第15話

 小雨が甲板に降り注いでいた。

 (撃て!)

 パーシバルのテレフォノがエルフガルドの艦隊中に響いた。

 大砲の轟音が荒れ狂った。

 弾はマレクに着弾し白い煙を上げる。

 エルフガルド艦隊も大砲から出る白煙の中に包まれ始めた。

 轟音は続き、他の音は聞こえない。

 どこも煙だらけとなり、視界はゼロになる。

 その場にいる誰もの思考が停止した。


 やがて砲撃が止んだ。

 「今ので壊滅だな。あっけないものだ」

 煙の中でパーシバルは言った。


 煙は晴れた。

 マレクの王都が姿を現し始めた。

 何処にも損傷は無く、王都は砲撃前と全く同じ姿をしていた。

 「どういうことだ?!!!!!!!!!!!!」

 パーシバルは怒号を上げる。

 「何が起きてる……」

 パーシバルは飛び交うテレフォノに気付いた。

 (こちらは三番船! 船尾が大破している! 操舵不能! 操舵不能だ! 四番船! そこをどくんだ!)

 (八番船沈没! 進行方向で九番船と十番船が衝突! 七番船巻き込まれます!)

 (こちら十一番船! 三番船と衝突する! 回避不能! 総員衝撃に備えろ!!)

 爆発音があちこちで響く。

 エルフガルドの艦隊はたった七分間で壊滅的打撃を受けた。

 今もそこら中で船が衝突し、炎上し、沈没していた。

 「ヘンリク!! 何が起きている? 何故爆発している?!」

 パーシバルはヘンリクの胸元を掴んで言った。

 「甲板に火薬ダルを上げていた艦が複数存在していたものと思われます。そのため爆発炎上し、被害が拡大しているものと思われます」

 ヘンリクは冷静にそう言った。

 「軍規はどうなっている! 火薬ダルは船底近くの火薬庫から必要量を運搬する運用のはずだ!」

 「初の軍艦の運用。そういった軍規の意味も理解していなかったのでしょう」

 パーシバルはヘンリクを殴った。ヘンリクの白い制服に鼻血が落ちる。

 「貴様の責任だ。軍規の徹底が不十分だった。兵は軍規の意味を理解する必要はない。ただ守らせればよい」

 「ハッ。申し訳ありません」

 ヘンリクはハンカチを取り出し鼻を押さえた。

 「で、敵はどこから砲撃してきた? 何故マレクは無傷なのだ?」

 「ハッ。 砲撃は二時の方角です」

 「二時だと?」パーシバルは再びヘンリクを殴る。ヘンリクの歯が何処かへ飛んだ。

 「オイッ! 何を言ってる?! 二時は切り立った崖だ! 何を言ってるんだ貴様は!」

 「方角は各艦の被弾状況から判断しました。マレクに全くが損傷見られないのは……まるで……魔法です」

 ヘンリクの声は震えていた。

 パーシバルはもう一発ヘンリクを殴ろうとする。

 だが途中で手を止めた。

 「まるで魔法……」

 パーバルはヘンリクの胸元から手を離す。

 「そうか! 魔法か! 魔法を使ったんだと言いたいのだな」

 ヘンリクが頷く。

 「方角は間違いないか?」

 ヘンリクが頷く。

 パーシバルはテレフォノで号令する。

 (誰でもいい! 二時の方角の崖を適当に砲撃しろ!!)

 すぐにパーシバルの乗艦から一発の砲弾が崖の壁面に放たれた。

 しばしの静寂の後、砲弾は崖に着弾した。何もないはずの壁面から黒煙が上がる。

 「命中だ……」ヘンリクが呟く。

 パーシバルは目を閉じると一呼吸置いてからテレフォノで大号令を掛けた。

 (正面に見えるマレクの王都は幻影だ! 本物のマレクは三十度右にずれた崖にある! 残った全艦に告ぐ! 二時の方角の崖の壁面を砲撃せよ! 怪我人の収容は後回しだ! 艦に浸水した水の掻きだしも後回しだ! 砲撃が最優先だ! 砲撃以外は全て後回しだ! 死ぬのも後回しだ! 死ぬのは砲弾を全てバラまいた後だ!! 撃て!!」

 エルフガルド艦隊の生き残りの士気が回復した。

 兵たちは雄たけびを上げ、猛烈な勢いで火薬と弾を込め、次々と砲弾を発射した。

 砲撃の轟音が続く。

 崖の各所から黒煙が上がり、まるで炙り出しのようにそこに王都の姿が浮かびあがってきた。

 「ヘンリク。仕掛けは分かったか?」パーシバルは崖を見つたままで聞く。

 「はい。シネフィルの映像を投影しているものと思われます」

 「どういうことだ?」

 「つまり、マレク王都に何もない崖の映像を投影し、崖の方に王都の映像を映しているのです」

 「そうか。それで王都を白く塗ったのだな。 シネフィルの投影のためか」

 「はい。密かに崖の方も白く塗っていたものと思われます。おそらく夜間に崖の表面の岩を白く塗装。昼間はその白い表面に岩の映像を投影して我々の目に欺いていたのでしょう。そして昨夜、マレク王都に何もない崖の映像を投影し、崖の方に王都の映像を映すことで……」

 「一晩でマレクの王都の位置を三十度ずらしたというわけか」

 「はい。その通りです」

  砲撃が続く。

 異様な光景が展開された。

 崖の壁面に着弾し立ち上る煙の表面に、壁面の映像が投影されたり。

 映像を投影しているシネフィルが何かの拍子――砲撃の衝撃や、飛び散った岩や建物の破片に衝突したり でどこかへ行ってしまい、真っ白に塗られた王都が所々本当の姿を晒したり。

 「時間の問題だな……ヘンリク。無事帰国できたら貴様は特進だ」

 パーシバルは満足そうに言った。

 「だが無事残った艦船は十隻に満たない。しかも数隻は浸水している。沈むのは時間の問題だ。それにしても悔やまれる……甲板に火薬を出しておくとは……。あまりに高い代償だった」

 ヘンリクは「はい」とだけ言った。

 「だが我が国初の海戦だ。致し方無いか。それに……残った艦で何とか皆殺しにできそうだしな」

 「!捕虜は取らないので?」

 「マレク人は殲滅させる。総統のご命令だ」

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