46.わずかな休息の日々を(1)-ソータside-

 朝日とユウがテスラに来た、次の日。


「ソータさん、ユウの様子を見ていてくれないか?」


 俺と水那が食事を終えた頃、夜斗が俺たちの部屋にやって来た。

 何だかとても疲れた様子だ。


「いいけど……まだ眠ってるのか?」

「ああ。朝日がずっと傍にいるってきかなかったんだが、もうすぐ出産だろ」


 夜斗は溜息をついた。


「ユウはソータさんに頼むからお前は自分のことを考えろって言ったら、ようやく納得した。だから、頼む」

「それは構わんが……じゃ、行くか、水那」

「あ、ミズナさんは朝日のところに顔を出してくれないか?」

「へ?」

「え?」


 二人同時に声を上げる。


「まだちゃんと話もできてないからって言ってた。自分で行くからとか何とか言い出してまた動こうとしてたから、とりあえず押し留めてきた」

「大変だな……」

「そうなんだよ。という訳で、申し訳ないけど」

「わかり、ました」


 水那は頷くと、ちょっと微笑んだ。


「朝日は東の塔の三階の一番手前の部屋で、ユウは逆に一番奥。俺はちょっと打ち合わせがあるから、頼むな」


 そう言うと、夜斗は足早に去って行った。だいぶん忙しいみたいだ。

 俺達はその後ろ姿を見送ると、とりあえず自分たちの部屋を出て、朝日がいる部屋に向かって歩き始めた。


「……元気な人なの?」

「そうだな。とりあえず……フェルティガエの常識を根底から覆すぐらい、元気だな」

「ふふっ……」


 ヴォダでヤハトラからテスラに来たとき、朝日はユウの身をひたすら案じていて、ユウの手を握りしめたまま、青ざめた顔でずっと寄り添っていた。

 水那はそんな朝日の姿しか知らないから、さぞかし驚くだろうな。


「でも、ミュービュリ育ちだから日本語で話せるぞ。それはいいんじゃないか?」

「うん」


 扉をノックして「水那を連れて来たぞ」と言うと、「はーい」という元気な声が聞こえてきた。

 部屋に入ると、ベッドで上半身を起こしている朝日が書類みたいなものを片手に治療師のエリンと話をしていた。


「あ……邪魔だったか?」

「ううん、もう大丈夫。じゃ、エリン、後はよろしくね」

「はい……頑張って、みます……」


 エリンは朝日から書類を受け取ると、俺達に会釈をして部屋を出て行った。


「……何だ?」

「出産の打ち合わせ。それより……」


 朝日は水那の方に向き直ると

「上条朝日といいます。こんな状態でごめんなさい」

と日本語で挨拶をして、ぺこりと頭を下げた。


「いえ、そんな……。比企水那です」

「苗字、比企って言うんですね」

「はい。……あ、敬語じゃなくていいですよ」

「だって水那さん、年上だし……」

「でも、殆ど眠っていたから」

「そっか」


 二人は顔を見合わせるとクスクスと笑い合った。

 ……水那が人見知りするんじゃないかと思ったけど、大丈夫そうだな。

 やっぱり朝日もパラリュスの人間だからかな。


「……じゃ、水那は置いていくぞ」


 俺が言うと、二人は俺の方に向き直り軽く手を振った。


「はーい」

「……後でね」

「……」


 何かのけ者にされた気分……。


 俺は複雑な気持ちになったが、とりあえず朝日の部屋を後にした。

 同じフロアの一番奥まで進んだところで、扉から治療師が出てきた。


「あ、ユウの様子を見に来たんだが……」

「聞いております。それではお願いします」


 治療師はぺこりと頭を下げると、足早に去って行った。別の廊下から現れた治療師に何やら紙を渡されている。さっき、朝日が渡していたやつだろうか。

 ……今度は何をする気なのか……。


「……ま、いいか」


 考えても分からないし、俺は扉を開けてユウの部屋に入った。

 ユウは奥のベッドで、静かに眠っていた。随分顔色がいい。

 もう朝日からフェルティガを貰わなくても大丈夫なんだそうだ。ユウの中にいる女神テスラがユウの身体を満たしているから……。


 俺はベッドの傍の椅子に腰かけると……まじまじとユウの顔を見つめた。

 あんまりじっくり見たことが無かったけど、本当にキレイな顔をしているな。眠りの森の王子といったところか。


 そういや……暁はどうしてるのかな。


   * * *


 その日はユウの部屋でボーっとして過ごした。

 ここのところ遺跡やダイダル岬の調査でずっと動き回っていたから、何だか久し振りにゆっくり過ごせた気がする。

 水那は朝日とだいぶん打ち解けたらしく、部屋に戻って来たのは夜になってからだった。


「仲良くなったみたいだな」

「うん」

「それならよかった」

「ちょっと、セッカに似てる……。どんどん話してくれるから、楽しかった」

「……そっか。どんな話をしたんだ?」

「……」


 水那はちょっと黙ると……クスッと笑った。


「……内緒」

「……」


 ああ、そうかい……。


「……颯太くん、どこへ行くの?」


 部屋を出て行こうとした俺を見て、水那がすかさず声をかける。

 首だけ後ろに振り返ると、水那は不安というよりは不審そうな表情をしていた。


 ……何でだ?

 浮気の心配でもしてるんだろうか。あり得ないっつーの。


「夜斗のところ。何か打ち合わせがどうとか言ってたから、聞いてくる。水那は先に休んでていいぞ」

「……うん」


 水那が頷いたのを確認して、俺は自分の部屋を出た。

 窓から外を見ると、キエラ要塞の見張りをしている兵士が見えた。

 特に慌てた雰囲気はないが、ちょっと人数が増えたような……?



「――ああ、兵の配備を少し変えたんだよ」


 夜斗に聞くと、何やら書類に目を通しながらこちらをほぼ見ずに答えた。

 ……忙しそうだ。


「兵の配備?」

「雪が溶け始めたから、東の大地に本格的に兵を配置しようってことになってる。あのとき……朝日達をテスラに連れてきたとき、ダイダル岬に何かが近付いていたこと、ソータさんは気づいていたか?」

「……ああ。はっきりとはわからなかったが、何か空に……」


 振り返った瞬間、青い光に目が眩んだから、何が起こったのかはさっぱりわからなかったが。


「多分、それを女神テスラが追い払った……んじゃないかと思う。だから、またやってくるかもしれないから……」

「……考えたんだが」

「ん?」


 夜斗が書類から目を離して俺の方を見た。


「……やって来ないように見張るんじゃなくて、やってきたところを出れないようにするってことはできないもんかな」

「えっ」


 かなり驚いたらしい。夜斗は大きく目を見開いた。


「わざと引き寄せるってことか?」

「何というか……本当はヨハネを捕まえて、まとめて闇――デュークを封じ込めた方がいい訳だろ? だから……」

「……うーん……」


 腕を組んでちょっと考え込む。どうやら夜斗は、あまり乗り気じゃないようだ。


「言ってることは、わかるんだが……暁のこともあるし……」

「暁? そう言えば、暁に連絡したのか?」

「した。……が、ここには来ないぞ」


 夜斗は妙にきっぱりとした口調で言った。


「何で?」

「明らかにヨハネがテスラに近付いているから。今度は絶対に殺してやる、と暁に言っていたそうだ。ただでさえ朝日を守らないといけないのに……自分が行けばもっと迷惑をかけてしまうかもしれないから、と」

「……」

「だから俺は、キエラ要塞やエルトラ王宮、ダイダル岬など、あらゆる場所に兵を配置して、暁に『大丈夫だから気にせず来い』って伝えようと思っていたんだが」

「そうか……」


 キエラ要塞の闇さえ封じてしまえば、ヨハネが出来ることはもう無くなる。

 俺と夜斗、ユウを中心としてパラリュス中を捜索すればいいことだ。


「それにミュービュリにいれば、暁はジャスラ、ウルスラ、テスラの全てとすぐに連絡を取ることができる。それはミリヤ女王やネイア殿、シルヴァーナ女王にとってもありがたいことだし……それ以上、何も言えなかったんだ」


 テスラを守ること……暁を守ること……暁の気持ち。

 夜斗は色々なことの板挟みになって、ちょっと苦しんでいるようだった。

 きっと暁も、辛い思いをしてるに違いない。


 俺は暁と直接話をすることはできないから、何だか歯痒い。

 とにかくとっとと終わらせて、早く親子の時間を作ってやりたいよな……。


「まあ……今のところはそんな感じだな。いずれにしても、朝日が出産を終えてからのことになる。それまでソータさんはゆっくりしていてくれ」

「夜斗は……ゆっくりできなさそうだな」

「慣れてるから」


 夜斗はちょっと笑った。

 これ以上仕事の邪魔をする訳にもいかないな、と思い、俺は夜斗におやすみ、と言って自分の部屋に戻った。


 部屋はもう薄暗くなっていて、枕元にわずかな明かりが灯っているだけだった。

 そっとベッドを覗くと、水那は静かに眠っていた。

 俺はちょっとホッとすると、服を着替えて自分のベッドに潜り込んだ。




 次の日、白い昼になる少し前に起きる。水那はまだ眠っていた。

 服を着替えて顔を洗い、軽く筋トレをしていたところで、水那が目を覚ました。


「おっ、起きたか」

「おはよう……何してるの?」

「ちょっと筋トレ。身体を動かしてないと、鈍るからな」

「……」

「飯、食うか。ヤンのところに行ってくるから、水那は支度してろよ」

「……うん」


 ヤンに言って部屋に朝食の準備をしてもらう。

 二人でそれを食べているとき、神官が水那に伝言を持って来た。

 朝日が「時間の都合がついたらまた話をしに来てくれ」と言っていたらしい。


「はい」


 水那はそう返事をすると、嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、俺はユウの部屋に行ってるから。その方が朝日も安心だろうし」

「うん」


 食事を終えると、俺は水那と別れてユウの部屋に行った……が。

 急に扉が開いて、神官が慌てて出てくる。


「うおっ!」

「あ、すみません……」

「どうした?」

「ユウディエン様がお目覚めになりましたので……」


 そう言うと、神官は慌てたように廊下を駆け抜けていった。


「ユウ?」


 中に入ってベッドに近づいてみると、ユウは横たわったままだった。

 俺の足音に気づいたのか、右手がピクリと動く。


「……ソータ……さん?」

「ユウ……本人か?」


 そっと顔を覗き込む。……瞳は茶色だ。


「……うん」


 ユウはそう答えると、クスッと笑った。


「……俺……生き延びた……みたいだね……」


 右手を軸にして、ユウがゆっくりと身体を起こす。


「え……ちょ……起き上がって大丈夫なのか?」

「今は大丈夫だよ。……女神テスラが力を貸してくれてるから」


 ユウは自分のみぞおち辺りに左手を当てた。……穏やかな顔をしている。


 そこへ治療師やら女王付きの神官やらがどやどやと現れたので、俺は邪魔にならないように少し離れてその様子を見ていた。

 ユウは普通に受け答えをしていて、元気そうだった。顔色もすっかり良くなっている。

 ちょうど、初めて会った頃ぐらいだろうか。俺を無理矢理キエラ要塞に連れて引きずり回しやがったんだよな、こいつは。


 そんなことを思い出して、思わずニヤける。

 こんなくだらない愚痴めいたことも思い出せるようになった。何て言うか、胸のつっかえが取れた気分だ。


 よかった……本当に老化は止まったんだ。

 朝日がどんなに喜ぶだろう。ミュービュリでじっと待っている、暁だって。


 そう思うとまるで自分のことのように嬉しくて……俺は涙が出そうになった。

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