
それなら眠った方が良い。
「おやすみ、先生」
『おやすみなさい、マスター。良い夢を』
果たしてサイボーグは夢を見るのかと思ったが、夢を見た。
楽しい夢だ。
もとの世界の夢。幼馴染みの熊谷がいて友達がいて、クラスメート全員で文化祭の準備をする夢だった。
超巨大段ボールロボットを作るという荒唐無稽なもので、最後は宇宙から攻めてきた宇宙人との巨大ロボット対決だった。
決め手は濡れた段ボールの意外な使い方であんな使い方は夢ならではだろう。
まさか、覚醒機能まであるとは流石夢。
そしてなぜか夢の最後は、暗い部屋の中で子供のようにボロボロと涙を流すアリシア主任の姿だった。
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