29.世界と自由を望む(3)-ソータside-
食事を終えたのを見計らったように、夜斗が迎えに来た。
そして俺達は、ミリヤ女王と謁見するために大広間に向かった。
迷惑をかけたことを謝ると、夜斗は
「無茶する人間には慣れてるから」
と言って溜息をついた。
「あの二人と一緒にされると困るな」
「変わらないよ。ミズナさんが一緒なもんだから、ちょっと行動が大胆になったんだよ。まったく……」
言われて、そうかもな、と思った。
独りで旅していた頃は、水那に会うために、水那に会うまでは……そう考えて、慎重に動いていた気がする。
「ソータくん……降ろして」
大広間の前に着くと、水那がポツリと漏らした。扉の前に畏まって頭を下げている神官の視線が気になるらしい。
「え……大丈夫か?」
「ゆっくりなら、歩けるし……女王さまの前……だから」
「わかった」
大広間の扉が開く。
ミリヤ女王は、すでに玉座で待ち構えていた。そのすぐ隣には女王の母、アメリヤもいた。
俺達は水那に合わせてゆっくりと中央まで歩くと、静かに跪いた。
「ソータよ。ユウディエンやアサヒに負けず劣らず、たいそうな無茶をしたそうじゃの」
ミリヤ女王がピシリと言い放った。
「……必要だと思ったからな」
「何のために?」
「闇の目的を知るために」
「……それで、直接聞きに行ったと言うのか?」
「探りに行った、と言った方がいいかな」
「何と……」
呆れたような顔をすると、ミリヤ女王は俺の隣にいた水那をチラリと見た。
「……そなたが、ヒコヤの伴侶、か」
「ミズナ……と、申します。……よろしく、お願い……いたし、ます」
「……?」
たどたどしい水那の口調に、ミリヤ女王は不思議そうな顔をした。
「……フィラに縁の人間と聞いたが、言葉は?」
「水那は浄化の他に
俺が代わりに説明すると、ミリヤ女王は
「
と呟いた。
そして扇で顔を隠して「くっくっくっ……」と笑い出した。
「アサヒと同じ……しかも、言葉に気をつけねばならないほど強い力を発するのか。だとすれば……見かけによらず、かなりの頑固者なのであろうの」
「……」
「たった独りで何百年も浄化し続ける……そのような道を、躊躇なく選んだ。それだけの胆力があるということじゃ」
「……テスラにも……尽力、して、いただき……ありがとう、ございます」
「テスラの――いや、パラリュスの未来のためだからの」
ミリヤ女王はそう言うと、俺の方を見た。
「それで? 何かわかったのか?」
「夜斗、アレやってくれ」
「アレ?」
「前にネイアの言葉を再現したやつ」
「ああ、アレか」
「ミリヤ女王。言葉で説明するのは面倒だし……一言一句、正しく伝えた方がいいように思う」
「わかった。……ヤトゥーイよ、やれ」
「はい」
夜斗は一礼すると、俺の肩に触れた。
あのときの……俺が水那を抱えながら闇と対峙したときの映像が映し出される。
ミリヤ女王は殆ど瞬きもせずに、じっと見つめていた。
改めて見直すと、相当強い思念と恨みを持って、こいつは動いている気がする。
女神ウルスラを狂わせたのも、女神ジャスラを闇に堕としたのも、間違いなくこいつだろう。
いったい太古の昔、何があったのか……。
「……ふうむ」
見終わったミリヤ女王が、深い溜息をついた。
「……あの闇がこれほど喋るものとは思わなかったの」
「ミリヤ女王……驚くのはそこではなかろう……」
アメリヤが呆れたように口を挟む。
「俺の予想では、闇の目的はこの結界から出ること。そのためには闇をすべて取り込める器が必要で、ヨハネは今それを探している。……そんなところかな」
「いつまでも待つと言っているが……」
「それはどうかな。こちらを油断させるためかもしれない。やはり、誰一人として攫われないように――惑わされないように、警戒する必要はあると思う」
「……ヨハネを掴まえるまで……そしてあの闇を封印するまで……この状態が続くということか……」
そう呟くと、ミリヤ女王は疲れたような様子で扇で顔を仰いだ。
「思ったんだが……女王の
俺が聞くと、ミリヤ女王はゆっくりと首を横に振った。
「あれは、おばあ様……先代女王フレイヤ様が託宣により女神テスラから授かった、特別な呪文だ」
「特別……」
「仮にわれに授けられたとしても……発動すると、われはこの王宮から完全に出れなくなる。あれは、究極の守りの手段だ。それに、フィラとの連携も難しくなる。キエラ要塞を見張ることも厳しくなる」
「……」
「不利益なことが多すぎる。あくまでヨハネ一人を捕らえればいいのだからな」
「ん……そっか」
籠ってるだけじゃ、どうにもならないしな。
「あと、気になってたんだが……カンゼルが作りだした『あれら』って何だ?」
聞き返したら、なんかメチャクチャ馬鹿にされたけどな。
思い出したら、ちょっと腹が立ってきた。
「ディゲのことであろう」
「いや……」
女王の言葉に、アメリヤが首を横に振った。
「フェルポッドや……ガラスの棺のことを言っているように思う」
「……え?」
「魔神の知恵で以って世界を制しようとした。女神の遺物、私の力を利用して。――そう言っていたであろう」
「ああ……」
「ヨハネは未来永劫、下僕だと言ったことを受けての話だとすると、闇が力を与えることで、時を止める――そのまま維持できるということを表しているように思う。フェルポッドやガラスの棺と同じ効果だ」
「あ……」
「さしずめ……闇の呪い、といったところか」
アメリヤは顎に手を当てると、俯きながら少し考え込んだ。
「カンゼルがたびたび北東の遺跡に出入りしていたのは、女神が遺したものを探し、持ち帰るためだったのかもしれぬ」
「え……」
「つまり……女神テスラが遺した物に闇が力を与え、フェルポッドとガラスの棺が作られた。フェルティガを入れるだけのフェルポッドは問題ないが、人が入るガラスの棺は悪影響も多かった。カンゼルの資料についてアサヒが言っていたことを踏まえると、そう考えられるのだ」
「ふうん……闇の呪い……か」
フェルティガエでも女王の血族でもないカンゼルがどうしてそんな凄い発明をしたのか疑問だったが……そうか、女神と闇の力を利用しているのか。
闇がカンゼルに知恵を授けて……。
「……ん!?」
思わず声を上げると、女王が訝しげな顔をして俺を見た。
「……何だ」
「ヨハネは下僕だと言い切っているのに、カンゼルにはむしろ闇の方がいろいろ協力しているように感じる。カンゼルは利用されていた訳ではないのか?」
「……確かに。それに、カンゼルはフェルティガエではないしな」
俺の隣にいた夜斗も頷く。
「……カンゼルは、稀に見る頭脳の持ち主だった。何を考えているのか、全くわからぬ……」
アメリヤが何かを思い出すように目を閉じる。
「……会ったことがあるのか」
「休戦中……まだ子供だった頃に、一度な。確か、カンゼルがキエラの王として即位したときだ。闇にとり憑かれる前か後かは知らんが……そら恐ろしいものを感じた」
「……」
「闇はとり憑いた人間の力を増幅させる。カンゼルを見込み、とり憑くことで……類いまれなる知恵を授けた。『魔神の知恵』――この言葉に、闇なりの自負を感じる。おそらく、カンゼルとは共闘関係にあったのであろう」
「ヨハネと違い、カンゼルは自己を保ち続けたということか……?」
「そうだ」
そんな人間……いるのか。
俺は背中にゾワッとしたものが広がるのを感じた。
コレットは逃げるように眠ってしまったし……ギャレットもガラリと人格が変わったと聞いた。
ヨハネだって……友達だったはずの暁を、殺そうとした。
それなのに……。
そして……そんな奴の血を引いているのが、朝日や暁……。
道理で、闇が狙う訳だ。
「とにかく……ヨハネを捕まえるために、エルトラはこのまま厳戒態勢を続ける。ヤトゥーイとソータには北東の遺跡を詳しく調べてほしいのだが……」
「え?」
急に女王に言われて、俺は裏返った変な声を上げてしまった。隣にいた夜斗も「あ」と声を上げている。
「母上が話したことは、あくまで仮説じゃ。女神の遺物が本当にあるのか、調査を……」
「ちょ、ちょっと待った! 俺、ウルスラに行かないといけないんだよ」
そうだった、女神についてはまだ報告していなかったか。俺から直接するという話になってたっけな。
「……何だと?」
女王がムッとしたような顔をする。
「ヤハトラで女神ジャスラに会った。そのときに言われたんだ、女神ウルスラに会いに行けって……」
「な……」
女王とアメリヤが揃って大きく目を見開いた。
「そんな大事なこと、なぜ真っ先に報告せぬ! 寝てる場合か!」
「だから、好きで寝てた訳じゃ……」
「早く言え。どんなお姿で、どんなお言葉だったのだ!」
「わかったから、ちょっと、落ち着い……」
「ヤトゥーイ! さっきと同じように映像で見せるのじゃ!」
「さすがに続けてフェルティガをかけるのは……ソータさんも起きたばかりですし……」
「あー、もう、ちゃんと説明するから!」
俺は二人を落ち着かせると、女神ジャスラが現れたときの様子をできるだけ丁寧に説明した。
勾玉の欠片のこと……
「そもそもは、神剣に封じた闇の分身をキエラ要塞に戻すために行ったんだ。ただ、戻して大丈夫か確認したかったし、闇の真意も探れたら、と……」
「……なるほどの」
辛抱強く俺の話を聞いていた女王は、ふんと鼻をならした。
「確かに……女神ウルスラの話を聞かねば、何も見えてはこぬの。……わかった」
「……よかった……」
「ただし! 女神ウルスラの話が聞けたら、真っ直ぐにわれの元に戻ってくるのじゃ! 寄り道は許さぬぞ!」
「だから何でそんな高圧的なんだよ……」
「あの……ミリヤ女王。それなら、シルヴァーナ女王と直接お話をなさってはどうでしょうか」
夜斗が女王を宥めるように間に入ってくれた。
女王が「何?」と少し訝しげな顔をして、夜斗を見た。
「直接……ウルスラから話しかけるというのか?」
「はい」
「……そんなことができるのか?」
「シャロット王女が俺とソータさんの姿を映し出し、そしてシルヴァーナ女王が俺達の間を繋いでくれています。……ヤハトラの巫女、ネイア様が知恵を授けて下さいました」
「な……」
「シャロット王女が一度ミリヤ女王の姿を捉えれば、可能かと思います。そうすれば、ソータさんが戻るより前に、話を……」
「い、や、じゃ」
ミリヤ女王は一言一言力を込めて言うと、プイッと顔を逸らした。
「話にならん。阿呆か、ヤトゥーイ」
「え……」
「女王には女王の面子というものがあるのだ。気楽に覗かれてはたまったものではない」
「……」
「それに情報は――どこから流出するか分からぬのだぞ」
ミリヤ女王は急に真面目な顔をすると、俺達をギロリと睨んだ。
「彼女たちを責めているのではないぞ。シルヴァーナ女王の力が大変強く、そのため闇が近寄ることもなく、ウルスラは安全。だから彼女たちが連携の拠点となっている。これは良いのだ。ヤハトラの巫女はなかなかよい提案をしたと言える」
フン、と鼻を一つ鳴らす。パラリと扇を広げると、女王は自分の口元を隠して射抜くような視線を夜斗に向けた。
「だが……ヤハトラで連絡を受け取っているのは、果たして巫女本人だろうか」
「……あ……」
「そうではあるまい。ヤハトラの外で誰かが連絡を受け、巫女に伝える。……そうしているはずだ」
「……」
「安全と思われるヤハトラでさえそうなのだぞ。こちらは今、厳戒態勢だ。われの意思や動向がこの広間から漏れることは、絶対に避けなければならぬ。……わかるな?」
「……はい」
夜斗が申し訳なさそうに俯く。
「考えが足りぬぞ、ヤトゥーイ。……らしくもない」
そう言うと、女王はすっと立ち上がった。
「とにかく……ソータがウルスラに行き、戻ってくるまで、テスラはこの状態を維持する。ヤトゥーイは引き続き、繋ぎとしてわれのために――テスラのために動いてくれ」
「は……」
女王とアメリヤはそのまま立ち去ろうとしたが……ふいに、ミリヤ女王が振り返った。
「心配なら、再びヤハトラに行ってはどうじゃ。……ソータがテスラにいる間ならば、構わぬぞ」
「……」
夜斗は何も言わず、深く頭を下げた。
そんな夜斗をチラリと視線の端に残し、ミリヤ女王が俺を真っすぐに見据える。
「ソータも、もう少し気を引き締めることだな。……このままでは、足元を
怒っている訳ではないが、静かに叱りつけるような口調。
俺も、何も言えなくなってしまって……黙って、頭を下げた。
遠く離れた、ヤハトラで――ユウと朝日は眠っている。ギリギリ、命の瀬戸際で。
その間に、俺達はパラリュスを守ろうと……早く動こうと、した。
だけど――焦っていては、大事なことを見失ってしまう。
女王にそう忠告された気がして……俺と夜斗は、しばらく黙りこくってしまった。
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