47.わずかな休息の日々を(2)-ソータside-
「……あれから結局、何もないな」
俺は、目の前で優雅にお茶を飲むユウに向かって言った。
ユウが目覚めて2日後。
俺はユウの部屋で話をしながらのんびりと過ごす、という毎日を過ごしていた。
「女神テスラは今、眠っているからね」
ユウは自分のみぞおち辺りを押さえると、ふっと微笑んだ。
「たくさん話をされて、ひどく疲れたみたいだ」
「そうか……」
「ダイダル岬の女神の半身は、闇の波動を必死に押さえ込んでいた。ソータさんが
「ふうん……」
そのおかげでユウが助かったって言うんなら、本当によかった。
フェルティガエではない俺でも、ヒコヤだからできることがあったんだと思うと……何だか嬉しい。
「……ごめんね、ソータさん」
ユウが申し訳なさそうな顔をした。
「ん? 何がだ?」
「
「そりゃそうだろ。そんなこと気にするな。それに俺も、北東の遺跡やらダイダル岬やらの調査でずっと忙しかったから正直疲れてたんだ。今は休憩の時間だと思ってるよ」
俺が答えると、ユウはホッとしたように笑った。
「……で、明日だっけ? 出産予定は」
「朝日はそう言ってた。明日じゃないと、都合が悪いらしい」
「……ふうん……?」
何のことかよくわからないが、ユウもあまり知らないようなので、俺は黙っていた。
「だから何か落ち着かなくて……ソータさんがいてくれて、とても助かる」
「……そっか」
「夜斗はどうしてる? 2日前にちょっと会ったっきりなんだけど……」
「各所の兵士の配置を本格的に始めたみたいで、忙しそうだ」
「兵士……」
「ヨハネをテスラに侵入させないためにな」
「……そうか、だから……」
ユウはそう呟くと少し淋しそうに頷いた。
「ん? 何がだ?」
「暁がね、顔を見せないなって。……テスラだと、まずいからか……」
「……ああ」
暁は結局、まだ一度も顔を出していない。
夜斗とは連絡をとってるんだろうけど……。
「そう言えばミズナさんは? ソータさん、一人で俺のところに来てるよね。ずっと一緒に行動してたって聞いてたのに」
「ここに来てからは、もっぱら朝日と話をしてる。多分、お前とちょうと入れ違いなんだろ」
フェルティガの老化が止まったユウは、もう身体も辛さは全くないらしい。
毎朝、朝日の部屋へ訪れている。……喋りすぎて治療師に追い出されることもあるらしいが。
「へえ……朝日とミズナさんが仲良く、ね」
「日本語で話ができるから、水那もずいぶん楽みたいだし……何か知らんが、妙に楽しそうだよ」
「そうなんだ……」
ユウはちょっと意外そうな顔をすると、クスッと笑った。
「何を話してるのかなぁ」
「女同士で話すことなんて、ロクなことじゃないぞ。だいたい男の悪口なんだよ」
内緒、とか言って全然教えてくれないからな。
いや別に、いいんだけどよ。
ガブガブとお茶を飲みながらそう言うと、ユウは不思議そうな顔をした。
「そうかなぁ……」
「女が固まってるときってのは……まぁいいや。とにかく、男は知らない方がいい世界だよ」
「妙に実感が籠ってるね。ソータさん、昔、女の人の集団に酷い目にでもあった遭ったの?」
「……そんなことは、ない」
一瞬、フッた女とその友人一同に囲まれた時のことを思い出したが――速攻で頭の隅に追いやった。
30年近く前のことなのに、意外と忘れないものだな。
闇とかジャスラの悪党とかとは別の、また違う迫力があったからな。
「朝日ってさ。いつも周りに頼られててさ。……何か、皆の中心になっていて」
何かを思い出したのか、ユウがポツリポツリと話し始めた。
「10歳ぐらいのときかなぁ。学校で揉めて、男子対女子の喧嘩みたいになっちゃって……」
「ああ……あるなあ、そういうの」
「仲裁に入った朝日が、男の子に顔を殴られちゃって」
「げっ」
「真っ青に腫れて、瑠衣子さんが大騒ぎしたことがあったな」
「へぇ……。でも、よく知ってるな」
「朝日のガードをする前、俺はヒールにミュービュリの――朝日の様子をずっと見せてもらってたから」
「……そうか」
そういや朝日が言ってたな。ユウは、物心ついたときから朝日の父親とずっと二人きりの生活だったって。
いつの日か朝日を守れるように、ずっと修業してたって。
「……それでね。この子はいつもこうやって頑張ってるけど、外の世界でこの子自身を守る人はいないんだな。だから俺がそうならなくちゃならないんだなって思ったんだ」
「ふうん……」
「俺……できたかな」
「え?」
ユウが真剣な顔をして俺をじっと見つめた。
「俺、ちゃんとできたと思う?」
「できただろ。戦争は終わって、テスラに平和が訪れて……ま、今はちょっと混乱してるけどさ。でも、今もこうして朝日は元気にいる訳だし」
「……」
「だいたいな、お前は自分のことを二の次三の次にし過ぎなんだよ。お前が無茶をするから朝日も無茶をする。お前が無茶をしなければ朝日もしない」
「そうかな……」
「そうだよ。これからはそういったこともちょっとは考えるようにしろよ。ずっと傍にいたいなら、必要だぞ」
「……そうだね」
ユウはちょっと間を置いてから、こくりと頷いた。
「テスラの闇を封じ込めるまで、本当の平和じゃないもんね」
「おう」
俺が力強く言うと、ユウはちょっと思い直したように微笑んだ。
* * *
その日の夜。いつも通り夜斗に状況を聞いてから部屋に戻ると、水那がいなかった。
ちょっと不安に思っていると……しばらくして、何かいい香りをさせた水那が戻って来た。
「うお……」
「あ、ごめんなさい。……遅くなって」
「……どこに行ってたんだ?」
「神官が水浴びをするところに案内してもらっていたの。……何か、すっきりしたくて」
「……」
道理で……神官の服から香る匂いと同じ匂いがする。……水那から香ると、また別次元だけど。
テスラもお湯に入るという習慣はないらしく、もっぱら水を浴びて済ませるらしい。その辺は、ジャスラのデーフィやハールと同じだな。
俺はこっちの世界が長いので、もうとっくに慣れたけど。
「そっか。じゃ、もう寝……」
「――颯太くん」
水那は急に強い口調で俺の言葉を遮った。
「あのとき……黙って独りで決めてしまって、ごめんなさい」
「……え?」
意外な台詞に、ちょっと驚く。
振り返ると、水那はじっと俺の顔を見たあと……悲しそうな顔をして俯いた。
「朝日さんと話していて……気がついたの。私、颯太くんに相談する勇気がなかったんだって……」
「……」
ユウが眠っていた間も、朝日には夜斗がいて……困ったとき、たくさん話をしたと言っていた。
苦しいときも、泣きたいときも、夜斗がいたから落ち着いて考えることができたと言っていた。
ユウに対しても、そうだった。
ユウの寿命のことがわかったときも、二人は真剣に向き合って……その事実に対してどうするか、かなり話し合ったということだ。
その話を聞いて、考えたんだろうか。
「相談して……颯太くんのその後の人生を決めてしまうのが怖くて、私一人でどうにかしようとしたの。でも、間違ってた。私達……もう、他人じゃなかったのに」
「……」
「トーマが……いて……私達……もう、家族だったのに……」
水那は俺に背を向けると……肩を震わせた。
多分……泣いてる。
「だから……それはもういいんだって言っただろ」
俺は精一杯優しく言ったが、水那はプルプルと首を横に振った。
「……」
茶色い長い髪が流れている、細い背中。……あのときも、そうだった。
水那が、闇に呑み込まれる前。
手を伸ばしても……届かなかった。
……間に合わなかった。
「……本当に、もういいんだよ」
俺は水那に近寄ると、後ろから抱きしめた。
ほら、今は……お前はここにいる。
それで、いいじゃないか。
「ちゃんと……言いたいこと、言わなきゃ駄目だって……思ったの。一人で勝手に決めちゃ駄目だって。だから……」
「わかったから……ちょっと落ち着けって」
「……」
水那は俯いたまま、何やら口の中でごにょごにょ呟いた。
「……ん?」
よく聞こえないので耳を近づける。
「颯太くんと一緒に、眠りたいの」
「……」
ビキッと腕と体が硬直する。マネキンにでもなったかのようだ。
それを察したのか、水那は俺の腕を振りほどいて振り返ると、ガシット俺の両腕を掴んでじっと涙目で俺を見上げた。
その力の強さに、二度驚く。
「ずっと、気になってたの。昼間は普通なのに……眠る時になると、颯太くんはちょっと不自然に距離を取るの」
「……あー……」
思わず目を逸らし、あさっての方向を見る。
「颯太くんは、私より遅く寝て、私より早く起きるの。……いつも」
「……」
まさか、気づかれていたとは……。
しかも、それを気にしていたとは。
相変わらず俺は不甲斐ないな。ちっとも成長していない。
「どうして?」
思わず溜息をつくと、水那が必死な様子で食い下がった。
確かに以前の水那だったら引いていたところだろう。本当に腹を決めたらしい。
チラリと視線を戻すと、水那の眼差しは想像以上に強かった。
「言ったら……怒らないか?」
「ちゃんと話をしようって言ったところだもの。……怒らない」
「……泣かないか?」
「泣いても、気にしないで」
そういう訳にはいかないだろ……。
でも、水那の言うことはもっともだと思った。
俺達は、思っていることをお互い言わな過ぎる。
俺は覚悟を決めて、大きく息を吸い込んだ。
「……最後の日。想いが通じて……一緒に眠って。そのあと目覚めたら……水那がいなかった」
思い切って言う。水那の表情は変わらない。
「……そして、いなくなった。だから、ちょっと怖いんだよ」
「……」
「一緒に眠るのが、怖かった」
「トラウマ……って……こと……?」
水那の声が震えていた。瞳がわずかに滲んでいるのが分かる。
ほら見ろ……やっぱり泣くじゃないか。
そういう辛そうな水那の顔は、見たくなかったんだよ。
とは言え、水那は俺から目を逸らさない。
ちゃんと話せと詰め寄られているようで、俺は諦めて口を開いた。
この際だ。思っていたことは、すべて言ってしまおう。
「お前がちゃんと寝ているのを確認して、お前より遅く寝て……お前より早く起きて、お前がいることを確認する。……そうすることで、安心したかったんだ」
「……っ……馬鹿……」
水那の瞳から涙がポロリとこぼれる。
あ、と思った瞬間、水那が俺の首に飛びついてきた。
「言ったのに。……もう二度と独りにしないって……言ったのに」
「そうだったな。……ごめん」
俺は水那を抱きしめた。……すごくいい香りがする。
「でも、別にずっと疑ってた訳じゃないぞ」
「うん……」
「それに……一緒に眠るとなると……その……」
正直に言うって……どこまで言っていいものなのかな。
男の本音を言うのは、また別問題な気がするんだが。
「俺もどこまでネジが吹っ飛ぶか分からないというか……何と言うか……」
モゴモゴ言っていると、水那がクスリと笑った気配がした。
「私……言ったわ。私達……もう、家族なのよ。……伴侶なの」
「……ヒコヤの伴侶がどうとか言ってたくせに……」
「揚げ足を取らないで」
水那は顔を上げると、俺をちょっと睨んだ。
でもすぐに甘えたような、何とも言えない表情になる。
「……もう拗ねないで」
「……っ……」
俺は水那の顎に手をかけると、そのまま唇を奪った。
水那は嫌がらなかった。されるがままになっている。
俺の身体に回している腕の力が少し強くなる。
「……お前な……煽るなよ」
唇を離してからやっとそれだけ言うと、水那は眉をハの字に下げた。
「ちゃんと傍に、いたいだけ……。いつも隣にいるって、わかってほしいの」
「……!」
トドメ、だった気がする。
俺は水那を抱きかかえると、そのまま共にベッドの海に沈んだ。
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