25.古の旅人の行く手には(2)-ソータside-

 シャロットとミジェルを部屋から連れ出し、夜斗と水那と共に別の部屋に入る。

 全員が席に着いたところで、夜斗から二人にテスラで起こったことを簡単に説明した。

 ミジェルは知らなかったことも多かったらしく少しぽかんとしていたが、シャロットは眉間に皺を寄せ、じっくりと考え込みながら聞いていた。


「それで……暁は今、ミュービュリに帰っている」

「……」


 ミジェルが夜斗の手を握ると心配そうに首を傾げた。


「いや、落ち着いたらヤハトラに行くようには言ってある。ヤハトラは安全だから……」


 夜斗の言葉に、ミジェルはちょっと顔をほころばせた。

 多分、暁はもう帰って来ないのかと――両親には会えないのかと、心配したのだろう。


 シャロットはそんなミジェルをちょっと複雑な表情で見たあと

「ヨハネって、アキラから聞いたことがある。……友達だって」

と言って唇を噛んだ。


「アキラ……平気?」

「しばらくはそっとしておいた方がいいかとは思うが……」

「……」

「それで、シャロット王女。あなたに暁のこと――それから俺たちの仲介を任せたい」

「え?」


 夜斗の言葉に、シャロットが驚いたように目を見開いた。


「ウルスラに帰って、今した話をシルヴァーナ女王にも伝えてほしい。そして、俺とソータさんの間を取り持ってほしいんだ」

「取り持つ……」

「シャロットは、ウルスラからテスラやジャスラも視えるだろう?」


 俺が聞くと、シャロットはちょっと唸って腕組みをした。


「うーん、やってみたことはないけど……多分、できると思う。テスラには行ったことがないけど……テスラにいるソータさんやヤトゥーイさんを映す、ってことなら、多分……」


 シャロットの返事に、夜斗は満足そうに頷いた。


「それでいい。ずっと視てろとは言わないから、必要に応じて繋いでくれないか? 何かあればシルヴァーナ女王に知らせる」

「あ、そっか……ヤトゥーイさんはシルヴァーナ様に会ったことあるもんね。それなら大丈夫かな」


 シャロットは頷いた。


「シルヴァーナ様なら他国に居る人の声を聞くことは余裕でこなせると思う。でも、視ることはできないから……それを私がすればいいってことだね?」

「そうだ。シャロット王女なら的確に状況判断してくれるだろう、とネイア殿も言っていた。……頼んだぞ」

「わかった。じゃあミジェル、私、ウルスラに帰るね」

「……!」


 ミジェルが「えっ」という顔をしたあと、シャロットの手をぎゅっと握った。


「あはは、そんな顔しないで。また……会えるから」

「……」

「ミジェルはここで、手伝えることがあるでしょ? 私はそれが、ウルスラにあるんだ。だから……ちょっとだけ、お別れ」

「……」

「そうだね。全部が終わったら……ミジェル、ウルスラに遊びに来てね」


 シャロットが言うと、ミジェルはうんうんと頷いたあとぎゅっとシャロットに抱きついた。

 シャロットはミジェルの頭をよしよしと撫ぜると

「ミュービュリにいるアキラには、手紙を書こうね。……後でやり方教えてあげるから」

と宥めるように言った。


「……手紙?」


 どうやら初耳だったらしい夜斗が不思議そうな顔をする。


「ゲートを開いて、紙飛行機を飛ばすの。フェルティガエが通る回数には制限があるけど、開く分には制限がないから……」

「は……」


 シャロットの説明に、夜斗が呆気にとられた顔をした。


「次元の穴を開けたことといい、よくそんないろいろと……」

「手紙は私じゃないよ? アサヒさんの発案だもん」

「……」


 夜斗はちょっと言葉に詰まると、ふーっと深い溜息をついた。


「……知らないところでいろんなことをしてるな、朝日は……」

「でも、ウルスラにとってはすごく良かったよ? 毎日楽しくなったというか」

「……気になっていることがあるんだ」

「え?」


 シャロットの楽しそうな声とは裏腹に、夜斗はひどく真面目な顔をしていた。


「俺と連絡を取ったあと、朝日はミュービュリに行ったって話だったよな? 何故だ? 確か、シャロット王女もその場にいたと聞いたが」

「私はアサヒさんがゲートを開くところは見ていないの。でも、アキラが学校をしばらく休むことになるから、バメチャンに知らせに行ったって言ってた」

「……それからすぐに戻って来て、倒れたのか?」

「ううん。……セッカさんの家じゃなくて、少し離れた牧場で倒れてたの。あんまり遅いから皆で探しに行って、それで見つけたの。……そうだね、2時間ほど経ってたかな」


 シャロットは思い出しながら言う。


「でも、見つけるまでに時間がかかっただけで、アサヒさんはすぐに戻って来てたのかもしれない。……そこまでは、わからないの」

「……そうか」


 夜斗は頷くと肘をつき両手を組んで額にあて――黙りこくってしまった。


「……気になってることって何だ?」


 少し心配になって聞くと、夜斗は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「……朝日が、家とジャスラを往復したぐらいで倒れるとは思えないんだ。……いくら普通の身体じゃなかったとしても」


 そう答えると、夜斗は顔をしかめた。


「ミュービュリでフェルティガを浪費する用事があるとは思えないから……実はそこからさらにゲートで移動したんじゃないかと思ってる。不慣れな場所か、ゲートを繋ぎにくい場所に……」

「何でそう思うんだ?」

「勘だ」

「かん……」


 夜斗が妙に自信たっぷりに言い切るので、俺はどう返したらいいかよくわからなくなってしまった。


「瑠衣子さん……ああ、朝日の母親な。瑠衣子さんに連絡するだけなら、その手紙とやらで十分じゃないのか。俺からヨハネの事を聞いてすぐに動いたってことは、何か思うところがあって自分の目で確かめたかったんじゃないかと思う。朝日はせっかちだからな」

「……」


 伊達に長い付き合いじゃないんだな……。


「何か聞いてないか? 暁からとか……」

「ううん」

「そうか。……まあ、今は確かめることもできないし……それは、いいか」


 夜斗はちょっと溜息をつくと立ち上がった。


「じゃあ、シャロット王女。俺がウルスラまで送るから、準備してくれるか?」

「わかった。……じゃ、ミジェル。手紙のこと教えてあげるから、一緒に来てね」

「……」


 シャロットはぺこりとお辞儀をすると、ミジェルと一緒に部屋を出て行った。


「……あの……ヤトゥーイ……さん」


 それまでずっと黙っていた水那が、口を開いた。


「え?」

「あの……私、のために……テスラの方々も……いろいろ協力して頂いたと……聞きました。ありがとう……ございました」

「いや、それは……あ、そうだ」


 夜斗が何かを思い出したように手をポンと叩いた。


「テスラに縁があると聞いて、ちょっと調べたんだけど」

「……?」

「ミズナさんの母親。多分、フィラの……チェルヴィケンの傍系の出身だと思う」

「……え?」


 水那がきょとんとしている。代わりに俺が

「チェルヴィケンって言うと、朝日の家だったか?」

と聞いてみた。


「そう。朝日の父親……ヒールさんの母親がナチュリで、彼女がチェルヴィケンの直系。それで、ナチュリが行方不明になって7年後、ナチュリのハトコの娘にあたるサリヴェルナという女性が行方不明になってるんだ。その頃、テスラではキエラとは休戦中でキエラによる誘拐もない時期だったから……なぜ彼女が行方不明になったのかはわからなかったみたいでな。不思議な出来事としてヒールさんの祖父の日記に残っていた。日記を書いた本人はミュービュリに落ちて戻れなくなったのだろうと予測していたみたいだが」

「母の本名は、憶えて、いないけれど……父にはサリと呼ばれて、いた……」


 水那はそう呟くと、こくりと頷いた。


「きっと……母、です」

「……ってことは……?」

「朝日や暁とは遠い親戚にあたるってことかな」


 夜斗がそう言うと、水那は自分の身体を抱きしめて、ポロポロ涙を零した。

 まさか泣くとは思わなかった。予想外の出来事に、面食らう。


「うおっ……どうした?」

「……」


 水那は震えながらぷるぷると首を横に振る。

 ……悲しくて泣いている訳じゃないようだ。ほんのり笑顔が浮かんでいる。


「……うれ、しいの」

「え……」


 水那は涙を流したまま、俺の方に顔を向けた。やっぱり微笑んでいる。


「ヒコヤの、伴侶……っていう立場だけに、すがりついて……いた、気がして……。でも、そうじゃ、ないって……」

「……俺の伴侶のどこが悪い……」


 ちょっと憮然として言うと、水那は泣きながら困ったような顔をした。


「そういう……意味じゃ、なくて……」

「――自分が何者なのか、自分のルーツがどこにあるのかがちゃんと分かって、きちんと向き合える気がする。この世界で真っ直ぐ立てる気がする。……そういうことだろ?」


 夜斗がやれやれという感じで俺に言う。

 水那はこくこくと頷くと、嬉しそうに笑った。


「……うまいこと言うな……」

「ソータさんが変なとこで拗ねるのが悪いんじゃないか?」

「拗ねてない」

「くくっ……」


 夜斗が堪え切れない様子で笑う。

 俺はきまり悪くなって、頭をポリポリ掻いた。


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