38.愛と海と歌と想いと(3)-朝日side-

「へぇ……そんなことがあったんだ」


 ホムラさん達が海に出てから、3日後の夜。

 暁がヤハトラに来ていた。


「何か、ホムラさんらしいよね」

「大丈夫かしら……」

「大丈夫じゃない? それより、こっちの望遠鏡ってどんなのかな。今度見せてもらおう」


 暁はそう言うと、ユウの方に向き直った。


「あ、ユウ。その本……続きを書いてるんだ」

「うん」


 ユウはベッドで上半身だけ起こし、膝の上に本を置いて何かを書き連ねていた。


「もうすぐ終わるよ。そしたら……暁に渡すからね」

「……うん」

「暁は……どう? 毎日、変わりないか?」

「んー、まあ……ほどほど?」

「珍しく平日にこっちに来たけど、大丈夫なの?」

「明日、東京で入試なんだ。直接行くから問題なし」

「えっ……」


 私はちょっと面食らってしまった。


「大丈夫。仕事するのに色々と融通してくれる高校を選んだから、レベルは大したことないんだ。だから、余裕、余裕」

「……」


 正直言って、暁がモデルの仕事にこんなに前向きになるとは思わなかった。

 何か……不思議な気分。


「ねぇ、暁……何かあった?」

「何かって?」

「……んー……」


 どう言ったらいいのか分からず思わず唸ると……暁はちょっと笑った。


「変な朝日。……あ、ミジェル」


 暁は近くに座っていたミジェルに声をかけると、隣に座った。

 そしてスマホを取り出すと、イヤホンの片方をミジェルの耳につけてあげている。


「暁! ミュービュリの物を持ち込んじゃ駄目って、あれほど……」

「歌を教えてあげようと思って。それにちゃんと持って帰るよ。ミジェルなら2、3回聞けば覚えるし……」

「でも……」

「ミジェル、前も言ったけど、これは内緒だよ。俺と二人の秘密」


 スマホを指差しながら暁が言うと、ミジェルはちょっと嬉しそうに頷いた。


「んっと……どれがいいかな……」


 もう片方のイヤホンを耳につけると、暁はスマホを眺めながら選曲する。

 それからしばらくの間、暁はミジェルに歌を聞かせてあげていた。時折、丁寧に言葉の意味を教えてあげている。


 暁は、パラリュスの子達には優しい。でも……それを踏まえても、ミジェルにはかなり親切だな、と思った。


「……わかった?」

「……」


 ミジェルは頷くと、小さな声で口ずさみ始めた。


「で……ミジェルをパラリュスの歌姫にする計画、本気なの? 朝日」

「よくない?」

「いや……ミジェルさえよければ、いいんじゃないかな」


 暁の言葉に、ミジェルはちょっと困ったような顔をした。

 片方の耳だけイヤホンをしていたので、私と暁の会話は聞こえていたようだ。


「ミジェル、嫌なら嫌って言った方がいいよ。モゴモゴしてると、朝日ってどんどん勝手に話を進めるところがあるから……」

「失礼ね」

「……不安な……だけ。私の歌……本当に……大丈夫なのか……」


 そう言うと、ミジェルは俯いてしまった。


「……そうだ。シャロットに聞いてみるか」

「え……?」


 ミジェルが不安そうな顔のまま暁を見る。


「ウルスラの水祭りの音楽がどうとか言ってた。半年後ぐらいにある祭りでね、シルヴァーナ女王が舞うときに流れる曲があるんだよ。それに歌詞をつけて歌ってみるっていうの、どう? 女王と一緒なら、ちょっと安心だろ」

「……ウルスラ、で……?」

「そう。全部終わったらウルスラに来てねって言ってただろ、シャロットが」

「……」


 暁の言葉に、ミジェルは嬉しそうに何度も頷いた。

 それを確認すると、暁は「じゃあ聞いてみるよ」と言ってイヤホンを耳から外し、立ち上がった。

 そして少し楽しそうにしながら部屋を出て行った。

 そんな暁の後ろ姿を……ミジェルが複雑な表情で見送っていた。


 ミジェルは、暁のことが好きなのかしら……。

 でも、暁は……どうだろう……。

 暁はミジェルのこと、面倒をみてあげないといけない妹、ぐらいに思っている気がする。

 それに……多分、ずっとミュービュリで生活するつもりだろうし……。


「ミジェル。暁はあんまりこっちには来れないし……多分、この先の人生もミュービュリで過ごすと思うんだ」


 私の思考を読んだのか――不意にユウが牽制するようなことを言うので、私はちょっとびっくりしてしまった。


「……ユウ……」

「……だけどね」


 ユウは本をパタンと閉じると、ミジェルににっこりと笑いかけた。


「暁が気兼ねなく話せる人間って……本当にいないから、できれば、ずっと友達でいてあげてほしいんだ。……駄目かな」

「……」


 ミジェルはプルプルと首を横に振ると、少し微笑んだ。


「私……暁が、好きです」

「……え……」

「それに……シャロットも、大好きなんです」


 ミジェルの声が温かなフェルティガとなって私に届く。

 それはミジェルのこの言葉が嘘偽りのないものだという事を表している。


「だから……とても、幸せです」


 そう言うと……ミジェルは再びイヤホンから流れる歌を聞き始めた。


 暁やシャロットよりも3つも年上だとはとても思えない、幼い容姿だけれど……でも、精神は二人よりずっと大人なのかもしれない。

 ミジェルの綺麗な歌声を聞きながら……私はそんなことを考えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る