第6話
ルガーの部屋は裏通りのさびれた宿屋の二階にあった。ルガーはマレクに初めて来た日に泊まって以来この部屋を借り続けて自室にしている。
ルガーはベットの上で横になってパイプを吹かしていた。左手の義手は無かった。
リモは机に座って、ランプの明かりを頼りにルガーの義手を弄っている。床にはネジやバネ、様々な形の鉄製の部品が散乱していた。
「ドラレスの野郎を吐かせた」
(金で?)
「……そうだ」
(『小さな世界』でも使ってたね。出所は聞かないよ)
「そうだ聞くな。ドラレスの話の裏も取ってきた。いつも監察医をやっているギャラハット先生が不在だったってのは本当だ。今日は城からの呼び出しで先生は朝から家を空けていた」
(じゃあ検死は誰が?)
「キエロっていう町医者だ」
(キエロ? 初めて聞く名だね。どういうツテ?)
「団長だ。カルネ団長がキエロを指名したそうだ」
リモは金属製の小さな筒をランプにかざした。
「何だそりゃ?」
(新式のカートリッジだよ。今までの紙じゃなくて、金属の筒に弾と火薬を詰めるんだ。雨を気にする必要が無くて取り扱いも簡単だよ)
「おまえが考えたのか?」
(まさか。最近エウローペで発明されたんだ。貿易船の船長からもらったのをフリード街の時計屋に複製を頼んだんだ)
リモは机の引き出しから灰色のボール紙の箱を取り出して開けた。中にはリモが持っているのと同じ金属製の筒が整然と並んでいた。
「すげぇ。そんなにあるのか」
(四十八発。大事に使ってよ。それで検死の方は?)
「キエロがミスしてパーよ」
(パー?)
「ガイシャの遺体から残存思念を取り出す魔法とやらと、火炎魔法を間違えたそうだ。遺体を跡形も無く消してくれたら」
(残存思念を取り出す魔法? 『グランデ・グラバ』のことかな? モノや場所に残った思念を光に変換して像を結ぶ高等魔法だよ。町医者に使えるとは思えないね。でキエロは?)
「昼前に逃げるようにオモヤを出てったらしい。以後行方が分からねぇ」
(自宅は?)
「書類の住所はニセモノ。行ってみたが港の倉庫だった」
(キエロが詠唱した呪文は分かる?)
「ドラレス曰く 『テレストラン』だそうだ」
(……『テラトロン』だね。古代コプト語由来の火炎魔法。一瞬で対象を蒸発させる事が可能だよ……)
ルガーはリモの声が急に暗く沈んだ調子になったのが気になった。
「臭いなんてモンじゃねぇ! このヤマ、団長がもみ消そうとしてやがる!」
ルガーは無理に大声を出した。
「そもそも団長は事件発生当日にモントーネに教会行きを命じてる。当直のオレ達より早く事件発生を知ってるってことは」
(犯人自身か……それとも……犯人から連絡を受けていたのか)
リモは目を閉じた。
(戦士カルネ。魔法使いトクビル、僧侶マール、勇者ポメロは共にオストラス山のドラゴンを倒し、万病に効くドラゴンの心臓で病気の王子の命を救った。故に彼らは四英雄と呼ばれた」
「急にどうした?」
(功績を認められた戦士カルネは騎士団長に、トクビルは摂政に、マールはアビヨン教の司祭に。どれも平民からなれるような役職じゃない。お三方はこの世の春。でも勇者ポメロだけが今では行方不明……)
「そういう事らしいな……そういや勇者って何だ? 職業なのか?」
(勇者は職種じゃない。文字通り、勇気ある人という意味でしかないよ。勇者と呼んだのはポメロの職業を隠すための詭弁だろうね)
「ポメロの職業を隠す? 誰が? 何のために?」
(理由は分からないけど、『誰が』ってのはこの場合明白だと思うよ)
「……ポメロを除く三人か」
(そう。もしくは三人のうちの誰かだね。ポメロの職業を公にすると都合が悪かった。それとも公にできるような職業では無かったか)
「なんで今それを言い出した? 何か掴んでんのか?」
リモはルガーの問に答えず、先ほどから弄っていた義手をルガーに見せた。義手の腕の部分に小窓のような穴が穿たれている。
(撃ち込み時に発生するガス圧を使って、次のカートリッジが自動的に再装填されるんだ。で、この穴から使い終わったカートリッジが飛び出してくる。結構な勢いだから注意して)
「連続で撃てるってことか?」
(うん、それがこの新型の最大のメリットだよ。軽量化のために仕組みを単純にする必要があったからガス圧の衝撃吸収を強力なバネだけに頼っている。そのせいで最初の装填時にバネを引くのに強力な力が必要になっちゃったんだけど。君なら大丈夫だよね)
リモはベットに横たわるルガーの左手に義手を取り付け始めた。
ランプに照らされたリモの横顔は息を飲むほど美しかった。ルガーの視線に気付いたのか不意にリモがルガーの視線に合わせてきた。大きなリモの瞳に自分が映る。ルガーは慌てて声を出した。
「そ……そういや、おまえの方は王都で何か分かったかの?」
(僕が王都の定点観測に使ってる人物たちからヒアリングしてきたけど、二点程面白い事が分かったよ)
「定点観測に使ってる人物? 何だそりゃ」
(浮浪者と娼婦だよ。彼らと仲良くしておいて損は無いよ。世の中の動きを知りたかったらね)
「言われなくても、その片方とは仲良くしてるぜ」
(二週間程前から、アビヨン教会所有の絵画や骨とう品が闇市に出回り始めてる。それともう一つ。ズリバイという男が昨日から姿を消してる)
「ズリバイ? 名前か? それ」
(あだ名だよ。足を引きずるように歩くからズリバイ。ドヤ街のちょっとした名物男だよ。一年中酒を飲んでは訳の分からない事を喚いてるんだ)
「ドヤ街じゃそんな奴ごまんといるだろう。どっちも事件に関係があるとは思えねえが」
(ズリバイはここ何年も、同じ時間に同じ木賃宿の同じテーブルに座って同じ酒を注文してた。けど今朝に限って姿を現さなかった)
「寝坊したか、おっ死(ち)んだんだろ?」
(その可能性もある。けど数年間毎日同じ生活パターンの人間が今朝に限ってそれを変えた。気に留めておく価値があるよ)
ルガーが何か言おうとした時、窓ガラスが割れて部屋に何かが飛び込んできた。
拳大くらいの黒い小さな玉だった。
玉からは細い紐が伸びていた。紐の端はパチパチと火花を散らしている。
ルガーはリモを抱えて飛び起き、ベッドの端を蹴り上げた。
横倒しになるベッド。
ルガーはリモの頭を腕で庇う。
ドーーーーーーーーーーーン!!
ルガーとリモが吹き飛んだ。
ルガーの腕の中に髪に木片を乗せたリモが収まっていた。
「無事か?」
(……なんとか……ね)
二人は部屋の壁を突き破り、廊下まで吹き飛ばされていた。さっきまでルガーの部屋だった空間は床も壁も天井も無くなっており、階下の食堂が丸見えだった。
「追うぞ! ちくしょう!」そう怒鳴るとルガーは吹きさらしとなった部屋からジャンプして宿屋の庭にどしんと飛び降りる。
リモもルガーを追ってふわりと庭に降り立つ。
二人は庭の垣根を飛び越えて通りに出た。
「あいつだ! 爆弾魔だ!」
ルガーが走りながら前方の小さな人影を指さす。
人影は走りながら、半身だけ振り返ったように見えた。
ガンッ! 人影の中に小さな炎が一瞬見えた。
ヒュンという風切り音がすぐ近くで聞こえた。
ルガーは仰向けに転んだ。
(えっ??)
ルガーは上体を起こして、地面に座った姿勢になる。
「撃ぢやがっだ」
ルガーは歯で何かを噛んでいた。口の端からは血が流れている。
(銃弾? うそ!)
ベッ!とルガーが血と銃弾を吐き出すと、腰からナイフを取り出す。
「逃がすな。でも殺すな」
ルガーは鞘から抜いたナイフをリモに渡す。リモは大して狙いもせず投げた。ようにルガーには見えた。
ナイフはかなり小さくなった人影に吸い寄せられていく。
命中。
人影はふらついて道から谷側に落下した。崖に張りつくような構造の王都では道を踏み外せばすぐに谷側に転落してしまう。
「落ちやがった!」
ルガーとリモは駆け寄って人影の落ちた道から下をのぞき込む。三十メートルほど下に小さな広場が崖から張り出しているのが見えた。他は暗くてよく見えない。
「あそこまで落ちてりゃ命はねぇな……」
二人は近くのつづら折りの坂道を駆け下りながら、犯人が途中の崖の出っ張りのような処に引っかかっていないか探した。だが何も見つからず結局上から見えていた小さな広場まで降りてきた。
広場には血だまりがあった。
(ここまで落ちたんだ)
「で、死体は何処へ消えた?」
リモは這いつくばって血だまりを観察しだした。
(血だまりから靴跡が出てる)
「誰かが運んだのか?」
(偶然居合わせた誰かが死体を運び去るって考えにくいよ。爆弾魔は自力で逃げたんだ)
「そっちの方があり得ねぇだろ」
(崖から落ちる途中で何かを掴んで衝撃を吸収したのか、あるいは……)
「捕まえりゃ分かるか。追えるか?」
(試液を調合する。水を手に入れてきて)
「分かった」ルガーは暗闇に消えた。
リモは片方の靴を脱いで靴底を外した。靴底の内部は物入れになっており、そこから小さな金属の筒を三本と耳かきのような棒を取り出した。
「うまい具合に井戸があったぜ」
ルガーは木桶に入った水を持ってきた。
リモは二本の金属の筒の中に慎重に水を注いだ。二本の筒を指に挟んで細かく振ってから、二本の筒の中身を残った筒に注ぎ込む。それを耳かきのような棒を使ってかき混ぜた。
(できた)
リモは金属の筒をルガーに渡すと後片づけをして靴を履いた。
(コレか……不味ぃんだ)
ルガーはイヤそうな顔をして金属の筒の中の液体を少し口に含むと、地面に向かって霧状に拭いた。
先ほどの血だまりの近くに靴跡が浮かび上がった。
靴跡が青白く発光している。
血だまりから出ていく一組の靴跡だった。
(試液の量はそれだけしかない。でも逃走経路を予測してポイントごとに使えば追える。行こう)
リモとルガーは足跡の向きから爆弾魔の逃走経路を読んで跡を追った。
さすがのリモも分岐で足跡を見失った。
上りと下りの坂道に分岐する地点だった。王都は構造上坂道が多い。足跡が上りの坂道の途中で消えてしまっていたのだ。リモは少し考えてから言った。
(物見のため上りの坂道を上った……。この坂道は急だから少し上れば遠くまで見える。そしてここで振り返って、後をつけられていない事を確認すると下りの坂道に飛び降りた……)
リモも下りの坂道に飛び降りて辺りを指差す。ルガーは試液を口に含んで吹いた。
見事足跡が浮かびあがる。
足跡を追って教会前広場に到着したのは真夜中だった。足跡は教会に入り、出た形跡は無かった。
ルガーとリモは教会に入った。二日連続のアビヨン教会への訪問だった。
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