第3話
――それから時は流れる。季節は秋から冬に変わり、世間はクリスマス一色になっていた。秋にハロウィンの飾りつけをしていた家も今はクリスマスリースを玄関に飾っている。
「はぁ……寒い寒い。今日はなんだか雪でも降りそうな寒さねぇ」
朝、掃除道具を手にした老婦人が外に出た途端に、吹き込んできた冷たい風に体を縮こませる。
「おばあちゃーん! おはようございまーす!」
「はい。おはようございます。気をつけて行ってらっしゃいね」
「うん! おばあちゃんも風邪引かないでね! 行ってきまーす!」
「うふふ。そうね、気をつけるわ。ありがとうね」
優しい言葉を掛けてくれたこどもに手を振ってその背中を見送る。
小学生の通学路に建つ家の前を毎日掃除しているうちに、こどもの何人かと顔見知りになり挨拶を交わす様になった。こども好きな老婦人にとって今では欠かすことの出来ない日課となっていた。
「うふふ。寒くてもこどもは元気ねぇ。……あら?」
老婦人の視線の先。二〜三軒先の家の植え込みの前でしゃがみこんでいる少女がいることに気づく。
「ちょっとあなた、どうしたの? 具合でも悪いの?」
放っておけず少女に声を掛ける。すると少女は一瞬びくっと驚いた後、老婦人を見上げ、困った顔のまま首を左右に振る。
「あの、あのね……ここに猫ちゃんいるの。黒いこと白いこの二匹。まだ赤ちゃんみたいなの」
少女が指を差す場所を老婦人も覗き込む。暗がりにいて最初こそ認識出来なかったものの、だんだん目が慣れてくると産まれて間もないのだろう、小さな仔猫が身を寄せ合って震えているのがわかった。
「あらー……あらあらまぁまぁ。ずいぶんちいちゃな猫ちゃん達ねぇ」
「うん。小さいけどにゃーって鳴いてる声聞こえてきて。でも学校に猫ちゃん連れていけないし……だからってお家に連れて帰ってもママが猫アレルギーだから飼っちゃダメってきっと言われるし、どうしようっていろいろ考えてたら離れられなくなっちゃって……」
「優しいのね、あなた。……よし! いいわ、ここはおばあちゃんにお任せなさいな。責任を持ってこの子達を立派に育ててあげる」
少女を安心させようと仔猫の保護を買って出る老婦人。
その言葉に驚いたように少女が目を見開く。
「ホント? おばあちゃんがこの子たち、飼ってくれるの?」
「子供の頃から近所にいた野良猫の保護をね……よいしょ……していたから、昔から猫ちゃんのお世話は得意だし大好きなの……よいしょ、っと」
地面に膝をついて上半身を目一杯に屈めて仔猫に腕を伸ばす。手のひらに暖かな温もりを確かめて一匹ずつ暗がりから連れ出す。
「わぁ……やっぱりちっちゃい。すごく震えてる」
老婦人の手に収まった二匹の仔猫を見て少女が心配そうに呟く。
「えぇ。すぐに暖めてあげないとね。さぁさ、遅刻してしまうわ。あなたは学校にお行きなさいな。おばあちゃんはこの子達をちゃんと病院に連れて行ってくるから安心なさい。ね?」
「うんっ! ありがとう!」
「学校が終わったらおばあちゃん家にお寄りなさいな。おばあちゃんのお家はここの三軒隣よ。ほら。玄関にクリスマスリースを飾ってるお家。見えるかしら?」
老婦人が指差した先を少女が身を乗り出して確認する。
「あのお家ね。うん! じゃあ学校終わったらまた来るね!」
老婦人の提案にようやく笑顔を取り戻した少女が、元気よく走って行くのを見送る。
「……さぁて、早くこの子達を暖めてあげないとね」
忙しくなるわ、と手のひらに乗せたふたつの小さな命を大事に抱えて、家の中へ入る。和箪笥からふわふわのタオルを取り出し仔猫達を包んで一番近い動物病院を調べると、財布を手に家を飛び出した――。
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