43.女神の語る真実(3)-ソータside-

 カンゼル……かつてのキエラの王。

 類稀なる発明をし、瞬く間に国を発展させた――朝日の祖父、だったか。



   ◆ ◆ ◆



「ほう……これが地下への道――か」


 まだ表情にあどけなさが残る縮れた黒髪の青年が、面白そうに床下の隠し通路を見下ろした。


「カンゼル様、なりません! ザイゼル様ですらもう随分長い間、ここへは……」

「だが……ここに潜ったあと、エルトラに反旗を翻したのだろう? おかげでキエラという国ができたのだ。むしろ喜ばしいことではないか」

「しかし……」

「お前たちはそこにいて、誰か来ないか見張っていろ。わたし独りで行ってくる」


 カンゼルはニッと笑うと、地下へと飛び下りた。

 部下の二人が何かを叫んでいたが、好奇心でいっぱいのカンゼルの耳には届かなかった。


 キエラの王ザイゼルには五人の息子がおり、カンゼルはその末子。ザイゼルが年老いてから出来た子供だった。

 しかし幼少時から頭が切れ、また野心も胸に秘めていたカンゼルは、奸計を巡らして兄達を退けた。

 21歳となった現時点で、既にザイゼルの後継者としての立場を確立していた。


「ふうん……?」


 なかなかゾクゾクするような気配がする。ここには……確かに、何かがある。

 要塞の中でする研究にもだいぶん飽きてきた。新しい研究材料が眠っているに違いない。

 あと5年もすればザイゼルは退位し、自分が新たなキエラの王となる。

 その前に行ける場所には行き――やりたいことはすべてやってしまいたい。


 そんなことを考えながら、カンゼルは奥へ奥へと進んでいった。

 土に穴を掘っただけのような狭い通路は、だんだん細くなっている。

 これ以上狭くなると進めなくなるな、とカンゼルが思った瞬間――急に左手が冷たい石の感触を伝えてきた。


「ん……?」


 どこか広い空間に出たようだ。

 カンゼルは穴から這い出ると、持っていた松明に火を灯した。

 そこは――黒い石でできた柱が何本も立ち並ぶ神殿だった。奥に……黒い靄のようなものが蠢いている。


“ん……”


 闇がわずかに蠢いた。


“ここまで辿り着いて、なお……正気とは”

「お前……何だ?」

“……デューク”

「へぇ……わたしはカンゼル。次のキエラの王だ」

“……キエラの、王……か。ふ……ん……”


 前は……近くに来た頑丈そうな男に偶然分身をとり憑かせただけだった。

 思ったより力が出せず、時期尚早だと諦めたが……。

 ここまで辿り着き、わたしと対等に会話するとは。

 しかも……キエラの王……。


 虚ろだったデュークの意識は、この青年との会話によって急速に覚醒した。

 青年に興味を覚えたデュークは、その侵入者の顔をまじまじと見つめる。


 一方カイゼルも、無遠慮にデュークをジロジロと見回していた。

 ニヤリと口の端だけを上げて笑う。


「ゾクゾクする。お前……実は、凄いんじゃないのか? じじいザイゼルも誰も知らないようなことを知ってるんじゃないか? できるんじゃないか?」

“……だとしたら、どうする”

「わたしは休戦などくだらないと思ってるんだ。フェルティガだって、わたしが使ってやった方がもっと効率よく利用できるに決まってる。……ココを使えばな」


 カンゼルは不敵に笑うと、自分の頭を指差した。


「デューク、わたしに協力する気はないか? こんなところに閉じこもってないで……面白い世界を見せてやるぞ」

“ふはっ、はっはっはーっ!”


 黒い闇がぐらぐらと揺らめいた。


“面白い……面白いではないか。自ら契約を持ちかけるとは”

「契約?」

“わたしが力を貸してやろう。……永遠の命と共にな”

「永遠……ずっとこのままってことか?」

“そうだ。……面白かろう?”

「断る」


 カンゼルは憮然として言い放った。


“な……”

「わたしはキエラの王になるんだ。エルトラもフィラも従え……いつかテスラを征服する」

“……”

「若いままの人間なんぞ、不気味なことこの上ない。すぐに怪しまれるだろうが。どんなに力量があろうが、それに見合う風貌……つまり権威の象徴がなければ、下々の人間を確実に支配することはできん。王を崇めはせんぞ」

“……ふふっ……”


 闇がわずかに蠢いた。

 この異常な相手に臆することなく冷静に持論を述べるこの青年を、いたく気に入ったのだ。


“ならば……お前の望む形でよい。力を貸してやろう”

「だったら、お前の望みは何だ? さっき、契約だと言った。無償で力を貸すような存在には思えないが」

“わたしは……ここからは動けぬ”

「何?」

“忌々しい女神に封じ込められている。お前にわたしの分身をとり憑かせることで、わたしは外に出れる。そしてお前がテスラを征服するというのなら……”


 闇の触手がカンゼルのすぐ傍まで伸びてきた。


“そのときは……わたしもこの忌まわしき黒き神殿から自由になれるだろう”

「ふうん……」


 カンゼルは相槌を打つと、しばらく考え込んだ。

 そして顔を上げると、ニヤッと笑った。


「面白そうじゃないか」

“ふん……わたしが、お前を支配するかも知れんがな――!”


 デュークの身体から放たれた闇が、猛然とカンゼルに襲いかかる。


「王たる器のわたしが……お前の言いなりになど、ならんわ――!」


 デュークとカンゼルの叫びが――黒い神殿を激しく揺らした。



   ◆ ◆ ◆



《こうして……デュークと共存するという稀な……ヒトを越えた存在、カンゼルは生まれたのだ》


 女神テスラは苦しげな表情を浮かべた。


《あとは……お前たちも知っている通りだ。休戦を利用し、エルトラ王宮を探り、フィラの娘をかどわかし……デュークから得た知恵と無尽蔵の体力を以って、一気にキエラを軍事国へと押し上げた》

「何と……」


 ミリヤ女王が言葉を失う。


《われは……あの黒い神殿で起こったことを……見ていることしかできなかった》


 女神テスラはふらりとよろけると、ガクリと膝をついた。


《われができるのは……デュークを縛り続けること。……女王に宣託を授けること。それ……のみ……》

「女神テスラ……!」


 一番近くにいた朝日が、女神テスラ――もとい、ユウの身体を支える。


《……すべてを呑み込む娘……アサヒ》

「……え……」

《われができるのは……ユウディエンを……》


 青い瞳がゆっくりと閉じられる。

 そしてユウは……バタリと前に倒れてしまった。


「……女神テスラ……? ……ユウ!」


 朝日が驚いて抱き起こそうとする。


「待て……お前はちょっと離れてろ」


 夜斗がすぐに駆け寄って、ユウの身体を抱き上げた。


「そんな身体で無理をするな」

「でも……」


 朝日がオロオロしながらユウの手を握る。そして、ハッとしたようにその手を頬に当てた。


「あったかい……」

「女神テスラが魂を繋ぎとめたと言っていた。……きっと、大丈夫なんだろう」

「……うん……」


 それでも朝日は安心できないのか、頬を撫でたり心臓の音を聞いたり、ユウの周りで目まぐるしく動いている。


「――とりあえず、部屋で休ませよ」


 すっと立ち上がったミリヤ女王が扇を鳴らす。

 扉の奥から神官が現れ、夜斗からユウを受け取った。もう一人が朝日の手を引き、扉の外へ促す。


「あの……私……」

「アサヒもユウディエンと一緒に行け。今日は、同じ部屋で休むがよい。その方がお前にとっては良さそうだ」


 ミリヤ女王が玉座に座りながら答えると、朝日はちょっと会釈して……神官と共に大広間を出て行った。

 ……再び扉が閉ざされる。


「……仮宿……」


 玉座の傍に立っているアメリヤがポツリと呟いた。


「そうだ。仮宿って何だ?」


 女神が言っていた言葉。

 ……何となくわかるような、わからないような……。


「まず……ダイダル岬で何が起こったのかを説明せよ。……でなければ、迂闊なことは言えぬ」


 相変わらず慎重なアメリヤが、溜息をつく。

 俺はすぐ後ろにいた夜斗の方に振り返った。


「夜斗は見てたか? 俺と水那はネイアの話に気を取られていて、一部始終は……」

「……わかった」


 夜斗は頷くと、俺達が着いた時のことを話し始めた。


 海岸に辿り着いて……ユウの容体が急変し、朝日がかじりつくようにユウの傍にいたこと。

 その瞬間、光が溢れ……ユウのすぐ傍から青い光が立ち昇ったこと。

 そのとき夜斗は上空に何かを感じ……海岸に広がった青いもやから発した光が、それを打ち払ったこと。

 そして……青い靄が、ユウの身体の中に消えていったこと。


「……ふうむ」


 アメリヤは少し唸ると、俺と水那、夜斗の顔を見比べた。


「女神テスラの半身がユウディエンの身体に宿った。カンゼルとデュークのように……共存、ということであろう」

「共存……」

「ただしこの場合は、分身などではなく半身。まごうことなき女神そのものだが」

「じゃあ、ユウは助かったのか?」

「助かったというよりは……仮宿となることで生かされている」

「……」


 それって命の危険は無くなったってことだよな。魂を繋ぎとめたって言ってたもんな。


「そして……これで、神器・聖なる杯セレクトゥアを見つけられるかも知れぬ」

「あ……」


 そうか、今のユウは女神テスラそのもの……。

 だとしたら、ひょっとして神の領域も……。


「――あー!」


 ネイアの話を思い出して、俺は思わず大声を上げた。

 隣にいた水那だけでなく夜斗やミリヤ女王、アメリヤ――その場にいた全員がビクッとするのがわかった。


「何じゃ、藪から棒に!」

「悪い……ただ、ネイアの話を思い出して……」

「ヤハトラの巫女か。……何があった?」


 ミリヤ女王が気を取り直したように咳払いをした。


「神の領域の場所に、突然小さな島が出現したそうだ」

「なっ……!」

「ジャスラの漁師……俺の仲間なんだが、漁のフリをして遠くから見張ってくれてたんだ。そしたら白い昼になった途端、急に島が現れていた、と。それがわかったのが昨日で……連絡が届いたのが今日だったんだが」

「つまり……神の領域ではなくなった、と?」

「それはわからない。さすがにそれ以上近付くのは危険と判断したようだし。でも視認できたということは特別な領域ではなくなったってことで……」

「……」

「それって……より高次元な存在が張った筈の結界を、誰かが破ったってことだよな?」

「……」

「女神テスラに聞ければよかったな……神の領域のことも……」

「う……む……」


 ミリヤ女王は扇を口元に当てたまま、かなり長い間考え込んでいた。


 ユウのこと……朝日のこと。

 聖なる杯セレクトゥアのこと……神の領域のこと。

 何を優先させればいいのか……。


「――とりあえず……ユウディエンが再び目を覚ますまで、待つしかないであろうの。すべては、それからじゃ」


 女神テスラは多くを語ってくれたが、まだまだ分からないことも多い。

 仮宿であるユウなら、女神テスラから何らかのメッセージを託されているかもしれない。それを聞いてからでなければ迂闊に動けない。


 ミリヤ女王は、そう考えたのだろう。 

 焦れたように扇を開いたり閉じたりしながら、深い溜息をついていた。

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