26.古の旅人の行く手には(3)-ソータside-

「そっかー……それで、もう……」


 セッカが残念そうな顔をして、俺と水那を見比べた。

 夜斗はシャロットを連れ、サンに乗ってウルスラに帰っていった。

 俺達三人は二人を見送ると、セッカのウパ車でハールの海岸に向かっていた。

 その道中で、俺はセッカにこれまでに起こったこととこれからやらなければいけないことを大まかに説明した。


 テスラの闇を鎮め――ヨハネの野望を打ち砕くために、これからしばらく旅に出ることになる。

 ジャスラに帰ってくるのは、だいぶん後になるだろう。


「ああ。水那がもう少しちゃんと歩けるようになってから、と思ってたけど……テスラが大変なことになってるからな」

「そうだね……」

「セッカも家に帰るんだろ? 長い間ヤハトラに引き止めることになって、悪かったな」

「ううん。何かヤハトラもバタバタしてたし、手伝えてよかった。……ミズナともたくさん話せたし」


 そう言うと、セッカはニカッと笑った。

 でもすぐに、淋しそうな表情になる。


「ホムラやウチの子にも会わせたかったな……」

「また戻ってくるよ。そんな顔をするな」

「そうだけどさ……」


 セッカがちょっとふくれっ面をしている。


 そうこうしているうちに……ハールの海岸に着いた。

 ウパから降りて、水那を荷台から抱きかかえて下ろす。


「……セッカ」


 ミズナは俺の手を離れると、ゆっくりとセッカに歩み寄った。……そして、ぎゅっとセッカに抱きつく。


「今度……セッカのご飯、食べに……行くね?」

「……うん」

「楽しみに……して、るね?」

「……任せといて。ミズナがうんざりするぐらい用意しておくから」

「ふふっ……」


 水那が笑う。

 ――以前の旅では、なかなか見ることができなかった、笑顔。


 セッカも思い出したのだろう。ちょっと安心したような顔になった。


「……二人、幸せなんだね。パラリュスのために……そうして一緒に旅をするのが、二人の幸せなんだね」

「……ああ」

「なら……いいや」


 俺は頷くと――海に向かって笛を吹いた。

 サンから聞いていたのか、ヴォダはすぐに海岸に姿を現した。

 俺は水那を抱え上げると――ヴォダの背に乗った。


「じゃあな、セッカ!」

「またね、ソータ! ミズナ!」

「……!」


 水那は声には出さなかったが、一生懸命右手を振っていた。

 セッカはジャンプしながら、両手でぶんぶんと大きく手を振っている。

 そうして……セッカの姿はどんどん小さくなり――やがて見えなくなった。


“……潜って、いいの?”


 ずっと黙っていたヴォダがポツリと言った。


「ああ。……なるべく急いでくれ」

“わかった。ヴォダ、頑張る”

「……頼む」


 ヴォダがザブンと海に潜る。俺達をとりまく水が、透明から、深い緑――そして群青色に変わる。


「きれい……」


 水那が周りを見渡しながら言った。

 久し振りの日本語……何だかちょっとホッとする。


「颯太くん……ずっとこうして……旅をしていたの?」

「ヴォダと初めて会った5年前から、各国を行き来するときはな」

「初めて会ったときって……どうだったの?」

「なかなか打ち解けなくて、かなり苦労を……」

“ソータが悪いの。乱暴だから”


 ヴォダが不満そうに口を出す。


「まぁ、そう言うなって」

“……そうだ、思い出した”

「思い出したって……何を?」

“約束!”

「……へ?」

“ミズナに好きって言う、約束!”

「ばっ……」


 俺は思わず言葉に詰まると、ヴォダの背中をベシッと叩いた。

 多分、顔も赤くなっているよな。

 そう思い、咄嗟に水那に背を向ける。


“……ちょっと、痛いの”

「何を言い出す!」

“約束した。じゃないと、ヴォダ、協力しないって”

「ぐ……」

「……?」


 笛に触れていない間は、ヴォダの声が聞こえないらしい。

 ちらりと水那を見ると、何を話してるんだろう、と不思議そうな顔をしていた。


 ……近いことは言ったし……もう、いいんじゃないか?


“ダメ”


 俺の心の声を読みとったヴォダがばっさりと却下する。


“早く、早く”


 えーい、急かすな! 心の準備ってもんが必要なんだよ!


 俺は拳でヴォダの背中をグリグリすると、水那の方を見た。

 水那は、海の景色を少し微笑みながら見ていた。茶色い長い髪がたなびいている。

 一匹の大きな魚がのっそりと近寄ってくる。

 水那はちょっと驚いたが……そっと手を伸ばしてその魚を撫でた。

 魚は満足そうに身体をゆすると、すうっと水那の傍から離れて行った。

 水那は微笑みながらそれを見送ると……俺の視線に気づいて、小首をかしげた。


「……なあに?」


 俺は水那に見とれていたことに気づいて――思わず目をそらした。


「……あ……いや」

“……”


 ヴォダが何か言いたそうにしていたが、ぐいぐいと背中を押して黙らせる。

 さて……どうしたものか……。


「……」

「……」


 俺が何か言おうとしているのはわかっているらしく――水那は少し微笑んでじっと俺を見つめていた。


「――1度しか言わないから、よく聞け」

「……」


 こくりと頷く。さらさらさら……と髪の流れる音が聞こえる。


「――昔も、今も……これから先も、ずっと――」

「……」

「――ずっと……水那が好きだ」

「……」


 ぐ……ぐふう!

 駄目だ、爆発しそうだ!

 とてもじゃないが、まともに顔を合わせられない。


 俺は思わず両腕で頭を抱えた。水那に顔を見られないようにさっと両腕でガードする。

 すると、あろうことか水那が俺に近寄って来て、下から俺の顔を覗き込んだ。


「……これから先、も? ずっと?」

「あ、当たり前だ!」


 俺は水那の両肩をガシッと掴んだ。


「ずっと、だよ!」

「……」


 水那がじっと俺を見つめる。

 どういう感情なのかはちょっと読みとれないが……ひょっとして、まだ信じきれていないんだろうか。


「あのな、水那。俺がお前を取り戻すために……何年、旅したと思ってるんだ?」


 言ってるうちに……ジャスラ中を徒歩で旅していた記憶が蘇る。

 やっぱり、ちゃんと伝えないと駄目なんだ。同じ過ちは繰り返したくない。


「24年だぞ! 最初の8年なんて、姿すら見れなかったんだぞ! その間も、ずっと俺は水那のことしか考えられなくて、どうしようもなく好きで、だから……」


 思わず拳を握って力説しかけて……ハッとする。

 水那がとても嬉しそうに笑っていた。


「な、あ……」

「2回……聞けた」

「い……1度しか言わねぇって言ったじゃねーか!」


 ハメられたことに気づいて思わず怒鳴ると、水那がちょっと肩をすくめた。


「……颯太くんらしい言葉で……聞きたかったの。……嬉しい」

「…………」

「ふふっ……」


 水那は本当に楽しそうに笑うと、ぎゅっと俺に抱きついてきた。


「私もずっと……愛してる」


 耳元で囁く。


「……っ……」


 絶句すると……水那は俺から離れて、じっと俺の顔を見た。

 そしてそっと人差し指を自分の唇にあてると……クスッと笑った。

 私も1回しか言わない。……多分、そういうことなのだろう。

 そして再び横を向くと――海の風景を……泳ぐ魚の大群をずっと見つめていた。


“……ソータの負け、なの”


 ヴォダの溜息混じりの声が聞こえてきた。


“多分……ずっと、ミズナに敵わないの”

「……だろうな」


 俺の声が……青い海の中に溶けて行く。


 そんなことは――もう、ずっと昔に……わかっていたけど。

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