余録 ダビデのこと

 このシリーズは、聖書執筆に携わった人々を題材にして物語にすることで、生きた人間であったイメージを持てればということを目標としている。執筆した量の最も多いのはモーセだろうけれども、意外と上位に来るのが、詩篇の多くを記したダビデなのではないだろうか。

 ことダビデに関しては歴史書にかなりの分量を割いて、その生涯や様々なエピソードが書かれているため、すでに十分にイメージがある。

 そのため、あえて聖書に登場する以前の、彼の少年時代のことを想像してみた。偉大な王であり、救い主のひな型ともされた人物だが、その出自は羊飼いの、それも8人兄弟の末っ子だった。兄たちがペリシテ軍との戦いに従軍していた中で、彼だけは父のところで羊の番をさせられていた。

 対ゴリアテ戦で華々しく登場するのだが、その時には剣の使い方も知らない少年だった。しかし、召し出されたときにすでに琴の名手であったということもよく知られている。後に戦士となって活躍するにあたっては多くの先輩たちから戦い方を教わったはずだが、では、一体誰が、少年ダビデに琴を教え、歌を教えたのだろうか。

 ダビデが用いていた楽器はキノールと呼ばれる琴だが、少年が手作りできるようなものではないだろう。牧草地で一人羊の群れの番をしている間に練習をしていたのだろうということは想像できるが、いくら天才でも、手引きもなしに弦楽器を奏でることは難しいだろう。とすれば、誰かがこのキノールを彼に与え、基本を教えたということになる。母の手ほどきがあったのだとする説が多いが、作品では、名もなき一人の老人を登場させてみた。勿論、全くの創作だが、ダビデの老成したところを見ると、どうも達観した何者かの影響を想像するのである。

 場面としては群れから迷い出た羊を探しに行き、そこで老人と出会う。

「一匹の羊が迷い出たなら、残りの99匹を山に残して、捜しに出かけないだろうか」

 というたとえ話のオマージュである。

 兄たちが戦いに出ていて、留守を守るために一人で羊の番をしているダビデ少年は、きっと一生懸命に羊の世話をしていただろう。ミデヤンの荒野で40年間羊飼いをしていたモーセほどではないにせよ、少年時代の羊飼いの経験は後に王としてのダビデの働きの、基盤となっているはずである。

 さらに、老人を襲った獣を撃退したのは、羊飼いが用いる投石器になる。誰にでも不慣れな時代はあるものだが、きっとダビデも、こんな風に獣に出会って夢中で戦い、石投げの技を磨いていったのだろう。言うまでもなく、これが後にゴリアテを倒すことになる。

 以上は想像だが、ダビデも我々と同じように幼い頃があり、成長していったというイメージを持てば、聖書の物語がさらに活き活きと浮き上がってくるのではないか、と思う。

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