42.女神が語る真実(2)-ソータside-

 俺から目を逸らすと、女神テスラはゆっくりと周りを見渡した。

 そして――再び口を開いた。



   ◆ ◆ ◆



 ヒコヤに与えた神獣の一つ……廻龍かいりゅうは、そんなウルスラやジャスラを弔うため、永遠の旅に出ることになった。

 飛龍は……ヒコヤがテスラに残して行った。

 飛龍がいれば、ヒコヤはジャスラやウルスラも廻れたであろうが……その道は選ばなかった。

 ヒコヤは傷心のわれを想い……ずっと、われの元を離れなかった。

 しかし……やがて、ヒコヤはわれの元を去って行った……。

 いつか、還ってくる。そう、言い残して……。

 ……まさか、こんなことに……なろうとはの。


 われは……ヒコヤを見送り、半身をヒコヤと出会った海岸に遺してきた。

 われが創ったテスラ、フィラ……いつまでも、見守れるように、と……。


 東の大地は……いつかテスラの民が自らの力で国を広げていけばよいと、残してあった場所だ。

 その南に半身をおき……われは北へゆき、静かに――永久に、テスラを見守るつもりであった。

 ヒコヤがわれに遺してくれた――宝鏡ほかがみと共に。


 だが……平穏は、長くは続かなかった。

 強欲の神、デューク――そのなれの果てが、三度みたび、われの前に現れたからだ。


   * * *


《はっ、はっ、はあ……テスラよ、このときを……待っていたぞー!》

「デューク! 何を……!」


 女神テスラの前に、すでに形を失い、黒い巨大な炎のようになってしまったデュークが立ちはだかる。

 その巨大な黒い靄からは蛸のような触手が何本も伸び、不気味にウネウネと動いている。


《ヒコヤがいなくなれば……お前は何もできまい?》

「何を……あっ……!」


 女神テスラは不意をつかれ、デュークに激しく突き飛ばされた。女神テスラの手を離れた宝鏡が、デュークの触手で無残にも叩き割られる。


《ぐぐっ……》


 宝鏡に残されたヒコヤの力が、デュークにぶつけられる。

 デュークの触手から、二つに割られた宝鏡が零れ落ちた。

 ころころと転がり、女神テスラの足元に返ってくる。


《死んでまで……こしゃくな……ヤツよ……》


 デュークが痛めつけられた触手を縮こませ、苦しそうに呻いた。

 女神テスラは割れた宝鏡を拾い上げた。


「デューク……なぜ……」


 なぜそこまで、われを……。

 女神テスラの問いに、デュークはますます怒りを爆発させた。


《わたしからジャスラを奪った。ジャスラを壊したのは、お前とヒコヤではないかー!》

「何を……!」

《お前が地上に降りるなど言わねばよかった。国造りなどせねばよかった。こんな国など要らぬ。わたしが……すべて壊してやる》

「な……」

《教えてやろう。ウルスラを堕としたのは、わたしだぞ? わたしの分身をウルスラにとり憑かせた。お前がヒコヤの子なんぞ身籠ったゆえ女神を捨てるつもりだと唆したら、あっさり隙を見せよった》

「……っ……」

《狂ってゆくウルスラの、何と可笑しなことよ。……ヒトになぞ、溺れるものではないな。女神としての威厳も何も、あったものではないわ》

「デューク――!」


 女神テスラが宝鏡を手に、力を放つ。


《うぐっ……!》


 デュークの黒い闇がみるみる広がり、その力を薙ぎ払う。

 女神テスラの手から割れた宝鏡が弾け飛び……一つは広場へ、もう片方は遥か遠くに飛んでいってしまった。


「あぁ……ああ……!」

《目障りな神器も……どこかへ行ってしまったようだな》

「……っ……」


 女神テスラは憤然として立ち上がった。


「われを憎むなら、なぜわれに仕掛けなかった! 何の罪もないウルスラを、なぜ……!」

《ヒコヤが邪魔だ。それに……お前は隙を見せぬ》

「……」

《三女神の一つでも欠ければ、隙も生まれよう?》

「……じゃあ、なぜ……ジャスラまで……?」


 女神の問いに、デュークは再びいきり立った。


《ジャスラを壊したのは、わたしではなくお前たちだ! 何度も言わせるなー!》

「くっ……」


 デュークの激しい力に、テスラは何の防御する術もなく晒される。


《われの分身を纏ったウルスラの剣を受けたジャスラは……穢れてしまった。自ら闇に堕ちた。わたしのジャスラは……自ら狂う道を選んだ》

「それは……デュークがウルスラを狂わせたからこそ起こったこと。自らが招いたことではないか!」

《黙れー!》


 デュークの力が暴走する。徐々に、まともな思考を失っていく。


《お前とヒコヤのせいだ。お前とヒコヤがいなければジャスラは壊れなかった。わたしはジャスラを助けようとしたのに……ジャスラはわたしを拒絶した》

「……」

《ジャスラがわたしを拒絶した。一度も嫌な顔をしたことがないジャスラが……わたしを拒絶したのだ!》

「な……」

《わたしが悪いのではない。お前たちさえいなければ、ジャスラは……ジャスラはー!》


 デュークは北東の神殿から飛び出した。真っ黒な闇と化し……テスラの白い空を染めてゆく。


《国造りなど意味はない。壊してやる。わたしがこの世界を――壊してやる!》

「待たぬか!」


 女神テスラは外に飛び出した。

 広場には、割れた宝鏡が光っている。

 もう片方も……遠くの泉の底で、淡く輝いているのが感じられる。

 女神テスラは……広場に落ちていた割れた宝鏡を、地中深くに埋めた。

 そして、その身体を青い靄に変えて東の大地を覆い尽くす。

 宝鏡の――ヒコヤの力を借りて……地下に神殿を作る。

 ――デュークを封印するために。

 エミール川の手前……女神テスラはデュークの行く手を塞いだ。


「……ここから先は……行かせは、せぬ!」

《邪魔だー!》


 女神テスラは全ての力を解放する。

 宝鏡を楔として……デュークを閉じ込める結界へと姿を変えた。


《ぐっ!?》

 ――絶対に……行かせぬ!

《ぐあああ――!》


 東の大地の中央に……大きな穴が開く。

 黒い闇と化したデュークが、ずるずると引きずり込まれていく。


《ぐぅっ……!》

 ――デューク……われと共に……眠れ!


 そして……辺り一帯が一瞬激しく光を放った。

 その光は……フィラや、遠くエルトラにも届いた。


 やがて……元の静けさを取り戻す。

 東の大地には……あの大穴も、黒い闇も、女神テスラの青い靄も……すべてがなくなっていた。


   * * *


《これが……今から2600年ほど昔に……起こったこと……》


 女神テスラはそう呟くと、瞳を閉じた。


《われが封じたはずのデューク。……なのに……北の宝鏡ほかがみが掘り出され……楔は緩んでしまった》

「え……」

《デュークは再び目覚めた。そして自らの分身を作りだし……それがこたび、キエラという国を造らせた》

「じゃあ、ザイゼルに……」


 確か、東の大地の調査に行ったまま戻らず、キエラという国を新たに建てた男。

 それがカンゼルの父、ザイゼルという奴じゃなかったか。


《しかし……デュークはまだ万全ではなかった》

「……」

《ザイゼルでは無理だと思ったのだろう。奴は一度……手を引いた》


「それが……休戦に繋がったのですか……」


 朝日が呟く。

 その問いに、女神テスラはゆっくりと頷いた。


《そうだ。……そして――カンゼルと出会った》



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