第10話
抜けるような青空だった。
教会前広場にベルリーネ、ルガー、リモの三人がいた。
ベルリーネは全身白づくめ。羽織っているマントも純白だった。白いマントと艶のある黒髪が風で揺れている。
「気持ちの良い風だわ。マレクは本当に恵まれているわね」
ベルリーネは王都を眺めながら言った。
「でもこれは無粋だわ」
ジャラリと手首に繋がった太い鎖を見せた。
ルガーもリモも黙ったままだ。
「それに引き替えエルフガルドは悲惨だわ。北の永久凍土と、南のオストラス山脈に挟まれた痩せた土地。日照時間は短く自殺者も多い」
「だからっておまえ等がマレクを奪って良いことにはならねぇ」
ルガーが応えた。
「そうかしら? 不公平じゃなくて? ……それにしても……」
ベルリーネは教会前広場の眼下を眺めた。
「みんなよく働くわね」
王都には人が溢れていた。
人々は手に”はけ”と”バケツ”を持っている。
王都中を白く塗っていた。
不思議な光景だった。
「見て、あの女の子! 黒犬を白く塗ってるわ! フフ。噛まれなきゃいいけど」
ベルリーネが優しく微笑んだ。
王都のあちこちにある広場には、人の背丈より大きな釜が据えられており、もくもくと白い湯気を上げていた。
釜の横に組まれた足場に男達が乗り込んで、釜の中の染料をお大きなひしゃくで汲み上げ、樽に次々と移していく。染料を詰められた樽は荷車に乗せられ王都のあちこちに運ばれる。そうして運ばれた樽から人々の持つバケツに染料が移され、はけで王都を白く染めているのだった。
「降伏の証かしら?」
ベルリーネは笑った。
(以前からの計画的な事業です。壁を白く塗ることで太陽の光を反射して建物の中が涼しくなります。それに金の採掘が見込めない今、”白い王都”を観光資源にしたいというザイログ王の発案なのです)
「へぇ、あの王様の。さすが選挙で選ばれた庶民王だわ。考える事がさもしいわね。フフフ」
「何だと? またひっつかまえてエルフガルドへ送り返してやろうか?」
ルガーがベルリーネを睨む。
「おお、怖い……でも、案外良いアイディアかもしれないわ。だって綺麗だもの。クラリアの軽薄な金持ち共が有り難がって見に来てくれるかもしれないわね」
ベルリーネは笑った。
「それにしても徹底してるわね。道まで白く塗るなんて。まるでオストラス山の」
(”白い街”のよう?)
「そう! あの街そっくり! 」
リモは何も言わない。
ルガーはリモの沈黙の時間が気になった。
(そろそろ昼食にしませんか?)
リモが言った。
「あら、そんな時間?」
(何か苦手なものは?)
「ないわ。でも、できればマレクでしか食べられないモノをお願いしたいわ」
(マレクの郷土料理はお勧めできるようなものではありません。魚と豆が中心の地味なものです。でもマレクには世界中の料理が食べられる店があるんです。僕とルガーのお気に入りの店です。そこに案内します)
「それは、楽しみだわ。じゃあ・・・イエンの料理もあるかしら。一度食べてみたかったの」
(食べられますよ。イエンの料理は全体的にとてもヘルシーです)
「そう、楽しみだわ……でもうれしいわ。随分長い事、私とお話してくれるのね。リモ」
(今のお姉さんとならずっとお話できますよ。どうぞこちらです)
リモはベルリーネを先導して歩き出した。
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