第5話

 ルガーがマレクの港に辿り着いたのは早朝だった。

 日の光を浴びて人間の姿に戻ったルガーはリモを担いで港に上がった。

 港には魚を水揚げする漁師や魚を運ぶ市場の人間達でごった返していた。

 ルガーは周囲を見回すと、荷車を押していた一人の少年に近寄る。幼さが少し残るが、短く刈り上げた髪に引き締まった体。精悍な少年だった。

 近寄りながらルガーは声を掛ける。

 「コット!その荷車を貸してくんねぇか?」

 「ルガー!港で何やってるの?あれ?リモちゃん?!どうしたの?リモちゃん?・・・凍ってる・・・大丈夫なの?」

 「いつものことだ。大丈夫。それよりリモを運びたい。おまえの荷車を貸してくんねぇか?」

 「貸してあげたいけど・・・僕も商売があるからな・・・困ったな、どうしよう」

 コットと呼ばれた少年は困惑していた。荷車にはパンの入ったカゴが乗っていた。

 「それ売ってんのか?」

 「そうだよ。フリード街のパン屋で仕入れてる。学校に行く前にここで売ってるんだけど、あそこのパンは有名じゃないけど実はすっごく美味しいンだ」

 ルガーは「もらうぜ」と言うとカゴの中のパンを口に放り込みながら銅貨をコットに渡した。

 「うまい! 良いアイディアだ」

 「でしょ? すぐ売り切れになるんだ・・・あっ!王様だ! 王様に頼んでみようよ! 王様はいつもパンを買ってくれるんだ。きっと荷車を貸してくれるよ」

 コットは人混みの中を指さす。

 「うん?! ホントだ! ザイログ! いやザイログ王じゃねぇか! 奴に頼んでみる!」

 「ごめんねルガー」

 「いいってことよ。コット、学校の成績も良いそうじゃねぇか。じゃあな、頑張れよ!」

 ルガーはコットに手を振ると人混みの中に分け入ると一人の男の肩を後ろから掴む。

 「ザイログ王! マレクの偉い王様! 荷車を貸せ」

 男は振り返る。

 「何でぇ何でぇ。・・・偉そうに・・・あれっ?ルガーの旦那じゃないですかい?・・・こりゃまた・・・あたまっからずぶ濡れで・・・おかわいそうに・・・水も滴る良い男ってかい? あれ? そっちはリモちゃん? 相変わらず綺麗だね。背筋も凍る美人さんだ。魚ァ冷やすのに丁度良さそうだ。ちょっとリモちゃん借りたいね」

 ルガーがザイログと呼んだ男は流れるように軽口を叩いた。健康そうに日焼けした、ひげ面の四十がらみの男だった。

 「相変わらずよくしゃべる。港の差配人じゃなくて芸人が似合ってるぜ」

 「そうそう、なりたかったんだよ芸人に。親父に反対されてね。あれ? リモちゃんの氷溶けてない?」

 「えっ?!うわっ!ホントじゃねぇか! えっ?! 待て! 待て! どういうことだ?!」

 ルガーはリモの言った事を思い出した。

 「たしかリモの奴 ”一度魔法を掛けると意識的に解除しない限り効力が消えない” って言ったはずだ」

 「でも溶けてるじゃねェかい。とても意識があるようには見えないけど」

 「意識・・・ザイログ!リモが死んだら魔法は解けるんじゃねぇか?!」

 「縁起でもねぇ。おいら魔法はさっぱりだ。ギャラハット先生なら何か分かるかもしれねぇ!」

 ザイログは近くに置いてあった荷車に積んであった樽と木箱を地面に落とした始めた。荷物を全て捨てるとザイログは言った。

 「使っておくんない!」

 ザイログはルガーを手伝ってに荷車にリモを乗せ、ロープでリモを固定する。ルガーはすぐに荷車を引いて走り出した。木製の車輪が猛烈な勢いで回り、小石を弾き飛ばす。何処かで「イテッ!」という声が聞こえた。

 ザイログはすんでのところでルガーの引く荷車を避けた。既に港の端まで行ってしまったルガーを見送った。

 「リモちゃん・・・大丈夫かね・・・」

 ザイログはそう呟いてから、先ほど地面に落とした樽を拾おうと屈んだ。樽を掴もうと手を伸ばすと、手が樽に触れる直前に樽がふわりと宙に浮いた。見上げると誰かが樽を掴んで持ち上げているのが分かった。ザイログは立ち上がる。目の前に革の鎧に身を包んだ兵士が樽を抱えて立っていた。

 ザイログの周囲を同じような恰好をした兵士が囲んでいた。さき程までごった返していた市場は静まり返っていた。人の声は一切聞こえない。ウミネコの鳴き声が聞こえるだけだった。

 兵士の群れの中から息せき切って太った男が前に進み出た。丸々とした赤ら顔、頭にはウールのような白髪が少し載っている。太った男はザイログの前まで来ると膝を折った。

 「陛下!急ぎ登城下さい!」

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