第3話 檻からの脱出

 返事を待つ間、窓の外を見つめる。

 あの日の体育の授業みたいな、雲の無いつるんとした空だ。


「先生、ゆかりちゃんと別のチームがいいです」

「そんな事を言ってはダメでしょ?」

「だって遅いんだもん」

「ビリになっちゃうもんね」


 先生の困った声と、みんなの笑い声。

 恥ずかしくて、逃げ出したくて、でも何も出来なくて、黙って土を握っていた。

 その時──。


「じゃあ私が同じ班になるよ」


 クラスで一番速いミハルちゃんがそう言った。

 彼女から渡されたバトンは、魔法がかかっているみたいに感じられて、いつもとは違う、誰もいない景色を走った。

 あっという間に縮まる距離。

 抜かされる気配。

 わたしは必死に走った。何がなんでもビリにはならない。


 彼女のチームをビリには出来ない!


 何とか二位でバトンを渡せて、その後は抜きつ抜かれつの大盛り上がりのレースになった。

 足がガクガクして、息が苦しくて、汗だくで。


「ナイスファイト! いい走りだったよ」


 そして忘れられない思い出だ。

 その日からハルちゃんと仲良くなって、一緒にたくさん遊んだ。

 日曜日は辞書を片手に小説を読むのが習慣だったけど、ハルちゃんと一緒ならお外で遊ぶのも楽しいと思えた。


 潤んだ視界の端に、メールの着信が見えた。


『ユカリへ。


 おばけからにげたいのなら、ビデオテープの中から、おびをとりだしてください。

 長ければ長いほどいいです。

 とりだしたら、それをガラスできってください。

 手を切らないように気をつけてくださいね。

 切れたら、そのはしにビンをのせてゆっくりとのばしていきます。

 あわてずゆっくりのばしながらにげてください。

 そして、のばしきったら、それをひっぱります。

 ビンがたおれておばけがびっくりしたら走ってください。

 にげる時にはもてそうなものをもっていくといいでしょう。

 うまくにげられるようにおいのりします。


 大きなお船の船長さんより』


 神さま。

 ありがとうございます。

 わたしはビデオテープを回転させて、ペラペラの帯を発見した。グイグイ取り出し、ガラスを押し当てて引っ張るように切っていった。

 窓際の棚にビンの仕掛けをして、下がっていく。

 ゆっくり、ゆっくり。

 心臓の音が耳のすぐ横で鳴っているみいだ。

 ドア付近のベッド下まで来た。

 後はタイミングを待つ。じっくりと。汗が落ちていく。

 そろそろかな、と見た瞬間にヌッと現れたオバケ。

 勢いよく仕掛けを引く。

 ビンは大きな音を立てて落っこちた。オバケはヒュンッとそちらに向かう。

 その隙に部屋から飛び出した。

 すぐ横の階段を駆け上がる。

 後ろは振り向かない。なるべく足音を立てないように。でもすごく急いで!


 屋上に出た。

 広くて、何も無い場所。

 風が強いから飛ばされてしまうかもしれない。

 息を整えながら手紙を取り出し、消しゴムを重しにして置いた。


 手を合わせて祈る。

 どうか、どうかハルちゃんの足が治りますように。


 ヒヤリとした気配がした。

 振り返ると、あのオバケが戸口に浮かんでいた。

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