第12話
「いよいよ今日だな」
(曇りだね)
ルガーとリモはテーブルに座っていた。
白を基調とした内装の洒落たレストランで朝食中だった。
リモが窓の外に目をやる。空は暗く今にも雨が降り出しそうだった。
「ツイてるじゃねぇ……ん? このコーヒー……やけにうまいな」
そう言うとルガーは飲み干して空になったカップを置いた。
(焙煎してあるんだ)
「焙煎?」
(コーヒー豆を火であぶることだよ)
「豆を煎ってんのか? 旨くなるのか?」
(元々はリラの商人がコーヒー豆からコーヒーの木を栽培をされたくなくて、豆を殺すために火であぶったんだよ。そしたら偶然コーヒーが美味しくなっちゃてね。火であぶることで香ばしくなるんだ)
「結果オーライだな。ウェイター!」
ルガーは近くのウェイターを呼び止めた。
「おかわりだ。朝メシをもうワンセット持ってきてくれ。それとコーヒーもな」
ウェイターは慇懃に頷くと空のカップを下げて消えた。
(綺麗なホテルでしょ?)
「ああ、元があの娼館とは思えねぇ。港が近いから外国人客も大勢利用してる。目端利くオーナーだな」
(ありがと)
「えっ?」
(僕がオーナーなんだ)
「どういうことだ?」
(元々、娼館のオーナーはポメロだったんだ)
「ポメロが?!」
(あくまで書類上の名義人ってだけだどね)
「じゃあ実際のオーナーは誰だ? あの金歯のババァか?」
(トクビルだよ。トクビルが実際のオーナーだったんだ)
「また四英雄様か」
「そ、カルネとマールは娼館の常連だったんだよ」
「あきれた仲良し三人組だな……わかった! あの金歯のババァ、トクビルの女だな」
(そう、奥さんだよ。内縁だけどね)
「うわっ! やっぱりか! 趣味悪りィぜ。でどうして娼館がおまえのモノになる?」
(僕はポメロの遺産を相続したんだ。彼の遺書によってね)
リモはすまし顔で応えた。
「あきれた野郎だ。娼館を相続した後で、あのババァをてめぇで逮捕してホテルに変えちまったわけか。おまえそりゃ立派な犯罪だぞ」
リモは微笑みで応えた。
「それにあの悪趣味だった内装が全く変わってる。随分金が掛かったろ? 金策はどうした?」
(借りたよ)
「誰に?」
(フリード街のトイチだよ)
「何てとこから金を引っ張ってやがる! トイチったら十日で一割の利子の事だろ。返せるわけねェ!」
リモは静かにコーヒーを一口飲んだ。
(返してないよ)
「……何?」
(だからお金は返してないんだ)
ルガーは思わず席を立った。
「まさか?! おまえ、三ヶ月前にウルリッチをアゲたな! おまえが金を借りたトイチってのは?」
(そう、ウルリッチだよ)
「やりすぎだ! ウルリッチはジョダだ。トイチだからって逮捕はやりすぎだ、ジョダ人を敵に回すことになる。面倒だぞ!」
(大丈夫。ジョダの長老に話を付けてから逮捕してる。元々ウルリッチはジョダ人の中でも評判は悪かったんだ。返済できない人に保険を掛けて自殺に追い込む手口はやりすぎだとね)
「大したタマだぜ」ルガーは椅子に座り直した。
(それに彼はジョダ教の教義に抵触した)
「なんだそれ?」
(ジョダ人と彼らの神との契約条項だよ。第九条は ”汝、姦淫するなかれ” 第二項は”男色を含む”)
「またそれか。リモ、おまえ正確には男でも女でもないだろ」
ルガーは頭を掻いた。
(なんにせよ、ウルリッチは借金をたてに僕に迫ってきた。長老達は彼の逮捕に同意してくれたよ)
「元々ウルリッチも狙ってやがったな。まぁいい。確かに見違えるようだ。あの”薔薇の館”がこんな小綺麗なホテルになっちまうとは」
ウェイターがルガーの朝食を運んできた。スクランブルエッグとサーモンのグリル、ヨーグルト。そしてカゴに盛られた丸パンをテーブル中央に置いていった。
ルガーは丸パンを一つ取って口に放り込んだ。
「うめぇ……」
(パンは奥で焼いてる。焼きたてだから美味しいでしょ?)
「……どっかで食った味だ」
(フリード街じゃない? フリード街の”ストラトス”って店。あんまり有名じゃないけど。半年間うちの職人を”ストラトス”で修行させてもらったんだ。だから味が似てるのかも)
「フリード街のパン屋って言ってたな……」
(何の話?)
「港でコットに会ったんだ」
(えっ?! あの子学校行ってないの?)
「大丈夫ちゃんと学校には行ってる。成績も良いらしい。コットは学校行く前に港でパンを売ってんだ。フリード街から仕入れてるとよ。大したモンだろ?」
(売り切れ必須だろうね)
リモが笑った。
「ザイログもよく買ってくれるみてぇだ」
(優しい王様だね。あっ! ルガー急いで。時間だよ)
リモがそう言うと、ルガーは朝食をかき込み始めた。
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