41.女神が語る真実(1)-ソータside-

 俺と水那、夜斗、そして朝日は大広間にいた。

 朝日はユウの左手をしっかりと握りしめている。

 ……ユウは、担架のまま広間に寝かされていた。

 奥から現れたミリヤ女王は、俺達を見るとギョッとした顔をした。


「な……何をしておる! ユウディエンは早く部屋で寝かせてやれ! アサヒも……」

「いや、ダイダル岬で起こったことを説明するにはどうしても……」

「何を……」


 慌てる女王の肩に、続けて現れたアメリヤがそっと手を置いた。


「落ち着くのだ、ミリヤ女王」

「……」

「ソータ、何があった?」

「それが……どこから話せばいいのか……」


 ネイアの報せ。ダイダル岬で感じた気配。青い光。

 色々あり過ぎて……どうしても言葉が思いつかない。


《……われから話す》


 急に……どこからともなく不思議な声が響いた。

 ハッとして見回すと、ユウがむっくりと起き上がっていた。

 朝日がユウの左手を握ったまま、驚愕の表情を浮かべている。


「……!」


 玉座に座っていた女王はサッと立ち上がると、床に跪いた。アメリヤもその隣に並ぶ。


「な……」


 ユウがすうっと立ち上がった。

 圧倒的なオーラ……。

 そして何より、瞳が……青い。


「女神……テスラ……!」

「えっ!」


 女王の言葉に、俺達四人は弾かれたようにユウから離れた。思わず床に手をついてひれ伏す。


《……歪められた命……ユウディエンの魂は……かろうじて引き止めた》


 ユウがゆっくりと口を開いた。確かにユウの声ではあるのだが……響きが違う。雰囲気が違う。

 ――存在感が違う。


《われと……契約をした。……われの、仮宿になってもらう》


 仮宿……。

 つまり……あの青い光はやっぱり女神テスラで、今はユウに乗り移っているということか?

 女神の半身が……託宣通り、二人によって呼び起こされた……?


《デュークと似たような真似をするのはいささか不本意だが……いたしかたない》


「……デューク……」


 呟いてから、俺はハッとして顔を上げた。

 どこか……どこかで聞いた。

 あれは……。


 ユウは――いや、女神テスラはゆっくりと頷いた。

 跪いている顔ぶれをじっくりと見渡すと、おもむろに口を開いた。


《お前達が闇と呼んでいる黒い思念……あれは、強欲の神、デューク――その、なれの果て。……すべての、元凶だ》



   ◆ ◆ ◆



 もう、何千年も昔……われら三女神は、特級神の元に馳せ参じた。

 そこでわれらは一級神の宣旨を受け、すべてを包み込む壺――聖なる杯セレクトゥアを賜った。

 何を為したいか問われ――われらは地上に降り立つことを望んだ。

 強欲の神、デュークから……末妹ジャスラを守るためだった。


 デュークは特級神の末の息子――力は絶大だった。ただ、素行の悪さゆえ未だ二級神だったため、奴は地上に降り立つことは禁じられていた。

 デュークはかねてから、ジャスラを伴侶にと熱望していた。

 心優しいジャスラは無下にもできず、苦悩していた。


 われらは地上にパラリュスと名付け、寄り添うように並んでいた三つの島に、われらの国をそれぞれ造ることにした。

 三百年ほどの間は――こうして、何事もなく……時には三人で笑いあい、励まし合い、慰め合いながら、われらの国を発展させていった。


 そんなある日……デュークが現れた。どうやら特級神の目を盗んで降りてきたようだ。

 愛し合う自分たちを引き離したと――ひどく憤慨していた。


 ジャスラはデュークを愛してなどおらぬ。それは大きな誤解だったのだが……このときからすでに、デュークは狂い始めておったのかも知れぬ。

 われらはジャスラを庇い、デュークを追い返した。

 力があるとはいえ所詮二級神……神器をもつ我らに逆らうことはできなかった。デュークは姿を消した。


 それからしばらくして……あの海岸に、ヒコヤが現れた。

 ヒコヤについては……もう、よいであろう。


 ……われは……ウルスラやジャスラの気持ちを知りながらも……ヒコヤの求愛を受け入れた。

 それが過ちだったのか……?

 ……いや、やはりそうは思いたくない。

 こうして、今に至るまで……フィラはあるのだから。

 ジャスラやウルスラ……テスラの民が再び集う日が訪れたのだから。


 われはヒコヤの子を身籠り……我が妹たちにどう伝えればよいか思案していた。

 そんなとき――ウルスラの女王から報せが来た。


 われが駆けつけたとき……我が妹ウルスラは神剣みつるぎを手に身体中を血だらけにし、半狂乱になっていた。

 どうしてこうなってしまったのか……突然のことに、そのときのわれには何もわからなかった。

 われはヒコヤと協力し、神剣にウルスラを眠らせた。

 そして女王に預け……女王の罵倒を甘んじて受け……ウルスラの地を遠ざけた。


 それから間もなく……ジャスラが壊れてしまった、とジャスラの女王が助けを求めてきた。

 ウルスラの出来事から、そうは経っていなかった。

 ウルスラのときとは違い……ジャスラはその姿すら保てなくなっていた。

 われとヒコヤは……悲しみにくれながらジャスラを封じた。

 そして……ジャスラも遠く離れてしまった。


 ジャスラを封じ、テスラに戻る道中――デュークが現れた。

 真っ黒な思念だけの状態。己を見失った、神のなれの果て。


 何があったのかは知らぬが――デュークは発狂していた。

 ジャスラを壊したのはわれらだと言いがかりをつけ、デュークはわれらに襲いかかった。

 われはヒコヤの力と宝鏡ほかがみの力を借り――デュークを退けた。

 力を失ったデュークは、どこかに去って行った。


 われら三女神は、三柱で一級神――われだけではデュークを縛りつけることはできなかった。逃してしまった。

 ……これが……後々までパラリュスに影響を及ぼすとは……思わずに……。


 テスラの女王は、われを非難することはしなかった。

 だが……われの分身の子孫であるテスラの女王と、われ自身の子――同時に並び立つことは難しかろう、と言った。

 われが思いを込めてつくった国、テスラ――それが争いに塗れるかもしれぬ。


 女王の言うことはもっともだと思った。そして……逃げてしまったデュークのことも考えた。

 狂ってしまったデュークは、ただひたすらに、われとヒコヤを恨んでいる。

 われがテスラに留まることは、余計な火種を生むやも知れぬ。

 われはわずかな民とヒコヤと共に――南の崖に囲まれた小さな場所に移った。


 われとテスラの女王は仲違いをした訳ではない。

 お互いがお互いを思い合うゆえ、別々に歩む道を選んだのだ。

 われが生んだ三人の子……ファリル、ピュリル、チェリル。

 今度は独りが他を統べるのではない。皆で助け合い、静かに暮らしてゆく――そんな国を造ろう。

 ……ヒコヤと共に。



   ◆ ◆ ◆



 そこまで言うと……女神テスラは少し口をつぐんだ。

 そしてミリヤ女王をじっと見つめ、次に俺の顔を見つめた。


《……永遠にあるわれと限りある命のヒコヤ。ずっと共にあることはできない》

「……」

《われとヒコヤと愛する子らの造った国……それがあれば、ヒコヤを失ったあともわれは永久に慰められよう。……テスラの女王はそこまで思いやってくれた。……そう、思っている》


 ミリヤ女王の隣にいたアメリヤは……深く頭を垂れた。

 少し涙ぐんでいた。

 エルトラの歴史を熟知しているアメリヤは……いにしえの女王の歴史も、その想いも知っている。

 女王の想いを理解していた女神テスラに、感動を覚えたのかもしれない。


《愛するヒコヤ。……パラリュスをずっと思いやってくれたヒコヤ。だから……お前はこの場所に……いるのだな……》


 女神テスラの言葉に――俺の胸の中の勾玉の欠片が熱くなった。


 ――テスラ……。


 ヒコヤが呟いている。

 その呟きは……女神テスラに届いただろうか。


 思わず胸に手を当てる。

 女神テスラは俺をじっと見つめると……微かにゆっくりと、頷いた。



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