第12話

 ルガーとノンブレはオストラス山の遺跡の中を歩いていた。

 夕暮れ前の白い街はかなり暗かった。

 ノンブレはロープで何重にも巻かれたベルリーネを背負っている。

 「こいつまだ気ィ失ってるのか?」

 「さるぐつわにエーテルを染み込ませておきました。そのせいです」

 「……よく持ってたな」

 「大佐の所持品です」

 「ザマァねぇな。で、ドラゴンは何処だ? 地中深く眠ってるとか面倒クセー事言うのは勘弁してくれよ」

 「安心してください。この階層にいますよ」

 「そいつは良かった。あとありがとな」

 「何です?」

 「コレ」ルガーはシネフィルを宙に放り投げて自分でキャッチした。

 「お礼に差し上げられるものは今はそれくらいしかありません。気にされる必要はありません。エルフガルドではシネフィルはそれほど貴重品ではありません」

 「ハハハ。バカにしてんじゃねぇ」

 「差し上げたシネフィルは空です。大佐が見せた例の映像は入っておりません。あれは最高機密ですので……」

 「機密ばっかだな。オレはドラゴンの姿が記録できりゃそれでいい。で、どうやって使うんだ?」

 「シネフィルを覗いて対象物を見てください。見ている間記録されます。記録時間は大きさで決まります。その石のサイズだと一時間程記録可能です」

 「へぇ。一時間もか。十分だ」

 「ああ、見えてきました。あれです」

 ノンブレが前方を指さした。

 林立する真四角の高層建造物の合間に巨大なドーム状の建物が見えた。

 「あんなのがあったか。まるで聖堂みてぇだな。」

 「ええ、聖堂のドーム構造によく似ています。あのドームの中には中央に広場があって、それをぐるりと取り囲むように約四万人が座れるベンチがあります」

 「四万?」

 「ええ、座席数四万です。宗教的な用途に使われたのだろうと言われています」

 「で、そのだだっ広い広場でドラゴンがお眠り中というわけか?」

 「はい」

 「ドラゴンはどうやって入ったんだ?」

 「ご覧になれば分かりますよ」

 それから二人は暫く黙って歩いた。

 ルガーは近づくにつれドームの巨大さが分かった。まるで巨大な卵のカラのようだった。

 最初は分からなかったが、その巨大な卵のカラには大きな穴が開いていた。おおよそカラの三分の一は無くなっていた。

 「そういうことか。穴ぶち開けて入っただけか」

 「ええ」

 ルガーはドーム状の建物の入口の壁を鋼鉄の拳で叩いた。

 「よくまぁこんな頑丈な……」

 「我々にもこの建物の素材が分かりません」

 二人はドーム状の建物に入った。

 内部は中心の広場を取り囲むように回廊があった。

 回廊に設けられた入口をくぐると遂に広場に出ることができた。

 広場の真ん中に巨大な黒い塊があった。

 フシュー。フシューという蒸気機関のような音。

 呼吸音だ。

 ルガーには呼吸音と共に膨張と縮小を繰り返す暗い丘に見えた。

 ドラゴン。

 どこが胴体でどこが尻尾なのかも分からない巨大な黒い塊。

 ドラゴンの体をぐるりと回り込むと顔があった。熱風のような鼻息に混じる火花が光源となって顔を照らしていた。おかげで顔が判別できた。

 「うわッ?!」

 ドラゴンは目を開けてルガーを見つめていた。

 「フフフ。やっぱり驚きましたか。大丈夫です。目を開けたまま眠るのです」

 ドラゴンの目は顔のサイズに比べで妙に大きかった。ほぼ真円の目は顔から突出している。目の中には鍵穴のような瞳孔があった。

 「見てると目ンの中に落ちていきそうだ」

 「詩的な表現ですね。でも分かります。暗い井戸の底を覗きこんでいる気もします」

 「それにすげぇウロコだ。まるで石積みの城だな」

 「一番大きなウロコは人の背丈ほどもあるんですよ。ウロコだけを手掛かりにドラゴンの頭の上まで登ることができますよ。やってみますか?」

 「今度な」

 ルガーは階段状に並んだベンチを上へと昇って行く。

 シネフィルを片目に押し当てると、黒曜石のようなシネフィルを通してドラゴンを見た。

 ルガーは暫くそうしていたが「おーい。ノンブレ! 記録を止めるのはどうすりゃいい?」

 「覗きこむのを止めればいいだけです! やめたらそのシネフィルには追加で映像の記録はできませんよ! 大丈夫ですか?」

 「ああ、十分だ!」

 「顔にもう少し近づく必要はありませんか?」

 ルガーは言われるままにドラゴンに近づいた。

 「鼻息がアチい! これ以上近づくと火傷しそうだ。もういいんだよ!」

 ノンブレは笑った。

 ルガーとノンブレはしばらくドラゴンを眺めていたが、やがてドームを出た。

 白い街の川べりを二人は黙って歩いた。

 辺りはほぼ真っ暗になってきた。ノンブレのイレリングが温かな光を灯して道を照らしてくれた。

 「便利だな。それ」

 「ええ、そうだ。コレもお譲りしましょうか?」

 「いや、いい。」

 「どうしてです?」

 「オレがそいつは付けるのは無理があるからな」

 ルガーとノンブレは笑った。

 「そういや、今日は光らねぇんだな」

 「……? ああ、街の明かりのことですね? 今頃の時間帯に光が灯らないとすると今日は暗いままです」

 「いつも点くわけじゃねぇのか?」

 「あれも不思議です。時折、街全体がまるで昼間のように発光しますがどういう周期なのか、光源はどういう仕組みなのかまるで分っていないのです」

 暗いせいか、ルガーには川のせせらぎの音がやけに大きく聞こえてきた。

 「ドラゴンを見ると世界の王は彼らであると嫌でも思い知らされます」

 「あんなすげぇ生き物がいるなんてな……ありがとよ。お前のおかげで目的が達成できた」

 「大したことではありません。でもマレクではドラゴンが『長き眠り』に入っていることも知られていないのですね」

 「ああ、何しろドラゴンは四英雄に倒されたことになってるからな」

 「四英雄? それはマレク人ですか?」

 「そうだ」

 「人間がドラゴンを倒すとは……作り話にしても度が過ぎていますね」

 「マレクじゃ国中の人間がそう信じてる」

 「ええ? どうやってです? 施政者による宣伝ですか?」

 「……その通りだ」

 「立ち入るのはやめておきますが、それは……なんというか……狂ってますね……まぁ私の国も人の国を笑えた義理ではありませんが」

 「エルフガルドがどうかしたのか?」

 「最近出てきた政治家に国民が煽動され熱狂しているのです。私がプエデに帰る頃にはその男が国家元首となっているはずです。あのような胡散臭い男に……実に嘆かわしいことです」

 「人は何かを信じたがっている生き物だからな。盲信もするさ」

 「ルガーさんも?」

 「いいや、オレはバカだが自分でモノを考えるのを面倒くさがったりはしねぇ。だから盲信はしねぇ」

 「面白い方だ」

 「ありがとよ。にしてもこの街は本当にドワーフの野郎は使ってたのか?」

 「生活感の全く無い街ですよね。このような建物様式は世界中探してもありません。ドワーフ達の建築様式ですら無いのです。それに道路が不自然に広すぎます」

 「そうだな。言われてみればやけに道幅が広い。まぁオレは単に便所が無いからここで生活してねぇって思ったんだが……」

 「エルフガルドの学者たちも最初はルガーさんが今仰った点、トイレが無いことを不信に思ったのです。結局、この白い街は儀礼用の巨大なモニュメントであるというのが今の定説です。二層目以降の住居にはドワーフ達が生活していた痕跡が残されています。勿論トイレもあります」

 「全部で何層あるんだ?」

 「三十層と推定されています。二層目から四層目までは割と調査が進んでいます。後は十分な調査はされていません。旧市街の層の上に新しい街を築いてきたというのが定説です」

 「で最下層に地底湖が広がっている……と」

 「……そうです。その地底湖で船……計五百艇の船団が発見されたのです」

 「リモの言った通りだ。ドワーフ達はドラゴンから逃れるのに船を使ったんだ」

 「ですが、地底湖は海と繋がっていないようなのです。我々海軍が調査していたのは、まさに地底湖から海へ抜けるルートです」

 「もしそのルートが発見されたらマレクは終わりだ」

 ノンブレは黙った。

 「今までは天然の要塞に守られ、エルフガルドが海に面していないせいで、海から攻められる心配もなかった。だがもしオストラス山から海へ抜けるルートが発見されればエルフガルドはすぐに海からマレクへ侵攻する。マレクを手中に収めれば、エウロペ、さらに北のノール、ブルク侵攻への拠点となる……そうなりゃ世界の三分一はおまえらエルフ様のものだ。おめでとう」

 「……ええ。まさしく『世界の秩序は優秀なエルフにより保たれなければならない』という訳です」

 「てめぇ……」ルガーはノンブレの襟を掴む。

 「私の意見ではありません! 先ほど申し上げた政治家。カール・ガルドのスローガンです」

 「……何だそうか。わりぃ」

 ルガーはノンブレの襟から手を離す。

 「いいですよ。先を急ぎましょう。この川をもうしばらく下りましょう」


 ルガーとノンブレは川の終点まで来た。川はそこでばっさりと途切れており、水は音も無く真下に落ち込んでいる。

 「暗くてよく見えねぇ。滝か?」

 「ええ、恐ろしく巨大な円形状の穴が口を開けてます。日の光があったらあまりの巨大さに驚いたと思いますよ」

 「ふーん。で、この穴に飛び込むと下が地底湖になってるんだな?」

 「はい」

 「よく調べたな」

 「偶然です。実は五年前この穴に身を投じて自殺を図ったエルフがいたのです。その後、そのエルフはマレクの港に漂着しました。マレクでは当時ちょっとした騒ぎになったはずです。もちろんマレクでは漂着者がまさかエルフだとは夢にも思わなかったでしょうが……覚えてらっしゃらないですか?」

 「知らねぇ。丁度五年前にオレもマレクに来たんでな」

 「そうでしたか、その事件のおかげで、地底湖が海に通じている事を我が国は確信したのです。ですが、その後何度も死刑囚を利用した調査を行っていますが生きてマレクに辿り着いた者はいません。仮にトンネルの様なもので海と繋がっていた場合には……当然生きて通過できません。本当によろしいのですか?」

 「問題ねぇ。オレは死なねぇよ。それよりすぐにマレクに帰ることの方が重要だ」

 「命より? 理解できません」

 「いいんだよ。ノンブレ。人はそれぞれ重要なモンが違うんだよ。命より重要なモンがあったって不思議じゃねぇ時もあるのさ。今のオレは一秒でも早くマレクに帰りてぇのさ。じゃあな、世話になった。エルフガルドは嫌いだが、お前は嫌いじゃねぇ」

 「私もです」

 「ああ、そうだ。その女のさるぐつわにヤクを染み込ませるのを忘れるな」

 「あっ! そうでした。ありがとうございます」

 ルガーはノンブレがお辞儀をしている間に穴の中央を目指してジャンプした。

 穴は途方もなく深かった。

 風切り音が耳をつんざく。

 視界は全く効かない。

 ルガーは着水時の衝撃に備えて、つま先をピッタリと揃えて槍のような姿勢を保つ。

 落ちながらルガーは、この穴に落ちて自殺を図ったエルフの事を考えていた。

 そいつは何を思ってこんな気味の悪い穴に身投げしたんだろうか?

 風切り音が続く。

 ゴォーーーー!

 何も見えないせいで、自分が穴の中を落ちているのか、もしかしたら上昇しているのか、その場に浮かんで向かい風を受けているのか分からなくなってきた頃だった。

 「リブォ!! ゴフごぶぉ!!」

 ルガーは水中深く突き刺さった。

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