第7話

 教会に入ると年老いた僧侶が丁度、入れ違いに教会から外に出て行こうとするところだった。

 「こんな時間にすまない。オレたちは騎士だ。事件の調査をしている。ここ一時間以内に外出から戻った奴はいるか?」

 「先ほど夜回りから戻ってきた者がおります」

 「夜回り? 見張りでもしてるのか?」

 「修行の一環です。夜の教会前広場を一人黙して歩き回るのです」

 「変わった修行だな。首なし死体を見つけるわけだ。で、さっき夜回りから戻った奴は今どこにいる?」

 「寝室で皆と寝ています」

 「寝室は何処だ?」

 「……すみませんが、まず司祭と話して承諾を得て頂けますか? 司祭のお部屋はすぐそこでございます」

 年老いた僧侶は祭壇の横の扉を指さした。

 「司祭がこんな時間に起きているのか?」

 「はい。昔から深夜に散歩されることが多いですから」

 「散歩? 司祭も深夜に歩き回るのか?」

 「思索のための散歩です。お忙しい方ですから。昼間はお時間が取れませんので…先ほどお部屋に入られるのをお見かけしました。今もまだ起きておいでだと思います」

 リモは足早に司祭の部屋に向かう。途中、急に立ち止って振り返る。

 (あっそうだ。キュイさんの居所も聞いておいて)

 「キュイ?」

 (昨日の首なし死体の第一発見者)

 「ああ……」

 ルガーは教会から出て行こうとしていた年老いた僧侶を呼び止めた。

 「おい、待ってくれ。キュイはどこにいる? やっぱ寝てるか?」

 「いえ……キュイは……天に召されました」

 「えっ?! いつ?」

 「昨夜です。教会で暴れたオークの放ったベンチが頭に当たったのです」

 「……えっ? あの中にキュイがいたのか?」

 年老いた僧侶は黙って頷くと教会から出て行った。

 「どういうことだ? 偶然か?」

 (必然だよ。彼は殺されるべくして殺されたんだよ)

 リモはそう言うと司祭の部屋のドアを開けた。

 部屋の中に司祭がいた。こちらに背を向けて書棚を眺めている。

 ルガーは一目見て司祭が爆弾魔だと分かった。

 「司祭、背中にナイフが刺さったままですよ」

 「しまった! 手が、手が届かない……」

 司祭の手は背中のナイフすれすれで空を切っていた。

 「すす……すまんが抜いてくれぬか?」

 司祭は禿頭にしわを寄せた困り顔をルガーに向けた。哀れに思ったルガーは近づいて司祭の背中からナイフを抜いてやった。ナイフの傷口から血が流れた。

 「うっ! フレゴラ・フレッサ!」

 司祭がそう唱えると傷口が塞がっていく。

 「すげぇ! 見事なもんだ。とりあえず座ってください」

 ルガーは司祭をデスクの椅子に座らせると自分もデスクの前の長椅子に腰を下ろした。

 「なぜ俺たちを殺そうとしたんです?」

 「な、な、何の話だ? 何を言っているのかさっぱりだ!」

 「オレのナイフが背中に刺さってましたよ」

 ルガーは司祭から抜いたナイフを見せる。

 「そ、そ、それがどうしたというのですか? あなたが私をナイフで刺した。私はあなたを傷害罪に問える……そう! そ、それだけのことじゃないですか?」

 (ルガー……)

 リモはルガーにしか聞こえないようにテレフォノを使って喋り始めた。

 (回復魔法フレゴラを修得するには、長い修行が必要だ。ましてより強力なフレゴラ・フレッサとなると何十年修行しても修得できるとは限らない。回復魔法はそれほどに難しい。それは努力だけでなく、生まれつきの才能が必要だからだよ。僕が知る限り王都でフレゴラ・フレッサを使えるのはわずか三人。医師のギャラハット先生、大賢者ドミオン卿、そしてこの司祭マールだけだよ)

 「司祭。さっきの回復魔法。誰でも使えるもんじゃないんでしょう? それにナイフが背中に刺さりながら、崖から落下して無事な人間がどこにいますか? あんたが回復魔法を使える証拠じゃないか」

 「崖から落下? 何を言ってるのか……だが崖から落ちたらそれこそ即死じゃないかね?! どうやって……回復魔法を使うのかね?」

 ルガーはリモを見た。リモは部屋を見渡しながら言った。

 (マールはナイフの傷を治すため立ち止まって魔法を唱えようとしていた。だけど詠唱の途中で道から転落した。僕たちから逃げるためかなりの速度で走っていたからね。急に立ち止まって立ちくらみでもしたんだろうね。だけど広場の地面に打ちつけられる直前に運良くフレゴラ・フレッサの詠唱が完了した。だから地面で体がひしゃげながら、同時に回復魔法で回復していくという不思議な現象が起きて彼は助かった。こんなところだろうね。助かったのは偶然だと思うよ)

 ルガーはリモの言葉をそのまま司祭に言った。

 多少芝居がかった調子だったがマールには効果てきめんだった。マールの顔が歪んでいき、額に汗の玉が浮かんだ。

 「き、き、君は千里眼の持ち主か!! まるで見ていたようだ……す、す、すまない! 殺すつもりは無かった! あれほどの爆発力とは……知らなかったんだ!」

 マールは立ち上がってデスクに両手をついてうつむいた

 (ここと……ここに絵画が掛けてあったらしい。取り外されている……)

 リモが壁をさすりながら言った。そこだけ壁の色が違っている。テレフォノは相変わらずルガーにしか聞こえない。

 (司祭は恐喝されてる。教会の絵画や祭具を売って金を作ってるんだ)

 「司祭! 誰かに脅されていますね」

 「き、き、君は……君はやはり、何でもお見通しという訳か!」

 「誰です? あなたを脅しているのは?」

 「い、い、言えない!! 何も! そう! 何も言えないんだ! 私は地獄に落ちるべきなのだ!」

 マールは部屋を飛び出した。

 ルガーとリモはマールの後を追ってドアに飛びつく。

 「律儀に鍵掛けやがった!」

 ルガーは右手で鋼鉄の拳の腕の部分を後ろに引っ張った。

 「こうか?」

 (それで初弾が装填される)

 ガチャリという重い音がした。

 ルガーはドアを目がけて鋼鉄の拳を放った。

 ドーンッ! ドアが粉々に飛び散る。

 「反動がねぇ上に威力が増してるな」

 二人は部屋を出たがマールの姿はない。

 「どこ行った? やっぱあいつ足腰つええな」

 ルガーは妙な感心をしていた。

 (階段を上る音だ! 教会には二つ尖塔があったはずだ。こっちだ!)

 リモは階段を上って、吹き抜けになった二階に上がる。

 ルガーが追う。

 リモは二階の奥へ進む廊下を駆けていった。廊下の先には僧たちの部屋だと思われる簡素なドアがずらりと連なっていた。リモは何回か角を折れて石造りの螺旋階段を見つけると、飛ぶように駆け上がっていく。ルガーは必死で後をついていくがとても追いつけない。リモの背中が視界から消えて随分立った。ルガーは独りで階段を登っていたが、やっと外に出た。

 塔の頂上だった。外気が冷たい。

 マールの姿はない。

 リモが髪を風になびかせ、こちらに背を向けて立っていた。

 「リモ!」

 リモが振り向く。

 風がリモの亜麻色の髪を巻き上げた。

 リモの左目の火傷跡が消えていた。

 (飛び降りた……)リモがつぶやく。

 ルガーは急いで塔の縁から下をのぞき込む。眼下の教会前広場に円形状の黒いシミが見えた。

 その中央にマールが横たわっているのが見えた。

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