第9話

 「今朝も早いな」ピスタはトクビルに声を掛けた。

 二人は空中庭園にいた。

 「マールが亡くなりました」トクビルが言った。

 「いつ? 死因は?」

 「未明に教会の塔から飛び降りました」

 「自殺か? 事故か?」

 「自殺です。ですが私に言わせれば殺されたようなものです。マールは近頃精神的に相当参っていたようです。そこへもって二人組の騎士が深夜押し入り同然でマールへ尋問を行ったのが引き金になったようです。マールは部屋を飛び出しそのまま教会の塔から飛び降りたのです」

 「尋問? 何の?」

 「カルネの話では問題の騎士どもは宿屋爆破事件の調査だと主張したそうです」

 「爆破? 本当なのか?」

 「ええ、といっても一部屋が焼失した程度の小規模なものです。それを何故マールと関連付けたのやら」

 「騎士達は何と言っている?」

 「あきれたことにマールが爆破事件の犯人だと言ったそうです。勿論そんな証拠は一切ありません。マールの死後、二人は即刻退団処分となりました。外国人だったらしく退団と同時に強制退国となりました」

 「外国人? 外国人が我が国の騎士をやれるのか?」

 「はい。建国祭の暴動を覚えてらっしゃいますか?」

 「四年前だな。オレは学生だった。間近で見たよ。貧民街の暴動。あれは酷かったな」

 「ええ。私も鎮圧に出向いていました」

 「お前が? 現場にいたのか?」

 「ええ、カルネと共に、まさにその貧民街で指揮を取っていました。結局、鎮圧に三日かかりました。全く胸の悪くなるような事件でした」

 「そりゃあ胸くそ悪いだろうな。何しろ貧民街の半分が燃えたんだ」

 「私を責めておいでで? 王都の治安のため断腸の思いの決断でした」

 「いや、仕方の無いことだ。だが、それが外国人の騎士とどういう関係がある?」

 「事件の翌年から騎士団の拡充のため国外から入団者を募集したのです。二人はその時の入団者です。ですが騎士団内でも札付きの問題児で有名だったそうで、結局外国人の採用は無くなりました」

 「問題児?」

 「過去にも二人で港町の町長を恐喝したことがあったとか」

 トクビルは眉をしかめた。

 「マールには戴冠式で王子に王冠を授けてもらうはずでした……。不良外国人に犯人扱いされ、あげく自殺とは……奴があまりに不憫で……」

 「察する。今日は公務を休め」

 「お心遣いありがとうございます。ですが戴冠式を来週に控えてそういう訳にもいきません」

 トクビルは空中庭園から自室のテラスへ戻っていった。

 ピスタはトクビルが去るのを見届けると、空中庭園の縁から城下をのぞき込む。マールの飛び降りたアビヨン教の教会が見えた。

 マールを訪ねてあの教会に行った日の事が思い出された。

 

 教会の窓から夕陽が差し込んでいた。

 マールは独り教会内のベンチに腰掛けてステンドグラスを眺めているようだった。

 「荘厳だな」ピスタは声をかけた。

 「王子! お一人で? どうされました?」

 「相談があってな」

 「そういうことでしたら……。私のお部屋でお伺い致しましょう」

 マールはピスタを自室に導くと自分のデスクに収まった。ピスタはマールのデスクの前の長椅子に腰を下した。

 「どういったご相談でしょう?」マールは優しく微笑んだ。

 「悪夢を見る。子供の頃からずっとだ」

 「それはおかわいそうに。どのような夢かお話いただけますか?」

 「お前達四英雄がエルフの村で住人達をなぶり殺しにする夢だ」

 マールの顔から笑みが消えた。デスクの上で組んでいる手が震えだした。

 ピスタは黙った。マールから喋りだすまでいつまでも待つつもりだった。

 マールの第一声を待った。

 そして、

 「わ・わ・わたしに……な・な・何を期待されていますか?」

 ピスタは確信した。

 あれは本当の出来事だったのだ。

 幼い頃のピスタは、自分が毎晩見る悪夢が実際の出来事だとは思っていなかった。

 だが成長するにつれ、夢の中で見た回復魔法フラゴラ・フレッサが実在することを知り、あの夢自分が実際に見た光景だったのではないかと思うようになった。そしてその疑念は今確信に変わっていた。

 「口止め料を払え」

 「い・い・いくらでしょうか?」

 マールはあっさり法外な口止め料の支払いを承諾した。ただし支払は分割にして欲しいと言った。ピスタは承諾したが、一回目の支払いは今すぐだと脅した。力関係をはっきりさせておく必要があると感じたからだった。

 マールは部屋を出てどこかに行っていたようだったが、しばらくすると戻ってきた。きっちりと口止め料を作って持ってきたのだ。

 以後マールはピスタの貴重な資金源となった。 

 ピスタはマールから毎月脅し取った金で王宮の大臣達を懐柔していった。

 自分が王となった後、早々にトクビルを失脚させる必要があったからだ。トクビルは底が知れず油断ならない。密かにトクビル包囲網を築いておく必要があった。

 戴冠式を一週間後に控え、大臣の取り込みは計画の半分も完了していない。このようなタイミングでマールが死んだのは痛い。

 最近のマールは金策に困り、教会の絵画等を売り始めていたと聞いていた。だがあの教会には売れるものがまだまだ沢山残っている。ピスタはマールを限界まで搾り取るつもりだった。

 当てが外れた。

 摂政まで登り詰めたトクビルを政治的に抹殺するのは簡単ではない。自分に味方する大臣は少ない。悪夢の記憶だけでトクビルを失脚させることは不可能だ。物的証拠が必要だ。早くあの書類を見つけなくては。

 ピスタは空中庭園から教会に唾を吐いた。

 「ペッ! ちゃんと地獄に行ったんだろうな?」

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