余禄 バルクとエズラ
エレミヤは、三大預言者の一人と言われるほどに、旧約聖書の中でも大きな位置を占めている人物である。バビロンに滅ぼされる直前の、ユダ王国の最も暗黒の時代に預言者として活動した。だから受けた迫害も並みのものではない。しかしそんな中で、エレミヤ書だけでなく、哀歌も記しているし、さらには歴代誌の著者もエレミヤだったという説がある。それだけ彼の活動が多彩で、国に深く関わっていたということが窺い知れるのではないだろうか。
バビロニア帝国の侵攻に当たっては、降伏して生き延びよという警告を送り続けたが、そのために裏切り者のような扱いを受けることになる。国を愛し、なんとかこれを救いたいと切望し続けたのであろうエレミヤは、一体どんな思いで降伏を説いただろう。それを理解されずに裏切り者扱いを受けたことに、どれほど傷ついたことだろうか。哀歌を残したことから、「哀しみの預言者」と呼ばれたりすることもあるが、他の預言者に比べて、感情のあふれる言葉や行動が書かれているところに、その特徴があるのもうなずけるように思う。
そしてエレミヤは、そうした警告を無視して反乱を起こしたヨハナンに巻き込まれ、結果としてエジプトへの逃避行に無理やりに連れて行かれ、伝説ではそこで殉教したとされている。では、そんな過酷な預言者としての歩みの中で、記した書物をどのようにして後世に残し得たのか。パソコンもスマホもない時代だから、文書は羊皮紙の巻物である。甕に入れて保存するにも、個人が担いで動ける分量ではない。そこで、協力者として、バルクを取り上げ、描くことにした。
バルクはエルサレム王宮の書記官で、預言者エレミヤの預言の言葉を筆記した人物である。エレミヤ書にはその様子がわずかに記載されている程度なので、あまりその名は一般的に知られてはいない。彼がエレミヤからスカウトされた時には、エレミヤは40年以上預言者として活動しており、当時の政権中枢から神殿への出入りを禁じられ、活動に制限がかかっていた。そんな関係もあって、王宮の書記官として相当の能力があり、相応の地位にあったとも思われるバルクの補佐を必要としたのだろう。
エレミヤと共に捕らえられてエジプトに行ったということまでは分かっているが、その先のことは不明である。そこで死んだとされる説もあるが、バビロンに連れていかれたという伝説もある。
旧約聖書の外典として扱われているバルク書という著作もあり、ただ口述筆記をしただけではなく、信仰的にも指導的な役割を果たしていた人物のようである。バルク書そのものに、バビロンで執筆したと書かれているので、それが事実だとすれば、やはり晩年はバビロンで過ごしたのではないかと思われる。
その彼が、エレミヤの預言を含む一連の文書を守っていたのではないか。最後まで王宮書記官として扱われていて、罷免されたわけではなさそうなので、役割としても自然だったと思われる。
エレミヤ書の中で、彼らがエジプト北部のタフパンヘスという町にいたということまでは確認できる。ここはエジプトの要衝で、要塞があって外敵の侵入を防いでいたとされている。この時期にはエジプト軍はカルケミシュの戦いでバビロニア帝国に敗れた後で、北への侵攻を阻止されて守勢に転じていた。
その背景の中で、バルクはエジプトに攻め入ったネブカドネツァル2世に捕らえられ、バビロンに連れて行かれる、ということにしてみた。エレミヤに同情的であったと言われるネブカドネツァルの保護なしには、一連の文書の保存は難しかっただろうと考えたからだ。
ちなみに、実際にエジプトを併呑したのはバビロニアを滅したアケメネス朝ペルシャで、この時期から約70年後のことである。そもそも、ネブカドネツァル自身はカルケミシュの戦いの後、即位のために国に戻り、エジプトには来ていない。
バルクがエジプトで死んだのではなく、バビロンに連れて来られたと設定してみたのには、実はもう一つ理由がある。
後にエルサレムに帰還したユダヤ人の信仰的な指導をするために派遣されたエズラという律法学者が、バルクの教えを受けていたのだという説があるのだ。
エズラはアルタクセルクセスの第7年にエルサレムに来たと記録されている。諸説あるが、年代としてはBC458年ごろ、キュロス2世によってエルサレムへの帰還命令が出されて約80年後ということになる。
この間にエルサレムでは神殿が再建され、エステルがクセルクセスの王妃になり、モルデガイが宰相に抜擢されてエルサレムのユダヤ人たちの危機を何とか回避する、という劇的な物語が展開されるが、それらを記録した人物がエズラだとする説が有力な様だ。さらに、後に総督として赴任してくるネヘミヤと協力してイスラエルの宗教改革を行った超人でもある。有名な詩篇119篇も彼の手による。
もちろん、バルクとエズラの活躍は年代的には数十年のずれがある。だからエレミヤに呼ばれた時のバルクが10代の若者で、バビロンに移ってからも100歳近くまで生きていたとしてようやく、エズラの少年時代になんとか接点があるという形になる。
亡国の混乱の中を生き延びた老バルクが、その最晩年に教えを託す相手として選んだエズラ。だとすれば、バビロンで生まれ育ったはずのエズラに熱い信仰とまだ見ぬ故国への情熱が見られるのも、少し納得がいく気がする。
そんな彼らの生き様の中で記され、命がけで守られてきた結果として、手元にあるのが聖書であると理解すれば、不意にその重みが増すように感じられるのは気のせいだろうか。
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