39.知の女神が呼んでいる(1)-ソータside-
北東の遺跡は、左手に塔と二階建てぐらいの居住空間、右手に闘技場のような円形の広場がある。
円形の広場には
だから俺と夜斗は、左の居住空間を調べていた。
塔の方はもともとかなりの高さがあったそうなのだが、15年前の戦争で半分ぐらいは崩れ落ちてしまっている。
「……やっぱり、カンゼルが根こそぎ持って行ったっていうのは確かみたいだな」
中身のない朽ち果てた棚を覗きながら、俺は溜息をついた。
「そうだな。何度も足を踏み入れた形跡があるのに、モノ自体はおろか欠片すら見つからないというのは……」
夜斗が呟きながら自分の足元を見回す。肩がトンと土の壁に当たり、ボロボロと表面が崩れ落ちていった。倒壊しては敵わない、と慌てて体を離す。
「エルトラでは東の大地に立ち入るべからず、と伝えられていたんだ。女神の終焉の地であるこの遺跡に踏み込むとしたら……キエラの王のザイゼルかカンゼルぐらいしか考えられない。キエラはかなりの恐怖政治を敷いていたし、下っ端がこんな大事な場所に勝手に潜り込むとは思えないからな。カンゼルが許さないだろう」
「ふうん……」
「だとすると、女神が消えてから初めて入ったのが奴ら、ということになる。そのときには何かが残っていても、おかしくはない」
「そうか。……水那、何か感じるか?」
隅の方にちょこんと座り、意識を集中して辺りの気配を探っていた水那は、顔を上げると、静かに首を横に振った。
「ここには、もう、何もない、と思う」
「んー。じゃあ、
女神ジャスラと女神ウルスラが封じられてしまった以上、神具・
絶対、どこかに隠してあるはずなのに……。
「とりあえず、女王の指示を仰ごう」
夜斗はパンパンと手をはたくと、ぐるりと辺りを見回した。
「元々はカンゼルの行動を裏付けする事実を確認したかっただけだし。北東の遺跡の隅々まで調査することで、それはわかったからな」
「まあ……」
「それに、順番が違う。まず女神テスラに会わないと、神器も見つからないんじゃないのか?」
「あ……」
そう言えばそうか。女神ウルスラの最後の言葉は――「テスラに会わないと」だったっけ。
俺は頷くと、夜斗と水那と共に北東の遺跡を後にした。
ちょうどシルヴァーナ女王から連絡が来たらしく、夜斗がこれと言った進展はない、とだけ返事をしていた。
女神テスラに会うとしたら……どうすればいいのだろう。
女神ジャスラと女神ウルスラは、勾玉と
しかも、ただ眠っているのではなく、キエラ要塞の地下にいる闇を野放しにしないために、必死に抑えているはず。
ここにミリヤ女王を連れてきたところで、とても会えるとは思えない。
だとすると……女神の半身が眠るという、ダイダル岬しかない。
古の……女神テスラと共に暮らしていた民ですら見つけられなかった女神の半身――はたして俺達に見つけられるのだろうか。
* * *
ダイダル岬の調査を開始して、5日。……やはり、何の手がかりも得られないままだった。
もう2月も半ばを過ぎていた。
朝日はすっかり元気になったそうだ。お腹の子供も順調らしい。
でも、ユウは――フェルティガの喪失が加速し、厳しい状況になっているということだった。
身重の朝日とヤハトラのフェルティガエでは、賄いきれないらしい。
本当はずっと眠らせておきたいが……二人を見ているととてもそんなことは言えない、とネイアがこぼしていたそうだ。
二人は……もう、覚悟を決めているのだろう。
残り少ない日々を、眠り続けてより長く生きるのではなく――少しでも話をして……多くの時間を共有して、過ごそうと。
「――ソータさん!」
外に出てエルトラ王宮と連絡をとっていた夜斗が、血相を変えて現れた。
「どうした?」
「女王の託宣が……」
「出たのか?」
「ああ!」
サンがダイダル岬に降り立つ。俺が水那を抱えてサンに飛び乗ったのを確認して、夜斗は再びサンを大空に舞い上がらせた。
ミリヤ女王が託宣の間に入ったのは、何と3日前だった。
こんなに長く籠ることなどそうはない、と夜斗は言っていた。
そしてすべて手詰まりとなっていた、今――その内容は、かなり重大な意味を持つに違いない。
エルトラ王宮の中庭に着く。夜斗は傍にいたフェルティガエにサンを任せると、一目散に走り出した。
俺は水那を抱えたまま、慌てて夜斗を追いかける。
「……ただいま、参りました……」
大広間の前に着く。
どうにか呼吸を整えて夜斗が告げると、扉がゆっくりと開いた。
見ると……玉座には、かなりやつれた様子のミリヤ女王が腰かけていた。
傍には、治療師が三人も付いている。
「お待たせ……しました」
「……うむ」
本当に大変だったみたいだ。いつもは涼しげでどこか余裕な女王の顔が、ひどく青ざめている。
「……声が届きそうで……届かない。そんな時間が……かなり……長く……」
ミリヤ女王が独り言のように呟く。
「とりあえず……気を失う前に言うぞ」
治療師に身体を起こしてもらいながら、ミリヤ女王はふうっと息をつく。
「『歪められた命の導き 一対の使者 鳴り響く女神の声 眠りより覚めて』」
「……」
どういう意味だろう……。
女神テスラが目覚める。それはわかるが……。
「ヤトゥーイ……意味は分かるな。……どうにかしろ」
それだけ言うと、ミリヤ女王の身体がぐらりと揺れた。傍についていた治療師が、慌てて支える。
「……御意」
夜斗は頭を下げた。
「……後は任せる」
そう言い残して……ミリヤ女王はふっと気を失った。
夜斗はもう一度頭を下げると、すっくと立ち上がった。
「……行こう、ソータさん、ミズナさん」
「ああ……」
俺は慌てて頭を下げると、夜斗の後をついて大広間を出た。
扉が閉まる間際……ミリヤ女王が三人の神官に抱きかかえられ、奥に消えて行くのが見えた。
夜斗は中庭の方には行かず、エルトラ王宮内の一室に俺と水那を案内した。
黙り込んだまま、椅子に座る。
俺と水那は夜斗の向かいに座ったが……夜斗の表情はひどく曇っていた。
「えっと……夜斗……」
「……」
「……あれ……どういう意味だ?」
「……」
夜斗は眉間に皺を寄せると、深い溜息をついた。
「……ユウと朝日をテスラに連れてこい。……そういう意味だと思う」
「――えっ!」
俺は思わず声を上げた。
そもそも、闇は朝日を狙っている可能性が高く――とにかく出産を終えるまではヤハトラで匿ってもらわなくてはならない。……そういう話だったはず。
「な……」
「前に暁に託された宣託にも『歪められた命』という言葉が出てきた。これは、ユウのことだ」
「……」
「一対の使者……これは、朝日のお腹の子供のことだろうな。男女の双子だと言っていたからな」
「えっと……?」
「ユウさんと、お腹の、赤ちゃん……彼らが、導くことで、初めて、女神テスラは現れる」
水那がゆっくりと、一言一言を確認するように声を出す。
「そういう、意味ね?」
「……ああ」
頷くと、夜斗はテーブルの上に突っ伏した。
「何で……」
「え?」
「……何で、いつも……あいつらなんだろうな……」
「……」
「最期ぐらい……そっとしておいてやりたい。なのに……何でだろうな……」
夜斗は顔を上げなかったが、その声はちょっと震えていた。
俺は言葉に詰まってしまって……何も言えなかった。
夜斗がどんな想いであの二人をずっと見守って来たのか。この15年の間、何を感じていたのか。
わからなくとも、想像することはできたから。
「……でも……」
何も言えない俺に代わり、水那が口を開いた。
そっと夜斗の肩に触れる。
「ヤハトラの、フェルティガエでは、限界が来ている、という話、でした。ひょっとして、テスラに、来ることで――ユウさんの寿命が、延びるかも、しれません。これは、ユウさんに、とっても……いいこと、かもしれません」
つっかえながらも、水那が一生懸命に喋る。一度にこんなにたくさん喋る水那は珍しい。
大切なことだと……今言わなければならないことだと、思ったからだろう。
「……そうだな」
夜斗は顔を上げ、「んっ」と咳払いを一つした。少し目が赤くなっている。
「とりあえず、シルヴァーナ女王に連絡……」
「いや、緊急事態だ。俺が直接ネイアに連絡を取る」
俺は胸の中の勾玉に触れた。
「……水那、少し助けてくれるか。……かなり力を使うかもしれない」
「……」
水那は頷くと、俺の腰の
「――ネイア。……聞こえるか?」
勾玉の欠片に祈る。
……しばらくすると、
“ソータか!?”
というネイアの驚いたような声が聞こえた。
「……ああ。テスラの女王の託宣が出た」
“……託宣……”
「ユウと朝日をテスラに連れて来なければならない」
“何だと!?”
「驚くのも無理はないが、女王が3日も費やして授かった託宣だ。……やるしかないと思う」
“う……む……”
「――俺と水那がヴォダで迎えに行く。3日で、準備を整えてくれ」
“……承知した”
会話がぷつんと途切れる。
久し振りだったので、少し疲れてしまった。額にかいた汗がつーっと流れるのを感じる。
「今からヴォダでジャスラに向かう。夜斗……後は、頼んだ」
「わかった。さすがにサンだと身体に悪いだろうからな……。でもソータさん……かなり疲れているみたいだが、大丈夫か?」
「ジャスラに着くまでに3日かかる。そこで十分休めるから、心配するな。ダイダル岬まで送ってくれ」
「待ってくれ。ユウはかなり厳しい状況なんだろう? フィラでフェルティガを集めてくる。それまで部屋で休んでてくれ。そんなに時間はかからないから」
「わかった」
確かに、道中でユウが危なくなっても、俺達だけでは助けることができない。
とにかくテスラまで二人を安全に連れてくることができれば、道が開けるはずなんだ。
「……よし、やろう。できることをしような、お互い」
俺が言うと……夜斗は覚悟を決めたように、力強く頷いた。
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