27.世界と自由を望む(1)-夜斗side-
エルトラ王宮の中庭にいた浄化者が、俺の姿を見つけて駆け寄る。
「ヤトゥーイ様……やはり、闇の姿は視えません」
「そうか……」
「1週間前――アキラさんの前に現れるたときは微かですが気配を感じました。ですが、今はそれもありません。やはり、テスラにはいないのではないかと……」
「そうだな。でも、ソータさんが来るまでは注意してくれ。大変だと思うが……。ソータさんがテスラにいる間は、少し休めるからな」
事態が事態なので、浄化者にはソータさんの存在を説明した。
闇に侵されない唯一の存在――浄化者にとっても励みになったようだ。
「ちゃんと交代しながら見張っていますから、大丈夫です」
浄化者の少年がにっこりと笑った。
「ユウディエン先生から教えられたこと、活かすときですから」
「……そうか」
“ヤトゥーイさん……聞こえますか?”
不意に、シルヴァーナ女王の声が聞こえてきた。
「あ……はい。何かありましたか?」
“シャロットがソータさんの姿を捉えました。……もうすぐテスラに着くようです”
「わかりました。迎えに行きます」
“ええ”
通信が途切れる。
俺は浄化者の少年にそのことを告げ、しばらく休憩するように言った。
そして近くの神官に王宮を離れることを伝えると、サンに乗って空に飛び立った。幸い今日は晴れていて、雪は降っていない。
ジャスラから来るとしたら……南。ダイダル岬の方だろう。
そう言えば……ダイダル岬には女神テスラの半身が眠っている。
今はどうなっているんだろうか?
前の調査では何も感じ取れなかったが、事態は急変している。
勾玉の中の女神ジャスラ――その意識を受けて、女神テスラにも変化が起きているかもしれない。
ダイダル岬に向かうと、ちょうどソータさんが
「着いたぞ! シャロット、俺の姿が視えてるかー?」
ソータさんが海の方に向かって大声を出している。
ソータさんはシルヴァーナ女王の声が聞こえないので、どうにかシャロットに姿を見つけてもらおうとアピールしているのだろう。
……あんまり関係ない気もするが。
「あ……」
ミズナさんが俺に気づいて指差す。
下降すると、俺に気づいたソータさんがぶんぶんと手を振った。
「待たせたな!」
「大丈夫か? 疲れてないか?」
「いや……水那も大丈夫だよな?」
ソータさんの後ろにいたミズナさんがこくりと頷いた。
「とりあえず、サンに乗ってくれ」
「……」
ソータさんは不意に黙りこくると、急に考え込み始めた。
「大丈夫、やたら飛ばしたりはしないから」
「いや……そうじゃなくて……」
そう言うと、ソータさんは洞窟の奥の祠や砂浜、崖などをぐるりと見回した。
不思議に思って、俺も辺りを見回してみた。
何か変化があるかと思ったが……やはり、何も分からない。
まだ、女神テスラが自ら動くときではないらしい。
ソータさんはキエラ要塞がある方の崖を見上げると、ちょっと渋い顔をした。
「……ヨハネが荒らしたのかな。闇の波動が少し押し寄せてきている」
「それって……!」
「結界の力が弱くなってるんだ。……いや……ヨハネがキエラ要塞に侵入したことで、闇が活気づいたのかな?」
「キエラ要塞の闇は減ったと浄化者は言っていたが。多分、ヨハネが自分の身体に取り込んだんだろう、と……」
「うーん……」
ちょっと考え込んだあと、ソータさんは自分の胸に手を当てた。
「勾玉の浄化を終えたことで、俺の胸の中の欠片もかなり力を取り戻したんだ。だからまず、
「わかった」
ソータさんとミズナさんをサンに乗せると、俺は再び空に舞い上がった。
降り積もる雪で真っ白に覆われているテスラの大地。飛龍で動いているからだろう、ヨハネの足跡なども上空からは見つけられなかった。
ソータさんがぐるりと辺りを見回す。
「……ヨハネはいないな」
「そうか……」
「で、キエラ要塞の闇は、確かに少し減っている。奴の目的はすべての力の解放だと思うが、ヨハネの身体ではそれは達成できなかったようだな。だから今は、どうやってこの結界を突破するか策を練っているのかもしれない。あるいは、この闇をすべて受け入れられる身体を探しているのか……」
「――朝、日……」
呟いて――ゾッとした。
無限にフェルティガを溜めこむことができる、朝日。
朝日、なら……。
「……そうだな。朝日を探している可能性は、あるな」
ソータさんが溜息をつきながら答えた。
「ユウにとり憑いたときに対峙しているからな。その存在は知っているはず」
「ヤハトラなら、大丈夫なんだよな?」
「地下の神殿と、完全に復活した勾玉が守っている。まず近づけないだろう」
「そうなのか?」
「仮に近付いたとしても、この勾玉の欠片が教えてくれるはずだ。珠の宣詞を唱えて捕らえれば、終わり。だから、ヤハトラに乗り込むことはないだろうな」
「……そっか」
ホッと胸をなでおろす。
……そうこうしているうちに、北東の遺跡の上空に着いた。丸い闘技場も雪に埋もれて真っ白だ。地面の高さが上がっているせいか、全く違う景色に見える。
「……どこだっけ?」
「あそこだ。サン、あの辺りの雪を除けてくれないか?」
サンがクワッと口を開け、バフーッと吐息を吹きかける。その熱でみるみる雪は溶けていき、ぽっかりと穴が開いた。元の茶色い地面が露出する。
サンがその傍らの雪の中に着地した。俺は露出した地面に飛び降りて近づくと、
水那さんを抱え、後に続けて降りてきたソータさんがその傍にしゃがみ込んだ。
「……水那、手を貸せ。右手は宝鏡に……で、左手は
「……」
ミズナさんが言われた通りに宝鏡に触れ、ソータさんに差し出された神剣の先を握る。
ソータさんは右手で神剣の柄を握ったまま、左手で宝鏡に触れた。二人の腕と神剣で作られた輪の中で、宝鏡が鈍く光る。
そして、二人が目を閉じて――
「……!」
ピィンと……何かが張り詰めたのが分かる。
その瞬間――足元から何かが消え去っていくのを感じた。
「……こんなもんか」
ソータさんが目を開ける。
ミズナさんが少しフラリとしたのを見て、慌てて身体を抱え上げた。
「水那!」
「……」
「自分で意識して使ったの、初めてだもんな。大丈夫か?」
「うん……」
「でもほら、要塞を見てみろ。……闇が暴れてるだろ?」
「……ええ」
「拘束が強まったからだよ」
「じゃあ、足元から何かが消え失せたのは?」
俺が聞くと、ソータさんはちょっと驚いた顔をした。
「闇の波動の範囲が狭まったからだ。要塞に引きつけられている。……でも、よくわかったな」
「
「それでも難しいんだけどな。だからフェルティガエは、あっさり乗っ取られるんだが」
ソータさんはそう言うと、少し考え込んだ。
「そうか……だから闇は、夜斗には近付かなかったのかも知れないな……。力は上なのに……」
「……え……」
俺はてっきり、その場にいたのがたまたまヨハネだったから、闇はヨハネにとり憑いたんだと思っていた。
ひょっとして、最初からヨハネを狙っていたのか?
「――よし」
ソータさんは頷くと、再びミズナさんを抱え上げた。
「え、これからどうするんだ?」
表情が急に変わった気がして、慌てて聞く。
「とりあえず神剣の闇を抜く。これは今やってしまう。キエラ要塞に行ってくれ」
「え……でも、大丈夫か?」
ミズナさんはちょっと疲れてるみたいだけど……。
「ちょっと腹が立ったんで、挨拶してくる。水那、少し無茶するが……いいか?」
「……」
ミズナさんはこくりと頷いた。
ソータさんが何か心に決めているようだったので、俺は黙ってサンをキエラ要塞に向かわせた。
その間も、ソータさんはじっと要塞の闇を見つめ続けていた。
サンがキエラ要塞の前に着く。このまま降りたら雪の中に腰ぐらいまで埋まってしまうので、サンに雪を除けてもらう。
しかし相変わらず下には降りたがらないので、俺が二人いっぺんに抱えて地面に下ろした。……ちょっと死にそうになる。
「……すまないな、夜斗。面倒をかけて」
「いや、それは……」
そうは言っても重くない訳ではないので、息が上がる。
ソータさんは
不思議なことに、要塞には全く雪は積もっていない。中で暴れている闇の影響だろうか。
真っ白な中のその冷たい黒は、不気味さがより際立っている。
「何となく、ヨハネ――闇が、暁にしたことがわかったんだ。闇は、心の隙を突くのがうまい。精神を揺さぶるのを得意としている」
「……」
「……という訳で、宣戦布告してくる。――行くぞ、水那」
ソータさんは腰から鞘ごと神剣を抜くと、ミズナさんに手渡した。そして彼女を抱え上げ、サンが溶かしきれなかった雪原部分に入っていく。
二人の周りを何か未知の力が取り巻いている……二人の身体に触れる前に、雪が自然と溶けて道を開けていく。
そうして……すっと
――暁……どうしてる?
ユウと朝日だけじゃない。皆が、お前のことも――心配しているぞ。
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