第1話 最強魔導サイボーグに改造されるの巻

 ――おまえたちは奴隷だ。


 夢にまで見た異世界召喚で最初に言われた言葉がそれだった。

 異世界召喚。

 思春期の学生で、ライトノベルとか、web小説をたしなんでいれば誰だって憧れるものだ。

 いつか異世界に召喚され、勇者として力を振るって姫様と良い仲になったりだとか。

 そんなことを妄想するものだ。

 そして、俺のクラスはどうやらその妄想を現実にしても良いと選ばれたらしい。

 朝のホームルーム前。教師が来る直前、突如として床に魔法陣が出現し、俺のクラス2年3組の面々は異世界へと転移したのである

 これにはちょっと期待するところだろう。

 だが現実は、違った。

 王様はいなかった。姫様はいなかった。王国の兵士とか、宗教団体の大ボスみたいなやつもいない。ついでに魔王とかも目の前には現れなかった。

 いたのはひげ面の男で、混乱とか期待をしていた俺たち2年3組の面々に早々に現実というものを叩きつけてくれたのである。

「ど、どういうことだよ」

 これは眼鏡委員長君のセリフ。俺は隅の方でなるべく目立たないようにしていた。

「ふむ、聞こえなかったのか? ならばもう一度言ってやろう。おまえたちは奴隷だ」

「ど、奴隷だって、なんだそりゃ!」

「いきなりこんなところに連れ込んでおいて奴隷ってのはねえだろ!」

 そうだそうだと、クラスの不良がそんなことを言うのに乗じて他のクラスメートも騒ぎに乗っていく。

 ズレ落ちそうになる眼鏡の位置を直しながら俺は、どうしようかと考えていた。

 いや、格好つけた。どうしようかと途方に暮れておどおどしていただけだ。

「ねえ、哲也、どうする?」

「うわ、びっくりした……熊谷……いや、どうしろって言われても……」

「お願い幼馴染! あんたにしか頼めないの。あんたこういうのに詳しいよね?」

「いや、詳しいって言われてもなぁ……」

 確かにラノベとかそういうの読んでるからこういう展開もなんとなく理解できる。

 できるのだが、それに対処できるかどうかは別問題だ。

 だって俺、腕っぷしそんなに強くない。隣の熊谷の方が昔から柔道とか剣道とかでその手の専門家に勝つほどの才能がある。

 頭だって俺よりも良い。

「お願い! 甲野様、哲也様、幼馴染様!」

 顔を近づけて拝んでくるもんだから、ショートボブがふわりと揺れて花のような香りが鼻をくすぐる。

「や、やめろやめろ。拝むな!? 苗字とか名前に様つけるな、拝むな。わかった、考えるから……」

「さっすが!」

 といっても貧弱ラノベ頭脳の俺に何か妙案が思いつくということもなく、ただ成り行きを見守る以外になかった。

 結局、剣を持った強面の男の登場で俺たちの反抗心のほとんどは失われた。何人かが挑んだものの返り討ち。

 俺たちはあえなく牢屋にぶちこまれた。

 がちゃんと音がして牢に鍵がかけられる。

 脱走しようにも手枷をされているから隙間からどうにかすることも難しい。

 石で囲まれた牢屋の中は想像していたのよりも遥かに清潔に整えられていた。

 しかも服まできっちりしているし、身を整える道具や水道まである。

「ホテルかな?」

「どちらかと言うと刑務所じゃない? ショーシャンクショーシャンク。まあ、入れられる前に裸にされて水とかぶっかけられなかっただけマシだけどさ」

 運良く隣の牢屋に入れられた熊谷がそんなことを言う。

「代わりに変な魔法はかけられたけどな」

「あの魔方陣のやつねー。なんなのあれ?」

「あれだろ、浄化とか洗浄とかきれいにするやつ」

「あー、なんか妙にお風呂上がりみたいなさっぱりした気がするのはそういうことか」

「気楽だな」

「まーねー。哲也にどうしようも出来ないならなにしても無駄だからねぇー」

「俺に対する評価どうなってんの? おかしくない?」

「おかしくないない。哲也だもん」

「その哲也だもんにどんだけのもんが含まれてんの? おまえの方がすごいだろ」

「いやいや~全然ですってー」

「いやいや、学力考査学年一位、運動部から助っ人頼まれること数十回、美術部からモデルを頼まれるほどの完璧なプロポーション、学年で最も男女に告白された女、ミス最校のおまえの方がすごいだろ。俺なんもねぇぞ」

「うわー、あたしのことそんなに知ってるとかきも、ストーカー?」

「おまえが全部RUINしてきたことだろうが! 原文ままだわ。スリーサイズまで送るバカがいるか!」

「あははー。いーじゃん幼馴染みなんだし、一緒にお風呂入った仲じゃん」

「小学生の頃ね。もう入ってないからね? ――んで、落ち着いたか?」

「あははーありがと」

「おまえがふざけるときは大抵、余裕ないときだからな」

「ほんとそういうところだよ哲也。よっ! 地味眼鏡太郎!」

「さては、まだ落ち着いてないな?」

 まあ、落ち着けるはずもないだろう。これからどうなるのかわからない不安は消えるはずもない。

 近くの牢屋からはすすり泣く声も聞こえるし、嘆く声、怒声なんてものでここは溢れかえっている。

 どれだけポジティブなやつでも不安になるというものだ。

 俺だって熊谷が隣の牢屋にいなければ不安で泣き叫んでいる自信がある。熊谷がいるから少しだな格好つけられていられる。

「……でさ、本当にどうする?」

「逃げるべきなんだろうけど……」

 この牢屋、洗面台とトイレ、ベッドくらいしかない、端部屋でもない狭苦しい場所なのだ。

 しかもご丁寧に食事は器に盛られたスープとパンでスプーンとかフォークの類いはない。

「穴も掘れないし」

 継ぎ目すらない石壁は石を積み上げて作ったものではあきらかに違う。

 枷でも壊せないかと試してみたがこちらも壊れる気配はない。木製のように見えて別の素材のようだ。

「調達屋にハンマーとか頼む?」

「その前に売られちまうんじゃね?」

「だよねーはぁ、万事休す。ねー、哲也が良く読んでる本の主人公たちはこんな時どうすんの?」

「だいたいチートパワーで脱出するパターンか、そのまま売られて売られた先でヒロインとかと出会うパターンがある」

 だが、特にチートパワーがないことは確認済みである。

 ステータスと叫んでもなにも表示はされなかったし、何かしらのスキルとかが発動する兆しもない。

「んーどうにもならなさそうだね」

「どうにもならんな……」

 本当に万事休すだ。

 けど、せめて熊谷くらいは逃がしてやりたい。なにせあいつは幼馴染みの贔屓目なしに美人なのだ。

 美人な奴隷とかどんな扱いになるかはわかりきっている。

「なんとか……」

 そう頭を働かせるが――。

「はっ……!?」

 気がついたら寝落ちしていて朝になっていた。

「適合した。これを貰おう」

「かしこまりました」

 さらに朝早くに俺は買われた。こういうのは優秀なやつからと思ったがそういうものではないらしい。

 牢屋の扉が開き外に連れ出される。熊谷はまだ眠っている。あいつ朝弱いからな。

 ここでなんとか逃げ出してと思うがそんなことは向こうも承知しているのか屈強すぎる男たち二人に挟まれていてはなにもできない。

 動こうとした万力のような力で押さえつけられてしまう。

 結局、俺は熊谷になにも言えずに売られてしまった。

 だが、諦めない。必ず抜け出して助けにいく。あいつには俺の助けなんていらないかもしれないが、幼馴染みなんだ離ればなれのままではいたくない。

 他のクラスメートだってそうだ。そんなに仲良いわけじゃないけど、こんな理不尽なままでいていいはずがない。

 そんな風に、俺が決意している間に契約は交わされ、首輪をつけさせられた。あからさまな隷属の首輪だった。

 それ以降、俺を買った男の命令に逆らえなくなった。

「来い」

 鋭利な男だ。切れ長の目に几帳面に切り揃えられた緑の髪、真っ白な服がエリート然とした男の雰囲気を助長させている。

 奴隷商人の店を出た俺を迎えたのは異世界の風景。

 馬車や竜車、自動車などが行き交う石畳が敷き詰められた道。

 天を貫かんとする巨大な塔。豪奢なお城。

 行き交う人々は多種多様。人間から獣の特徴を持った獣人や鱗のある竜人のような人やエルフ、ドワーフなどなど。

 思わず自分のおかれた状況を忘れてしまうくらいにはわくわくする光景が目の前に広がっていた。

「来い」

 俺は命令されるまま車に押し込まれ、研究施設のようなところに連れてこられた。

 清潔で白い。どこか病院のような雰囲気を感じるが、病院のような優しい感じは一切感じられない。

「所長、お帰りなさいませ」

 俺と男――所長というらしい――を出迎えたのは小柄な白衣の美少女だった。

 だだ疲れているのか髪はボサボサだし、目元にはくまが見える。

「新しい研究材料だ、アリシア・ビロード主任研究員」

 それはまさか俺のことか? と疑う余地はない。ここには所長とアリシア主任以外には俺しかいないのだ。

「適合率がずば抜けて高いが、最初に改造して壊れられては敵わん。フェーズ25までの実験を施してからやれ」

「はい。わかりました」

「あとは任せる」

 所長はそのまま施設に入っていった。

「……ついてきなさい」

 その後、主任について施設に入る。

 中も外で感じた雰囲気と同じだ。ただ、薄暗くどこか不穏な空気を感じる。

 いや、研究材料と言われたのだ。まったくもって楽観など出来やしない。

 なんとか逃げなければ……。

「無駄よ」

 そんな俺の思考を読んだようにアリシア主任が先んじて忠告する。

「警備機構と保安部隊がいる。逃げられるわけないわ。それに、所長が逃がさない」

 なら――。

「な、なあ、俺を逃がしてくれよ。俺わけもわからないまま連れてこられてなにもわからないんだ!」

 同情を誘いなんとか逃がしてもらえないかと懇願するしかない。

「……無理よ。所長の命令だから」

 とりつく島もない。

「くそ……なんでこんな」

「……運が悪かったのよ、あなたも私も。ここに入って台の上で横になりなさい」

「い、いやだ!」

 だが、どんなに嫌がっても体は命令に従ってしまう。

 辿り着いた部屋の中に入る。

 そこはまさに手術室のような雰囲気だった。だが、そんな人の命を救うような場所じゃない。

 部屋中に充満した鉄臭い据えた臭いは否応なく吐き気を催させ、壁には綺麗にしてあるが拭いきれていない薄赤い何かの染みのような痕がある。

 ここで行われることを俺は悟ってしまった。

「ぐ、い、いやだ!」

 だが、俺の意思に反し体は動いてはくれない。命令で手術台にくくりつけられ猿ぐつわをさせられる。

「……じゃあ、はじめましょう」

 いつの間にか手術着を着た複数人の人間が俺を見下ろしていた。

 その手には恐ろしい器具の数々が見える。

「んー! んー!!」

「異世界人奴隷か。いくらだったんだ?」

「所長が買ってきたのでなんとも。ただ、そうとうな安値だったとか」

「才能なしか。だが、この実験で生まれ変わる」

「生きていれば、ですが」

「適性は高い、行けるだろう」

「……お喋りはそこまで、はじめるわよ」

「「はい、主任」」

 どんなに暴れても叫んでも逃げ出すことは出来なかった。

「ん゛ん゛ー!??!?」

 灼熱の痛みが走る。

 切られた。開かれた。

 麻酔もなく直接。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――。

 思考の全てを満たす痛覚刺激。

「フゴォォグファ――――」

 頭蓋を反響する針のような鋭い痛みが、絶え間なく押し寄せる。

 頭の中が真っ白になって、自分がどうなったのかわからない。

 痛いと同時に来る寒気と恐怖の震え。股が生暖かくなる感覚。

 ただわけがわからない。涙で滲む視界が赤くなる。

 目が壊れてしまったかのように明滅する。

 なんでこんな目に。俺がいったいなにをした……。

 問いは切実。

 だが、誰も答えてはくれなかった。

 ただアリシア主任により俺は切り刻まれ、開かれ、弄られ、閉じられる。

 いつまでも、いつまでも――。

 いっそ殺してくれとも思う永遠の痛みの牢獄で嘆きは怒りに変わる。

 悲しみは恨みを纏う。

 必ずややつらに復讐する。

 その激しい怒りと恨み、反骨精神が狂気に落ちることを許さない。

 地獄の責め苦が終わるまで必ずや耐えて、この理不尽を与えるやつら全員に復讐するのだと決意する。

 だが、常人がいくら決意しようとも、絶え間なく与えられる苦痛を前にして正常を保っていられるはずもない。

 バラバラになる体とともに精神が砕け、散々になりそうになった時、

『接続完了』

 無辺の暗闇に一筋の光が差した。

『精神体を記録保存。マスターの保全を最優先とするため魂魄隔離を実行――完了』

 その言葉を最後にあらゆる痛みは消え失せ、安らぎの中を揺蕩いはじめた。

 地獄から極楽とはこのことだった。ずっとここにいたいとすら思っていたが、

『実験終了。覚醒させます。お疲れさまでした』

 この極楽のような暗がりは唐突に終わりを告げた。

 気がつけば実験は終わっていた。

 俺はガラスケースのようなものの中に入れられている。

「成功だ」

 ガラスの向こう側で俺を見ながら所長が告げる。

「お前は世界で最初の魔導サイボーグとなった――!」

 この日、俺は新たに生まれ変わったのだ。

 魔導サイボーグとして――。

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