第11話
夜の海。
波は穏やかで静かだった。
リモとルガーはボートに乗っていた。
ボートの真ん中に立てられた棒からランプが吊り下げられている。ランプの光が海面の”うね”に反射する。
「あと何個仕掛けるんだ?」
オールを漕ぎながらルガーが聞く。
リモは地図に向けていた顔を上げた。
(そのまま進んで。あとはあの”双子岩”にセットすれば湾内の設置は完了だよ)
「やっと終わりか」
ボートはマレクの港がある湾に浮かぶ岩山に近づいた。
リモはボートから岩山に飛び移った。しばらく岩山の頂上付近でウロウロしていたが、やがて立ち止まった。
(ティロ・ガンチョ)
リモが呪文を詠唱すると、リモのベルトからぶら下がっていたロープが何も無い空中を垂直に登り始めた。ロープの先頭には鉤爪が付いている。鉤爪のついたロープは蛇のように空中を蛇行しながら飛んでいる。
(キーテ・ティロ・ガンチョ)
鉤爪は停止するとUターンして、岩山へ猛スピードで向かってきた。鉤爪は岩山との衝突の瞬間、くるりと回転。ギーンという金属音が止んだ時、鉤爪はリモの足元に深々と突き刺さっていた。
リモは何度か呪文を繰り返して岩山に穴を穿つと金属のボルトをその穴に埋め込み始めた。
ボルトの埋め込みが終わると、腰の革袋から小さな木箱を取り出すと岩山にそっと置く。そしてボルトと木箱を針金で結んでしっかりと固定した。
木箱の一面には丸いレンズ状のガラスがはめ込んである。リモは望遠鏡を覗いて王都の方角を何度か見ては、木箱の向きを微調整していた。
しばらくして(OK。完了)と言うとボートに飛び移った。
ルガーは無言でボートを漕ぎだした。
リモはルガーの顔を見つめていた。
「心配か?」
(皆の命が懸かってるからね。でもこれ以上の案は無いと思うよ)
それを聞いてルガーは笑った。
「なら、あとは神のみぞ知るってもんだ。仕掛けは上々、結果をごろうじろってな」
(そうだね…………ごろうじろ? どういう意味?)
「知らねぇよ。ザイログの口調がうつったのさ」
リモは微笑むと王都の方を見上げた。
夜の闇の中で王都が浮かんで見えた。まだあちこちでランプを照らして塗装作業が続いているのが分かった。
ルガーもリモの視線に気付き王都を見た。
「間に合うか?」
(王都は何とか……でも崖側の塗装が朝までに間に合うかどうか……)
リモは王都から数百メートル離れた崖の壁面を指さす。
壁面には何百本ものロープが上から吊されていた。吊されたロープの先には板が結わえてあった。その大きなブランコの上では男達が壁面にへばりついて必死の塗装作業を行っていた。
塗装作業は王都と、少し離れた”ただの崖”の二カ所で進められていた。
「仕方ねぇ。エルフガルドにバレないよう、崖の方の塗装は夜しかできねぇ。遅れるわな」
(戻って僕たちも手伝おう)
ルガーは「やれやれ」と呟いてオールを漕ぎだした。
長い間、波とオールを漕ぐ音だけがしていた。
「リモ……」
(どうしたの?)
「お前は何でマレクの為に戦う? マレクは自分の国でもねぇ。エルフガルドがお前の国だぜ」
(その通りなんだけどね……僕の故郷はトラス村であってエルフガルドじゃない。その故郷はもう無い。それに今はマレクこそ故郷に思えるんだ……君こそ何でマレクの為に?)
「オレは……」
(僕のため? )
「そうだな。お前の為かな……」
(フフフ……違うね。 暇つぶしでしょ? 不死の君には時間は腐るほどある)
「身もふたもねぇ事いいやがって……だがお前のためってのも本当のことだ。お前が守りたいマレクを守りてぇのさ」
(ありがと)
「そういや、リモ。昼間ベルリーネが”白い街”に似てるって言い出した時、急に昼飯の話題に変えたな」
(わざとらしかった?)
「お前にしては、珍しく動揺したな」
(ごめん)
「まぁいいさ。奴が勘ぐったところでおまえの策に気付くわけもねぇ。それに奴は鉱山ん中の牢の中だ」
(そうだね)
「奴は……ベルリーネってのは何者だ?」
リモはすぐに答えなかった。
(今度話すよ)
リモがそう言ったのはボートが港に戻ってからだった。
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